みなさま。明日、ドイツに向けて出発し、4ヶ月ほど滞在、帰国は8月の予定です。
ハイデルベルク大学での教育活動が主な仕事です。
いろいろと学んで参りたいと思っております。
十全な準備にはほど遠いのですが、当地には日本の研究書・参考書が充実しているとうかがっております。
本はあまり持っていかず、荷物はスーツケース一つに収めて行くつもりです。
私への郵送物がある場合、転送の段取りはしておりませんので、ご了承ください。
もし、小包とか宅急便などでしたら、大学の方に出していただければ幸いです。管理してくださいます。
560-8532 豊中市待兼山町1−5 大阪大学文学研究科 宛です。
どうぞよろしくお願いいたします。
2016年04月14日
2016年04月08日
みのおエフエム「まちのラジオ」に出演します
みのおエフエムという、コミュニティラジオに「まちのラジオ」という1時間番組があり、月1回で大阪大学社会連携事業の一環として、阪大の研究活動などを紹介しているのですが、このたび、くずし字学習支援アプリが話題となったため、私に出演依頼がありました。
社学連携の担当の職員の方がコーディネートし、聴き手は、工学部の学生さんです。
まず、大学で打ち合わせをし、日を改めて収録のためスタジオ入りしました。
ラジオのスタジオに入るのははじめてなので、興味津々ですが、編成の方が、なんと野間光辰先生の御親戚の方であったのにびっくり。血がつながっているからでしょうか、私の持ち込んだ短冊や和本に、くいついておられました。御祖父さんの御兄弟が野間先生にあたるそうです。
番組では、私が日本近世文学を研究するきっかけなどから、雑談風に入り、昔話をひとくさり。間にはいる曲も、その想い出と関わるものです。そして、メインのくずし字学習支援アプリの話はたっぷりさせていただきました。さらに、古典とは、とか、江戸文学とは、など、それしゃべらせたら止まらないぜーとばかり、饒舌にたぶんしゃべっていて、収録時間を大幅にオーバーしたので、相当カットされているはずです。
放送は今月14日の15時からと21時から(再放送は17日13時から)、インターネットラジオで、どこからでも聞けますので、お暇でご興味のある方は、こちらをご参照ください。みのおエフエムへのリンクも貼っています。
収録はとても楽しかったです。聴き手の学生さんはじめ、スタッフのみなさん、ありがとうございました!
社学連携の担当の職員の方がコーディネートし、聴き手は、工学部の学生さんです。
まず、大学で打ち合わせをし、日を改めて収録のためスタジオ入りしました。
ラジオのスタジオに入るのははじめてなので、興味津々ですが、編成の方が、なんと野間光辰先生の御親戚の方であったのにびっくり。血がつながっているからでしょうか、私の持ち込んだ短冊や和本に、くいついておられました。御祖父さんの御兄弟が野間先生にあたるそうです。
番組では、私が日本近世文学を研究するきっかけなどから、雑談風に入り、昔話をひとくさり。間にはいる曲も、その想い出と関わるものです。そして、メインのくずし字学習支援アプリの話はたっぷりさせていただきました。さらに、古典とは、とか、江戸文学とは、など、それしゃべらせたら止まらないぜーとばかり、饒舌にたぶんしゃべっていて、収録時間を大幅にオーバーしたので、相当カットされているはずです。
放送は今月14日の15時からと21時から(再放送は17日13時から)、インターネットラジオで、どこからでも聞けますので、お暇でご興味のある方は、こちらをご参照ください。みのおエフエムへのリンクも貼っています。
収録はとても楽しかったです。聴き手の学生さんはじめ、スタッフのみなさん、ありがとうございました!
2016年03月27日
発表終了。感謝。
26日の京都近世小説研究会。有澤さん・神谷さんの、資料を駆使した、新地平を拓く発表に感心したあと、「木越治氏の批判に答える」というタイトルで、秋成事典「菊花の約」研究史をめぐる木越氏の記述について「反論」という内容。口頭発表は必要ないのではともご本人から言われていたが、いやいや、きいていただいてよかった。あぶないところだった。文字通り、貴重なご批正をいただいたのでありました。あらあら出来ていた原稿をかなり書き直すことにいたします。
「批判」(じゃないとも言われましたが)の要点は2つ。1〈近世的な読み〉を標榜しつつ単に飯倉の読みが展開しているだけ。2尼子経久をさも重要な人物として引っ張り出してくる読みは作品論といえない。このうち1のポイントが何かというところにつき、貴重なご指摘をいただいたほか、たくさんのご意見をいただき、作品論を考える愉しさを味わった。 ありがとうございました。
「批判」(じゃないとも言われましたが)の要点は2つ。1〈近世的な読み〉を標榜しつつ単に飯倉の読みが展開しているだけ。2尼子経久をさも重要な人物として引っ張り出してくる読みは作品論といえない。このうち1のポイントが何かというところにつき、貴重なご指摘をいただいたほか、たくさんのご意見をいただき、作品論を考える愉しさを味わった。 ありがとうございました。
2016年01月04日
雅俗小径
中野三敏先生の傘寿を記念する小冊子『雅俗小径』(雅俗小径刊行会、非売品)が、昨年末、傘寿祝賀会において披露され、関係者に配布された。執筆者は、中野先生のご講筵に連なる者、雅俗研究会のメンバー併せて25名。宮崎修多序(擬古文)、研究余滴編は板坂耀子さんほか、懐旧雑記編は白石良夫さんほか、これはほぼ同数。編者の川平敏文さんがあとがきを書かれている。『雅俗』会員には配布されるとか聞いたような気もするがよく知らない。研究余滴の中にも懐旧的な内容が含まれたりしており、読んで楽しいものである。私は「時代の先をゆく中野先生」と題して書いた。
2016年01月01日
上田秋成研究事典
あけましておめでとうございます。本ブログも9年目に突入しました。今年もよろしくお願いいたします。
笠間書院から、『上田秋成研究事典』(秋成研究会編)が、この1月に刊行される。関係者には見本がすでに配布されている。私もこの中の「秋成の和文」(400字詰原稿用紙約30枚)を執筆している。ただし、「秋成の伝記」を執筆した長島弘明さん、「秋成の学問」を執筆した稲田篤信さんもそうだが、秋成研究会に所属しているわけではなく、ゲスト格?である。それ以外は、木越治さん率いる秋成研究会のみなさんによる共同執筆である。私らの立場は、本の執筆者としては内側の人だが、非会員ということでいえば外側の人である。よって、すこし批評的に本書にコメントすることも許されるかなと思う。
『事典』を名乗っているが、研究ハンドブック的な性格を持つ。それも『雨月物語』『春雨物語』に紙幅が大きく割かれている。秋成の文業を総合的に考えれば、それはいささか偏っていると言えるが、現在までの研究状況や国際的な秋成受容の現状を考えれば、当然の措置である。雨月・春雨につては、作品別研究史という形をとっているが、こういう形で研究史を一覧できるものが、従来あまりなかったので、重宝であるとともに、やはり「作品論」が中心であるという従来の研究ドグマに縛られているとも言える。これもオーソドックスなハンドブックを作ろうとしたらそうなるのは仕方がない。『雨月』『春雨』以外の作品もいくつか取り上げられているし、それ以外の著述についても、「和文」「伝記」「学問」というトピックでカバーできるようになっている。まあ、この『事典』をひとつの秋成研究の規範とするならば、我々教員は、それを利用させていただきながら、自らの秋成観をそことのズレを強調しながら語ることができるだろう。
きわめて有益なのが「典拠作品の世界」である。『雨月物語』の中国典拠について、解題、書き下し、現代語訳を付ける。長尾直茂さんと丸井貴史さんの労作である。とりわけ白話小説を担当した丸井さんのご苦労は察するに余りある。ありがとうございました。この部分、本書の白眉だと言ってよい。
雨月の研究史は分担執筆で、それぞれが思い通りに書いている印象であるが、とくに木越治さんの「菊花の約」は、主要な論文を揚げて論評するというスタイルで他とは異なる。ここに拙論が取り上げられたのは、まことに有りがたいことで、深謝申し上げる次第であるが、ただ「きつすぎる物言い」かもね、と木越さんがおっしゃっているように、かなり批判されているのでありました・・・・。ここまで批判されると、むしろ研究者としては嬉しいわけではあるが、『事典』を名乗る本書にこうまで書かれては黙っているわけにもいきません。いささか誤解もあるのではないかと思うし、「批判として成立しない」と思われる部分もあるので、(あ、これは拙論が「作品論として成立しない」と書かれていることを踏まえているんですが)、反論を書きたいと思うわけであります。
だが、それはともかくとして、この事典が、秋成研究史上、画期的な成果であることは確かである。とくに、卒論を書こうとする学生や、秋成を演習や講義で受講している学生には、非常に助かる本である。当然、読むように勧める。
笠間書院から、『上田秋成研究事典』(秋成研究会編)が、この1月に刊行される。関係者には見本がすでに配布されている。私もこの中の「秋成の和文」(400字詰原稿用紙約30枚)を執筆している。ただし、「秋成の伝記」を執筆した長島弘明さん、「秋成の学問」を執筆した稲田篤信さんもそうだが、秋成研究会に所属しているわけではなく、ゲスト格?である。それ以外は、木越治さん率いる秋成研究会のみなさんによる共同執筆である。私らの立場は、本の執筆者としては内側の人だが、非会員ということでいえば外側の人である。よって、すこし批評的に本書にコメントすることも許されるかなと思う。
『事典』を名乗っているが、研究ハンドブック的な性格を持つ。それも『雨月物語』『春雨物語』に紙幅が大きく割かれている。秋成の文業を総合的に考えれば、それはいささか偏っていると言えるが、現在までの研究状況や国際的な秋成受容の現状を考えれば、当然の措置である。雨月・春雨につては、作品別研究史という形をとっているが、こういう形で研究史を一覧できるものが、従来あまりなかったので、重宝であるとともに、やはり「作品論」が中心であるという従来の研究ドグマに縛られているとも言える。これもオーソドックスなハンドブックを作ろうとしたらそうなるのは仕方がない。『雨月』『春雨』以外の作品もいくつか取り上げられているし、それ以外の著述についても、「和文」「伝記」「学問」というトピックでカバーできるようになっている。まあ、この『事典』をひとつの秋成研究の規範とするならば、我々教員は、それを利用させていただきながら、自らの秋成観をそことのズレを強調しながら語ることができるだろう。
きわめて有益なのが「典拠作品の世界」である。『雨月物語』の中国典拠について、解題、書き下し、現代語訳を付ける。長尾直茂さんと丸井貴史さんの労作である。とりわけ白話小説を担当した丸井さんのご苦労は察するに余りある。ありがとうございました。この部分、本書の白眉だと言ってよい。
雨月の研究史は分担執筆で、それぞれが思い通りに書いている印象であるが、とくに木越治さんの「菊花の約」は、主要な論文を揚げて論評するというスタイルで他とは異なる。ここに拙論が取り上げられたのは、まことに有りがたいことで、深謝申し上げる次第であるが、ただ「きつすぎる物言い」かもね、と木越さんがおっしゃっているように、かなり批判されているのでありました・・・・。ここまで批判されると、むしろ研究者としては嬉しいわけではあるが、『事典』を名乗る本書にこうまで書かれては黙っているわけにもいきません。いささか誤解もあるのではないかと思うし、「批判として成立しない」と思われる部分もあるので、(あ、これは拙論が「作品論として成立しない」と書かれていることを踏まえているんですが)、反論を書きたいと思うわけであります。
だが、それはともかくとして、この事典が、秋成研究史上、画期的な成果であることは確かである。とくに、卒論を書こうとする学生や、秋成を演習や講義で受講している学生には、非常に助かる本である。当然、読むように勧める。
2015年12月22日
私たちの研究を社会に還元するということ
自分の研究が、社会にどう還元されているのか、社会とどう関わるのか、ということは「文学(研究)無用論」が、いよいよ「文(系)学部不要論」の議論に「展開」している最近、意識せざるを得ないことである。
そういう意味で今年は、4月・5月・11月・12月に、一般の方を相手に講演をする機会に恵まれて、その手応えを感じることが出来てよかったと自分では思っている。とりわけ4月の「懐徳堂と町人文化」の講演に対しては、富士精版印刷株式会社の『富士』という雑誌にまで取り上げていただき、非常に嬉しく思ったこと、本ブログにも書いたところである。
そして、本日拝受した最新号の『富士』169号には、会社が「上方文化芸能運営委員会」の法人会員となったという記事があった。そのきっかけになったのが、私の講演を含む同委員会主催の「町人文化を味わう」ツアーのレポート記事だったというのである。私のブログのことも書いていただいているのだが、なんとスマホで私のブログにアクセスできるQRコードまで載せていただいているのである。これには恐縮、感激。この場を借りて御礼申し上げます。
5月は中野三敏先生旧蔵の和本の展示にちなむ講演会で九州大学の図書館でしゃべり、11月は、立命館大と阪大のコラボである京都大阪文化講座で、新町遊郭のことを話し、12月は宝塚の図書館で、やはり蓮月尼の展示にちなむ話をさせていただいた。いずれもびっくりするほどみなさん熱心であり、また質問のレベルも非常に高い。我々の研究の社会還元のありかたのひとつには間違いなくこういうことがあると、確信した次第である。
私の所属する日本近世文学会では、和本リテラシー(くずし字の読解能力や和古書の知識)を啓蒙する出前授業もやっているが、最近、結構大がかりな依頼がある高校から来て、広報企画委員が対応している(出前授業についてはこちらをご参照ください)。江戸の文化や古典に興味を持っていただければ、本当に嬉しいことである。
そういう意味で今年は、4月・5月・11月・12月に、一般の方を相手に講演をする機会に恵まれて、その手応えを感じることが出来てよかったと自分では思っている。とりわけ4月の「懐徳堂と町人文化」の講演に対しては、富士精版印刷株式会社の『富士』という雑誌にまで取り上げていただき、非常に嬉しく思ったこと、本ブログにも書いたところである。
そして、本日拝受した最新号の『富士』169号には、会社が「上方文化芸能運営委員会」の法人会員となったという記事があった。そのきっかけになったのが、私の講演を含む同委員会主催の「町人文化を味わう」ツアーのレポート記事だったというのである。私のブログのことも書いていただいているのだが、なんとスマホで私のブログにアクセスできるQRコードまで載せていただいているのである。これには恐縮、感激。この場を借りて御礼申し上げます。
5月は中野三敏先生旧蔵の和本の展示にちなむ講演会で九州大学の図書館でしゃべり、11月は、立命館大と阪大のコラボである京都大阪文化講座で、新町遊郭のことを話し、12月は宝塚の図書館で、やはり蓮月尼の展示にちなむ話をさせていただいた。いずれもびっくりするほどみなさん熱心であり、また質問のレベルも非常に高い。我々の研究の社会還元のありかたのひとつには間違いなくこういうことがあると、確信した次第である。
私の所属する日本近世文学会では、和本リテラシー(くずし字の読解能力や和古書の知識)を啓蒙する出前授業もやっているが、最近、結構大がかりな依頼がある高校から来て、広報企画委員が対応している(出前授業についてはこちらをご参照ください)。江戸の文化や古典に興味を持っていただければ、本当に嬉しいことである。
2015年10月24日
くずし字教育プロジェクトのゲリラ的研究会、有意義でした。
昨日大阪大学豊中キャンパスで、くずし字教育プロジェクトのゲリラ研究会、「海外における日本研究の現状とくずし字教育の新たな試み」が行われた。こちらの予想を上回る30名ほどが参加した。
まず、アプリ開発を中心になってすすめてくれている京都大学大学院の橋本雄太さんが、アプリ開発の現状を報告し、デモを行った。また文字・用例の取集担当の大阪大学い大学院の久田行雄さんが、文字収集と用例収集をどう行っているかを報告した。それに対する質問や意見が非常に参考になるものであった。早速、これらを取り入れて開発をつづけていくこととした。アプリの名称は、KuLA(Kuzushi-zi Leaning Application)と発表された(これは確定ではないが)。案内役は、和本リテラシーニューズのゆるキャラ、しみまるが務める。本日のデモ内容に加え、さらにテスト的要素、達成度確認、くずし字学習コミュニティの形成などの構想が語られ、議論された。
今回のゲスト、ミシガン大学のジョナサン・ズイッカー先生は、急な依頼にもかかわらず、ご自身の日本における調査と絡めて、くずし字学習の重要性を説いていただき、大変励みになった。このアプリを国際展開していく上で何が重要か、という点につき、きわめて有益なアドバイスをいただいた。
懇親会も密な交流が出来た。どうやらズイッカー先生には、来年2月に予定されている国際シンポジウムにも参加いただけそうである。
まず、アプリ開発を中心になってすすめてくれている京都大学大学院の橋本雄太さんが、アプリ開発の現状を報告し、デモを行った。また文字・用例の取集担当の大阪大学い大学院の久田行雄さんが、文字収集と用例収集をどう行っているかを報告した。それに対する質問や意見が非常に参考になるものであった。早速、これらを取り入れて開発をつづけていくこととした。アプリの名称は、KuLA(Kuzushi-zi Leaning Application)と発表された(これは確定ではないが)。案内役は、和本リテラシーニューズのゆるキャラ、しみまるが務める。本日のデモ内容に加え、さらにテスト的要素、達成度確認、くずし字学習コミュニティの形成などの構想が語られ、議論された。
今回のゲスト、ミシガン大学のジョナサン・ズイッカー先生は、急な依頼にもかかわらず、ご自身の日本における調査と絡めて、くずし字学習の重要性を説いていただき、大変励みになった。このアプリを国際展開していく上で何が重要か、という点につき、きわめて有益なアドバイスをいただいた。
懇親会も密な交流が出来た。どうやらズイッカー先生には、来年2月に予定されている国際シンポジウムにも参加いただけそうである。
2015年10月16日
『楳図かずお論』書評
先に紹介した、高橋明彦さんの『楳図かずお論』ですが、もう少し、第11章のあたり、きちんと読んでコメントしたいと思っていたところ、渡りに船とばかり、西日本新聞から書評の依頼がきました。9月中旬ごろのこと。で、すぐに書かねばならなくなり、9月18日ごろ送りました。安保国会などで新聞紙面も大変になり、掲載が1週間のびたようですが、10月4日に載りました。新聞そのものはまだ私の手許にないのですが、PDFを送っていただいたので、ここにアップロードしておきます。
20151004西日本新聞楳図かずお論.PDF
20151004西日本新聞楳図かずお論.PDF
2015年07月29日
くずし字学習コミュニティ?
科研(挑戦的萌芽研究)プロジェクト「日本語の歴史的典籍に関する国際的教育プログラムの開発」が、くずし字解読学習アプリ開発のために行っているアンケートについて投稿したら、ツイートしてくれた方が100人を超えました。本当にありがとうございます。そして実際にアンケートに答えてくださった方も、お昼の段階で160を突破いたしました。「刀剣乱舞」というゲームユーザーの中に、くずし字に関心をもつ人が結構いることもわかりました。我々が開発しているアプリもゲーム的要素を取り入れたり、解説担当をする「ゆるキャラ」を設定することなどを考えています。博物館なんかで読めない字を(あくまで写真撮影可能なところですが)撮影してアップし、アプリユーザーに「この字読める〜?」と聴けたりするとか、「くずし字学習コミュニティ」を作るという構想もあります。みなさまの応援のおかげで、いろいろとアイデアも広がってきました。よいアイデアや、こんなゆるキャラどうですか?などのご提案をお待ちしております!
2015年06月26日
国際的「くずし字教育」の展開へ向けて
国文学研究資料館の歴史的典籍に関する大型プロジェクトのサイト。ページが更新された。
各種共同研究が紹介されているが、この中の、「拠点主導研究」のひとつをやっている。題して、「日本の歴史的典籍の画像データベースを利用した国際的教育プログラムの開発」。
この共同研究は、私が代表を務める科研挑戦的萌芽研究とも連動するもので、さらには大阪大学文学研究科の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター」とも関わっている。
共同研究には3つの柱がある。ひとつは、海外におけるくずし字をはじめとする和本リテラシー教育の現状の情報を収集すること。ふたつめには、彼らのニーズをききながら、くずし字学習アプリを開発すること、三つめは、国文研の画像データベースを利用して、どういう和本リテラシー教育が可能かを議論すること、である。今後の日本学の国際的展開を念頭に置きながらの議論となり、海外の日本研究の方のご協力が欠かせない。
7月31日・8月1日には、大型プロジェクトに関わる国際研究集会が国文研で行われるが、我々のチームに所属する方が発表し、私もディスカサントとして出ることになっている。
また来年2月17日に大阪大学で国際シンポジウムを開催するが、そこでの議論を実りあるものにするために、目下、チームで議論を重ね続けているところである。この話題は、逐次本ブログで報告していくつもりだが、いずれこの共同研究のWEBサイトを発足させることになるだろう。
各種共同研究が紹介されているが、この中の、「拠点主導研究」のひとつをやっている。題して、「日本の歴史的典籍の画像データベースを利用した国際的教育プログラムの開発」。
この共同研究は、私が代表を務める科研挑戦的萌芽研究とも連動するもので、さらには大阪大学文学研究科の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター」とも関わっている。
共同研究には3つの柱がある。ひとつは、海外におけるくずし字をはじめとする和本リテラシー教育の現状の情報を収集すること。ふたつめには、彼らのニーズをききながら、くずし字学習アプリを開発すること、三つめは、国文研の画像データベースを利用して、どういう和本リテラシー教育が可能かを議論すること、である。今後の日本学の国際的展開を念頭に置きながらの議論となり、海外の日本研究の方のご協力が欠かせない。
7月31日・8月1日には、大型プロジェクトに関わる国際研究集会が国文研で行われるが、我々のチームに所属する方が発表し、私もディスカサントとして出ることになっている。
また来年2月17日に大阪大学で国際シンポジウムを開催するが、そこでの議論を実りあるものにするために、目下、チームで議論を重ね続けているところである。この話題は、逐次本ブログで報告していくつもりだが、いずれこの共同研究のWEBサイトを発足させることになるだろう。
2015年05月17日
江戸文化辻談義
16日(土)、九州大学中央図書館で「江戸文化辻談義―中野コレクションから見えるもの」というテーマの講演会が行われ、中野三敏先生が「私の江戸学」(1時間)、私が「読本コレクションと談義本研究」(40分)、岩坪充雄氏が「近世拓本の世界」(50分)と題して、それぞれ講演を行った。
「雅俗繚乱」という秀逸な命名のテーマの下、中野先生が寄贈された雅俗にわたる珍書の展覧会が行なわれる中、充実した展示図録を手にした200名ほどの聴衆を前に、まずは中野先生が、みずからの雅俗観や、収書体験、和本リテラシーなど日頃からお話になっていることを、今回の展示にも触れながら自在に語られた。これぞ辻談義である。ついで私は、九大の読本コレクションの特徴と、中野先生の談義本研究の意義を中心に、今後の九大での談義本研究の継承を願いつつおしゃべりをした。トリの岩坪氏は、豊富なスライド資料を用意され、法帖の版木や、同一人物同一筆跡の書の正面摺と左版を比較して見せるなど、興味深い事例を次々に紹介し、文字通り「近世法帖の世界」を堪能させてくださった。岩坪氏とは今回初対面だったが、同じ新幹線で福岡入りし、同じタイミングでトイレに行き、同じタイミングで到着したが、互いに挨拶したのは図書館到着後であった。
聴衆はやはり中野先生のご講演の時がマキシマムだったかと思うが、とにかく遠方から多数の方が来聴されていたのには驚いた。
各講演後にはトークセッションが行われ、「中野先生にききたいことは?」という進行役川平敏文さんの振りがあったので、先生が「江戸に即して江戸を学ぶ」ということから学んだ現代を生きるために指針というのはなにかとお尋ねしたのだが、答えは意外といえば意外、「倫理観」だった。
「雅俗繚乱」という秀逸な命名のテーマの下、中野先生が寄贈された雅俗にわたる珍書の展覧会が行なわれる中、充実した展示図録を手にした200名ほどの聴衆を前に、まずは中野先生が、みずからの雅俗観や、収書体験、和本リテラシーなど日頃からお話になっていることを、今回の展示にも触れながら自在に語られた。これぞ辻談義である。ついで私は、九大の読本コレクションの特徴と、中野先生の談義本研究の意義を中心に、今後の九大での談義本研究の継承を願いつつおしゃべりをした。トリの岩坪氏は、豊富なスライド資料を用意され、法帖の版木や、同一人物同一筆跡の書の正面摺と左版を比較して見せるなど、興味深い事例を次々に紹介し、文字通り「近世法帖の世界」を堪能させてくださった。岩坪氏とは今回初対面だったが、同じ新幹線で福岡入りし、同じタイミングでトイレに行き、同じタイミングで到着したが、互いに挨拶したのは図書館到着後であった。
聴衆はやはり中野先生のご講演の時がマキシマムだったかと思うが、とにかく遠方から多数の方が来聴されていたのには驚いた。
各講演後にはトークセッションが行われ、「中野先生にききたいことは?」という進行役川平敏文さんの振りがあったので、先生が「江戸に即して江戸を学ぶ」ということから学んだ現代を生きるために指針というのはなにかとお尋ねしたのだが、答えは意外といえば意外、「倫理観」だった。
2015年05月13日
『秋成 小説史の研究』書評
『日本文学』2015年5月号に、高田衛著『秋成 小説史の研究』の書評を載せていただいた。
この研究書は、高田衛先生の秋成研究の集大成、ではない。「本音の秋成論」というほうが正確だろう。
「見えない世界」を希求する高田の研究方法は、「見える世界」のみから「実証」できることをのみ明らかにしてゆく「実証主義」と違って、想像力が必須なのである。
前著『春雨物語論』においても、その方法がとられていたが、今回の本はそれがあからさまな主張となっている。いわば異形の文学史研究である。
なぜ、秋成を論じることが小説史の研究なのか?私の書評はこの問いを立て、それを解くことで終わっている。
この書評は、今思えば高田先生に宛てて素直に書いたものだ。書名は中村幸彦の『近世小説史の研究』を意識したものではないかと私は書いたが、それはひとつの見立てである。今の近世文学研究主流への異議申し立てであり、苛立ちであり、そういう「憤り」が表出したものが、この本なのである。断っておくが決して中村批判だと言っているのではない。中村の方法を権威として盾に取り、無反省に「実証」論文を書き続ける研究者たちへの「憤り」である。
きょう、著者自身から、本書評へのコメントを葉書でいただいた。そこには吃驚するようなことが書いてあった。私は高田衛先生の本の書評をさせていただくことの幸せをかみしめた。葉書に書かれているきわめて文学的な言葉は、当たり前だが、私だけに向けられた言葉であり、一般性はない。私だけが受け止めればよい言葉である。秋成たちの時代に文芸が個人と個人をつなぐ絆のようなものであったことを私は思い出していた。
秋成研究の前線にいる研究者は、それぞれ相容れない方法で研究しているが、互いにそれを理解しあい、リスペクトしあっているというところがいい。それが秋成研究をやってきて本当によかったと思う最大の理由である。
この研究書は、高田衛先生の秋成研究の集大成、ではない。「本音の秋成論」というほうが正確だろう。
「見えない世界」を希求する高田の研究方法は、「見える世界」のみから「実証」できることをのみ明らかにしてゆく「実証主義」と違って、想像力が必須なのである。
前著『春雨物語論』においても、その方法がとられていたが、今回の本はそれがあからさまな主張となっている。いわば異形の文学史研究である。
なぜ、秋成を論じることが小説史の研究なのか?私の書評はこの問いを立て、それを解くことで終わっている。
この書評は、今思えば高田先生に宛てて素直に書いたものだ。書名は中村幸彦の『近世小説史の研究』を意識したものではないかと私は書いたが、それはひとつの見立てである。今の近世文学研究主流への異議申し立てであり、苛立ちであり、そういう「憤り」が表出したものが、この本なのである。断っておくが決して中村批判だと言っているのではない。中村の方法を権威として盾に取り、無反省に「実証」論文を書き続ける研究者たちへの「憤り」である。
きょう、著者自身から、本書評へのコメントを葉書でいただいた。そこには吃驚するようなことが書いてあった。私は高田衛先生の本の書評をさせていただくことの幸せをかみしめた。葉書に書かれているきわめて文学的な言葉は、当たり前だが、私だけに向けられた言葉であり、一般性はない。私だけが受け止めればよい言葉である。秋成たちの時代に文芸が個人と個人をつなぐ絆のようなものであったことを私は思い出していた。
秋成研究の前線にいる研究者は、それぞれ相容れない方法で研究しているが、互いにそれを理解しあい、リスペクトしあっているというところがいい。それが秋成研究をやってきて本当によかったと思う最大の理由である。
2015年05月04日
雅俗繚乱―中野三敏江戸学コレクションの世界―
九州大学在学時代、どういうジャンルの演習であれ、調べていくうちに、この本が原本で見たいというのがあり、そんなとき中野三敏先生にお伺いすると、「それは僕のところにある」というお答えがかえって来るのが常であった(原本のみならず、研究書でもそうであった)。
先生のご蔵書の多くが、九州大学に寄贈され、「雅俗文庫」と銘打たれて、整理が進み、このたび本格的な展示が九州大学図書館で行われることとなった。川平敏文さんをはじめとする関係者のご尽力に敬意を表する。
展示期間は短いので、お近くの方、お見逃しなく。
さて、展示にちなんで、講演会が開催される。恐れ多いことに、お招きいただき、中野先生のご講演に引き続いて拙い話をさせていただくことになった。まことにありがたいことで、川平さんに厚く感謝申し上げる次第である。
情報はこちらにあるが、ここにも貼り付けさせていただく。
平成27年度九州大学開学記念行事・第56回附属図書館貴重文物展示
「雅俗繚乱 ―中野三敏 江戸学コレクションの世界―」
九州大学は、江戸文学研究の第一人者で、本学名誉教授の中野三敏氏の手により蒐集された 明治期以前の書籍を受け入れ、 「雅俗文庫」と名付けられました。「雅」とは伝統文化で、和歌・漢詩・擬古文の類、「俗」とは新興 文化で、俳諧・川柳・小説の類を指します。「雅俗文庫」は、この双方の融和こそが江戸文化の神 髄という氏の文化観が反映された、約6,000点にのぼるコレクションです。今回の展示では、雅俗文庫を中心に約70点を展示します。
【会 期】平成27年5月11日(月)〜5月18日(月)
【開場時間】10:00〜17:00 ※16日(土)のみ18:00まで開場
【場 所】九州大学中央図書館 2階特設会場(箱崎キャンパス)
(福岡市東区箱崎6-10-11)
※入場無料。一般の方も観覧できます。
【主 催】九州大学附属図書館
■ 関連講演会 ■
「江戸文化辻談義――中野コレクションから見えるもの」
【日 時】平成27年5月16日(土)13:00〜17:00
【場 所】九州大学中央図書館 4階視聴覚ホール(箱崎キャンパス)
(福岡市東区箱崎6-10-11)
※入場無料・申込不要。一般の方も参加できます。
【プログラム】
13:00〜14:00 中野三敏氏(九州大学名誉教授、2010年文化功労者)
「私の江戸学」
14:20〜15:00 飯倉洋一氏(大阪大学文学研究科教授・日本近世文学)
「読本コレクションと談義本研究」
15:10〜15:50 岩坪充雄氏(文京学院大学・日本近世書道史)
「近世法帖の世界」
16:10〜17:00 トークセッション 司会:川平敏文(九州大学人文科学研究院准教授)
以上である。
先生のご蔵書の多くが、九州大学に寄贈され、「雅俗文庫」と銘打たれて、整理が進み、このたび本格的な展示が九州大学図書館で行われることとなった。川平敏文さんをはじめとする関係者のご尽力に敬意を表する。
展示期間は短いので、お近くの方、お見逃しなく。
さて、展示にちなんで、講演会が開催される。恐れ多いことに、お招きいただき、中野先生のご講演に引き続いて拙い話をさせていただくことになった。まことにありがたいことで、川平さんに厚く感謝申し上げる次第である。
情報はこちらにあるが、ここにも貼り付けさせていただく。
平成27年度九州大学開学記念行事・第56回附属図書館貴重文物展示
「雅俗繚乱 ―中野三敏 江戸学コレクションの世界―」
九州大学は、江戸文学研究の第一人者で、本学名誉教授の中野三敏氏の手により蒐集された 明治期以前の書籍を受け入れ、 「雅俗文庫」と名付けられました。「雅」とは伝統文化で、和歌・漢詩・擬古文の類、「俗」とは新興 文化で、俳諧・川柳・小説の類を指します。「雅俗文庫」は、この双方の融和こそが江戸文化の神 髄という氏の文化観が反映された、約6,000点にのぼるコレクションです。今回の展示では、雅俗文庫を中心に約70点を展示します。
【会 期】平成27年5月11日(月)〜5月18日(月)
【開場時間】10:00〜17:00 ※16日(土)のみ18:00まで開場
【場 所】九州大学中央図書館 2階特設会場(箱崎キャンパス)
(福岡市東区箱崎6-10-11)
※入場無料。一般の方も観覧できます。
【主 催】九州大学附属図書館
■ 関連講演会 ■
「江戸文化辻談義――中野コレクションから見えるもの」
【日 時】平成27年5月16日(土)13:00〜17:00
【場 所】九州大学中央図書館 4階視聴覚ホール(箱崎キャンパス)
(福岡市東区箱崎6-10-11)
※入場無料・申込不要。一般の方も参加できます。
【プログラム】
13:00〜14:00 中野三敏氏(九州大学名誉教授、2010年文化功労者)
「私の江戸学」
14:20〜15:00 飯倉洋一氏(大阪大学文学研究科教授・日本近世文学)
「読本コレクションと談義本研究」
15:10〜15:50 岩坪充雄氏(文京学院大学・日本近世書道史)
「近世法帖の世界」
16:10〜17:00 トークセッション 司会:川平敏文(九州大学人文科学研究院准教授)
以上である。
2015年04月24日
明日、京都近世小説研究会
明日の京都近世小説研究会で発表します。
風呂敷広げ系です。ただ、広げようとしても、すぐに内側に丸まってしまう癖のついた風呂敷のようで、なかなか広がってくれないもようです。
昨日、勤め先の歓迎会がありましたが、帰宅後ようやくハンドアウト作成開始。今日は授業がないので、なんとかと思っていたら、やや難題っぽい議題の会議のため、急遽招集がかかっちまった。今日中には作成できない。印刷は当日の午前だな。
いわゆる前期読本には、知的な議論が多いが、中でもそこまでやるかと思うような「学説」の取り入れがある。作者の意見を登場人物が代弁するのだが、たとえば『雨月物語』「仏法僧」の中に出てくる、伝空海の和歌中の言葉「玉川の水」についての解釈。こういうのって、物語を読む中で、当時の人は面白いって思って読んでいたわけだろう。そういうのをいくつか取り上げて、あーだこーだと考え、ご教示を賜ろうというもの。少しは準備して、と思っていましたが、かなりの部分、旧稿のくみあわせっぽいものになりそうどす。
久堀さんの御発表は、きっとしっかりしたものでしょう。これを聞くのは楽しみです。
■日時 4月25日(土)午後3時〜
■場所 同志社女子大学今出川校地
ジェームス館2階 J202号室
参照(http://www.dwc.doshisha.ac.jp/access/imadegawa/campusmap.html)
■発表
久堀裕朗氏「浄瑠璃『近江源氏先陣館』『太平頭鍪飾』の作意」
飯倉洋一氏「前期読本作者が作中に取り入れた学説をめぐって―一八世紀の仮名読物の一面―」
風呂敷広げ系です。ただ、広げようとしても、すぐに内側に丸まってしまう癖のついた風呂敷のようで、なかなか広がってくれないもようです。
昨日、勤め先の歓迎会がありましたが、帰宅後ようやくハンドアウト作成開始。今日は授業がないので、なんとかと思っていたら、やや難題っぽい議題の会議のため、急遽招集がかかっちまった。今日中には作成できない。印刷は当日の午前だな。
いわゆる前期読本には、知的な議論が多いが、中でもそこまでやるかと思うような「学説」の取り入れがある。作者の意見を登場人物が代弁するのだが、たとえば『雨月物語』「仏法僧」の中に出てくる、伝空海の和歌中の言葉「玉川の水」についての解釈。こういうのって、物語を読む中で、当時の人は面白いって思って読んでいたわけだろう。そういうのをいくつか取り上げて、あーだこーだと考え、ご教示を賜ろうというもの。少しは準備して、と思っていましたが、かなりの部分、旧稿のくみあわせっぽいものになりそうどす。
久堀さんの御発表は、きっとしっかりしたものでしょう。これを聞くのは楽しみです。
■日時 4月25日(土)午後3時〜
■場所 同志社女子大学今出川校地
ジェームス館2階 J202号室
参照(http://www.dwc.doshisha.ac.jp/access/imadegawa/campusmap.html)
■発表
久堀裕朗氏「浄瑠璃『近江源氏先陣館』『太平頭鍪飾』の作意」
飯倉洋一氏「前期読本作者が作中に取り入れた学説をめぐって―一八世紀の仮名読物の一面―」
2015年03月31日
クラスター報告書完成
国文研の大型プロジェクトである歴史的典籍の画像データベース化と連携ということで今年度からはじまった大阪大学文学研究科の、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター」(代表、飯倉)の成果報告書(2014年度)が、本日刊行されました。
2月18日に行われた、国際シンポジウムの報告と、大阪大学所蔵典籍で最初の画像公開予定の適塾記念館および懐徳堂文庫所蔵の典籍の目録が中心となっています。
いずれ大阪大学のOUKAにも登録されることになるでしょうが、ご要望があればPDFファイルをお送りすることができます。とりいそぎご報告まで。なお冊子は関係者を中心に4月2日以降に発送します。
2月18日に行われた、国際シンポジウムの報告と、大阪大学所蔵典籍で最初の画像公開予定の適塾記念館および懐徳堂文庫所蔵の典籍の目録が中心となっています。
いずれ大阪大学のOUKAにも登録されることになるでしょうが、ご要望があればPDFファイルをお送りすることができます。とりいそぎご報告まで。なお冊子は関係者を中心に4月2日以降に発送します。
2015年02月19日
国際シンポジウムを終えて
ひとつ前のエントリーで「最終案内」した国際シンポジウムは、ネット上でかなり評判になり、主催者の予想を大きく上回る参加者がございました。アンケートもとりましたので、どのくらい回収されているかはまだ未確認ですが、わかり次第その内容も報告したいと思います。
会場の会議室は、定員72名ですが、どんどん人がやってくるので、会場変更をしなければならないかとちょっと焦りましたが、5分前にはどうやら落ち着き、ぎりぎりで収まりました。
平日午後の開催にもかかわらず、これだけの方が集まったのは、国文研の大型プロジェクトに対する関心が非常に高いことを伺わせました。日本文学関係以外の方も非常に多かったです。古地震研究者・仏教学・中国哲学・東洋史・印刷会社の方などなど。
内容については、このシンポジウムに参加していただき、質問やご提言をしてくださった、永崎研宣先生(人文情報学研究所)が、シンポジウムに関するツイートをまとめてくださっていますので、ご興味にあるかたはこちらをご覧いただきたい。
非常にわかりやすく、かつ前向きなプレゼンをしてくださった国文研の山本和明さん、ニュージーランドで、どのように日本医学史を研究しているかというレポートを、ユーモアを交えて語り、会場をしみじみとした雰囲気に包んでくださったエレン・ナカムラ先生、台湾にあって、ハイレベルな懐徳堂研究を展開され、その成果とともに、画像データベースの重要性を説得力あるプレゼンで説かれた田世民先生、そして熱心に聴講してくださった参加者のみなさまに、主催者として心より感謝申し上げます。
その後の懇親会も大変盛り上がり、そのまた半分ほどは二次会へなだれ込んだのでした。
会場の会議室は、定員72名ですが、どんどん人がやってくるので、会場変更をしなければならないかとちょっと焦りましたが、5分前にはどうやら落ち着き、ぎりぎりで収まりました。
平日午後の開催にもかかわらず、これだけの方が集まったのは、国文研の大型プロジェクトに対する関心が非常に高いことを伺わせました。日本文学関係以外の方も非常に多かったです。古地震研究者・仏教学・中国哲学・東洋史・印刷会社の方などなど。
内容については、このシンポジウムに参加していただき、質問やご提言をしてくださった、永崎研宣先生(人文情報学研究所)が、シンポジウムに関するツイートをまとめてくださっていますので、ご興味にあるかたはこちらをご覧いただきたい。
非常にわかりやすく、かつ前向きなプレゼンをしてくださった国文研の山本和明さん、ニュージーランドで、どのように日本医学史を研究しているかというレポートを、ユーモアを交えて語り、会場をしみじみとした雰囲気に包んでくださったエレン・ナカムラ先生、台湾にあって、ハイレベルな懐徳堂研究を展開され、その成果とともに、画像データベースの重要性を説得力あるプレゼンで説かれた田世民先生、そして熱心に聴講してくださった参加者のみなさまに、主催者として心より感謝申し上げます。
その後の懇親会も大変盛り上がり、そのまた半分ほどは二次会へなだれ込んだのでした。
2014年09月26日
古地震研究会の方々、くずし字を読む
昨日の夜、京大理学研究科の中西一郎先生が主宰する古地震研究会の「夏合宿」初日に、講師として参加し、「写本と板本」の演題で、江戸時代の本の見方についてしゃべってきた。もともと中野三敏先生が依頼されていたのが、九州からはちょっと遠い、飯倉が近くにいるからということで、私が出動することになった。この研究会では、歴史的地震を研究するために、安政地震のルポのひとつ『安政見聞録』(板本)や善光寺地震の「被害御届」などの写本を読んでいる。初日も13時から20時ちかくまで、7時間ぶっ通しでの研究会。私が到着した時には、みんなで版本を読んでいて、私が入ってきたのにも気づかないほどの熱心さである。中野先生の『和本のすすめ』も、読んでいらっしゃる。私も18時から予定を10分ほどオーバーして70分ほどしゃべったが、みなさん非常に熱心に聞いてくださり、質問も次々に出て、30分くらい質疑応答の時間があった。
善光寺地震のテキストは、たまたま京大にある本を使っているんだろうな〜、と思っていたのだが、どうしてどうして、古書店でいくつか資料を入手して、複数の資料を参考にしながらよんでいるところなど、なかなか本格的である。崩し字も板本程度なら読めるようだ。
地震学の先生、防災学の先生、気象研究所の先生、ガリレオの専門家である科学史の先生、人文情報学の院生など、まさに異領域融合の研究会で、そのあとの懇親会でも、興味津々の話が続出。最近、少し考えている「くずし字解読学習支援ソフト」などが、結構実現可能であるという感触を得たし、たとえば版本で「地震」などという言葉をマークすると、同じ字体を検索して、その行を切り出し、ずらっと並べてくれるようなフリーウェアを、参加者のひとりが作っている!ことがわかり、驚嘆した次第である。デモしてもらったが、このソフトはすごい。まだ僕らが扱うにはちょっと難しいかもしれないが、いつか国文研とか学会とかでプレゼンをしてもらうといいのではないかと思った次第である。
久しぶりに、異分野の方ばかりとの懇談で、血のめぐりがぐーんとよくなったような気がする。これで終わらせたくないな、と心から思った。
善光寺地震のテキストは、たまたま京大にある本を使っているんだろうな〜、と思っていたのだが、どうしてどうして、古書店でいくつか資料を入手して、複数の資料を参考にしながらよんでいるところなど、なかなか本格的である。崩し字も板本程度なら読めるようだ。
地震学の先生、防災学の先生、気象研究所の先生、ガリレオの専門家である科学史の先生、人文情報学の院生など、まさに異領域融合の研究会で、そのあとの懇親会でも、興味津々の話が続出。最近、少し考えている「くずし字解読学習支援ソフト」などが、結構実現可能であるという感触を得たし、たとえば版本で「地震」などという言葉をマークすると、同じ字体を検索して、その行を切り出し、ずらっと並べてくれるようなフリーウェアを、参加者のひとりが作っている!ことがわかり、驚嘆した次第である。デモしてもらったが、このソフトはすごい。まだ僕らが扱うにはちょっと難しいかもしれないが、いつか国文研とか学会とかでプレゼンをしてもらうといいのではないかと思った次第である。
久しぶりに、異分野の方ばかりとの懇談で、血のめぐりがぐーんとよくなったような気がする。これで終わらせたくないな、と心から思った。
2014年03月29日
西鶴研究会に参加して
一昨日、青山学院大学で行われた西鶴研究会に初参加。初参加者は挨拶をさせられるのだが、「忘却さんがはじめてとは」という声が聞こえた。いつも外野からヤジを飛ばしているからだろう。メニューは2本立てで、広嶋進さんがまず、『西鶴置土産』が、「西鶴が晩年に到達した枯淡な心境を示す傑作」という「神話」が、どのように形成されてきたかを解説してくれた。まずこの「神話」がごく最近まで、事典や概説に記されていることが紹介され、その淵源は片岡良一の『井原西鶴』(大正15年)であり、彼の言説がその後反復されたことが示された。さらに片岡の言説の背後に、「本格小説・心境小説」論争など、文壇で「心境」という用語が一種のトレンドになっていたことを明らかにした。広嶋さんの調査は「心境」という語の文芸用語としての起源探索に及ぶが、戦後の置土産論の主調は、では「心境」一色で来ていたのか?という点が省略されていたように思う。その点が知りたかった点だ。
それにしても、虚構の文芸作品に、西鶴の心境が反映しているという作品解説がいまだに通用しているというのは驚きである。これなど、まさしく西鶴作品の近代主義的理解の典型であろう。こういう考え方に基づく読みが無意識に行われていたとすれば、それはやはり問題である。
そこから、西鶴の現実批判・政治批判・権力批判という読みは、たとえば「リアリズム」などという、西鶴作品の特徴としてよくあげられる近代主義的(といっていいと思うが)な見方が基底になっているのではないかという疑いが私に生じた。リポジトリで南陽子さんも指摘していたが、『武家義理物語』「死なば諸共の波枕とや」において、バカ若殿の「村丸を西鶴が批判している」というのはあまりにも素朴な批評である。これは『置土産』は西鶴の心境を示したものというのと同じレベルの読みである。そういう読みをしたいのであれば、「村丸」にも(それだけではなくこの作品の主要登場人物にも)モデルがいることを示さねばならないが、それはいまのところ決定的には示されていない。(簡単にはわからないようにカムフラージュしているというのか?)。むしろ荒木家という設定をもって、義理の物語にふさわしい、アホ殿キャラクターとして、この物語の中に設定されたとする南さんの説が今のところ説得力がある。
リアリズムという批評は、キャラクター以外の状況設定には当てはまるだろう。また、キャラクターを実在モデルから創造することはもちろんありうる。しかし、実在人物の批判を目的に西鶴がこれらの慰み草を怒涛の勢いで次々に書いたというのは、それこそ現実離れした考えだと私は思う。
ちょっと脱線したが、今回の目玉である中野三敏先生の「西鶴戯作者説再考」は、私などは、何度もうかがっていて、質問することは全くなかったのだが、初めて聞いた人の中には、論文で帆むのとは違った印象を与えたようである。そのような感想しを述べた方がいた。
「戯作」というタームの範囲を江戸の俗文芸(散文)全般に及ぼしてはどうかというのが中野先生の提案だが、それは中野先生の、江戸文化観、江戸時代観から来ているということ、たとえばそれが、「江戸モデル封建制」「近世的自我」という考え方と連動しているということが、先生の語りによって少しは伝わったのかと思った。そうであれば、この研究会での講演は無駄ではない。というか、ポイントはそこにある。
リポジトリの篠原さん、木越治さん、染谷さんの中野批判は、中野論が、日本近世文学会の内向けの議論に終始していて、一般の読者向けでもなく、国際的でもない、つまり「開かれていない」という批判であったと一応まとめることができるだろう。私は発言を求め、そういっている方々こそが「西鶴研究を開かれれたものにすべきだ」ということを内向けにしか発信していない、中野先生の方がよっぽど開かれていると(あえて)批判した。この場を借りて補えば、批判している方々がどれだけ開かれた議論を中野先生以上にしているのか、私には大いに疑問である。少なくとも中野先生は、西鶴戯作者説を何度も発信し、今回は一般読者が多数いる「文学」に投稿された。その反応が目立ったところにないからといって、一般読者が全く関心を持たなかったという証拠はない。まずは、「文学」に投稿されたということ自体をなぜ評価しないのか。また中野先生は和本リテラシーについての講演をイギリスや韓国でもされている。そういうことをご存じであろうか?かつて文系基礎学の充実について嘆かれていたことについては、岩波ブックレットに書かれた。あの時中野先生は、このことを理解してもらうには、理科系の影響力のある人物と話して理解してもらわねばならない、と岩波ブックレットをそういう方々に読んでいただき、さらに伝手をたよって可能な限り理系の方との対談をされる努力をされたときく。たまたまそのころ私の勤務していた大学の学長は広中平佑先生であったが、私は中野先生のご依頼で、広中先生にブックレットを読んでいたいたうえで、先生と30分ほど話し、その上で広中中野対談を実現にこぎつけた。広中先生も誠実に対応してくださり、この時の対談は、夕食をともにしながら2時間以上にわたった(ついでにいえば広中先生が接待をされた)。本当に一流の科学者は、文系の基礎的な研究について理解があるなとその時感じたものである。
またまた脱線した。さて、私は、「戯作」というのは江戸文芸の最重要な概念である雅俗観と密接な関係があり、そういう意味で「戯作」の範囲を広げることは江戸文芸理解にとって意義があると述べ。一方で「戯作」とかわかりにくいことばを言わずに国際的にも通用する「小説」にした方がいいという染谷さんの意見に対し、江戸文芸の特異さ、ユニークさを示すには、「ゲサク」を、「ハイク」や「カブキ」のような世界に通じる国際語に育てる方が、よほど開かれた議論だということを(あえて挑発的に)述べた(実際の発言ではもうちょっとたどたどしい言い方だったかもしれない。また誤解されないようにいえば、私は染谷さんの立場はよく理解しているつもりだし、染谷さんの東アジアの中に西鶴を置いて研究するという方法論を高く評価し、尊敬しているものである)。これに対して、中嶋隆さんから、タームとしての「戯作」が後期に限定されていることは、長い近世文学研究の歴史の必然がある。仮名草子や浮世草子にしてもそうである。しかし、西鶴を戯作者とするには、そういうこれまでの研究史に対してあまりに無謀で、手続きをふんでいないという内容の批判がなされ、井上泰至さんからは、「ハイク」という言葉が国際化するためには、連俳としての要素を捨てて、ある程度翻訳したものでなければならなかった点に注意しなければならないというご意見があった。
私はこういう議論こそが、実りのある前向きな議論だと思う。誰もが中野先生が江戸文芸に最も通じている一人であることを認めているはずである。中野先生のいう「近代主義」は50年前のものだとか、今はだれも近代主義的な読みはしていない、というような私に言わせれば「揚げ足取り」のようなことを言って何になるのだろうか? そういうことが中野説の要諦なのではない。まずは碩学のいうことの真意に耳を傾けようと、謙虚になるべきではないか。
私自身、決して無批判に中野先生の説に盲従すべきなどとは思っていない。しかし、本当に中野先生の真意を理解しているのだろうかと常に自身に問い直すような謙虚さはやはり必要ではないだろうか。今回研究会で講演された中野先生の質疑応答の時の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに改めて胸を打たれ、師の度量の大きさに感銘を受けたことを告白する。
なお、リポジトリの南陽子さんのご意見について、会場ではあまり反応がなかったが、私は、作品中の登場人物をキャラクター設定の立場から論じたこの論が、これまでの論の中で最も説得力あるものだと感じている。
それにしても、虚構の文芸作品に、西鶴の心境が反映しているという作品解説がいまだに通用しているというのは驚きである。これなど、まさしく西鶴作品の近代主義的理解の典型であろう。こういう考え方に基づく読みが無意識に行われていたとすれば、それはやはり問題である。
そこから、西鶴の現実批判・政治批判・権力批判という読みは、たとえば「リアリズム」などという、西鶴作品の特徴としてよくあげられる近代主義的(といっていいと思うが)な見方が基底になっているのではないかという疑いが私に生じた。リポジトリで南陽子さんも指摘していたが、『武家義理物語』「死なば諸共の波枕とや」において、バカ若殿の「村丸を西鶴が批判している」というのはあまりにも素朴な批評である。これは『置土産』は西鶴の心境を示したものというのと同じレベルの読みである。そういう読みをしたいのであれば、「村丸」にも(それだけではなくこの作品の主要登場人物にも)モデルがいることを示さねばならないが、それはいまのところ決定的には示されていない。(簡単にはわからないようにカムフラージュしているというのか?)。むしろ荒木家という設定をもって、義理の物語にふさわしい、アホ殿キャラクターとして、この物語の中に設定されたとする南さんの説が今のところ説得力がある。
リアリズムという批評は、キャラクター以外の状況設定には当てはまるだろう。また、キャラクターを実在モデルから創造することはもちろんありうる。しかし、実在人物の批判を目的に西鶴がこれらの慰み草を怒涛の勢いで次々に書いたというのは、それこそ現実離れした考えだと私は思う。
ちょっと脱線したが、今回の目玉である中野三敏先生の「西鶴戯作者説再考」は、私などは、何度もうかがっていて、質問することは全くなかったのだが、初めて聞いた人の中には、論文で帆むのとは違った印象を与えたようである。そのような感想しを述べた方がいた。
「戯作」というタームの範囲を江戸の俗文芸(散文)全般に及ぼしてはどうかというのが中野先生の提案だが、それは中野先生の、江戸文化観、江戸時代観から来ているということ、たとえばそれが、「江戸モデル封建制」「近世的自我」という考え方と連動しているということが、先生の語りによって少しは伝わったのかと思った。そうであれば、この研究会での講演は無駄ではない。というか、ポイントはそこにある。
リポジトリの篠原さん、木越治さん、染谷さんの中野批判は、中野論が、日本近世文学会の内向けの議論に終始していて、一般の読者向けでもなく、国際的でもない、つまり「開かれていない」という批判であったと一応まとめることができるだろう。私は発言を求め、そういっている方々こそが「西鶴研究を開かれれたものにすべきだ」ということを内向けにしか発信していない、中野先生の方がよっぽど開かれていると(あえて)批判した。この場を借りて補えば、批判している方々がどれだけ開かれた議論を中野先生以上にしているのか、私には大いに疑問である。少なくとも中野先生は、西鶴戯作者説を何度も発信し、今回は一般読者が多数いる「文学」に投稿された。その反応が目立ったところにないからといって、一般読者が全く関心を持たなかったという証拠はない。まずは、「文学」に投稿されたということ自体をなぜ評価しないのか。また中野先生は和本リテラシーについての講演をイギリスや韓国でもされている。そういうことをご存じであろうか?かつて文系基礎学の充実について嘆かれていたことについては、岩波ブックレットに書かれた。あの時中野先生は、このことを理解してもらうには、理科系の影響力のある人物と話して理解してもらわねばならない、と岩波ブックレットをそういう方々に読んでいただき、さらに伝手をたよって可能な限り理系の方との対談をされる努力をされたときく。たまたまそのころ私の勤務していた大学の学長は広中平佑先生であったが、私は中野先生のご依頼で、広中先生にブックレットを読んでいたいたうえで、先生と30分ほど話し、その上で広中中野対談を実現にこぎつけた。広中先生も誠実に対応してくださり、この時の対談は、夕食をともにしながら2時間以上にわたった(ついでにいえば広中先生が接待をされた)。本当に一流の科学者は、文系の基礎的な研究について理解があるなとその時感じたものである。
またまた脱線した。さて、私は、「戯作」というのは江戸文芸の最重要な概念である雅俗観と密接な関係があり、そういう意味で「戯作」の範囲を広げることは江戸文芸理解にとって意義があると述べ。一方で「戯作」とかわかりにくいことばを言わずに国際的にも通用する「小説」にした方がいいという染谷さんの意見に対し、江戸文芸の特異さ、ユニークさを示すには、「ゲサク」を、「ハイク」や「カブキ」のような世界に通じる国際語に育てる方が、よほど開かれた議論だということを(あえて挑発的に)述べた(実際の発言ではもうちょっとたどたどしい言い方だったかもしれない。また誤解されないようにいえば、私は染谷さんの立場はよく理解しているつもりだし、染谷さんの東アジアの中に西鶴を置いて研究するという方法論を高く評価し、尊敬しているものである)。これに対して、中嶋隆さんから、タームとしての「戯作」が後期に限定されていることは、長い近世文学研究の歴史の必然がある。仮名草子や浮世草子にしてもそうである。しかし、西鶴を戯作者とするには、そういうこれまでの研究史に対してあまりに無謀で、手続きをふんでいないという内容の批判がなされ、井上泰至さんからは、「ハイク」という言葉が国際化するためには、連俳としての要素を捨てて、ある程度翻訳したものでなければならなかった点に注意しなければならないというご意見があった。
私はこういう議論こそが、実りのある前向きな議論だと思う。誰もが中野先生が江戸文芸に最も通じている一人であることを認めているはずである。中野先生のいう「近代主義」は50年前のものだとか、今はだれも近代主義的な読みはしていない、というような私に言わせれば「揚げ足取り」のようなことを言って何になるのだろうか? そういうことが中野説の要諦なのではない。まずは碩学のいうことの真意に耳を傾けようと、謙虚になるべきではないか。
私自身、決して無批判に中野先生の説に盲従すべきなどとは思っていない。しかし、本当に中野先生の真意を理解しているのだろうかと常に自身に問い直すような謙虚さはやはり必要ではないだろうか。今回研究会で講演された中野先生の質疑応答の時の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに改めて胸を打たれ、師の度量の大きさに感銘を受けたことを告白する。
なお、リポジトリの南陽子さんのご意見について、会場ではあまり反応がなかったが、私は、作品中の登場人物をキャラクター設定の立場から論じたこの論が、これまでの論の中で最も説得力あるものだと感じている。
2013年12月26日
『語文』100輯
大阪大学国語国文学会が刊行する学会誌『語文』の100/101合併号が刊行された。12本の論文と、『語文』をめぐる卒業生・修了生からいただいたエッセー7編、著書紹介12本が掲載されている。
年2回の刊行だから100号到達には半世紀を要する。私が関わったのは70号台からだと思うが、それからでも、20回以上刊行されているわけである。教員が必ず書き、院生の中でも掲載に値する論文が載る雑誌なので、ほぼ全国学会レベルの内容だろうと思う。私も3本書いたが、いずれもかなり力を入れて書いたつもりである。
今回近世関係では、島津忠夫先生の「西山宗因と伊勢松坂」、仲沙織氏の「執心への対処をめぐる物語―『新可笑記』巻四の一「船路の難義」考―」が載る。いま西鶴研究ではホットな西鶴『新可笑記』論をさらに熱くするかどうか、である。著者紹介の中では私の著書・共編著を取り上げていただいているが、私も旧勤務先のよしみで『山口大学所蔵和漢古典籍分類目録』について書いた。
年2回の刊行だから100号到達には半世紀を要する。私が関わったのは70号台からだと思うが、それからでも、20回以上刊行されているわけである。教員が必ず書き、院生の中でも掲載に値する論文が載る雑誌なので、ほぼ全国学会レベルの内容だろうと思う。私も3本書いたが、いずれもかなり力を入れて書いたつもりである。
今回近世関係では、島津忠夫先生の「西山宗因と伊勢松坂」、仲沙織氏の「執心への対処をめぐる物語―『新可笑記』巻四の一「船路の難義」考―」が載る。いま西鶴研究ではホットな西鶴『新可笑記』論をさらに熱くするかどうか、である。著者紹介の中では私の著書・共編著を取り上げていただいているが、私も旧勤務先のよしみで『山口大学所蔵和漢古典籍分類目録』について書いた。
2013年12月05日
西鶴読解の壁
『リポート笠間』55号には、私も「西鶴読解の壁」なる小文(ちょっと長くなってしまったが)を書いている。ここ一年の西鶴読解をめぐる議論を、私見を交えつつまとめてみたものだ。とくに9月のワークショップの報告が中心。なお注は編集部が付けたものである。他の方はどうもご自身でつけられているようであるが…。それから小見出しも編集部の方で付けてくれた。
ついつい篠原進さんに言及することが多くなってしまった。このところの議論は、篠原さんの西鶴読解の姿勢、方法をめぐる議論でもあるから、どうしてもそうなってしまいます。
この議論、口火を切ったのは木越俊介さんだった。今号の水谷隆之さんの学界時評にも言及される。西鶴にとりくむ若い研究者が、これからどのように関わってくるかがこれからは注目されるだろう。というのも、篠原さんの挑発も、〈若い人たちの最近の研究は典拠の指摘が中心でそれで終わっている〉ことへの不満に発していると思われるからである。若手がそれにどうこたえるか、であろう。
今月は東京で俳文学会東京例会と西鶴研究会、浮世草子研究会のコラボで、西鶴と俳諧をめぐるシンポジウムがおこなわれるという(12月21日)。その日私は東京にいるが、別の研究会に出席で、残念である。
ついつい篠原進さんに言及することが多くなってしまった。このところの議論は、篠原さんの西鶴読解の姿勢、方法をめぐる議論でもあるから、どうしてもそうなってしまいます。
この議論、口火を切ったのは木越俊介さんだった。今号の水谷隆之さんの学界時評にも言及される。西鶴にとりくむ若い研究者が、これからどのように関わってくるかがこれからは注目されるだろう。というのも、篠原さんの挑発も、〈若い人たちの最近の研究は典拠の指摘が中心でそれで終わっている〉ことへの不満に発していると思われるからである。若手がそれにどうこたえるか、であろう。
今月は東京で俳文学会東京例会と西鶴研究会、浮世草子研究会のコラボで、西鶴と俳諧をめぐるシンポジウムがおこなわれるという(12月21日)。その日私は東京にいるが、別の研究会に出席で、残念である。

