2011年01月08日

秋成の晩年と演劇

『近松研究所紀要』第21号(2011年12月)に、拙稿「秋成の晩年と浄瑠璃」を載せていただいた。このブログでもちょっと書いたことがあるが、僭越にも厚顔にも恥ずかしながら近松研究所の役員のようなことをやっているので、「演劇に関わる」論文を書きなさいとI所長に夏休の宿題を与えられて書いたものである。まことに汗顔の至りとはこのことである。

 まえから書きたいネタがひとつだけあった。秋成が『胆大小心録』で中井竹山を茶化しているところがある。これが『ひらかな盛衰記』を踏まえてますよ〜ということ。しかしそれだけで論文になるわけがない。そこで『春雨物語』の中の通俗的と言われている部分を、浄瑠璃の摂取か流れ込みと読んでみた。

 すでに先学がいろいろと言っていることにのっかっているところが多いのですが。それにしても怖ろしいかったのは、ここに投稿する論文は、近松研の評議員をされている錚々たる皆様の査読的なことを受けたことである。U先生、T先生から貴重な御教示を、H先生からはコメントを賜る。やはり専門家は怖えええ! ともあれ、お慈悲で不採用にはならなかったようで。
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2010年12月27日

懐徳堂記念会百年誌

懐徳堂記念会のことには、このブログでも時々言及している。私も微力ではあるが運営委員の仕事を8年くらいほどやっている。今年記念会は100周年を迎えた。今年ほど忙しい年はなかった。

11月27日(土)には、それを記念するシンポジウム・レセプションがが行われた。シンポジウムには500人もの来聴があり、関係者一同ほっとしたところである。この模様は1月にNHK教育テレビで放映されるそうだ。

このシンポジウムとともに100周年事業の柱の一つであったのが『懐徳堂記念会百年誌 1910〜2010』である。2010年11月、懐徳堂記念会刊行。A5判並製188頁、カラー口絵11頁、写真多数。

懐徳堂記念会は、江戸時代の懐徳堂の理念を継承し、企業は文化人の尽力で明治43年に発足、市民のための学びの場として重建懐徳堂が建てられ、大阪市民の文科大学としての役割を果たしていた。戦争で建物は焼けたが、その蔵書が戦後大阪大学文学部に移され、支援する企業のご協力の下、記念会は大阪大学に事務局を置き、古典講座をはじめとする諸事業を運営している。

この記念会の100年の歩みを、前身の懐徳堂から振り返り(第1部)、かつ現在の事業を見つめ直し(第2部)、そしてこれからの100年を展望する(第3部)というのが、この冊子の目指した所である。

 編集委員は飯塚一幸さんと湯浅邦弘さんと私であり、飯塚さんには懐徳堂および記念会の歴史と年表を主として執筆していただき、湯浅さんには、史跡マップ、メディアに紹介された懐徳堂、資料展、アーカイブ講座等等重要項目をお願いし、また全般にわたってご教示ご指導いただいた。私が執筆したのは、懐徳堂記念会のここ10年の活動についてである。資料と格闘してゴールデンウィークを過ごした日々が懐かしい…。
 
 目玉は第3部の懐徳堂のこれからを考える諸氏のご寄稿と座談会である。後者は、柏木隆雄放送大学大坂学習センター所長の司会で、ロバート・キャンベルさん、作家の築山桂さん、パナソニックの社会文化グループマネージャーでジャズピアニストでもある小川理子さん、読売新聞の待田晋哉さんという異色の組み合わせで、座談内容も大変面白い。この人選だけは、私の手柄だと自賛しているのである…(まあちょっと文学系の色が強かったかもしれません。私に編集を任せたからですよ。ほほほ)。
 
市販はされず、関係者に配布されるだけのものだが、国会図書館や、大阪府立図書館、大阪市立図書館、豊中市立図書館などでは閲覧可能であるはずなので、興味のある方は御覧あれ。もちろん阪大図書館でも、記念会事務局でもOKである。
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2010年12月25日

私的「秋成展総括」論文?

拙稿「交誼と報謝―秋成晩年の歌文」掲載の『語文』95輯(2010年12月、大阪大学国語国文学会)が刊行されました。

今年を振り返ると、私の中での10大イベントの1位はやはり京都国立博物館の上田秋成展ですね。5年がかりでの準備と開催にいたるまでの紆余曲折を思いますと、感慨無きにしも非ず。そこでふと秋成展を自分なりに総括する論文を書いて見ようかと…。たまたま今年から始まった科研が、「近世上方文壇における人的交流」をテーマとしているので、ちょうどよろしいな、ということで、京都新聞で書かせていただいた内容を、すこし突っ込んで書いたという形です。ただ、締め切りが過ぎてから書き始めるという情けない状態、実質ン日くらいで書いたので、文体がかなり軽くなってしまいました。

 秋成晩年の歌文の多くは、交誼と報謝のためにあったというのが出発点であり結論です。これは秋成展のコンセプトと完全に一致するもの。秋成展終了後であるから、これはもう常識?かもしれません。それはそれでいいのです。秋成展総括という意味もあり、京博で展示した香具波志神社および谷川家所蔵のものを柱に書きました。谷川家所蔵のものは図版も掲げて、紹介のように見えるかもしれませんが、私としては「神(医)への報謝」という意識で、秋成が谷川家に贈呈したものだというところを強調しています。いろいろと力不足を感じる拙論ではありますが、これを書いて秋成展を終えたという感じを持てる、ということは否定できないのであります。
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2010年11月10日

学会版秋成展示図録

このブログでも、えんえんと情報を流していた京都国立博物館の上田秋成展。その展示図録(日本近世学会版)が完成し、このほど学会員に配布された。実行委員会の稲田篤信・木越治・長島弘明・飯倉洋一と京博の水谷亜希が解題を執筆。出展目録と年譜そして実行委員会記録を付している。

展覧会後に出現した、大型の新資料も追加で収録した。

京博の小冊子にくらべると、やはり「学術的な」内容である。新しい指摘も随所にある。学会から補助をうけて刊行しており、市販はされない。新出資料、初公開資料が多いので、価値は高い。

これで、すべての実行委員会の仕事は終わる。(もっともまだ協力者などへの発送や、住所不明で戻ってきたものなどの処理は残るが)。やれやれである。打ち上げが楽しみである。
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2010年07月15日

仮名序といつはり、そして明日は…

『国文学解釈と鑑賞』8月号は、「近世散文における引用と挿絵」という特集を組んでいる。
人ごとのように言いましたが、私も書きました。

「秋成における古今集仮名序の引用」というのですが…。

テーマの趣旨とはちょっとずれることを承知で、秋成における「いつはり」の問題を考える時に避けて通れない問題について書いたつもりである。

仮名序では吉野山の桜が雪に見えたとか雲に見えたとかいう歌が問題になる。それが本当にそうみえたのか、「いつはり」なのか?秋成は文学における偽りの問題をこういうところに発見しているのである。この問題は秋成に終生わだかまり、仮名序を鏡にして、彼はみずからの倫理意識を照らし続けるのである。

 さて、いよいよ明日は、宵山…。そうなんですが、私らにとっては、秋成展開幕の前日、記者発表の日である。内覧会もある。こういうのは初めての経験なので、ちょっと楽しみである。

 祇園祭でかすむのか、逆にお祭りに乗っていけるのか?幕が開いてみないとわからない。NHK京都が後援しているのだから、NHK京都ぐらいは少しニュースで取り上げてくれないかしら。 
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2010年07月13日

老いからの飛翔

これが高田衛『春雨物語論』のテーマ。
秋成研究のみならず近世文学研究の巨人・怪人・鉄人である高田衛先生の本を書評できるとは光栄至極である。もちろんわたしなりに一生懸命書いた。書評って結構命がけのところがありますからね。
「日本文学」2010年7月号。

書き出しはこういう感じ。

高田衛が蝶になって険しく聳え立つ山の頂上付近を飛翔している。その山の名は『春雨物語』。山に魅せられて登ろうとした者は跡を絶たなかったが、難路につぐ難路、登り始めたものにしか分からない困苦は、登頂挑戦を躊躇わせていた。
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2010年06月29日

秋成忌

6月27日(日)、秋成の墓碑が建つ西福寺で、秋成忌が行われた。
集まった人々、約70名。予想を上回る参加者であった。

法要に続いて、筑前琵琶奏者の片山旭星師が「仏法僧」を語った。
初めて聞いたが、独特の世界を醸し出し、参加者はじっと聴き入った。

続いて、私が「菊花の約」についてしゃべる。菊花の約論を書いている方が、数人その場にいらっしゃるというプレッシャーに耐えて、尼子経久に焦点を当て、従来からいわれる菊花の約の謎に、一応の答えを出したつもりである。あとできいたら、案外、研究者の方からも面白かったと言ってもらえたし、また貴重なご意見をも承ることができて、私としては大変ありがたかったのである。

さらに休憩をはさんで、旭星師は「菊花の約」「青頭巾」を立て続けに語った。だんだん迫力が増し、青頭巾で、最高潮に達したように思う。

主催者の御好意で、そのあとそのまま本堂で懇親会が行われ、30名くらいが参加されていただろうか。いろいろな方とお話することができて楽しかった。その余韻やまず、10数名はさらに2次会へと移動。楽しい秋成語りは尽きることがなかったのである…。

秋成忌の模様は京都新聞に報じられた。

また、ブログで感想を書いて下さっている方もいる!
http://super100yearscompany.dtiblog.com/blog-date-20100627.html

泉下の秋成も愉快だっただろうか?
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2010年06月05日

加藤宇万伎の墓

京都新聞6月2日付朝刊に、拙稿「畸人秋成の世界9」が掲載されました。

秋成の師、加藤宇万伎と秋成について書いています。

京都中京区三宝寺にある加藤宇万伎の墓(正面と左側面)を写真として掲載しました。この左側面の写真は、今年になって無縁墓群から別置して見られるようになったもので、初公開となるものです。

(秋成展関連情報8)


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2010年04月16日

秋成における「いつはり」の問題

 高麗大学日本研究センターが刊行している『日本研究』第13号(2010年2月)は、昨年9月同大学で行われた近世文学のシンポジウムに基づく原稿が数本載っている。このごろようやく送ってきた。

延廣真治「江戸文学の可能性」、長島弘明「物語集としての藤簍冊子」、飯倉「秋成における「いつはり」の問題」、佐伯順子「「色道ふたつ」の時代」、鈴木淳「秋成の文学観」、佐伯孝弘「近世前期怪異小説と笑い」の6本である。なんと秋成が3本で、秋成没後200年行事をを韓国でもやっているのか、という感じである。

 拙稿は、『春雨物語』に「いつはり」の語が多出するなど、晩年における秋成の「いつはり」の用例を検討して、書くことの罪意識、草稿投棄の問題、樊カイ末尾の解釈に及ぶもので、私としてはかなり気持ちを入れた(?)ものである。入手しにくい学術誌でもあるので、いずれHPにでも置いておこうと思う(6月ぐらいにはHPにもそういう役割を与えるようにしたいと思っている)。
 
 鈴木淳氏は私の論文を参考に引いた上で、「肝心なところを閑却視している」と批判している。こういう批判は実は嬉しい。おざなりに賛成されるよりも批判の対象になる方がいいのである。シンポジウムの時点では、議論の時間もなく(討論者は決まっていたので)、また私自身よく理解していなかったところがあるのだが、今はかなり理解できていると思う。その上で秋成の貫之観については、まだ考察の余地があると思うし、実はそのことを7月刊行予定の某雑誌に書くつもりである。
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2010年03月15日

忍頂寺文庫・小野文庫の研究4

『忍頂寺文庫・小野文庫の研究4』(「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」共同研究グループ・国文学研究資料館編、2009年3月)が刊行された。
B5判74頁。目次は以下の通り。各方面への送付は今月末になる。

半水唄本表紙一覧(カラー口絵)
忍頂寺文庫・小野文庫の研究―二〇〇九年度―  飯倉洋一
忍頂寺文庫蔵一荷堂半水唄本資料紹介 浜田泰彦編
『梅のたもと』翻刻 浜田泰彦
忍頂寺務による「よしこの節」考証紹介 浜田泰彦
よしこの節 忍頂寺静村
忍頂寺文庫蔵『開帳おどけ 仮手本忠臣蔵』本文と注釈(一)  川端咲子・正木ゆみ
鳶魚と務 ―「西鶴織留輪講」をめぐる問題系―  青田寿美

1〜2号は「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」のホームページ(リンクを張っています)にPDF公開。3号もまもなくPDF公開される。
忍頂寺文庫・小野文庫は、近世風俗文化研究者忍頂寺務の旧蔵書である。
本研究について、詳細は上記ホームページへ。
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2010年03月06日

『文反古』注釈稿

このたび、私の科研研究課題「上田秋成の和文作品本文の生成と変容についての研究」の成果報告書として、秋成の『文反古』注釈稿を刊行しました(2010年3月、A4判、122頁)

『文反古』は秋成75歳の文化5年に刊行された、和文消息(つまり擬古文的な手紙)集です。模範文例集のようでもあり、手紙のかたちを借りた私小説のようでもあり、友人たちの追善文集のようでもあります。非常に興味深い内容に満ちていますし、刊本とは別に草稿本や、関係の深い文集の存在もわかっており、それこそ秋成文学の「生成と変容」がたどれる貴重な材料だと考えています。

『文反古』は大学院の演習で読んでいたもので、学生の担当資料を元に、注釈作成チームが粗稿を作成していました。今回の科研での成果も織り込んで訂正を重ねてきたので、このさい報告書としての刊行も許されるかと思いまして、このような形でご教示を仰ぐことに。

とはいえ、間違いだらけ、不備だらけの内容だと思います。近い将来書籍のかたちで刊行したいと思っており、その中間報告として、ご批正を仰ぐのが目的です。

予算の関係で少部数。科研も使い切ってしまいました。広く配布することはできませんが、もし興味のある方がいらっしゃれば、ご連絡ください。
報告書表紙.pdf
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2009年12月14日

面接授業

12・13日は放送大学の「面接授業」というのを初体験。面接授業といっても受講者は80数名だ。1日4コマを2日連続講義となかなかハードである。

ふだん放送で授業を視聴している学生さんたち(20代から70代まで年齢層は実に幅広い)が実際に講師と顔を合わせて授業を受けるものである。放送とちがって講師がつまづいたり、わき道にそれたりする。それもまた大事なところです、などと最初に逃げ口上をいう。もちろん質疑応答が出来るなど、文字通り面接授業ならではの利点もある。私の方も日ごろの授業とはちがい、また社会人むけ講座ともちがう感覚である。
 
 大学の授業である。学生たちはこれを聴いて単位を取得する。しかし年齢層が多様で、興味もさまざまであろうし、これまで日本の古典にどれだけ触れておられるかわからない。しかし一方で、かなり詳しい方もおられる。まず、ターゲットが絞れない。この例話が通じるかな?と考えながら試行錯誤である。

 しかし慣れてくると、ある程度要領もわかってくる。2日めあたりから疲れも感じなくなってくる。しかし、用意した資料の後半は飛ばし飛ばしになって申し訳のないことだった。どうしても念のためにと多めに資料を用意してしまうのである。

 質疑応答が楽しかった。非常にレベルの高い、本質的な質問が次々に出て驚かされた。最後に感想文を書いていただくことになっているのだが、その感想文を読むと、受講生の方の人生が垣間見える気がした。関心のあり方もさまざまである。年上の方が40人ほどおられた。それぞれの人生の重みがこの感想文からも伝わってきた。大いに学ばせていただいた2日間であった。

 授業前に私を紹介してくださったセンター長の柏木先生が拙ブログのお話をされたので、秋成展やそのイベントに関わる情報を、拙ブログから発信しているということを申し述べました。受講生の方で覗いてくださる方がいるかもしれません。この場を借りてお礼申し上げます。

 なお、来年はじめあたりに、来年の秋成イベント情報をまとめて告知したいと思います。
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2009年11月02日

寒くなりました

2009年度立命館大阪プロムナードセミナー「大阪・京の色彩(いろどり)」という続きもの講座の1つを担当、「上田秋成の大阪」というお題でお話をしてまいりました。

祭り、美術、演劇、花街、華道、能、というラインナップの中でちょっと無理があるのですけど、主催者側からいただいたお題なので。

立命館大阪オフィスというところは、地下鉄淀屋橋駅を降りてすぐのところで、交通至便。50名ほどの受講者の方を相手に、秋成200年にちなむ展示の宣伝も一応してまいりました。天理は今やってます。来年は京博へお運びくださいと。

秋成の生涯と、大阪時代の秋成についての秋成自身の言及を中心に話をまとめましたが、終了後、秋成という人物に興味を持ってくださったという方たちといろいろお話できまして、楽しかったです。

行きはぽかぽかとあたたかかったのに、帰りは冷たい雨に打たれながら、冬が近づいていることを実感しました。
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2009年10月16日

尼子経久物語としての「菊花の約」

『雨月物語』「菊花の約」にはいくつかの謎がある。

@物語と直接関係のない尼子経久の富田城攻略の挿絵がなぜあるのか
Aこの物語は信義を描いたものなのか、信義という観念にとりつかれた人を描いたものなのか
B左門は何のために逐電し、どこへ姿を消したのか
C尼子経久はなぜそれを許したのか
D冒頭部で「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」の教訓と本文内容はちょっとずれていないか
E末尾で繰り返される冒頭部のリフレイン「ああ、軽薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」の意味は如何(典拠にはありません)

これらの謎の解決に尼子経久がすべて関わっている。そして「菊花の約」は一面では経久の「狐疑」から「信義」への改心の物語であり、左門を許した経久が後世に伝えた物語である。つまり末尾の一文は「ああ〜となん(経久は嘆じけり)」などという形で解釈すべきである。

前のエントリーで紹介した横山先生の記念論文集に書かせていただいた拙論は大体このような内容です。タイトルにあげたのが論文の表題。いろいろご異論がございましょうが、私なりにはこれで解決したつもりになっているのである。ご批判をたまわればうれしいと思っている。
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2009年10月08日

『蘆庵文庫目録と資料』刊行

青裳堂書店の書誌学大系シリーズから、『蘆庵文庫目録と資料』(蘆庵文庫刊行会編、2009年10月、38,000円)が刊行される。

「蘆庵文庫」とは、ひとことでいうと、京都東山妙法院近くに新日吉(いまひえ)神宮に所蔵される典籍・古文書である。小沢蘆庵の門人であった、当神社の社司藤島宗順のところに、蘆庵自身が持ち込んだ文典籍に、社家としての新日吉神社の蔵書、藤島家代々の蔵書を加えて形成された文庫である。本文庫が現在まで伝存するに至ったのには、いずこの文庫もそうであるように、さまざまな人々の善意と御苦労があったのであるが、それは神作研一氏の目録編解題・大谷俊太氏の「書後」に就かれたい。

この文庫を国文学研究資料館の調査が入って20年。ようやく文学関係資料の調査が終了した(その調査に私もながく関わってきた)。さて48代宮司の藤島益雄氏(昭和55年没)は、蘆庵文庫の顕彰に力を尽くし、多くの資料の翻刻を残されていた。それを発見したときの私達の驚き、喜び、歓声。これをこのまま眠らせておくわけにはいかないというのが一致した考えであった。しかし、その刊行はそう簡単には実現できなかった。しかしようやく目録と資料の二本立てで、本を作ることが決まり、その最終ゴールの期日も設定された。新日吉神社創祀850年紀の2009年である。そしてその記念祭が行われる10月16日を刊行日として奥付に記されることになったのは感慨深い。

 本書の目録編は、神作研一氏・加藤弓枝氏が担当。目録作りの経験豊富な神作氏と、気鋭の蘆庵研究者の加藤氏の師弟コンビが、行き届いた100頁におよぶ文庫解題をふくむ1600点超の目録を作成した。これは労作以外のなにものでもない。これだけで402ページ。目録の元になったが国文研の調査カードだったが、もちろん全点再調査してチェックしている。再調査の過程で次々と新しい資料も出現した。

 本書の資料編校閲は、大谷俊太氏をリーダー格に、山本和明氏・盛田帝子氏と飯倉の4人が担当。入力には伊藤達氏氏らの協力を得た。藤島益雄氏の遺稿を可能な限り活かす方針で、それに我々の判断でいくつか資料を加えている。従来知られていない蘆庵関係資料も豊富であり、近世後期の京都文壇研究にはまさに宝庫というべきである。この資料編を合わせて、ちょうど800頁。口絵図版も充実16頁である。

 蘆庵文庫研究会は一応、現在上記6名で構成されているが、国文研の調査に関わった方は他にも数多くいらっしゃる。この文庫を再発掘し、資料館の調査へとつなげたのは上野洋三氏、藤田真一氏であり、私ももとはといえば藤田氏に声をかけていただいた。久保田啓一氏、岡本聡氏も調査員だった。いろいろと思い出もある。ともあれ長期にわたる調査をお許しいただいた藤島嘉子さん(益雄氏御令嬢)へは心より感謝申し上げたい。

 思えば長かった……我々が共有する感慨は、大谷俊太さんの「書後」に尽くされている。ウチの院生も最後の最後にほんの少しだけお手伝い(ほぼ肉体労働が主だが)させていただきたが、律儀な大谷さんはちゃんと名前を載せてくれていた。ありがとうございます。
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2009年09月11日

高麗大でのシンポジウム

韓国の高麗大で行われるシンポジウムのプログラムをアップしておきます。

秋成が異常に多いが、没後200年にふさわしいのではないだろか。泉下の秋成も、まさか200年後に、こんなことになるなんて思いもよらなかっただろう。

さて私の発表、予稿集の原稿は既に送っているのだが、それを読むと制限時間を軽く超えてしまうので、実際の発表ではどうにか縮めなければならない。それが難しくて困っている・・・・。

【プログラム】
2009年度国際学術シンポジウム
「日本近世文学・文芸の中心と周縁」

開催日時:2009年9月18日(金)午前9時〜午後6時
場  所:高麗大学校仁村記念館 第一会議室
主  催:高麗大学校 日本研究センター

09:40-10:20
延広真治(帝京大・東京大学名誉教授)
 江戸文学の豊かさ

第1パネル 読みなおされる江戸文芸
長島弘明(東京大)
 物語集としての『藤簍冊子(つづらぶみ)』―秋成における物語の生成―
金榮哲(漢陽大)
 周縁、その遊興と風流の虚実
飯倉洋一(大阪大)
 秋成における「いつはり」の問題―『春雨物語』を中心に―

第2パネル 〈色〉からみた江戸文芸
佐伯順子(同志社大)
 「色道ふたつ」の時代
崔京國(明知大)
 絵画から見られる壬辰倭乱における日本武士の虎狩
鈴木淳(国文学研究資料館)
 上田秋成の文学観―さてもめめしとや聞たまはん―

第3パネル 語られる〈怪〉
高永爛(高麗大)
 江戸時代と「窮鬼」
佐伯孝弘(清泉女子大)
 近世前期怪異小説と笑い
朴煕永(高麗大)
 秋成における怪奇の変化とその意味
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2009年08月21日

京都近世小説研究会

京都近世小説研究会という会で久しぶりに発表させていただくことに。

日時は8月29日(土)午後3時からで、場所は同志社女子大学今出川校地 栄光館1階E104会議室。発表者は神戸大学大学院生の天野聡一さんと私。

天野さんが「五井蘭洲『続落久保物語』読解―物語注釈を通して」。私が「秋成における虚構と倫理―『春雨物語』「樊かい」末尾部試解」という発表をする予定。

当会は近世小説を中心とする近世文学の研究会で、濱田啓介先生、廣瀬千紗子氏、服部仁氏をはじめベテランもいらっしゃるが、大部分は関西の若手研究者で構成されていて、最近の参加者は20名前後と増えている。興味のある方は私宛にメールでも。iikura(あっと)let.osaka-u.ac.jp。世話人の方に連絡します。
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2009年08月14日

モノとしての古書こそ

お盆ではあるが、諸般の仕事に追われています・・・。

さて『日本古書通信』2009年8月号に、タイトルに挙げた拙文を載せていただいた。「変化著しい学術情報環境の中で」という「若手研究者たち」(?)へのアンケートで、1現在研究中のテーマ、2研究上の古書の価値・意味、3資料のデジタル化のメリット・デメリット、4研究発表媒体の今後の見通しなどについてきかれたものに答える形である。

7月号の4人の方に続いて、高木元・柏崎順子・神田正行・神作研一各氏と私である。近世文学に偏っているのはなぜだかよくわからないが、結局みな、比重のかけかたは多少異なっても、ほとんど同じことを言っている。デジタルだけではダメで本物を見なければならないというあたり前のことである。

デジタル化に関しては、高木氏・神田氏の諸情報はありがたい。しかし高木氏も書いているが、われわれは大量の情報を収集することを効率的に行えるようになる反面、データを分析・整理する時間を失いつつある。インプットが必要なのに、形になるアウトプットばかりが求められている。自己評価・研究報告書・中期計画・外部資金の獲得・オープンキャンパス・出前授業・それらに関わる会議。所属する機関ばかりではなく、学会や研究会においても、ただ牧歌的に研究をしていればいいということではない。これらの消耗戦が、一番肝心な基礎体力を奪っているのではないか。

情報収集は確かに便利に効率的になったが、そうして集められた情報のみを用いて書かれた研究論文はえてして薄っぺらな感じを免れない。また、デジタル情報(データベースの存在)を知らないのではないかと不安になることが私もあるが、本来は、この本を見ていない、読んでいないということが不安でなければならい。

デジタル情報のことはほとんど知らず、昔ながらに図書館に通い、黙々と原本を調査し、読んでいるベテランの研究者たちの方が、いい仕事をやっぱりしているのではないだろうかという思いは、いつもついてまわる。多分そうですよね。
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2009年08月13日

国際学術シンポジウム

来月中旬に韓国の高麗大学校で行われる、国際学術シンポジウム(テーマは「日本近世文学・文芸の中心と周縁」)で発表しなければならないのだが、発表原稿提出締切が1ヶ月前となっている。韓国語に翻訳するためである。

韓国は縁があって、いままで2回ほど学会での発表経験があるが、その時のコメンテーターの発言をきいていると、発表内容がうまく通じていなかったようだった。発表原稿の日本語をシンプルにしないとわかりにくいのだろう。ところが私の発表とか論文は、たいてい粘っこい展開となり、シンプルではない。ただ、今回の原稿は場所をわきまえてシンプルにしないといけないだろう。

おまけに一緒に行く研究者が、一筋縄ではいかないひとたちばかりである。私の発表するパートは、「読みなおされる江戸文芸」とかいうタイトルが付いているのだが、今回は秋成でやることにした。ところが、同じパートに議論に妥協のないことで有名な秋成研究の第一人者(T大のN氏)がいらっしゃるので、無傷での帰還は無理ではないかと思われる。傷心をいやすためにチャングムパークへ行きたいな。
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2009年07月10日

検索と通覧

ある古本情報誌に求められて、「変化著しい学術情報の中で」(これが仮題ということ)、研究と古書、原本画像のWEB提供の功罪、学術雑誌のWEB化への見通しなどいくつかのアンケートに答える文章を書いた。こういうことでは目新しいことはなかなか書けるものではない。「検索」と「通覧」の事を詳しく書きたかったが・・・・。スペースが足りない。8月刊行予定。
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