國學院大學日本文化研究所編『歴史で読む国学』(ぺりかん社、2022年3月)。国学史の新しい入門書を標榜している。これまでの国学史は、どちらかというと主要な国学者の言説内容を時系列に並べるという体のものが多かった印象だが、本書は共同執筆ながら、国学を政治史的・文化史的に位置づけるという方法で一貫している。つまりその言説内容よりも、それが生まれた背景の説明に注力している。具体的にいえば、朝幕関係、儒学や神道、あるいは歌壇の動向、出版史などによく目配りしているし、人的交流にも叙述を割いている。荷田国学と懐徳堂との関係など、注目すべき指摘も備わる。江戸時代の中では荷田派国学の動向に紙幅を割いている点で国学院色を出しているが、全体的には最新の研究成果を十分に取り入れつつバランスのとれた国学史になっている。
以下は本書に導かれた述懐であるが、「国学」ということば自体は近代に生まれたものであり、江戸時代に和学・古学と呼ばれる学問を指すものとされるが、有職学・史学・歌学、そして神道などとの線引きも難しい。我々は、どうしても既存の枠組に呪縛されていて、当時の学のあり方をありのままに見ることが出来ていないように思われる。その言説の歴史的意味や現代的意義を考えることも重要だが、その言説がどういう場で生成したかという点にも注目すべきではないだろうか。それはわりとグローバルな問題意識であるように思うからである。どういう場で生成したかというのは、言説主体の人的交流をおさえる必要があるだろう。本書はその視点も有している。
この投稿の後半は、「人的交流と文芸生成の場」の研究の重要性を主張している私のポジショントークですな。ははは。
2022年07月06日
2022年07月04日
秋成新資料考
『東海近世』30号(2022年5月)に、長島弘明さんの「秋成新資料考」が掲載されている。東海近世文学会の記念講演の活字化である。ご講演のことは仄聞していたが、活字化はまことにありがたい。新資料がなんと48も!秋成の資料がまだまだ眠っていることを知らしめる、長島さんならではの論考である。的確な解釈と位置づけも流石である。村田春海の季鷹宛書簡に、伴蒿蹊の和歌を拝受した、そして蒿蹊への謝礼を秋成に託したと。これだけでも凄い情報量。この資料を持っていたのが塩村耕さんというのがまた唸る。
以下余談。なぜか後半の安田文吉先生、服部仁さん、服部直子さんの東海近世300回記念鼎談の中で、私が服部仁さんに「服部さんがそんな敬老パスなんて、そんなダメだ」と言ったという話が紹介されているんですが、記憶にありません。忘却しました。
以下余談。なぜか後半の安田文吉先生、服部仁さん、服部直子さんの東海近世300回記念鼎談の中で、私が服部仁さんに「服部さんがそんな敬老パスなんて、そんなダメだ」と言ったという話が紹介されているんですが、記憶にありません。忘却しました。
2022年07月01日
羈旅漫録
7月に入りました。退職後は時間がいっぱいあるから、ブログも毎日のように更新、というのは絵に描いた餅でした。いただくメールは確かに激減したが、なぜか余裕がない。その結果、依然としてコメントすべき本が山のようにあります。さて、猛暑の中、今日はやや熱中症的な症状を発してしまいました。そこに届いた涼風、いやそうではなく、平凡社東洋文庫の『羈旅漫録』。木越俊介さんの校注。ようやく、丁寧で信頼できる注で、この本を読めるときが来たのかと、感慨深い。
かつてこのテキストを大学院の演習で読んだことがある。各自興味のある条を選んでの注釈である。だから懐かしくもある。
馬琴が上京した前年に大田南畝も大坂に仕事で長期滞在したが、毎日生き生きと名所旧跡を訪ね回っている。この当時の馬琴はまだまだ全国区ではない。南畝の紹介状を携えて、あこがれの上方へやってきた。そのワクワク感が伝わってくる。しかしさすがは馬琴、あとあと創作に役立つだろうと、戦略的に細かく記録を作っている。これが一流である。真似したくても真似できない。
秋成のことも高く評価している。「京にて今の人物は皆川文蔵と上田余斎のみ」といい、「余斎は浪花人」と注記する。南畝から何か訊いていたのだろうか?いろいろ想像が膨らむ。南畝もそうだが、やはり一流の文人の見聞記は、ポイントを衝いていて面白く、勉強になる。
デジタル文学地図プロジェクトの観点からも、この注釈付きの決定的テキストの刊行は、まことにありがたい。
かつてこのテキストを大学院の演習で読んだことがある。各自興味のある条を選んでの注釈である。だから懐かしくもある。
馬琴が上京した前年に大田南畝も大坂に仕事で長期滞在したが、毎日生き生きと名所旧跡を訪ね回っている。この当時の馬琴はまだまだ全国区ではない。南畝の紹介状を携えて、あこがれの上方へやってきた。そのワクワク感が伝わってくる。しかしさすがは馬琴、あとあと創作に役立つだろうと、戦略的に細かく記録を作っている。これが一流である。真似したくても真似できない。
秋成のことも高く評価している。「京にて今の人物は皆川文蔵と上田余斎のみ」といい、「余斎は浪花人」と注記する。南畝から何か訊いていたのだろうか?いろいろ想像が膨らむ。南畝もそうだが、やはり一流の文人の見聞記は、ポイントを衝いていて面白く、勉強になる。
デジタル文学地図プロジェクトの観点からも、この注釈付きの決定的テキストの刊行は、まことにありがたい。
2022年06月16日
人的交流データベースが日本の人名データベースと連携
私たちの「近世中後期上方文壇人的交流データベース」https://jintekikoryu.is-trm.net/top が、ベティーナ・グラムリヒ=オカ先生(上智大学)主宰の「日本の人名データベース」(JBDB)https://jbdb.jp/ja/front/と連携、「妙法院日次記」データがJBDBに追加されました。少し試してみましたが、非常に面白いですね。このJBDBが発展することを期待します。
2022年06月12日
学会記(中京大学・オンライン)
6月11日・12日、中京大学を会場校(ただし全面オンライン)として、日本近世文学会が行われた。土曜日は学会70周年記念シンポジウム「独自進化する?日本近世文学会の研究」。パネリストは5人。40年以上学会を引っ張ってこられ、今なお高い問題意識で次々と刺激的な提言を行う中嶋隆さん、ハーバード大学で理論的研究を学び、紆余曲折(本人談)の後東大駒場のロバート・キャンベルさんに文献実証学を叩き込まれた山本嘉孝さん、若手俳文学研究の期待を担う河村瑛子さん、中国出身の書物史研究者の陳捷さん、日本の古典芸能に造詣の深いイタリアの研究者ボナヴェントゥーラ・ルペルティさん。後二者は学科以外からのコメントである。
ここでは中嶋さんと山本さんの発表について述べる。
中嶋さんは、いつも通り明晰な文学史論、研究史論。暉峻康隆・野間光辰・谷脇理史という戦後の西鶴研究の流れを見事に整理し、中村幸彦の仕事を高く評価した。中嶋さんの17世紀=近代初期論については、かつてここでも取り上げたところであるが、ポイントは出版メディアである。出版研究が近世文学研究にとって重要であることは、ここ30年ほどの研究動向から明らかである。しかし、文学史というパースペクティヴの中で出版メディアを論じている人は、それほど多くはない。中嶋さんの今回の発表は、西鶴研究を具体的事例として、これまでの近世文学会の研究の流れを総括するとともに、今後への指針ともなる70周年記念に相応しい基調講演的なものであった。
山本さんは、山本さんがアメリカで学んだフランス文学研究者のスレーマン先生が、〈ホロコースト〉経験によって人間の知性や歴史への不信を抱き、そこから理論的研究にいったんは向かいながらも、結局は「実証主義者」を自称するようになっていく「物語」を枕に、「実証的研究の普遍性」を説き、その実証的研究を展開してきた日本近世文学会が、初学者のサポートとして、研究会やゼミでの伝達に閉じられている注釈のノウハウを開いていくべきだと提唱した。理論的研究を本場アメリカで学んできたからこそ、それを否定的に言及することに説得力があったわけであるが、今回のシンポの「独自進化?」というのは、これまで実証的研究の方向をまっしぐらに歩んできたかにみえる近世文学会のありかたの是非とは?という意味を持たせていたので、山本さんの、理論的研究を否定し、実証的研究こそ普遍というテーゼは、交流会をふくめて質問や議論をまきおこした。
理論と実証を二項対立的に把握していいのか? それは車の両輪では?そう思った人は多いはずである。しかし、山本さんのやや挑発的な理論的研究批判は、やはり本シンポジウムの最大のヤマ場だったであろう。
大高洋司さんが閉会の挨拶でも述べ、ご本人も触れていたように、40年ほど前、30歳くらいだった中嶋隆さんが、好色一代男のはなしの方法という発表(タイトルはうろおぼえ)をされた。これは日本近世文学会ではきわめて珍しい「理論的発表」だった。20代だった私も驚いた。中嶋さんは、この時を回顧して、中村幸彦先生から、「君のは美学だ」と言われたというエピソードを披露していた。しかし、大高さんはこの時の発表に大きな影響を受けたと言っていた。それはおそらく、読本研究で一時期おおいに話題をさらった「読本的枠組」という「理論」だった。いや、これはたぶん「理論」ではないだろうが、演繹的方法が多分に用いられたものだっと思う。そしてこの「読本的枠組」をめぐる、追随的、対抗的読解が出ることで、読本研究は盛んになったという側面があると思う。
ただ、山本さんのいう「理論的研究」を多くの人はやや誤解していたのではないか。いわゆるパースペクティブや、テクストだけで読むという方法なども理論だと認識して反発していたかもしれない。とはいえ、それも含めて、大きな反響を呼んだ山本さんの発表は、これまた記念シンポに相応しいものであった。
2日目は、多様な6本の発表があったが、ここでは中森康之さんの奥の細道の冒頭文についての発表について触れよう。
まさに前日のシンポで問題になった「理論的研究」といえる発表であった。井筒俊彦の考えを応用した部分がある。しかし非実証的研究ではなかった。芭蕉が引用する「荘子」。『荘子けん斎口義』の和刻本を見せながら、従来の解釈に欠けていた「文脈」を考慮することの提言。さらに『笈の小文』冒頭文と対応させての読み。さまざまな切り口、理論、比較などをとりいれた、美しい読みである。結論よりもその論証過程に美しさが宿る。質問した川平敏文さんが「中森ワールド」と称したが、まさに。
私は初日のシンポジウムのディスカサントで、やや挑発的に、学会の外に向けて、どう研究をアピールするのかという問いを投げたが、これは自分の役割を少し意識したものだった。「発信」というキーワードを、コーディネーターから与えられていたからだ。その回答として、中嶋さんが個々の研究者が現代との接点を問題意識として持つ以外にないと言われたことに、胸を打たれた。
最後にコロナ禍のつづくなか、難しい運営を見事に乗り越えられた柳沢昌紀さんはじめとする事務局、実行組織のみなさん、シンポの企画を立てられ、猛獣使いよろしく司会をこなされた藤原英城さん、そしてすべての登壇者のみなさんに感謝する。
ここでは中嶋さんと山本さんの発表について述べる。
中嶋さんは、いつも通り明晰な文学史論、研究史論。暉峻康隆・野間光辰・谷脇理史という戦後の西鶴研究の流れを見事に整理し、中村幸彦の仕事を高く評価した。中嶋さんの17世紀=近代初期論については、かつてここでも取り上げたところであるが、ポイントは出版メディアである。出版研究が近世文学研究にとって重要であることは、ここ30年ほどの研究動向から明らかである。しかし、文学史というパースペクティヴの中で出版メディアを論じている人は、それほど多くはない。中嶋さんの今回の発表は、西鶴研究を具体的事例として、これまでの近世文学会の研究の流れを総括するとともに、今後への指針ともなる70周年記念に相応しい基調講演的なものであった。
山本さんは、山本さんがアメリカで学んだフランス文学研究者のスレーマン先生が、〈ホロコースト〉経験によって人間の知性や歴史への不信を抱き、そこから理論的研究にいったんは向かいながらも、結局は「実証主義者」を自称するようになっていく「物語」を枕に、「実証的研究の普遍性」を説き、その実証的研究を展開してきた日本近世文学会が、初学者のサポートとして、研究会やゼミでの伝達に閉じられている注釈のノウハウを開いていくべきだと提唱した。理論的研究を本場アメリカで学んできたからこそ、それを否定的に言及することに説得力があったわけであるが、今回のシンポの「独自進化?」というのは、これまで実証的研究の方向をまっしぐらに歩んできたかにみえる近世文学会のありかたの是非とは?という意味を持たせていたので、山本さんの、理論的研究を否定し、実証的研究こそ普遍というテーゼは、交流会をふくめて質問や議論をまきおこした。
理論と実証を二項対立的に把握していいのか? それは車の両輪では?そう思った人は多いはずである。しかし、山本さんのやや挑発的な理論的研究批判は、やはり本シンポジウムの最大のヤマ場だったであろう。
大高洋司さんが閉会の挨拶でも述べ、ご本人も触れていたように、40年ほど前、30歳くらいだった中嶋隆さんが、好色一代男のはなしの方法という発表(タイトルはうろおぼえ)をされた。これは日本近世文学会ではきわめて珍しい「理論的発表」だった。20代だった私も驚いた。中嶋さんは、この時を回顧して、中村幸彦先生から、「君のは美学だ」と言われたというエピソードを披露していた。しかし、大高さんはこの時の発表に大きな影響を受けたと言っていた。それはおそらく、読本研究で一時期おおいに話題をさらった「読本的枠組」という「理論」だった。いや、これはたぶん「理論」ではないだろうが、演繹的方法が多分に用いられたものだっと思う。そしてこの「読本的枠組」をめぐる、追随的、対抗的読解が出ることで、読本研究は盛んになったという側面があると思う。
ただ、山本さんのいう「理論的研究」を多くの人はやや誤解していたのではないか。いわゆるパースペクティブや、テクストだけで読むという方法なども理論だと認識して反発していたかもしれない。とはいえ、それも含めて、大きな反響を呼んだ山本さんの発表は、これまた記念シンポに相応しいものであった。
2日目は、多様な6本の発表があったが、ここでは中森康之さんの奥の細道の冒頭文についての発表について触れよう。
まさに前日のシンポで問題になった「理論的研究」といえる発表であった。井筒俊彦の考えを応用した部分がある。しかし非実証的研究ではなかった。芭蕉が引用する「荘子」。『荘子けん斎口義』の和刻本を見せながら、従来の解釈に欠けていた「文脈」を考慮することの提言。さらに『笈の小文』冒頭文と対応させての読み。さまざまな切り口、理論、比較などをとりいれた、美しい読みである。結論よりもその論証過程に美しさが宿る。質問した川平敏文さんが「中森ワールド」と称したが、まさに。
私は初日のシンポジウムのディスカサントで、やや挑発的に、学会の外に向けて、どう研究をアピールするのかという問いを投げたが、これは自分の役割を少し意識したものだった。「発信」というキーワードを、コーディネーターから与えられていたからだ。その回答として、中嶋さんが個々の研究者が現代との接点を問題意識として持つ以外にないと言われたことに、胸を打たれた。
最後にコロナ禍のつづくなか、難しい運営を見事に乗り越えられた柳沢昌紀さんはじめとする事務局、実行組織のみなさん、シンポの企画を立てられ、猛獣使いよろしく司会をこなされた藤原英城さん、そしてすべての登壇者のみなさんに感謝する。
2022年06月02日
人とつながる文学
あっというまに新年度も2か月過ぎました。退職の後始末はほぼ終了。引っ越しの片付けがまだ終わらないものの、ありがたいことに、いろいろなお仕事がはいってきております。きのうも新たなプロジェクトについて某先生と電話対談・・・・それでも、大学の業務がないのは本当に精神的に楽ですね。
さて2日は、東京日帰り。ぜミ生ではないけど教え子のTさんに呼ばれて、S女子大で日本文学の「特殊研究講座」いう学科クローズドの講演会で、秋成をしゃべりました。タイトルは「知られざる秋成の魅力―人とつながる文学」。ハイブリッド。会場は数百人入るホールですが、感染対策のため対面は1、2年生中心で200名ほど。3,4年は原則オンラインでというスタイル。しゃべった内容は例によって秋成晩年の「特定の読者を想定した文芸。亡き妻や、小沢蘆庵、神医谷川氏に贈った歌文について。
講演前に、この大学図書館に所蔵される文化五年本(桜山本)『春雨物語』を見せていただきまいた。前日に思いついてお願いしたにもかかわらず、ご快諾いただきありがたかった。そのためかテンションがあがり、饒舌になっちゃって時間配分に失敗。ただ、居眠りする人もおらず、概ね好反応(だと私が思えるということですが)でほっとしました。
古典に興味をもつ学生が結構いるということで、持参した秋成短冊にくらいつく学生が少なからずいたのには感激しました。
秋成に限らず、前近代のとくに自筆テキストは、誰かのため(神のため、死者のため)に、誰かを想定して書かれたものが多い。誰を想定していたのか、ということを追究するのが必須、ではないでしょうか。
さて2日は、東京日帰り。ぜミ生ではないけど教え子のTさんに呼ばれて、S女子大で日本文学の「特殊研究講座」いう学科クローズドの講演会で、秋成をしゃべりました。タイトルは「知られざる秋成の魅力―人とつながる文学」。ハイブリッド。会場は数百人入るホールですが、感染対策のため対面は1、2年生中心で200名ほど。3,4年は原則オンラインでというスタイル。しゃべった内容は例によって秋成晩年の「特定の読者を想定した文芸。亡き妻や、小沢蘆庵、神医谷川氏に贈った歌文について。
講演前に、この大学図書館に所蔵される文化五年本(桜山本)『春雨物語』を見せていただきまいた。前日に思いついてお願いしたにもかかわらず、ご快諾いただきありがたかった。そのためかテンションがあがり、饒舌になっちゃって時間配分に失敗。ただ、居眠りする人もおらず、概ね好反応(だと私が思えるということですが)でほっとしました。
古典に興味をもつ学生が結構いるということで、持参した秋成短冊にくらいつく学生が少なからずいたのには感激しました。
秋成に限らず、前近代のとくに自筆テキストは、誰かのため(神のため、死者のため)に、誰かを想定して書かれたものが多い。誰を想定していたのか、ということを追究するのが必須、ではないでしょうか。
2022年05月25日
『謡の家の軌跡』
大谷節子編著『謡の家の軌跡 浅野太左衛門家基礎資料集成』(和泉書院、2022年3月)。いわゆる「京観世五軒家」、京都にあって観世流の素謡の師範にあたる五つの家、そのうちのひとつ浅野家伝来の資料が京都観世会に寄贈された。謡文化ネットワークの実態を伝える資料の解題目録に、浅野家歴代の事蹟について解説した大谷さんの文章などを加えた、貴重な出版である。大谷さんを代表者とする2017年度〜2020年度の共同研究と科研のプロジェクトの成果でもある。ちなみに浅野家は浅野長政を先祖とするとされる。
さて、大谷さんの解説の中で特に八代目栄足の事蹟に目を瞠る。この人は「浅野家中興の祖というべき存在」であり、多くの研究的著作を残し、門流の拡大に力を尽くした。なかでも『能楽余録』は重要だという。「能楽」は現代では能と狂言を含む語として使用されているが、「猿楽」に代わるべき語として栄足が用い始めた可能性が高いのだという。「今よりは何にまれ物に記さんには、能楽とこそ記さめ」と栄足はいう。さらに謡曲が能に先行するという主張もあるという。
そして、我々(上方文壇人的交流科研メンバー)にとってきわめて興味深いのは、栄足が詠歌を通して、京都歌壇の人々と交わっていたことである。ちょうど大谷さんのプロジェクトと同じ2017年度〜2020年度に私が代表者として行った共同研究(科研基盤B)の「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」と重なってくるのである。文壇の人的交流が、画壇ばかりでなく能や茶の湯とも大いに関わるであろうことはわかっていたが、我々の研究ではそこまでカバーしきれなかった(山本嘉孝さんが茶文化と文芸の関わりを追究されているが)。しかし大谷さんによれば、この栄足の和歌を添削していた師は賀茂季鷹ではないかというのである。浅野家資料のひとつで影印も掲載されている〔狂歌詠草〕は栄足筆。北邑氏隠居が「蟻通」を勤めた際に、季鷹がワキを演じ、狂歌を応酬した記録がある。その狂歌を大田南畝に見せたら、南畝も狂歌を詠んだようだ。奇しくも季鷹のご子孫の家に伝わる書籍のうち江戸以前のものの補遺目録を我々の科研報告書には載せている。
さらには前波黙軒との関係も裏付けられる。『蕉雨園集』に栄足が出てくるが、栄足が持ち込んだ竹の絵に黙軒は画賛の歌を詠んでいる。それも竹の節と痛いの節をかけたものだ。いやはや、この『蕉雨園集』は七八年ほどまえだったかに大学院の演習で1年ほど読んだものだ。こうして、謡の家と蘆庵を中心とする上方文壇が重なってくるのである。こりゃなにか縁を感じるぞ。
謡文化のネットワークと和歌のネットワーク、それをまたぐ人的交流という新たな課題が見えてきた・・・といっても、これはどなたかに是非やっていただきたいというしかないのだが。どうぞよろしく。
さて、大谷さんの解説の中で特に八代目栄足の事蹟に目を瞠る。この人は「浅野家中興の祖というべき存在」であり、多くの研究的著作を残し、門流の拡大に力を尽くした。なかでも『能楽余録』は重要だという。「能楽」は現代では能と狂言を含む語として使用されているが、「猿楽」に代わるべき語として栄足が用い始めた可能性が高いのだという。「今よりは何にまれ物に記さんには、能楽とこそ記さめ」と栄足はいう。さらに謡曲が能に先行するという主張もあるという。
そして、我々(上方文壇人的交流科研メンバー)にとってきわめて興味深いのは、栄足が詠歌を通して、京都歌壇の人々と交わっていたことである。ちょうど大谷さんのプロジェクトと同じ2017年度〜2020年度に私が代表者として行った共同研究(科研基盤B)の「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」と重なってくるのである。文壇の人的交流が、画壇ばかりでなく能や茶の湯とも大いに関わるであろうことはわかっていたが、我々の研究ではそこまでカバーしきれなかった(山本嘉孝さんが茶文化と文芸の関わりを追究されているが)。しかし大谷さんによれば、この栄足の和歌を添削していた師は賀茂季鷹ではないかというのである。浅野家資料のひとつで影印も掲載されている〔狂歌詠草〕は栄足筆。北邑氏隠居が「蟻通」を勤めた際に、季鷹がワキを演じ、狂歌を応酬した記録がある。その狂歌を大田南畝に見せたら、南畝も狂歌を詠んだようだ。奇しくも季鷹のご子孫の家に伝わる書籍のうち江戸以前のものの補遺目録を我々の科研報告書には載せている。
さらには前波黙軒との関係も裏付けられる。『蕉雨園集』に栄足が出てくるが、栄足が持ち込んだ竹の絵に黙軒は画賛の歌を詠んでいる。それも竹の節と痛いの節をかけたものだ。いやはや、この『蕉雨園集』は七八年ほどまえだったかに大学院の演習で1年ほど読んだものだ。こうして、謡の家と蘆庵を中心とする上方文壇が重なってくるのである。こりゃなにか縁を感じるぞ。
謡文化のネットワークと和歌のネットワーク、それをまたぐ人的交流という新たな課題が見えてきた・・・といっても、これはどなたかに是非やっていただきたいというしかないのだが。どうぞよろしく。
2022年05月21日
学生の同人誌に江戸時代紀行文の翻刻が
退職・転居にともなう様々な手続きと、後片付けがなかなか終わらない。とはいえ、新しい環境はなかなか新鮮で、買い物がてら近所を探訪し、美味しい物を安く売っているお店をみつけたりして喜んでいる。
そうしているうちにも、時間はどんどん過ぎてゆく。たのまれている講演もあと10日ちょっとだし、6月の学会のシンポジウムではディスカサントをつとめることになっている。ピンチヒッターで急遽頼まれたふたつ授業のうち、ひとつは大人数のため、準備もけっこう大変(リアクションペーパーにフィードバックするので)ではあるが、結構楽しくやらせてもらっているのは長年の習いか。
さて、そういう中で、ここ数ヶ月、いただいた本についてコメントをずっとさぼっている。ブログの更新回数もめっきり減っているところ、反省している。おいつけるかどうかわからないが、少しずつ少しずつ・・・。
今日は、大阪大学の学生サークルが出している『待兼山文學』2022上半期号を紹介する。この同人誌、ありがちな文芸誌とはちがってちょっと学術色があるのが特徴で、以前私もインタビューを受けたことがある。
今回の特集は、大阪大学の刀根山寮の寮長らへのインタビューと、マルグリッド・デュラス『破壊した、と彼女は言う』の読書会記録。そして投稿作品のなかになんと、自分の持っている写本紀行文の注釈付き翻刻(それも連載第1回)がある。この著者Sさんは、入学直後に、漢詩文の稿本(和本)について私に質問してきて驚かせてくれた人で今3回生。現在日本史専修で近世出版史や思想史をやりたいという人である。こういうものが阪大の学生の同人誌に載っていること自体、ここに書きとめておく価値のあることだろう。盛岡藩士が地元から江戸経由で甲府・伊勢・そして大阪へと旅した記録で、今回は江戸にいたるまで。非常に面白い史料で、この史料だけでも論文が書けそうだ。
また本誌には「暖」というペンネームで「江戸文学と序文と勧善懲悪」という評論を書いている人がいるが、この人はこの人で、どうも私のよく知っている学生のようである・・・・。
そうしているうちにも、時間はどんどん過ぎてゆく。たのまれている講演もあと10日ちょっとだし、6月の学会のシンポジウムではディスカサントをつとめることになっている。ピンチヒッターで急遽頼まれたふたつ授業のうち、ひとつは大人数のため、準備もけっこう大変(リアクションペーパーにフィードバックするので)ではあるが、結構楽しくやらせてもらっているのは長年の習いか。
さて、そういう中で、ここ数ヶ月、いただいた本についてコメントをずっとさぼっている。ブログの更新回数もめっきり減っているところ、反省している。おいつけるかどうかわからないが、少しずつ少しずつ・・・。
今日は、大阪大学の学生サークルが出している『待兼山文學』2022上半期号を紹介する。この同人誌、ありがちな文芸誌とはちがってちょっと学術色があるのが特徴で、以前私もインタビューを受けたことがある。
今回の特集は、大阪大学の刀根山寮の寮長らへのインタビューと、マルグリッド・デュラス『破壊した、と彼女は言う』の読書会記録。そして投稿作品のなかになんと、自分の持っている写本紀行文の注釈付き翻刻(それも連載第1回)がある。この著者Sさんは、入学直後に、漢詩文の稿本(和本)について私に質問してきて驚かせてくれた人で今3回生。現在日本史専修で近世出版史や思想史をやりたいという人である。こういうものが阪大の学生の同人誌に載っていること自体、ここに書きとめておく価値のあることだろう。盛岡藩士が地元から江戸経由で甲府・伊勢・そして大阪へと旅した記録で、今回は江戸にいたるまで。非常に面白い史料で、この史料だけでも論文が書けそうだ。
また本誌には「暖」というペンネームで「江戸文学と序文と勧善懲悪」という評論を書いている人がいるが、この人はこの人で、どうも私のよく知っている学生のようである・・・・。
2022年04月15日
『語文』116・117
大阪大学国語国文学会が刊行する学会誌『語文』116・117号は3月下旬に刊行されている。金水敏先生と私の退職が同じ時になったため、二人の退休記念特輯となっている。素晴らしい研究・教育そして研究科運営・学内運営の実績のある金水先生と並んで名前を出していただけるのは、なんとももったいないことであるが、幸せなことでもある。
巻頭の送辞を書いていただいた岡島昭浩さんは、金水先生の後をになう国語学の教授でもあるが、私の大学時代の後輩でもある。過分なお言葉をいただきこれまた恐縮である。
さてこの特輯号には、私の教え子である5人の方が論文を掲載してくれている。当たり前のことだが、博士課程在学中までは、彼らの論文を私は必ず読んで何かコメントしてきたわけだが、博士論文を提出したあとは、もう彼らが自分で論文を書いていくわけである。ある意味、自由である。今回、仲沙織さん、辻村尚子さん、浜田泰彦さんの論文がそれにあたる(岡部祐佳さん、金智慧さんはどっかの段階でそれなりに私が見ている)。三者三様というか、それぞれが、独自の研究方法と文体をものしつつあるという印象を受けた。
浜田さんの「書名「奇談」素描−文事領域拡大の原動力」については、私の「奇談」研究を拡げるという意図をもつもので、実は少し驚いた。近世後期の読み物によく出てくる「奇談」の書名については、私も気にはしていたが、とても網羅的に調べられるものではないとちょっと諦めていたので。
いずれにせよ、彼らは既に学会の中堅といえる経験を積んできている、だがまだ一書を成すにいたっていないので、どういう本を書いてくれるのかというのが、私の退職後の楽しみになるだろう。
巻頭の送辞を書いていただいた岡島昭浩さんは、金水先生の後をになう国語学の教授でもあるが、私の大学時代の後輩でもある。過分なお言葉をいただきこれまた恐縮である。
さてこの特輯号には、私の教え子である5人の方が論文を掲載してくれている。当たり前のことだが、博士課程在学中までは、彼らの論文を私は必ず読んで何かコメントしてきたわけだが、博士論文を提出したあとは、もう彼らが自分で論文を書いていくわけである。ある意味、自由である。今回、仲沙織さん、辻村尚子さん、浜田泰彦さんの論文がそれにあたる(岡部祐佳さん、金智慧さんはどっかの段階でそれなりに私が見ている)。三者三様というか、それぞれが、独自の研究方法と文体をものしつつあるという印象を受けた。
浜田さんの「書名「奇談」素描−文事領域拡大の原動力」については、私の「奇談」研究を拡げるという意図をもつもので、実は少し驚いた。近世後期の読み物によく出てくる「奇談」の書名については、私も気にはしていたが、とても網羅的に調べられるものではないとちょっと諦めていたので。
いずれにせよ、彼らは既に学会の中堅といえる経験を積んできている、だがまだ一書を成すにいたっていないので、どういう本を書いてくれるのかというのが、私の退職後の楽しみになるだろう。
2022年04月13日
サロン!雅と俗。大坂画壇の復権
退職はしたものの、今度は引っ越しでてんやわんやである。本をふくめて、この20年間でいろんなモノがたまりにたまっている。しかし、なにを捨てるかを撰んでいる暇もない。なにはともあれ、こういうモノに溢れた住まいには退職後は住みたくないので、かなり思い切ってすてるのだが、本だけはなかなかむずかしい。70%くらい処分するのが理想なのだが、今の調子じゃ7%くらいじゃないの?そんなことでいいのか!
と自問自答していくうちにも引っ越し予定日はせまってくる。前期は週に2回非常勤があって、そのうち1回は京都である。そこで、その日に合わせて、「サロン!雅と俗 京の大家と知られざる大坂画壇」の展示を見に、京都国立近代美術館へきのう行ってきた。この展示だけは絶対に外せない。どんなに時間がなくても。
かくして会場へ行って1点1点見ていくと、もうこれが喜び、驚き、感激の連続で・・・・。
とはいえ、最も注目すべきなのは、近世絵画といえば「京都画壇」という「常識」をひっくりかえし、「大坂画壇」の重要性、歴史的意義を打ち出し、若冲や蘆雪なども大坂画壇抜きでは語れないという視点である。展示図録の解説でいえば、関西大学名誉教授中谷伸生の主張である。
最近、丹羽桃溪のことを調べることがあり、そこから大坂画壇の豊かさについて思いをいたしていただけに、まさに膝を打つ指摘であった。
蕪村も秋成も大雅も若冲も、大坂と関わりがある。そして蒹葭堂というネットワークの中心にいる人物の画業にも照明があてられた。秋成作の涼炉には、葦と蟹の意匠。最近私が話した(書きもした・・・まだ公刊されていないが)「浪花人秋成」を象徴する意匠である。蒹葭堂日記の実物も。
とにかく素晴らしい展示。ありがとう。観覧後、同館のカフェテラスで食事していると、春の爽やかな風が散り初めた桜の香りを運んできてくれた。
と自問自答していくうちにも引っ越し予定日はせまってくる。前期は週に2回非常勤があって、そのうち1回は京都である。そこで、その日に合わせて、「サロン!雅と俗 京の大家と知られざる大坂画壇」の展示を見に、京都国立近代美術館へきのう行ってきた。この展示だけは絶対に外せない。どんなに時間がなくても。
かくして会場へ行って1点1点見ていくと、もうこれが喜び、驚き、感激の連続で・・・・。
とはいえ、最も注目すべきなのは、近世絵画といえば「京都画壇」という「常識」をひっくりかえし、「大坂画壇」の重要性、歴史的意義を打ち出し、若冲や蘆雪なども大坂画壇抜きでは語れないという視点である。展示図録の解説でいえば、関西大学名誉教授中谷伸生の主張である。
最近、丹羽桃溪のことを調べることがあり、そこから大坂画壇の豊かさについて思いをいたしていただけに、まさに膝を打つ指摘であった。
蕪村も秋成も大雅も若冲も、大坂と関わりがある。そして蒹葭堂というネットワークの中心にいる人物の画業にも照明があてられた。秋成作の涼炉には、葦と蟹の意匠。最近私が話した(書きもした・・・まだ公刊されていないが)「浪花人秋成」を象徴する意匠である。蒹葭堂日記の実物も。
とにかく素晴らしい展示。ありがとう。観覧後、同館のカフェテラスで食事していると、春の爽やかな風が散り初めた桜の香りを運んできてくれた。
2022年04月05日
古典の中の地球儀
荒木浩さん『古典の中の地球儀』(NTT出版、2022年3月)が刊行されました。
すでに川平敏文さんが、ブログで的確な書評を書いておられます。100%同感なので、何も言うことはないのですが、かつての同僚(私の研究室のお隣の研究室だった)である荒木さんの研究の進化(あるいは深化)と拡がりに感嘆している者として、「研究者荒木浩」について思うところを述べてみたく思います。
荒木さんの論文を拝読していると必ず驚くような自在な展開があります。その連想力、繋げる力は、もちろん該博な知識を前提としているものの、単なる豊富な知識だけのものではありません。また、松田修のような強烈な感性による華麗な展開という個人プレーでもありません。全体としては「荒木節」になってはいますが、いわゆるアクの強さというものを感じさせない、ニュートラルな展開を可能にしているのは、むしろ余人を以て代えがたい文章芸だと感じます。
さて、『古典の中の地球儀』ですが、文字通り古今東西の様々な文献(のみならず、映画や落語や演劇も)が出てきます。しかし、そういう博学を誇るタイプの本はもちろん他にもあるのですが、荒木さんの本はいつもひと味違います。
それは咀嚼力というべきものではないかと私は見ています。旺盛な筆力を誇る研究者は、自分の読み込んだテキストと関わらせつつ考察を展開するケースがよく見受けられますが、荒木さんにはそういう「出た!」という定番テキストがそんなにないように思います。一見恣意的な結びつけでありながら、非常に興味深い関連テキストを持ってくる。論の展開を追っているうちに、そのテキストを補助線として論じるのが「それしかない」と思わせるほど魅力を持ってしまう。しかし荒木さんでない人が同じ論じ方が出来るのかと問うと、それは真似できなさそうだと思います。なにが違うのかというと、テキストの咀嚼力ではないでしょうか。その咀嚼は荒木流ではあるけれど、咀嚼そのものの強さによって、誰にも飲み込めるものにしてしまっている。すっと入ってくるのです。
本書にはグローバルといえる魅力的な主題がいくつかあります。そのひとつが仏伝と源氏物語の関係。すでに荒木さんには源氏物語を論じた著書もありますが、本書は、インドでの客員教授体験談から紡ぎ出される異文化理解の文脈と、斎藤美奈子のいわゆる「妊娠小説」として『源氏物語』を読むという視点から、『源氏物語』が鮮やかなほど妖しい物語として再生します。仏伝が源氏物語の典拠であるというレベルにとどまっていないのです。古典文学再生のヒントが鏤められているのです。それは本書のひとつの「意匠」であると言い方もできるでしょう。
すでに川平敏文さんが、ブログで的確な書評を書いておられます。100%同感なので、何も言うことはないのですが、かつての同僚(私の研究室のお隣の研究室だった)である荒木さんの研究の進化(あるいは深化)と拡がりに感嘆している者として、「研究者荒木浩」について思うところを述べてみたく思います。
荒木さんの論文を拝読していると必ず驚くような自在な展開があります。その連想力、繋げる力は、もちろん該博な知識を前提としているものの、単なる豊富な知識だけのものではありません。また、松田修のような強烈な感性による華麗な展開という個人プレーでもありません。全体としては「荒木節」になってはいますが、いわゆるアクの強さというものを感じさせない、ニュートラルな展開を可能にしているのは、むしろ余人を以て代えがたい文章芸だと感じます。
さて、『古典の中の地球儀』ですが、文字通り古今東西の様々な文献(のみならず、映画や落語や演劇も)が出てきます。しかし、そういう博学を誇るタイプの本はもちろん他にもあるのですが、荒木さんの本はいつもひと味違います。
それは咀嚼力というべきものではないかと私は見ています。旺盛な筆力を誇る研究者は、自分の読み込んだテキストと関わらせつつ考察を展開するケースがよく見受けられますが、荒木さんにはそういう「出た!」という定番テキストがそんなにないように思います。一見恣意的な結びつけでありながら、非常に興味深い関連テキストを持ってくる。論の展開を追っているうちに、そのテキストを補助線として論じるのが「それしかない」と思わせるほど魅力を持ってしまう。しかし荒木さんでない人が同じ論じ方が出来るのかと問うと、それは真似できなさそうだと思います。なにが違うのかというと、テキストの咀嚼力ではないでしょうか。その咀嚼は荒木流ではあるけれど、咀嚼そのものの強さによって、誰にも飲み込めるものにしてしまっている。すっと入ってくるのです。
本書にはグローバルといえる魅力的な主題がいくつかあります。そのひとつが仏伝と源氏物語の関係。すでに荒木さんには源氏物語を論じた著書もありますが、本書は、インドでの客員教授体験談から紡ぎ出される異文化理解の文脈と、斎藤美奈子のいわゆる「妊娠小説」として『源氏物語』を読むという視点から、『源氏物語』が鮮やかなほど妖しい物語として再生します。仏伝が源氏物語の典拠であるというレベルにとどまっていないのです。古典文学再生のヒントが鏤められているのです。それは本書のひとつの「意匠」であると言い方もできるでしょう。
2022年04月04日
退職のごあいさつ
ご挨拶が遅くなりましたが、3月31日をもって大阪大学を退職しました。
在職中は、様々にご迷惑をおかけしましたが、皆さんのおかげで無事に退職にいたりました。どうもありがとうございます。
4月1日からは、大阪大学招へい教員として受け入れていただき、いくつかの非常勤のコマを持つことになります。研究プロジェクトや出版企画にもいくつか関わっていきます。私自身、やり残した研究課題がありますので、それにも取り組んでいきたいと思います。
近いうちに、私の研究用のウェブサイトも立ち上げる予定です。
当面、本ブログでは、紹介しようと思っていたいくつかの研究書や研究雑誌、研究報告書についてぼちぼち紹介していこうと思います。
よろしくお願い申し上げます。
在職中は、様々にご迷惑をおかけしましたが、皆さんのおかげで無事に退職にいたりました。どうもありがとうございます。
4月1日からは、大阪大学招へい教員として受け入れていただき、いくつかの非常勤のコマを持つことになります。研究プロジェクトや出版企画にもいくつか関わっていきます。私自身、やり残した研究課題がありますので、それにも取り組んでいきたいと思います。
近いうちに、私の研究用のウェブサイトも立ち上げる予定です。
当面、本ブログでは、紹介しようと思っていたいくつかの研究書や研究雑誌、研究報告書についてぼちぼち紹介していこうと思います。
よろしくお願い申し上げます。
2022年03月31日
近世中後期上方文壇人的交流データベース開始のお知らせ
私が代表を務めていた2017年度〜2020年度科研基盤(B)「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」は、コロナ禍のため調査が思うようにできず、2021年度まで繰り延べをいたしまして、先般ようやく成果報告書を刊行し、各方面に配布したところです。
さて、その報告書の送り状にも書きましたとおり、掲載した2つのデータベース、すなわち、小沢蘆庵自筆『六帖詠藻』と、妙法院蔵『妙法院日次記』の安永5年から寛政8年までの本文における、人的交流に関わる事項を一度に検索できるポータルサイトが出来ました。近世中後期の上方文壇でいかなる人的交流が生まれていたかを調べることができます。データ入力のための資料としては、蘆庵文庫研究会編『研究叢書486 小沢蘆庵自筆 六帖詠藻 本文と研究』(和泉書院、2017年)と、妙法院史研究会校訂『妙法院日次記』(第22までは続群書類従完成会、第23から25までは八木書店)を使用しました。『六帖詠藻』は人的交流資料の宝庫とされています。また18世紀後半における京都文壇でキーパースンの役割を果たした妙法院宮真仁法親王の人的交流は、文壇のみならず画壇研究からも注目されています。是非一度お試し下さい。
https://jintekikoryu.is-trm.net
いろいろな使い方が可能で、たとえば「妙法院日次記」を指定して、キーワードに「真仁」を指定、安永5年〇月から安永6年〇月と期間を指定すると、そのままその期間の真仁の人的交流年表として使えます。
このデータベースは研究分担者の加藤弓枝さんの御仲介で、鶴見大学の田辺良則先生、荻野菜々さんが作成して下さいました。どうもありがとうございました。
お使いになってお気づきの点などあれば、どうぞお知らせ下さい。
さて、その報告書の送り状にも書きましたとおり、掲載した2つのデータベース、すなわち、小沢蘆庵自筆『六帖詠藻』と、妙法院蔵『妙法院日次記』の安永5年から寛政8年までの本文における、人的交流に関わる事項を一度に検索できるポータルサイトが出来ました。近世中後期の上方文壇でいかなる人的交流が生まれていたかを調べることができます。データ入力のための資料としては、蘆庵文庫研究会編『研究叢書486 小沢蘆庵自筆 六帖詠藻 本文と研究』(和泉書院、2017年)と、妙法院史研究会校訂『妙法院日次記』(第22までは続群書類従完成会、第23から25までは八木書店)を使用しました。『六帖詠藻』は人的交流資料の宝庫とされています。また18世紀後半における京都文壇でキーパースンの役割を果たした妙法院宮真仁法親王の人的交流は、文壇のみならず画壇研究からも注目されています。是非一度お試し下さい。
https://jintekikoryu.is-trm.net
いろいろな使い方が可能で、たとえば「妙法院日次記」を指定して、キーワードに「真仁」を指定、安永5年〇月から安永6年〇月と期間を指定すると、そのままその期間の真仁の人的交流年表として使えます。
このデータベースは研究分担者の加藤弓枝さんの御仲介で、鶴見大学の田辺良則先生、荻野菜々さんが作成して下さいました。どうもありがとうございました。
お使いになってお気づきの点などあれば、どうぞお知らせ下さい。
2022年02月06日
名所の図像学 シンポジウム
2021年度大阪大学文学研究科国際共同研究力向上推進プログラム「デジタル文学地図の構築と日本文化研究・教育への貢献」主催、
科研基盤研究(B)「デジタル文学地図の構築と日本古典文学研究・古典教育への展開」共催の国際シンポジウム「名所の図像学」を下記の要領(オンライン)で開催いたします。
ご関心のおありの方は、是非ご参加ください。事前登録制(上限100名、締め切り2月13日)です。
ご興味のありそうな方にもお知らせ下されば幸いです。
国際シンポジウム 名所の図像学
2022年2月16日(水) 16:00〜19:00 Zoomによるオンライン
16:00 開会のあいさつおよび登壇者紹介
第1部 基調講演(16:05〜17:05)
大久保純一(国立歴史民俗博物館教授、町田市立国際版画美術館館長)
広重の作品から考える名所絵の要件
第2部 パネルディスカッション(17:15〜19:00) 名所の図像学
【発表】
田代 一葉(静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授)
江戸時代の屛風歌・障子歌にみる名所
真島 望 (成城大学非常勤講師)
名所イメージの生成と固定 江戸地誌・名所絵本を例として
門脇 むつみ (大阪大学)
名所絵の作り方
【討論】
大久保純一・田代一葉・真島望・門脇むつみ
ディスカサント ユディット・アロカイ
司会 飯倉洋一
事前登録のグーグルフォーム
https://docs.google.com/forms/d/1YAvAbGtBsqH4M1o2PMxjv3qirr4gAkPJW0Jh5lSFWbA/
チラシのQRコードからも登録できます。

科研基盤研究(B)「デジタル文学地図の構築と日本古典文学研究・古典教育への展開」共催の国際シンポジウム「名所の図像学」を下記の要領(オンライン)で開催いたします。
ご関心のおありの方は、是非ご参加ください。事前登録制(上限100名、締め切り2月13日)です。
ご興味のありそうな方にもお知らせ下されば幸いです。
国際シンポジウム 名所の図像学
2022年2月16日(水) 16:00〜19:00 Zoomによるオンライン
16:00 開会のあいさつおよび登壇者紹介
第1部 基調講演(16:05〜17:05)
大久保純一(国立歴史民俗博物館教授、町田市立国際版画美術館館長)
広重の作品から考える名所絵の要件
第2部 パネルディスカッション(17:15〜19:00) 名所の図像学
【発表】
田代 一葉(静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授)
江戸時代の屛風歌・障子歌にみる名所
真島 望 (成城大学非常勤講師)
名所イメージの生成と固定 江戸地誌・名所絵本を例として
門脇 むつみ (大阪大学)
名所絵の作り方
【討論】
大久保純一・田代一葉・真島望・門脇むつみ
ディスカサント ユディット・アロカイ
司会 飯倉洋一
事前登録のグーグルフォーム
https://docs.google.com/forms/d/1YAvAbGtBsqH4M1o2PMxjv3qirr4gAkPJW0Jh5lSFWbA/
チラシのQRコードからも登録できます。
2022年01月30日
在職あと2ヶ月
研究の紹介を旨とするこのブログでありますが、最近さっぱりで自分のことばかり書いて申し訳ありません。ただいま科研報告書を絶賛作成中なのですが、ちょっと一息ついてこの文章を書いています。
1月に入ってあっというまに30日。いよいよ退職が迫ってきております。
1月27日の木曜日には、学部生の日本文学演習を行いましたが、これが私の最後の授業となりました。最近発見され、昨年5月に影印翻刻が出たばかりの、秋成自筆『春雨物語』羽倉本を、各諸本比べながら地道に読んでいくオーソドックスな通年の演習で、受講者は20名ほど。コロナが収まった後期の10回ほどは、対面でやることも出来ました。2年生が大部分のクラスでしたが、彼らの成長は著しく、結構本気で面白がってくれて、毎時間時間オーバーになるくらいの活発な議論が展開されました。この未知のテキストを読むことで、最後がまとまるのではなく、開かれたまま終わる感じがよかったです。
最後の議論では、研究者の議論かとまがうような高度な議論が展開されていて、オンラインながら思い出に残りそうな「最終授業」となりました。私はいわゆる最終講義はしませんので、これが正真正銘の最終講義となりました。
山口大学で14年、大阪大学で21年、ほかいろいろなところで非常勤もやらせてもらい、あまりリピートはしない方なので、たぶん100以上の違った演習・講義をやったかなと思います。その予習と現場での学生とのやりとりが私の財産です。まあ、これからも多少教育に関わりますし、研究も従来通り続けますので、それに生かせればと思っています。
とはいえ、まだまだ後片付けモードにはなっていません。主宰するシンポジウムが1本、登壇するシンポジウムが1本、書かねばならない論文が2本あるほか、卒論・修論・博論の試問が18本あって、そのうち9本が主査です。博論は5本で主査3本。最後まで走り続ける感じですね。採点の祭典もこれからです。最後までバタバタいたします。とりあえず次のエントリーは、シンポジウムのご案内になるでしょう。いましばらくお付き合いを。
そして、研究書の紹介はもう少しあとになりそうです。申し訳ありません。
1月に入ってあっというまに30日。いよいよ退職が迫ってきております。
1月27日の木曜日には、学部生の日本文学演習を行いましたが、これが私の最後の授業となりました。最近発見され、昨年5月に影印翻刻が出たばかりの、秋成自筆『春雨物語』羽倉本を、各諸本比べながら地道に読んでいくオーソドックスな通年の演習で、受講者は20名ほど。コロナが収まった後期の10回ほどは、対面でやることも出来ました。2年生が大部分のクラスでしたが、彼らの成長は著しく、結構本気で面白がってくれて、毎時間時間オーバーになるくらいの活発な議論が展開されました。この未知のテキストを読むことで、最後がまとまるのではなく、開かれたまま終わる感じがよかったです。
最後の議論では、研究者の議論かとまがうような高度な議論が展開されていて、オンラインながら思い出に残りそうな「最終授業」となりました。私はいわゆる最終講義はしませんので、これが正真正銘の最終講義となりました。
山口大学で14年、大阪大学で21年、ほかいろいろなところで非常勤もやらせてもらい、あまりリピートはしない方なので、たぶん100以上の違った演習・講義をやったかなと思います。その予習と現場での学生とのやりとりが私の財産です。まあ、これからも多少教育に関わりますし、研究も従来通り続けますので、それに生かせればと思っています。
とはいえ、まだまだ後片付けモードにはなっていません。主宰するシンポジウムが1本、登壇するシンポジウムが1本、書かねばならない論文が2本あるほか、卒論・修論・博論の試問が18本あって、そのうち9本が主査です。博論は5本で主査3本。最後まで走り続ける感じですね。採点の祭典もこれからです。最後までバタバタいたします。とりあえず次のエントリーは、シンポジウムのご案内になるでしょう。いましばらくお付き合いを。
そして、研究書の紹介はもう少しあとになりそうです。申し訳ありません。
2022年01月08日
浪花人秋成
あけましておめでとうございます。
年賀状は印刷したものの、まだ少ししか出せていません。この場を借りてお詫び申し上げます。
遅れてしまいますが、これから出しますので。
今年最初の記事は、大阪大学国語国文学会。院生3名の発表と、昨年4月に着任された渡邊英理さん、今年3月に退職する金水敏さんと私の講演があった。
(ブログでは基本さんづけなのでご理解ください)
とくに私たちの講演はひとり90分も時間をいただいていたので、全体としては大変な長丁場になった。
私は「浪花人秋成」と題して講演。新出秋成自筆羽倉本『春雨物語』の奥書に「浪花人」と秋成は記していた。それがこの問題を考えるきっかけ。調べていくと、最晩年に「浪花」「難波」を意識した歌や署名が多い。京都に住んでいるのに、である。そういえば過去帳にも、わざわざ「大坂の人、歌道の達人」と記す。これは、秋成が(60歳以後)京都に住んでいながら、「浪花人」を強く自覚し、また標榜していたということではないか。なぜ?
それを追究してみたわけである。時間を余して議論したかったのだが、馬鹿なことに時間配分を失敗し、90分めいっぱいしゃべってしまった。とはいえ、オンライン懇親会のブレークアウトルームで、結構楽しい議論が出来たのでよかった。
自分の出身と違う土地で暮らしたり、働いたりする人は多いから、この問題はじつは普遍的である。金水先生も挨拶の中で、阪大にきてからのアウェー感を語っていたけれど、それである。そのアウェー感を、空間的雅俗論と重ねて提示したのが今回の講演の趣旨であった。金水先生がいみじくも指摘されていたように、秋成のこの問題、私自身が大阪に出てきて感じたことと重ねていたのである。
ブレークアウトルームの議論では、久しぶりに私のゼミの1期生、現ゼミ生、そしてOBの方、さらには国語学の人まで来てくれて、楽しい議論ができたことに感謝!である。
年賀状は印刷したものの、まだ少ししか出せていません。この場を借りてお詫び申し上げます。
遅れてしまいますが、これから出しますので。
今年最初の記事は、大阪大学国語国文学会。院生3名の発表と、昨年4月に着任された渡邊英理さん、今年3月に退職する金水敏さんと私の講演があった。
(ブログでは基本さんづけなのでご理解ください)
とくに私たちの講演はひとり90分も時間をいただいていたので、全体としては大変な長丁場になった。
私は「浪花人秋成」と題して講演。新出秋成自筆羽倉本『春雨物語』の奥書に「浪花人」と秋成は記していた。それがこの問題を考えるきっかけ。調べていくと、最晩年に「浪花」「難波」を意識した歌や署名が多い。京都に住んでいるのに、である。そういえば過去帳にも、わざわざ「大坂の人、歌道の達人」と記す。これは、秋成が(60歳以後)京都に住んでいながら、「浪花人」を強く自覚し、また標榜していたということではないか。なぜ?
それを追究してみたわけである。時間を余して議論したかったのだが、馬鹿なことに時間配分を失敗し、90分めいっぱいしゃべってしまった。とはいえ、オンライン懇親会のブレークアウトルームで、結構楽しい議論が出来たのでよかった。
自分の出身と違う土地で暮らしたり、働いたりする人は多いから、この問題はじつは普遍的である。金水先生も挨拶の中で、阪大にきてからのアウェー感を語っていたけれど、それである。そのアウェー感を、空間的雅俗論と重ねて提示したのが今回の講演の趣旨であった。金水先生がいみじくも指摘されていたように、秋成のこの問題、私自身が大阪に出てきて感じたことと重ねていたのである。
ブレークアウトルームの議論では、久しぶりに私のゼミの1期生、現ゼミ生、そしてOBの方、さらには国語学の人まで来てくれて、楽しい議論ができたことに感謝!である。
2021年12月26日
雅俗論のゆくえシンポジウム
お久しぶりです。この間、多くの素晴らしい研究書がいくつも刊行されていて、ここで取り上げるべきなのですが、いましばらくお待ち下さい。
ただ、今日は下記のことを書くことをお許し下さい。
今日は「雅俗の会」主催で、「雅俗論のゆくえ」と題するシンポジウムがオンライン(teams)で開催されました。
私もパネリストとして参加。研究関係では今年度の仕事納めとなりました(教育・事務関係はまだまだあります)。
基調報告は、川平敏文さんの「雅俗論史」で、これまでの雅俗論研究史を整理するとともに、その問題点を指摘、見事な整理だったと思います。
ついで行われたパネルは、深沢了子さんが宗因、私が秋成、小林ふみ子さんが南畝、菱岡憲司さんが小津桂窓(と馬琴)に即して、雅俗の問題について、それぞれの立場から提言を行った。ディスカサントの勝又基さんも、シンポを総括して雅俗論の今後について提言した。フロアを含めての討論では、雅俗論の可能性と限界について議論がなされた。中野三敏先生の三回忌記念でもあった本シンポジウムには、ご子息の学而さんと泰而さんも参加されていた。
私としては非常に勉強になった3時間だったが、改めて雅俗論のもつせいポテンシャルと、その混沌性を強く認識させられた。
シンポジウムのあとで、メールを下さった方もいて、たいへん嬉しく手応えを感じた。
シンポのあとで、司会の川平さんとパネリストでちょっと反省会もどきのおしゃべりをしたのだが、ここで議論を終えるのはもったいないと思って、参加してくださった方にご意見・ご感想を求める提案をした。本シンポの内容は次号の『雅俗』に掲載されるということだが、通算20号を数えて一つの歴史をつくってきた『雅俗』の次の10年を見据えた特集になることを心から期待している。
久しぶりに、九州の研究会に戻った気分で楽しかった。川平さんをはじめとする雅俗の会のみなさん、そしてパネリストの皆さんに感謝である。
ただ、今日は下記のことを書くことをお許し下さい。
今日は「雅俗の会」主催で、「雅俗論のゆくえ」と題するシンポジウムがオンライン(teams)で開催されました。
私もパネリストとして参加。研究関係では今年度の仕事納めとなりました(教育・事務関係はまだまだあります)。
基調報告は、川平敏文さんの「雅俗論史」で、これまでの雅俗論研究史を整理するとともに、その問題点を指摘、見事な整理だったと思います。
ついで行われたパネルは、深沢了子さんが宗因、私が秋成、小林ふみ子さんが南畝、菱岡憲司さんが小津桂窓(と馬琴)に即して、雅俗の問題について、それぞれの立場から提言を行った。ディスカサントの勝又基さんも、シンポを総括して雅俗論の今後について提言した。フロアを含めての討論では、雅俗論の可能性と限界について議論がなされた。中野三敏先生の三回忌記念でもあった本シンポジウムには、ご子息の学而さんと泰而さんも参加されていた。
私としては非常に勉強になった3時間だったが、改めて雅俗論のもつせいポテンシャルと、その混沌性を強く認識させられた。
シンポジウムのあとで、メールを下さった方もいて、たいへん嬉しく手応えを感じた。
シンポのあとで、司会の川平さんとパネリストでちょっと反省会もどきのおしゃべりをしたのだが、ここで議論を終えるのはもったいないと思って、参加してくださった方にご意見・ご感想を求める提案をした。本シンポの内容は次号の『雅俗』に掲載されるということだが、通算20号を数えて一つの歴史をつくってきた『雅俗』の次の10年を見据えた特集になることを心から期待している。
久しぶりに、九州の研究会に戻った気分で楽しかった。川平さんをはじめとする雅俗の会のみなさん、そしてパネリストの皆さんに感謝である。
2021年12月06日
親孝行の日本史
勝又基さんの『親孝行の日本史』(中公新書、2021年11月)が少し前に刊行されたが、ようやく読了。最近いわゆる「こてほん」で一緒に仕事をして、いままた別の企画で協同しているのだが、実は私の大学院の後輩でもある。一回り以上歳下ではあるが、目覚ましく活躍されており、とくに海外での教育活動に熱心である。私も海外学会に誘っていただいて大変感謝している。
江戸時代の親孝行といえば勝又さんの専売特許・・・、ところが本書は「日本史」を謳い、古代から近代までをカバーする通史的な本になっているので驚いた。中公新書では「〇〇の日本史」というタイトルの本がいくつか出ていてそれに連なるものである。
近代以降に結構力が注がれていて、私としてはここが一番面白く読んだ。
森鷗外や太宰治が江戸時代の「孝」をテーマとするテキストを典拠として創作した小説が、彼らのどのような視線で書き換えられ、別の主題にとって変えられたかを論ずる第六章、明治以後の孝子顕彰や疑似家族的天皇制国家デザインに親孝行推奨を絡めて考察する第七章など、なかなか面白い。いずれも江戸時代の孝についての見識がなければ書けない内容であることが重要だ。ちなみに鷗外の『最後の一句』の、事実を踏まえた創作については、阪大リーブル『江戸時代の親孝行』(大阪大学出版会)で湯浅邦弘さんも考察していたと思う。
第六章は、江戸の「孝」思想と近代の「孝」観の違いを浮き立たせているが、第七章はむしろ「孝」における江戸と明治の連続を指摘しているようである。
第六章は文学を、第七章は政治を扱っているともいえるが、近代におけるこの両面のあり方を今後掘り下げていただければと思う。
本書のあとがきには、校正中に急逝されたご母堂への謝辞が記されている。本書の出版はなによりの親孝行だっただろう。
それだけではなく、本書は彼の師である(私の師でもある)、中野三敏先生の三回忌にあたるタイミングで出版されている。これは偶然ではなさそうだ。なぜなら、中野先生は、彼にとって(私にとってでもあるが)学問上の父であり、尊敬する父へ捧げられた本でもあると思われるからだ。
江戸時代の親孝行といえば勝又さんの専売特許・・・、ところが本書は「日本史」を謳い、古代から近代までをカバーする通史的な本になっているので驚いた。中公新書では「〇〇の日本史」というタイトルの本がいくつか出ていてそれに連なるものである。
近代以降に結構力が注がれていて、私としてはここが一番面白く読んだ。
森鷗外や太宰治が江戸時代の「孝」をテーマとするテキストを典拠として創作した小説が、彼らのどのような視線で書き換えられ、別の主題にとって変えられたかを論ずる第六章、明治以後の孝子顕彰や疑似家族的天皇制国家デザインに親孝行推奨を絡めて考察する第七章など、なかなか面白い。いずれも江戸時代の孝についての見識がなければ書けない内容であることが重要だ。ちなみに鷗外の『最後の一句』の、事実を踏まえた創作については、阪大リーブル『江戸時代の親孝行』(大阪大学出版会)で湯浅邦弘さんも考察していたと思う。
第六章は、江戸の「孝」思想と近代の「孝」観の違いを浮き立たせているが、第七章はむしろ「孝」における江戸と明治の連続を指摘しているようである。
第六章は文学を、第七章は政治を扱っているともいえるが、近代におけるこの両面のあり方を今後掘り下げていただければと思う。
本書のあとがきには、校正中に急逝されたご母堂への謝辞が記されている。本書の出版はなによりの親孝行だっただろう。
それだけではなく、本書は彼の師である(私の師でもある)、中野三敏先生の三回忌にあたるタイミングで出版されている。これは偶然ではなさそうだ。なぜなら、中野先生は、彼にとって(私にとってでもあるが)学問上の父であり、尊敬する父へ捧げられた本でもあると思われるからだ。
2021年11月24日
上田秋成研究最前線
『アナホリッシュ國文學』10号(2021年11月)は、「特集〈文人〉の季節−上田秋成とその時代」と銘打って、久しぶりに「上田秋成」の雑誌特集が出た。岩波の『文学』が没後200年を記念して出して以来12年ぶりである。この間、秋成研究はどう進んできたかというと、それほど隆盛というわけではなかった。実は少し前某雑誌で秋成特集の編集を打診されたことがあったが、なんとなく時期ではないと思った。しかし、羽倉本『春雨物語』が今年春に誰でも見られるようになって、にわかに活気づいてきた。その前からこの特集は予定されていたから、これは本当に偶然なタイムリーである。この雑誌のあちこちに、羽倉本についての言及があるだけでなく、はじめての本格的な論文も2本出た。羽倉本の出現で、秋成研究の景色が変わる、その発端となる雑誌特集になったのである。
巻頭は高田衛先生と長島弘明さんの対談。ここ30数年、高田先生にいたっては50年ちかく、秋成研究を牽引しつづけてきたお二人である。高田先生の不朽の名著『上田秋成年譜考説』の出版裏話がはじめて具体的に公にされる。また新出羽倉本『春雨物語』出現の意義を長島さんが語る、そして村上春樹『海辺のカフカ』と秋成についての高田説や映画『雨月物語』談義。
論文についてもいくつか。稲田篤信さんの「「天津処女」考」は、春雨物語を絵詞として読むシリーズのひとつ。同話のエピソードが画題と重なる内容があるという指摘。私には魅力的な説にうつる(私も「目ひとつの神」を「絵のない絵巻」として読むことをかつて述べた)。
『雨月物語』では風間誠史さんの「仏法僧」論や井上泰至さんの「菊花の約」論。いずれも独自の問題設定が肝。問題設定が独自であれば、どんなに論じ尽くされた作品でも、新しい読みが可能であるという事例である。もっとも私は「仏法僧」をつまらないとは思わないし、「菊花の約」で「男色」を敢えて秘したとは思わないが。こういう作品論はやはり議論の俎上に載せないとね。西鶴は最近けっこう議論されたが、秋成は秋成でおおきな論点がなくみんなが好きに言いっ放しなような気もするから、どっかでそういう場を設けられればと思うが(菊花の約では木越さんと私の論争がちょっと前にあったし、空井伸一さんからもこっぴどく批判されていたから、おまえがやれって言われそうだ)。
一戸さんの橋本経亮(つねすけ)は、もう第一人者の貫禄か。それにしても「つねあきら」と読み誤られてきたことについて、かなり憤慨しておられるのは当然か。ただ冒頭「秋成」を「あきなり」と読めない人は一般人でもいないだろうとおっしゃっていますが、「シュウセイ」という人は結構いますね。
長島さんの羽倉本『春雨物語』論は、さすが緻密な、そして大胆な分析と考察。この本の出現によって、秋成が読者によって本文を変えるという、私や高松さ亮太さん(鈴木淳さんもそういう感じがある)の考え方を長島さんもちょっと認めてくださってきたというのは誤解でしょうか?
その高松さんも羽倉本を含めた春雨の本文系統論を図で示した。これを機会に春雨本文論が再び活発化してほしい(これも、おまえもやれよと言われそう)。
劉さん、丸井さん、高野さんら、秋成研究もようやく若い方が出てきて、世代交代の萌しを見せてきたのも嬉しいことです。
私の論は、雅俗往来という言葉で、堂上と地下の人的交流の中に秋成をおいて、とくに京都時代の文事を考えたものであります。ご批正を。
とりあえずは、上田秋成研究最前線を示した雑誌特集だったといえるだろう。
巻頭は高田衛先生と長島弘明さんの対談。ここ30数年、高田先生にいたっては50年ちかく、秋成研究を牽引しつづけてきたお二人である。高田先生の不朽の名著『上田秋成年譜考説』の出版裏話がはじめて具体的に公にされる。また新出羽倉本『春雨物語』出現の意義を長島さんが語る、そして村上春樹『海辺のカフカ』と秋成についての高田説や映画『雨月物語』談義。
論文についてもいくつか。稲田篤信さんの「「天津処女」考」は、春雨物語を絵詞として読むシリーズのひとつ。同話のエピソードが画題と重なる内容があるという指摘。私には魅力的な説にうつる(私も「目ひとつの神」を「絵のない絵巻」として読むことをかつて述べた)。
『雨月物語』では風間誠史さんの「仏法僧」論や井上泰至さんの「菊花の約」論。いずれも独自の問題設定が肝。問題設定が独自であれば、どんなに論じ尽くされた作品でも、新しい読みが可能であるという事例である。もっとも私は「仏法僧」をつまらないとは思わないし、「菊花の約」で「男色」を敢えて秘したとは思わないが。こういう作品論はやはり議論の俎上に載せないとね。西鶴は最近けっこう議論されたが、秋成は秋成でおおきな論点がなくみんなが好きに言いっ放しなような気もするから、どっかでそういう場を設けられればと思うが(菊花の約では木越さんと私の論争がちょっと前にあったし、空井伸一さんからもこっぴどく批判されていたから、おまえがやれって言われそうだ)。
一戸さんの橋本経亮(つねすけ)は、もう第一人者の貫禄か。それにしても「つねあきら」と読み誤られてきたことについて、かなり憤慨しておられるのは当然か。ただ冒頭「秋成」を「あきなり」と読めない人は一般人でもいないだろうとおっしゃっていますが、「シュウセイ」という人は結構いますね。
長島さんの羽倉本『春雨物語』論は、さすが緻密な、そして大胆な分析と考察。この本の出現によって、秋成が読者によって本文を変えるという、私や高松さ亮太さん(鈴木淳さんもそういう感じがある)の考え方を長島さんもちょっと認めてくださってきたというのは誤解でしょうか?
その高松さんも羽倉本を含めた春雨の本文系統論を図で示した。これを機会に春雨本文論が再び活発化してほしい(これも、おまえもやれよと言われそう)。
劉さん、丸井さん、高野さんら、秋成研究もようやく若い方が出てきて、世代交代の萌しを見せてきたのも嬉しいことです。
私の論は、雅俗往来という言葉で、堂上と地下の人的交流の中に秋成をおいて、とくに京都時代の文事を考えたものであります。ご批正を。
とりあえずは、上田秋成研究最前線を示した雑誌特集だったといえるだろう。
2021年11月22日
学会記(国文研オンライン)
この土日は日本近世文学会。土曜は某研究会、日曜はリハーサルとていずれも9:30からZoom入り。閉会の言葉を言わねばならないのもあって、全ての発表を視聴しました。初日は、「見せる/魅せる 近世文学」というテーマで、海外2館をふくむ国内外6館の展示担当者によるパネルディスカッション。みなさんのそれぞれの努力と工夫に感服しました。「何を、どこを」「どのように」「誰に」見せるのか、そもそもどうやって展示会場に来させるのか、どうやって来た人をリピーターにするのか、また拡げてもらうのか、さまざまな課題に日々取り組んでおられる。それぞれの情報交換でもあり、今後の展望でもあったが、研究者コミュニティはそこにどう絡むのかという議論もあってよかったかもしれない。それにしても、まさに我々研究者が研究の何を、誰に、どう見せるのかという問題を突きつけたパネルでもあった。いずれにせよ、学会員以外、研究者以外に学会を開いていかねばならないとつくづく感じる。近世文学会はわずか650名のコミュニティであり、そこでしか通じない言葉で得々と語り合っている場合ではないのではと。
2日目の研究発表会では、やはり和本の表紙裏の紙に漉き込まれた人の毛髪から当時の食環境がわかるという文理融合研究であり、新しい潮流を見せたものである。もっともこの研究の目的は江戸時代の食環境(史)を明らかにするもので、江戸と上方の食生活の違いや、時代が下るにつれて食環境が変わってくる様子がデータから裏付けられるというのはすごい話であった。ただその結果は常識を覆すというものではなく、その先、あるいはそれが文学研究にどうフィードバックされるのかという点が今後の課題なのだろう。この文理融合研究、今は「文理融合できること」探しの段階のように思える。その点、古地震研究の文献学との融合は、何を明らかにするかが先にある点で、必然性というかモチベーションが高い。我々の立場から言えば理系の研究に資することは本当に大事なことであるが、一方で理系的方法をとりこまねばどうしてもわからない(料紙や墨の年代測定はそのひとつである)ところからの文理融合案件を実現していく必要があるかと思う。これには学術行政の問題でもあり、たとえば学会や国文研などが議論を起こしていくべき問題だろう。
オンライン学会ということで、質疑応答の管理がマニュアル化して、スムースだったし若い人の質問が多かったことはよかったと思う。650人のコミュニティを膨らます方向はほぼ望みがないので、他の学会や研究コミュニティとの連携、今回のような美術館のようなところとの連携、一般の方への開放など、大胆に今後を展望していく必要があるなと思ったが、若い人たちの感度には期待がもてると思っている。
学会報告というよりも、私の感想記になってしまいました。
2日目の研究発表会では、やはり和本の表紙裏の紙に漉き込まれた人の毛髪から当時の食環境がわかるという文理融合研究であり、新しい潮流を見せたものである。もっともこの研究の目的は江戸時代の食環境(史)を明らかにするもので、江戸と上方の食生活の違いや、時代が下るにつれて食環境が変わってくる様子がデータから裏付けられるというのはすごい話であった。ただその結果は常識を覆すというものではなく、その先、あるいはそれが文学研究にどうフィードバックされるのかという点が今後の課題なのだろう。この文理融合研究、今は「文理融合できること」探しの段階のように思える。その点、古地震研究の文献学との融合は、何を明らかにするかが先にある点で、必然性というかモチベーションが高い。我々の立場から言えば理系の研究に資することは本当に大事なことであるが、一方で理系的方法をとりこまねばどうしてもわからない(料紙や墨の年代測定はそのひとつである)ところからの文理融合案件を実現していく必要があるかと思う。これには学術行政の問題でもあり、たとえば学会や国文研などが議論を起こしていくべき問題だろう。
オンライン学会ということで、質疑応答の管理がマニュアル化して、スムースだったし若い人の質問が多かったことはよかったと思う。650人のコミュニティを膨らます方向はほぼ望みがないので、他の学会や研究コミュニティとの連携、今回のような美術館のようなところとの連携、一般の方への開放など、大胆に今後を展望していく必要があるなと思ったが、若い人たちの感度には期待がもてると思っている。
学会報告というよりも、私の感想記になってしまいました。

