2015年05月13日

『秋成 小説史の研究』書評

『日本文学』2015年5月号に、高田衛著『秋成 小説史の研究』の書評を載せていただいた。
この研究書は、高田衛先生の秋成研究の集大成、ではない。「本音の秋成論」というほうが正確だろう。
「見えない世界」を希求する高田の研究方法は、「見える世界」のみから「実証」できることをのみ明らかにしてゆく「実証主義」と違って、想像力が必須なのである。
 前著『春雨物語論』においても、その方法がとられていたが、今回の本はそれがあからさまな主張となっている。いわば異形の文学史研究である。
 なぜ、秋成を論じることが小説史の研究なのか?私の書評はこの問いを立て、それを解くことで終わっている。
 この書評は、今思えば高田先生に宛てて素直に書いたものだ。書名は中村幸彦の『近世小説史の研究』を意識したものではないかと私は書いたが、それはひとつの見立てである。今の近世文学研究主流への異議申し立てであり、苛立ちであり、そういう「憤り」が表出したものが、この本なのである。断っておくが決して中村批判だと言っているのではない。中村の方法を権威として盾に取り、無反省に「実証」論文を書き続ける研究者たちへの「憤り」である。
 きょう、著者自身から、本書評へのコメントを葉書でいただいた。そこには吃驚するようなことが書いてあった。私は高田衛先生の本の書評をさせていただくことの幸せをかみしめた。葉書に書かれているきわめて文学的な言葉は、当たり前だが、私だけに向けられた言葉であり、一般性はない。私だけが受け止めればよい言葉である。秋成たちの時代に文芸が個人と個人をつなぐ絆のようなものであったことを私は思い出していた。
 秋成研究の前線にいる研究者は、それぞれ相容れない方法で研究しているが、互いにそれを理解しあい、リスペクトしあっているというところがいい。それが秋成研究をやってきて本当によかったと思う最大の理由である。
 
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2015年05月04日

雅俗繚乱―中野三敏江戸学コレクションの世界―

 九州大学在学時代、どういうジャンルの演習であれ、調べていくうちに、この本が原本で見たいというのがあり、そんなとき中野三敏先生にお伺いすると、「それは僕のところにある」というお答えがかえって来るのが常であった(原本のみならず、研究書でもそうであった)。
 先生のご蔵書の多くが、九州大学に寄贈され、「雅俗文庫」と銘打たれて、整理が進み、このたび本格的な展示が九州大学図書館で行われることとなった。川平敏文さんをはじめとする関係者のご尽力に敬意を表する。
 展示期間は短いので、お近くの方、お見逃しなく。
 
 さて、展示にちなんで、講演会が開催される。恐れ多いことに、お招きいただき、中野先生のご講演に引き続いて拙い話をさせていただくことになった。まことにありがたいことで、川平さんに厚く感謝申し上げる次第である。

 情報はこちらにあるが、ここにも貼り付けさせていただく。

平成27年度九州大学開学記念行事・第56回附属図書館貴重文物展示
「雅俗繚乱 ―中野三敏 江戸学コレクションの世界―」

 九州大学は、江戸文学研究の第一人者で、本学名誉教授の中野三敏氏の手により蒐集された 明治期以前の書籍を受け入れ、 「雅俗文庫」と名付けられました。「雅」とは伝統文化で、和歌・漢詩・擬古文の類、「俗」とは新興 文化で、俳諧・川柳・小説の類を指します。「雅俗文庫」は、この双方の融和こそが江戸文化の神 髄という氏の文化観が反映された、約6,000点にのぼるコレクションです。今回の展示では、雅俗文庫を中心に約70点を展示します。



【会 期】平成27年5月11日(月)〜5月18日(月)
【開場時間】10:00〜17:00 ※16日(土)のみ18:00まで開場
【場 所】九州大学中央図書館 2階特設会場(箱崎キャンパス)
                          (福岡市東区箱崎6-10-11)
※入場無料。一般の方も観覧できます。
【主 催】九州大学附属図書館


■ 関連講演会 ■

「江戸文化辻談義――中野コレクションから見えるもの」  

【日    時】平成27年5月16日(土)13:00〜17:00
【場    所】九州大学中央図書館 4階視聴覚ホール(箱崎キャンパス)
                        (福岡市東区箱崎6-10-11)
  ※入場無料・申込不要。一般の方も参加できます。
【プログラム】
 13:00〜14:00 中野三敏氏(九州大学名誉教授、2010年文化功労者)
             「私の江戸学」
 14:20〜15:00 飯倉洋一氏(大阪大学文学研究科教授・日本近世文学)
             「読本コレクションと談義本研究」
 15:10〜15:50 岩坪充雄氏(文京学院大学・日本近世書道史)
             「近世法帖の世界」
 16:10〜17:00 トークセッション 司会:川平敏文(九州大学人文科学研究院准教授)

以上である。
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2015年04月24日

明日、京都近世小説研究会

明日の京都近世小説研究会で発表します。
風呂敷広げ系です。ただ、広げようとしても、すぐに内側に丸まってしまう癖のついた風呂敷のようで、なかなか広がってくれないもようです。
昨日、勤め先の歓迎会がありましたが、帰宅後ようやくハンドアウト作成開始。今日は授業がないので、なんとかと思っていたら、やや難題っぽい議題の会議のため、急遽招集がかかっちまった。今日中には作成できない。印刷は当日の午前だな。
いわゆる前期読本には、知的な議論が多いが、中でもそこまでやるかと思うような「学説」の取り入れがある。作者の意見を登場人物が代弁するのだが、たとえば『雨月物語』「仏法僧」の中に出てくる、伝空海の和歌中の言葉「玉川の水」についての解釈。こういうのって、物語を読む中で、当時の人は面白いって思って読んでいたわけだろう。そういうのをいくつか取り上げて、あーだこーだと考え、ご教示を賜ろうというもの。少しは準備して、と思っていましたが、かなりの部分、旧稿のくみあわせっぽいものになりそうどす。
久堀さんの御発表は、きっとしっかりしたものでしょう。これを聞くのは楽しみです。

■日時 4月25日(土)午後3時〜
■場所 同志社女子大学今出川校地
ジェームス館2階 J202号室
参照(http://www.dwc.doshisha.ac.jp/access/imadegawa/campusmap.html)
■発表
久堀裕朗氏「浄瑠璃『近江源氏先陣館』『太平頭鍪飾』の作意」
飯倉洋一氏「前期読本作者が作中に取り入れた学説をめぐって―一八世紀の仮名読物の一面―」



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2015年03月31日

クラスター報告書完成

国文研の大型プロジェクトである歴史的典籍の画像データベース化と連携ということで今年度からはじまった大阪大学文学研究科の、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター」(代表、飯倉)の成果報告書(2014年度)が、本日刊行されました。
2月18日に行われた、国際シンポジウムの報告と、大阪大学所蔵典籍で最初の画像公開予定の適塾記念館および懐徳堂文庫所蔵の典籍の目録が中心となっています。
いずれ大阪大学のOUKAにも登録されることになるでしょうが、ご要望があればPDFファイルをお送りすることができます。とりいそぎご報告まで。なお冊子は関係者を中心に4月2日以降に発送します。
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2015年02月19日

国際シンポジウムを終えて

ひとつ前のエントリーで「最終案内」した国際シンポジウムは、ネット上でかなり評判になり、主催者の予想を大きく上回る参加者がございました。アンケートもとりましたので、どのくらい回収されているかはまだ未確認ですが、わかり次第その内容も報告したいと思います。

会場の会議室は、定員72名ですが、どんどん人がやってくるので、会場変更をしなければならないかとちょっと焦りましたが、5分前にはどうやら落ち着き、ぎりぎりで収まりました。

平日午後の開催にもかかわらず、これだけの方が集まったのは、国文研の大型プロジェクトに対する関心が非常に高いことを伺わせました。日本文学関係以外の方も非常に多かったです。古地震研究者・仏教学・中国哲学・東洋史・印刷会社の方などなど。

内容については、このシンポジウムに参加していただき、質問やご提言をしてくださった、永崎研宣先生(人文情報学研究所)が、シンポジウムに関するツイートをまとめてくださっていますので、ご興味にあるかたはこちらをご覧いただきたい。

非常にわかりやすく、かつ前向きなプレゼンをしてくださった国文研の山本和明さん、ニュージーランドで、どのように日本医学史を研究しているかというレポートを、ユーモアを交えて語り、会場をしみじみとした雰囲気に包んでくださったエレン・ナカムラ先生、台湾にあって、ハイレベルな懐徳堂研究を展開され、その成果とともに、画像データベースの重要性を説得力あるプレゼンで説かれた田世民先生、そして熱心に聴講してくださった参加者のみなさまに、主催者として心より感謝申し上げます。

 その後の懇親会も大変盛り上がり、そのまた半分ほどは二次会へなだれ込んだのでした。
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2014年09月26日

古地震研究会の方々、くずし字を読む

 昨日の夜、京大理学研究科の中西一郎先生が主宰する古地震研究会の「夏合宿」初日に、講師として参加し、「写本と板本」の演題で、江戸時代の本の見方についてしゃべってきた。もともと中野三敏先生が依頼されていたのが、九州からはちょっと遠い、飯倉が近くにいるからということで、私が出動することになった。この研究会では、歴史的地震を研究するために、安政地震のルポのひとつ『安政見聞録』(板本)や善光寺地震の「被害御届」などの写本を読んでいる。初日も13時から20時ちかくまで、7時間ぶっ通しでの研究会。私が到着した時には、みんなで版本を読んでいて、私が入ってきたのにも気づかないほどの熱心さである。中野先生の『和本のすすめ』も、読んでいらっしゃる。私も18時から予定を10分ほどオーバーして70分ほどしゃべったが、みなさん非常に熱心に聞いてくださり、質問も次々に出て、30分くらい質疑応答の時間があった。
 
 善光寺地震のテキストは、たまたま京大にある本を使っているんだろうな〜、と思っていたのだが、どうしてどうして、古書店でいくつか資料を入手して、複数の資料を参考にしながらよんでいるところなど、なかなか本格的である。崩し字も板本程度なら読めるようだ。
 
 地震学の先生、防災学の先生、気象研究所の先生、ガリレオの専門家である科学史の先生、人文情報学の院生など、まさに異領域融合の研究会で、そのあとの懇親会でも、興味津々の話が続出。最近、少し考えている「くずし字解読学習支援ソフト」などが、結構実現可能であるという感触を得たし、たとえば版本で「地震」などという言葉をマークすると、同じ字体を検索して、その行を切り出し、ずらっと並べてくれるようなフリーウェアを、参加者のひとりが作っている!ことがわかり、驚嘆した次第である。デモしてもらったが、このソフトはすごい。まだ僕らが扱うにはちょっと難しいかもしれないが、いつか国文研とか学会とかでプレゼンをしてもらうといいのではないかと思った次第である。
 
 久しぶりに、異分野の方ばかりとの懇談で、血のめぐりがぐーんとよくなったような気がする。これで終わらせたくないな、と心から思った。
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2014年03月29日

西鶴研究会に参加して

 一昨日、青山学院大学で行われた西鶴研究会に初参加。初参加者は挨拶をさせられるのだが、「忘却さんがはじめてとは」という声が聞こえた。いつも外野からヤジを飛ばしているからだろう。メニューは2本立てで、広嶋進さんがまず、『西鶴置土産』が、「西鶴が晩年に到達した枯淡な心境を示す傑作」という「神話」が、どのように形成されてきたかを解説してくれた。まずこの「神話」がごく最近まで、事典や概説に記されていることが紹介され、その淵源は片岡良一の『井原西鶴』(大正15年)であり、彼の言説がその後反復されたことが示された。さらに片岡の言説の背後に、「本格小説・心境小説」論争など、文壇で「心境」という用語が一種のトレンドになっていたことを明らかにした。広嶋さんの調査は「心境」という語の文芸用語としての起源探索に及ぶが、戦後の置土産論の主調は、では「心境」一色で来ていたのか?という点が省略されていたように思う。その点が知りたかった点だ。
 それにしても、虚構の文芸作品に、西鶴の心境が反映しているという作品解説がいまだに通用しているというのは驚きである。これなど、まさしく西鶴作品の近代主義的理解の典型であろう。こういう考え方に基づく読みが無意識に行われていたとすれば、それはやはり問題である。

 そこから、西鶴の現実批判・政治批判・権力批判という読みは、たとえば「リアリズム」などという、西鶴作品の特徴としてよくあげられる近代主義的(といっていいと思うが)な見方が基底になっているのではないかという疑いが私に生じた。リポジトリで南陽子さんも指摘していたが、『武家義理物語』「死なば諸共の波枕とや」において、バカ若殿の「村丸を西鶴が批判している」というのはあまりにも素朴な批評である。これは『置土産』は西鶴の心境を示したものというのと同じレベルの読みである。そういう読みをしたいのであれば、「村丸」にも(それだけではなくこの作品の主要登場人物にも)モデルがいることを示さねばならないが、それはいまのところ決定的には示されていない。(簡単にはわからないようにカムフラージュしているというのか?)。むしろ荒木家という設定をもって、義理の物語にふさわしい、アホ殿キャラクターとして、この物語の中に設定されたとする南さんの説が今のところ説得力がある。
 リアリズムという批評は、キャラクター以外の状況設定には当てはまるだろう。また、キャラクターを実在モデルから創造することはもちろんありうる。しかし、実在人物の批判を目的に西鶴がこれらの慰み草を怒涛の勢いで次々に書いたというのは、それこそ現実離れした考えだと私は思う。

 ちょっと脱線したが、今回の目玉である中野三敏先生の「西鶴戯作者説再考」は、私などは、何度もうかがっていて、質問することは全くなかったのだが、初めて聞いた人の中には、論文で帆むのとは違った印象を与えたようである。そのような感想しを述べた方がいた。
「戯作」というタームの範囲を江戸の俗文芸(散文)全般に及ぼしてはどうかというのが中野先生の提案だが、それは中野先生の、江戸文化観、江戸時代観から来ているということ、たとえばそれが、「江戸モデル封建制」「近世的自我」という考え方と連動しているということが、先生の語りによって少しは伝わったのかと思った。そうであれば、この研究会での講演は無駄ではない。というか、ポイントはそこにある。

 リポジトリの篠原さん、木越治さん、染谷さんの中野批判は、中野論が、日本近世文学会の内向けの議論に終始していて、一般の読者向けでもなく、国際的でもない、つまり「開かれていない」という批判であったと一応まとめることができるだろう。私は発言を求め、そういっている方々こそが「西鶴研究を開かれれたものにすべきだ」ということを内向けにしか発信していない、中野先生の方がよっぽど開かれていると(あえて)批判した。この場を借りて補えば、批判している方々がどれだけ開かれた議論を中野先生以上にしているのか、私には大いに疑問である。少なくとも中野先生は、西鶴戯作者説を何度も発信し、今回は一般読者が多数いる「文学」に投稿された。その反応が目立ったところにないからといって、一般読者が全く関心を持たなかったという証拠はない。まずは、「文学」に投稿されたということ自体をなぜ評価しないのか。また中野先生は和本リテラシーについての講演をイギリスや韓国でもされている。そういうことをご存じであろうか?かつて文系基礎学の充実について嘆かれていたことについては、岩波ブックレットに書かれた。あの時中野先生は、このことを理解してもらうには、理科系の影響力のある人物と話して理解してもらわねばならない、と岩波ブックレットをそういう方々に読んでいただき、さらに伝手をたよって可能な限り理系の方との対談をされる努力をされたときく。たまたまそのころ私の勤務していた大学の学長は広中平佑先生であったが、私は中野先生のご依頼で、広中先生にブックレットを読んでいたいたうえで、先生と30分ほど話し、その上で広中中野対談を実現にこぎつけた。広中先生も誠実に対応してくださり、この時の対談は、夕食をともにしながら2時間以上にわたった(ついでにいえば広中先生が接待をされた)。本当に一流の科学者は、文系の基礎的な研究について理解があるなとその時感じたものである。
またまた脱線した。さて、私は、「戯作」というのは江戸文芸の最重要な概念である雅俗観と密接な関係があり、そういう意味で「戯作」の範囲を広げることは江戸文芸理解にとって意義があると述べ。一方で「戯作」とかわかりにくいことばを言わずに国際的にも通用する「小説」にした方がいいという染谷さんの意見に対し、江戸文芸の特異さ、ユニークさを示すには、「ゲサク」を、「ハイク」や「カブキ」のような世界に通じる国際語に育てる方が、よほど開かれた議論だということを(あえて挑発的に)述べた(実際の発言ではもうちょっとたどたどしい言い方だったかもしれない。また誤解されないようにいえば、私は染谷さんの立場はよく理解しているつもりだし、染谷さんの東アジアの中に西鶴を置いて研究するという方法論を高く評価し、尊敬しているものである)。これに対して、中嶋隆さんから、タームとしての「戯作」が後期に限定されていることは、長い近世文学研究の歴史の必然がある。仮名草子や浮世草子にしてもそうである。しかし、西鶴を戯作者とするには、そういうこれまでの研究史に対してあまりに無謀で、手続きをふんでいないという内容の批判がなされ、井上泰至さんからは、「ハイク」という言葉が国際化するためには、連俳としての要素を捨てて、ある程度翻訳したものでなければならなかった点に注意しなければならないというご意見があった。
私はこういう議論こそが、実りのある前向きな議論だと思う。誰もが中野先生が江戸文芸に最も通じている一人であることを認めているはずである。中野先生のいう「近代主義」は50年前のものだとか、今はだれも近代主義的な読みはしていない、というような私に言わせれば「揚げ足取り」のようなことを言って何になるのだろうか? そういうことが中野説の要諦なのではない。まずは碩学のいうことの真意に耳を傾けようと、謙虚になるべきではないか。
 
 私自身、決して無批判に中野先生の説に盲従すべきなどとは思っていない。しかし、本当に中野先生の真意を理解しているのだろうかと常に自身に問い直すような謙虚さはやはり必要ではないだろうか。今回研究会で講演された中野先生の質疑応答の時の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに改めて胸を打たれ、師の度量の大きさに感銘を受けたことを告白する。
 
 なお、リポジトリの南陽子さんのご意見について、会場ではあまり反応がなかったが、私は、作品中の登場人物をキャラクター設定の立場から論じたこの論が、これまでの論の中で最も説得力あるものだと感じている。
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2013年12月26日

『語文』100輯

大阪大学国語国文学会が刊行する学会誌『語文』の100/101合併号が刊行された。12本の論文と、『語文』をめぐる卒業生・修了生からいただいたエッセー7編、著書紹介12本が掲載されている。
年2回の刊行だから100号到達には半世紀を要する。私が関わったのは70号台からだと思うが、それからでも、20回以上刊行されているわけである。教員が必ず書き、院生の中でも掲載に値する論文が載る雑誌なので、ほぼ全国学会レベルの内容だろうと思う。私も3本書いたが、いずれもかなり力を入れて書いたつもりである。
今回近世関係では、島津忠夫先生の「西山宗因と伊勢松坂」、仲沙織氏の「執心への対処をめぐる物語―『新可笑記』巻四の一「船路の難義」考―」が載る。いま西鶴研究ではホットな西鶴『新可笑記』論をさらに熱くするかどうか、である。著者紹介の中では私の著書・共編著を取り上げていただいているが、私も旧勤務先のよしみで『山口大学所蔵和漢古典籍分類目録』について書いた。
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2013年12月05日

西鶴読解の壁

『リポート笠間』55号には、私も「西鶴読解の壁」なる小文(ちょっと長くなってしまったが)を書いている。ここ一年の西鶴読解をめぐる議論を、私見を交えつつまとめてみたものだ。とくに9月のワークショップの報告が中心。なお注は編集部が付けたものである。他の方はどうもご自身でつけられているようであるが…。それから小見出しも編集部の方で付けてくれた。

 ついつい篠原進さんに言及することが多くなってしまった。このところの議論は、篠原さんの西鶴読解の姿勢、方法をめぐる議論でもあるから、どうしてもそうなってしまいます。

 この議論、口火を切ったのは木越俊介さんだった。今号の水谷隆之さんの学界時評にも言及される。西鶴にとりくむ若い研究者が、これからどのように関わってくるかがこれからは注目されるだろう。というのも、篠原さんの挑発も、〈若い人たちの最近の研究は典拠の指摘が中心でそれで終わっている〉ことへの不満に発していると思われるからである。若手がそれにどうこたえるか、であろう。

 今月は東京で俳文学会東京例会と西鶴研究会、浮世草子研究会のコラボで、西鶴と俳諧をめぐるシンポジウムがおこなわれるという(12月21日)。その日私は東京にいるが、別の研究会に出席で、残念である。 
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2013年07月21日

おそるべし、大阪市民の文化度!

下記「上田秋成が大坂で知り合った人々」の講演を、昨日行いました。
大阪市立中央図書館、大会議室。
150名ほどの参加者がいた模様。
パワーポイントで、50くらいのスライドを用意して2時間(途中10分休憩)、妻の瑚l尼、師の加藤宇万伎、友人の木村蒹葭堂、そして長い付き合いの中井竹山・履軒兄弟との文芸を通しての交わりを話した。
驚いたのが聴衆の方の質問やご意見のレベルの高さ。

秋成自筆の軸をお持ちになり、「自筆でいいでしょうか?」と尋ねる方、
「香具波志神社の資料調査をやっているんですが、あそこの資料は…」とおっしゃる方、
木村蒹葭堂邸跡の正確な位置を教えてくださる方、
蕪村と秋成の交友を小説に書きたいのですが…、とおっしゃる方、
高田衛先生の説を紹介し、私の見解をただす方。
ひえええ。

この文化度、この教養。恐るべし、大阪市民。
こちらが勉強になった、貴重な時間でした。ありがとうございます。
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2012年11月16日

鹿田松雲堂 五代のあゆみ

四元弥寿著、柏木隆雄・山本和明・山本はるみ・四元大計視・飯倉洋一編『なにわ古書肆鹿田松雲堂 五代のあゆみ』(和泉書院、2012年11月)がいよいよ刊行される(編者は実際の本では五十音順に並んでいるが、なんとなく申しわけない)。

 鹿田松雲堂は、江戸時代から続く、関西を代表する古書肆であった。沖森書店も中尾松泉堂もここから出ている(その概説については、故中尾堅一郎氏の「大阪古典書肆。鹿田松雲堂」『文学』1981年12月号を参照されたい)。四元弥寿さんは鹿田松雲堂四代静七の娘である。平成22年逝去。弥寿さんは、鹿田代々の事跡を調べて、後世に伝えようとした。その文章(「五代のあゆみ」)が、弥寿さんの娘さんである山本はるみさんによってパソコンに入力され、弥寿さん五十日祭を期して冊子として配られた。それを元に関係資料などを併せて出版されたのが今回の本である。

 きっかけは、山本はるみさんの大学(大阪大学文学部)の同期生である柏木隆雄先生が、この冊子を読まれたことからはじまった。日頃何かと気にかけてくださる先生は、飯倉も興味をもつかもしれないと、はるみさんから私宛てに送るように手配してくださった。山本はるみさんの弟さんである四元大計視さんの御宅に、現在も大切に鹿田松雲堂の資料が残されているということから、その資料の目録を作るお手伝いを同僚の合山林太郎さんや学生たちとさせていただくことになった。柏木先生も指揮をとってくださったが、その調査の過程で、「五代のあゆみ」を基本に、松雲堂の歴史を立体的に再現するために、いろいろな資料を付して本として出版すれば、学術的にも大いに意義があるだろうということになり、様々なアイデアを出しては修正し、和泉書院の上方文庫の一冊として出していただくことになった。この間に、近代の出版に高い見識を持っておられる畏友山本和明氏を巻き込んで、結局、柏木先生と山本和明氏、そして山本はるみさんの熱意で、今回の本が成った。編者として私の名前は載っているが、若干の資料の選択と、たった一つの資料の翻刻そして年表作成をしたくらいであるので恐縮至極。合山さんや、山本さんをひきいれたことは、まあ私の手柄だが(笑)。

 序にあたる文章である肥田晧三先生(今回、様々なご教示をいただいた)の「鹿田松雲堂と私」を冒頭に戴き、本の出来た経緯を柏木先生が書かれたあと、メインの弥寿さんの「五代のあゆみ」が来る。編者らが事実との照合などをし、柏木先生が中心となって文章を整えた。全体を年表としてまとめてもみた。山本和明さん、山本はるみさんの、「ダブル山本」が大活躍したのが資料編である。三代目の日記などは研究者垂涎の資料ではないか?多くの資料・写真が割愛された。関係者からのご親切なお申し出もあったのだが、限られた紙幅の中で、涙を呑んで収載しなかったものもある。しかし、本書を契機に、さらに資料が精査され、松雲堂の文化史的役割が明らかになっていくことだろう。多くの方のご協力で、本書は成った。すべての方に謝意を表したい。そして出版を引き受けてくださった和泉書院にも心より御礼申し上げます。
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2012年10月14日

拙稿の訂正

このたび『日本文学』10月号の、「領域の横断と展開―近世文芸を「仕分け」る―」という特集に「近世文学の一領域としての「奇談」」という拙稿を載せていただきましたが、相変わらずの粗忽で、大きな誤りを犯しております。この場をお借りしておわびし、訂正いたします。
25頁下段に、ツッコミどころ満載の、怪しげな図を掲げていますが、この中で「洒落本(中)」と書いているのは、(小)の誤りです。( )内は本の大きさですが、洒落本の大多数はいうまでもなく小本ですから。
32頁下段の最終行。「方法を用いたものであることは、『雑篇田舎荘子』の、」は、「方法を用いたものである。『雑篇田舎荘子』の、」と訂正。
本稿は、これまで書いた「奇談」に関する論文の切り張りっぽいもので、二番煎じのそしりを免れませんが、現段階でのまとめで、少し新しいことも書いています。ご寛恕たまわりますよう。
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2012年06月26日

雅俗・上文

復刊『雅俗』(11号、2012年6月)は好調な滑り出しらしい。閑山子余録に詳しいレポートがある。
私も、依頼されて、「江戸文・雅俗・上文」というエッセイを書いた。自分の研究履歴を振り返って書けとの恐ろしい注文だったのだが、振り返るほどの研究もしていないので、関わった研究同人誌のことを書かせていただいた次第である。『雅俗』を創るときは『江戸文』を意識していたし、『上文』を創る時は『雅俗』を意識していた。創る以上は、研究史に寄与する論文・資料紹介を掲載する雑誌でありたいと願うわけだが、いずれもそれは果たしてきたと思う。

復刊された『雅俗』は、判型を大きくし、『上文』に近い。刊行時期も近い。内容も高いレベルで競い合いたいものである。

『上方文藝研究』第9号(2012年6月)も刊行。巻頭の浅田徹氏「近世歌壇史のための覚書」は、今年3月の科研研究会でのご報告を活字化していただいたもので、早くも「近世歌壇史がはじめて見通せた」という激賞の評をさる方からいただいている。連載エッセイは装いも新たに「上方文藝への招待」と題して、著書・展示・報告書などの紹介を行っていく。今回はフィリピン大のウマリ氏のフィリピンにおける日本芸能公演の試みのレポートと根来尚子氏の柿衞文庫での「神医と秋成」展レポートである。他7編の論考を収める。来年でいよいよ10号である。
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2012年05月09日

ふらんすの北斎漫画

 この1月に縁あって、ニースのシェレ美術館所蔵の『北斎漫画』15編15冊の調査のお手伝いをした。その調査報告が柏木加代子・飯倉洋一「ニース・シェレ美術館所蔵『北斎漫画』についての調査報告」(「京都市立芸術大学美術学部、2012年3月)としてまとめられた。
 
 三編に「北遊斎」なるものの書き入れがあり、「すわ!自筆書き入れ?」とニースの関係者から、調査鑑定を依頼された柏木加代子先生が、研究プロジェクトの連携研究者(調査要員)として私に声をかけてくださったのが、ことのはじまりだった。
 
 残念ながら、自筆書き入れ本ではなかったものの、伝来系統、旧所蔵者など興味深い事実が明らかになってきた。なかでも、注目すべきは15編(北斎死後に出版されたもの)で、これは表紙を欠くが、こよりで仮綴じされており、扉の表題の部分が、本来「北斎漫画十五編」とあるはずのところ、まったく彫られておらず木目が見える。どうも見本刷のようである(収集者もそれを認識している)が、他に伝本はあるのだろうか?見本刷であれば、そんなに部数はないはずで、稀覯本だと思われる。永田生慈氏の北斎漫画についての書誌的な論考をみたが、見本刷の話は出てこない。しかし絵本研究に疎いので見落としているかもしれない。

 その他の編も、取り合わせ本とはいえ、目利きの収集家が集めたのではないかと思われる。12編は色刷ではなく、初刷かと思われる墨刷。だが何分北斎漫画の伝本調査など、とても無理なので、広くご教示を乞いたいところである。
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2012年04月05日

「近世風俗文化学の形成」の報告書完成

国文学研究資料館公募共同研究『近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺』(同プロジェクト編、国文学研究資料館発行、2012年3月)が遂に刊行の運びとなりました。

 2008年度にはじまったこのプロジェクト、大阪大学と国文学研究資料館の研究連携事業である「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」(2005年度スタート)と密接な関係を持ちながら、調査・研究会・シンポジウムを重ね、昨年は『忍頂寺文庫目録』の完成にも寄与したが、ようやく報告書をまとめることができた。A4判総ページ数666頁。収まりきれない情報はCDROMにおさめた。

 5部構成となっており、第1部が「忍頂寺務 その人と著述」。福田安典さんの評伝、福田さん・青田寿美さん・尾崎千佳さんによる年譜データベース、肥田晧三先生の「忍頂寺務の著作を集める」(講演記録)、そして肥田先生・近衞典子さんによる著述目録である。
 第2部は、2010年秋に行われたシンポジウムの記録。武井協三先生の基調講演に、内田さん、福田さんの報告、そして質疑応答を収める。
 第3部は、論文・報告編で、鷲原知良・飯倉洋一・高橋則子・川端咲子・山本和明・近衞典子各氏の執筆。そして務の実孫であられれる忍頂寺晃嗣さんへのインタビュー聞書。
 第4部が圧巻で、忍頂寺務宛書簡目録と解題220頁。内田宗一さん渾身の研究成果である。次の蔵書印一覧も、旧蔵書悉皆調査に基づく青田寿美さん執念の報告。
 第5部は、研究者垂涎の務自筆稿本『近代歌謡考説』と『訪書雑録』を初公開。

 これまで、共同研究員は、忍頂寺文庫研究の成果をいろんなところで発表してきたが、それらの再録は、肥田先生のご講演を除いてひとつもない。すべて報告書オリジナルである。
 このプロジェクトを牽引してこられた福田さん、膨大な事務手続き、編集作業に従事してくださった青田さん、献身的な書簡調査を数年にわたってつづけてこられた内田さんには、特に篤くお礼申し上げたい。
 666頁という分量があまりに多く、一時は出版できない状況にも追い込まれたが、青田さんの不屈の編集魂と、国文研のご理解で、なんとか出版にこぎつけたのは本当に感慨深い。印刷の質がちょっとと思われるむきもあろうが、これはひとえに予算内に収めるための措置である。お許しいただきたい。本研究にご協力をたまわったすべての方に御礼申し上げます。

 ちなみに私の報告「『近代歌謡考説』とその周辺」は、『近代歌謡考説』の出版(これは頓挫しましたが)に、中村幸彦先生がご尽力されていたことを、務宛書簡数通を使って考証した部分が中心。
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2012年03月28日

履軒秋成合賛鶉図について書きました。

 柿衞文庫の「神医と秋成」展も終了したが、どれくらい入場者があったのかしらん。そこでのゲスト展示のひとつだったのが、このブログでも何度か紹介した、中井履軒上田秋成合賛鶉図である。昨年77年ぶりに出現、懐徳堂記念会に寄贈されたものである。

 これについては昨年11月の懐徳堂アーカイブ講座で、美術史の濱住真有さん、中国哲学の池田光子さんとともに、詳細な紹介および展示解説をしたのであるが、それをほぼ活字化したのが、飯倉洋一・濱住真有「中井履軒・上田秋成合賛鶉図について」(『懐徳堂研究』第3号、2012年2月)である。

 この鶉図の両者の賛は、本紙のまわりの中回しに、またぐように書かれているところが珍しい。鶉は不常住の象徴。履軒も秋成も頻繁に引っ越しをしているところで、秋成など「鶉居」の号があるくらい。鶉の気持ちがよくわかるとばかりの賛である。

 共著者の濱住さんは大阪大学の日本東洋美術史研究室の助教さんで大雅の研究者。この画賛については美術史の奥平俊六先生・橋爪節也先生にいろいろとおそわったのだが、その時濱住さんも同席、写真撮影などされていたが、さらに濱住さんは「もう少し調べてご報告します」と言われ、しばらくして膨大な資料を抱えて来られ、詳細にいろいろと説明してくださった。だが、あまりにも詳しく、また専門的でもあったので、こりゃ私では消化しきれんわと思い、いっそ共著でお願いできないかとお誘いしたところ、ご快諾を得たという次第である。おかげで絵の部分の説明が、素人説明でなくなってありがたかった。

 ちなみに『懐徳堂研究』は、大阪大学文学研究科懐徳堂研究センターの出している雑誌。ちなみに口絵は鶉図のカラー写真。

 ちなみに、抜刷は、まだごく一部の方にしかお渡ししていません(スミマセン。最近送るのさぼっています)。
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2012年01月20日

忍頂寺務共同研究が集大成へ

 国文学研究資料館の公募研究「近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺」(研究代表者・飯倉)の報告書作成が最終段階に入っている。国文研のAさんの献身的な編集作業の賜物で、いい報告書になりそうだ。このプロジェクトは私が研究代表者だが、メンバーの熱意がすごくで、私はもう見ているだけという感じ。

 未刊に終わった忍頂寺務の著書2冊の翻刻や、1000通を超す忍頂寺務宛書簡の紹介(これが錚々たるメンバー)、務の評伝、詳細な年譜、肥田晧三先生の講演に、プロジェクト総決算のシンポジウム記録などが満載である。

 A4で680頁にCD付という大部のものになる予定。ご関心のある向きはあらかじめご一報を。
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2011年12月13日

初めてです

初めてです。画賛について論文を書くのは…。

初めてです。共著で論文を書くのは…。(あ、目録だったら、先般奥付より半年以上遅れて刊行された、某機構某館の報告書に6人共著で書きましたし、翻刻だったら、やはり某報告書に学生と一緒にしたことがありやす)。

初めてです。口絵に関係写真をカラーで載せてもらえるのは…(あ、自分で作った科研報告書にはそれやったことがありやす)。

というわけで、初校が本日来ました。初校の段階でここに書くのも…、初めてなんです。
何についての論文かというと、何度もこのブログで触れている中井履軒・上田秋成合賛の鶉図についてです。出来たらまた報告しやす。共著のお相手の御専門は日本美術史なのです。私は賛について、お相手は鶉の画について書いた。

前半と後半を分けて書いているのだが、それでも整合性とか統一性とかあるので、いろいろ話し合った。で、いろいろ勉強させてもらった。共著というのは勉強になりやすね。
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2011年06月18日

まとめていろいろ

書くべきことがたくさんある。しかしちょっと時間がないので、本来いくつかのエントリーで書くべきことを、まとめて書いてしまいます。乞御寛恕。

まず、『西鶴と浮世草子研究』第5号(2011年6月)が刊行された。原道生・河合眞澄・倉員正江の三氏編。見世物研究の川添裕氏を招いての座談会は、最新の研究を踏まえて浮世草子と芸能の関係を明らかにする。この雑誌は最終号であり、それを意識して研究誌研究メディアについてのエッセイ数編が載る。染谷智幸・倉員正江・篠原進の本誌編集側に、木越治・川平敏文と私。ちなみに私は「逆境こそチャンス」と題して書いた。文学研究の危機―なんとかしなければならないとみんなが思っているこの状況はチャンスとも捉えうると。楽観主義と笑わば笑えってとこである。

『上方文藝研究』第8号(2011年6月)。こちらは私どもが出している研究同人誌であるが、今号は100頁を越えて面目を保ったというところだろう。島津忠夫先生の「宗因と正方」冒頭に、尾崎千佳氏の「談林六世像賛」という新資料の紹介と考証、福田安典氏の忍頂寺務論、鷲原知良氏の忍頂寺聴松宛遠山雲如書簡の紹介考証、浅田徹氏の小澤蘆庵歌観に関わる資料紹介と考察、一戸渉氏の秋成新資料紹介考証、山崎淳氏の蓮体資料紹介考証…と、貴重な資料紹介が多いのが特徴。なお連載の「上方文藝研究の現在」は、最終回で上方文藝研究の会、すなわち本誌の母体である研究会を紹介した。こちらは本誌創刊の提案をした私が書いた。

同じ判型の徳田武氏率いる『江戸風雅』四号には、徳田氏の「血かたびら」の典拠論が載っていた。これとは別に木越治氏のブログによれば東京の秋成研究会の「血かたびら」の輪講では新見がいろいろと出たらしく、今後の論文化が楽しみである。

 そういえばこの研究会にも出席している井上泰至氏の活躍が相変わらずである。『秀吉の対外戦争―変容する語りとイメージ』(笠間書院、2011年6月)という、金時徳氏とのユニークな共著を出している。「前近代日朝の言説空間」の副題を持つ本書は、今秋の日本近世文学会韓国大会に向けてタイムリーである。お二人の対談もあり。ちょうどこの話題はシンポジウムで金時徳氏の師である崔官さんが報告することになっている。私も『絵本太閤記』という作品のことをちょっと朝幕関係と絡めて考えたことがあって、井上さんがそれを引いてくれていたのは恐縮至極。まだあるけど続きはまた。
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2011年06月13日

妙法院宮を談じて和本リテラシーに及ぶ

 11・12日は日本近世文学会が日本大学で開催された。散人は事務局を務めている関係で、全発表を聴かせていただいた。これはちょっとお、と思われる発表もあったが、全体としては内容のある研究発表会であった。特に質問者に、いい発言・指摘が目立っていたと思う。
 大会運営をスムースに進めることができたのは、ひとえに日本大学のスタッフの皆さんの御蔭であり、心より感謝申し上げます。

 また、学会は情報交換の場でもある。いろいろな方に、本や報告書や抜刷をいただいた。学科発表とともに、触れたいものがたくさんあるのだが、次のエントリー以降にさせていただきたい。これからしばらく続くかも。

 さて、今日は、立命館大学文学部と大阪大学21世紀懐徳堂がタイアップして企画した社会人向け講座の講師を務めた。場所は梅田の北側、地下鉄梅田駅下車3分、富国生命ビル5Fの立命館大学大阪校である。東京会場にもネット中継(?)されていて、質問も受けられる仕組みである。「妙法院宮文芸サロン―異色の親王とその周囲の人々」と題して真仁法親王とその周辺のことを話す。法親王が蘆庵の幽居をたずねるあたりは中野稽雪さんの『小沢蘆庵』。秋成が蟹の絵を賜って感激するくだりは『春雨梅花歌文巻』、そして宣長の古事記伝が天覧されるにいたるに果たした妙法院宮とその周辺の人々の働き。これは時間軸に沿って説明。

 アンケートによれば、楽しかったという意見もあって、予想以上に好反応であった。当初予定していたパワーポイントは使わずプリントだけ。手元に資料が残ることを好まれる方もいるので、結果はこれでよかったようである。映像は使わないかわりに、真仁法親王と秋成筆の短冊を持っていった。並べるとすぐにたくさんの人が集まった。ある方が「何と書いているんですが?」と質問する。おお、キタキタ。

 「これが読めれば楽しいと思いませんか? 小学生のころにくずし字が読めるように教育すれば、展覧会で字が読めたりして、大人になっても楽しいですよね」というと、皆さん深くうなずく。ミニ和本リテラシー講座。まあ、小さいことからコツコツとってわけで、やってるわけなんです。

*「調査の悦び」にコメントをくださった方。メールアドレスを書いておいてくだされば、個人的にご連絡します。公にお答えするのはいろいろと難しいご質問です。
  
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