2010年04月16日

秋成における「いつはり」の問題

 高麗大学日本研究センターが刊行している『日本研究』第13号(2010年2月)は、昨年9月同大学で行われた近世文学のシンポジウムに基づく原稿が数本載っている。このごろようやく送ってきた。

延廣真治「江戸文学の可能性」、長島弘明「物語集としての藤簍冊子」、飯倉「秋成における「いつはり」の問題」、佐伯順子「「色道ふたつ」の時代」、鈴木淳「秋成の文学観」、佐伯孝弘「近世前期怪異小説と笑い」の6本である。なんと秋成が3本で、秋成没後200年行事をを韓国でもやっているのか、という感じである。

 拙稿は、『春雨物語』に「いつはり」の語が多出するなど、晩年における秋成の「いつはり」の用例を検討して、書くことの罪意識、草稿投棄の問題、樊カイ末尾の解釈に及ぶもので、私としてはかなり気持ちを入れた(?)ものである。入手しにくい学術誌でもあるので、いずれHPにでも置いておこうと思う(6月ぐらいにはHPにもそういう役割を与えるようにしたいと思っている)。
 
 鈴木淳氏は私の論文を参考に引いた上で、「肝心なところを閑却視している」と批判している。こういう批判は実は嬉しい。おざなりに賛成されるよりも批判の対象になる方がいいのである。シンポジウムの時点では、議論の時間もなく(討論者は決まっていたので)、また私自身よく理解していなかったところがあるのだが、今はかなり理解できていると思う。その上で秋成の貫之観については、まだ考察の余地があると思うし、実はそのことを7月刊行予定の某雑誌に書くつもりである。
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2010年03月15日

忍頂寺文庫・小野文庫の研究4

『忍頂寺文庫・小野文庫の研究4』(「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」共同研究グループ・国文学研究資料館編、2009年3月)が刊行された。
B5判74頁。目次は以下の通り。各方面への送付は今月末になる。

半水唄本表紙一覧(カラー口絵)
忍頂寺文庫・小野文庫の研究―二〇〇九年度―  飯倉洋一
忍頂寺文庫蔵一荷堂半水唄本資料紹介 浜田泰彦編
『梅のたもと』翻刻 浜田泰彦
忍頂寺務による「よしこの節」考証紹介 浜田泰彦
よしこの節 忍頂寺静村
忍頂寺文庫蔵『開帳おどけ 仮手本忠臣蔵』本文と注釈(一)  川端咲子・正木ゆみ
鳶魚と務 ―「西鶴織留輪講」をめぐる問題系―  青田寿美

1〜2号は「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」のホームページ(リンクを張っています)にPDF公開。3号もまもなくPDF公開される。
忍頂寺文庫・小野文庫は、近世風俗文化研究者忍頂寺務の旧蔵書である。
本研究について、詳細は上記ホームページへ。
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2010年03月06日

『文反古』注釈稿

このたび、私の科研研究課題「上田秋成の和文作品本文の生成と変容についての研究」の成果報告書として、秋成の『文反古』注釈稿を刊行しました(2010年3月、A4判、122頁)

『文反古』は秋成75歳の文化5年に刊行された、和文消息(つまり擬古文的な手紙)集です。模範文例集のようでもあり、手紙のかたちを借りた私小説のようでもあり、友人たちの追善文集のようでもあります。非常に興味深い内容に満ちていますし、刊本とは別に草稿本や、関係の深い文集の存在もわかっており、それこそ秋成文学の「生成と変容」がたどれる貴重な材料だと考えています。

『文反古』は大学院の演習で読んでいたもので、学生の担当資料を元に、注釈作成チームが粗稿を作成していました。今回の科研での成果も織り込んで訂正を重ねてきたので、このさい報告書としての刊行も許されるかと思いまして、このような形でご教示を仰ぐことに。

とはいえ、間違いだらけ、不備だらけの内容だと思います。近い将来書籍のかたちで刊行したいと思っており、その中間報告として、ご批正を仰ぐのが目的です。

予算の関係で少部数。科研も使い切ってしまいました。広く配布することはできませんが、もし興味のある方がいらっしゃれば、ご連絡ください。
報告書表紙.pdf
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2009年12月14日

面接授業

12・13日は放送大学の「面接授業」というのを初体験。面接授業といっても受講者は80数名だ。1日4コマを2日連続講義となかなかハードである。

ふだん放送で授業を視聴している学生さんたち(20代から70代まで年齢層は実に幅広い)が実際に講師と顔を合わせて授業を受けるものである。放送とちがって講師がつまづいたり、わき道にそれたりする。それもまた大事なところです、などと最初に逃げ口上をいう。もちろん質疑応答が出来るなど、文字通り面接授業ならではの利点もある。私の方も日ごろの授業とはちがい、また社会人むけ講座ともちがう感覚である。
 
 大学の授業である。学生たちはこれを聴いて単位を取得する。しかし年齢層が多様で、興味もさまざまであろうし、これまで日本の古典にどれだけ触れておられるかわからない。しかし一方で、かなり詳しい方もおられる。まず、ターゲットが絞れない。この例話が通じるかな?と考えながら試行錯誤である。

 しかし慣れてくると、ある程度要領もわかってくる。2日めあたりから疲れも感じなくなってくる。しかし、用意した資料の後半は飛ばし飛ばしになって申し訳のないことだった。どうしても念のためにと多めに資料を用意してしまうのである。

 質疑応答が楽しかった。非常にレベルの高い、本質的な質問が次々に出て驚かされた。最後に感想文を書いていただくことになっているのだが、その感想文を読むと、受講生の方の人生が垣間見える気がした。関心のあり方もさまざまである。年上の方が40人ほどおられた。それぞれの人生の重みがこの感想文からも伝わってきた。大いに学ばせていただいた2日間であった。

 授業前に私を紹介してくださったセンター長の柏木先生が拙ブログのお話をされたので、秋成展やそのイベントに関わる情報を、拙ブログから発信しているということを申し述べました。受講生の方で覗いてくださる方がいるかもしれません。この場を借りてお礼申し上げます。

 なお、来年はじめあたりに、来年の秋成イベント情報をまとめて告知したいと思います。
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2009年11月02日

寒くなりました

2009年度立命館大阪プロムナードセミナー「大阪・京の色彩(いろどり)」という続きもの講座の1つを担当、「上田秋成の大阪」というお題でお話をしてまいりました。

祭り、美術、演劇、花街、華道、能、というラインナップの中でちょっと無理があるのですけど、主催者側からいただいたお題なので。

立命館大阪オフィスというところは、地下鉄淀屋橋駅を降りてすぐのところで、交通至便。50名ほどの受講者の方を相手に、秋成200年にちなむ展示の宣伝も一応してまいりました。天理は今やってます。来年は京博へお運びくださいと。

秋成の生涯と、大阪時代の秋成についての秋成自身の言及を中心に話をまとめましたが、終了後、秋成という人物に興味を持ってくださったという方たちといろいろお話できまして、楽しかったです。

行きはぽかぽかとあたたかかったのに、帰りは冷たい雨に打たれながら、冬が近づいていることを実感しました。
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2009年10月16日

尼子経久物語としての「菊花の約」

『雨月物語』「菊花の約」にはいくつかの謎がある。

@物語と直接関係のない尼子経久の富田城攻略の挿絵がなぜあるのか
Aこの物語は信義を描いたものなのか、信義という観念にとりつかれた人を描いたものなのか
B左門は何のために逐電し、どこへ姿を消したのか
C尼子経久はなぜそれを許したのか
D冒頭部で「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」の教訓と本文内容はちょっとずれていないか
E末尾で繰り返される冒頭部のリフレイン「ああ、軽薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」の意味は如何(典拠にはありません)

これらの謎の解決に尼子経久がすべて関わっている。そして「菊花の約」は一面では経久の「狐疑」から「信義」への改心の物語であり、左門を許した経久が後世に伝えた物語である。つまり末尾の一文は「ああ〜となん(経久は嘆じけり)」などという形で解釈すべきである。

前のエントリーで紹介した横山先生の記念論文集に書かせていただいた拙論は大体このような内容です。タイトルにあげたのが論文の表題。いろいろご異論がございましょうが、私なりにはこれで解決したつもりになっているのである。ご批判をたまわればうれしいと思っている。
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2009年10月08日

『蘆庵文庫目録と資料』刊行

青裳堂書店の書誌学大系シリーズから、『蘆庵文庫目録と資料』(蘆庵文庫刊行会編、2009年10月、38,000円)が刊行される。

「蘆庵文庫」とは、ひとことでいうと、京都東山妙法院近くに新日吉(いまひえ)神宮に所蔵される典籍・古文書である。小沢蘆庵の門人であった、当神社の社司藤島宗順のところに、蘆庵自身が持ち込んだ文典籍に、社家としての新日吉神社の蔵書、藤島家代々の蔵書を加えて形成された文庫である。本文庫が現在まで伝存するに至ったのには、いずこの文庫もそうであるように、さまざまな人々の善意と御苦労があったのであるが、それは神作研一氏の目録編解題・大谷俊太氏の「書後」に就かれたい。

この文庫を国文学研究資料館の調査が入って20年。ようやく文学関係資料の調査が終了した(その調査に私もながく関わってきた)。さて48代宮司の藤島益雄氏(昭和55年没)は、蘆庵文庫の顕彰に力を尽くし、多くの資料の翻刻を残されていた。それを発見したときの私達の驚き、喜び、歓声。これをこのまま眠らせておくわけにはいかないというのが一致した考えであった。しかし、その刊行はそう簡単には実現できなかった。しかしようやく目録と資料の二本立てで、本を作ることが決まり、その最終ゴールの期日も設定された。新日吉神社創祀850年紀の2009年である。そしてその記念祭が行われる10月16日を刊行日として奥付に記されることになったのは感慨深い。

 本書の目録編は、神作研一氏・加藤弓枝氏が担当。目録作りの経験豊富な神作氏と、気鋭の蘆庵研究者の加藤氏の師弟コンビが、行き届いた100頁におよぶ文庫解題をふくむ1600点超の目録を作成した。これは労作以外のなにものでもない。これだけで402ページ。目録の元になったが国文研の調査カードだったが、もちろん全点再調査してチェックしている。再調査の過程で次々と新しい資料も出現した。

 本書の資料編校閲は、大谷俊太氏をリーダー格に、山本和明氏・盛田帝子氏と飯倉の4人が担当。入力には伊藤達氏氏らの協力を得た。藤島益雄氏の遺稿を可能な限り活かす方針で、それに我々の判断でいくつか資料を加えている。従来知られていない蘆庵関係資料も豊富であり、近世後期の京都文壇研究にはまさに宝庫というべきである。この資料編を合わせて、ちょうど800頁。口絵図版も充実16頁である。

 蘆庵文庫研究会は一応、現在上記6名で構成されているが、国文研の調査に関わった方は他にも数多くいらっしゃる。この文庫を再発掘し、資料館の調査へとつなげたのは上野洋三氏、藤田真一氏であり、私ももとはといえば藤田氏に声をかけていただいた。久保田啓一氏、岡本聡氏も調査員だった。いろいろと思い出もある。ともあれ長期にわたる調査をお許しいただいた藤島嘉子さん(益雄氏御令嬢)へは心より感謝申し上げたい。

 思えば長かった……我々が共有する感慨は、大谷俊太さんの「書後」に尽くされている。ウチの院生も最後の最後にほんの少しだけお手伝い(ほぼ肉体労働が主だが)させていただきたが、律儀な大谷さんはちゃんと名前を載せてくれていた。ありがとうございます。
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2009年09月11日

高麗大でのシンポジウム

韓国の高麗大で行われるシンポジウムのプログラムをアップしておきます。

秋成が異常に多いが、没後200年にふさわしいのではないだろか。泉下の秋成も、まさか200年後に、こんなことになるなんて思いもよらなかっただろう。

さて私の発表、予稿集の原稿は既に送っているのだが、それを読むと制限時間を軽く超えてしまうので、実際の発表ではどうにか縮めなければならない。それが難しくて困っている・・・・。

【プログラム】
2009年度国際学術シンポジウム
「日本近世文学・文芸の中心と周縁」

開催日時:2009年9月18日(金)午前9時〜午後6時
場  所:高麗大学校仁村記念館 第一会議室
主  催:高麗大学校 日本研究センター

09:40-10:20
延広真治(帝京大・東京大学名誉教授)
 江戸文学の豊かさ

第1パネル 読みなおされる江戸文芸
長島弘明(東京大)
 物語集としての『藤簍冊子(つづらぶみ)』―秋成における物語の生成―
金榮哲(漢陽大)
 周縁、その遊興と風流の虚実
飯倉洋一(大阪大)
 秋成における「いつはり」の問題―『春雨物語』を中心に―

第2パネル 〈色〉からみた江戸文芸
佐伯順子(同志社大)
 「色道ふたつ」の時代
崔京國(明知大)
 絵画から見られる壬辰倭乱における日本武士の虎狩
鈴木淳(国文学研究資料館)
 上田秋成の文学観―さてもめめしとや聞たまはん―

第3パネル 語られる〈怪〉
高永爛(高麗大)
 江戸時代と「窮鬼」
佐伯孝弘(清泉女子大)
 近世前期怪異小説と笑い
朴煕永(高麗大)
 秋成における怪奇の変化とその意味
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2009年08月21日

京都近世小説研究会

京都近世小説研究会という会で久しぶりに発表させていただくことに。

日時は8月29日(土)午後3時からで、場所は同志社女子大学今出川校地 栄光館1階E104会議室。発表者は神戸大学大学院生の天野聡一さんと私。

天野さんが「五井蘭洲『続落久保物語』読解―物語注釈を通して」。私が「秋成における虚構と倫理―『春雨物語』「樊かい」末尾部試解」という発表をする予定。

当会は近世小説を中心とする近世文学の研究会で、濱田啓介先生、廣瀬千紗子氏、服部仁氏をはじめベテランもいらっしゃるが、大部分は関西の若手研究者で構成されていて、最近の参加者は20名前後と増えている。興味のある方は私宛にメールでも。iikura(あっと)let.osaka-u.ac.jp。世話人の方に連絡します。
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2009年08月14日

モノとしての古書こそ

お盆ではあるが、諸般の仕事に追われています・・・。

さて『日本古書通信』2009年8月号に、タイトルに挙げた拙文を載せていただいた。「変化著しい学術情報環境の中で」という「若手研究者たち」(?)へのアンケートで、1現在研究中のテーマ、2研究上の古書の価値・意味、3資料のデジタル化のメリット・デメリット、4研究発表媒体の今後の見通しなどについてきかれたものに答える形である。

7月号の4人の方に続いて、高木元・柏崎順子・神田正行・神作研一各氏と私である。近世文学に偏っているのはなぜだかよくわからないが、結局みな、比重のかけかたは多少異なっても、ほとんど同じことを言っている。デジタルだけではダメで本物を見なければならないというあたり前のことである。

デジタル化に関しては、高木氏・神田氏の諸情報はありがたい。しかし高木氏も書いているが、われわれは大量の情報を収集することを効率的に行えるようになる反面、データを分析・整理する時間を失いつつある。インプットが必要なのに、形になるアウトプットばかりが求められている。自己評価・研究報告書・中期計画・外部資金の獲得・オープンキャンパス・出前授業・それらに関わる会議。所属する機関ばかりではなく、学会や研究会においても、ただ牧歌的に研究をしていればいいということではない。これらの消耗戦が、一番肝心な基礎体力を奪っているのではないか。

情報収集は確かに便利に効率的になったが、そうして集められた情報のみを用いて書かれた研究論文はえてして薄っぺらな感じを免れない。また、デジタル情報(データベースの存在)を知らないのではないかと不安になることが私もあるが、本来は、この本を見ていない、読んでいないということが不安でなければならい。

デジタル情報のことはほとんど知らず、昔ながらに図書館に通い、黙々と原本を調査し、読んでいるベテランの研究者たちの方が、いい仕事をやっぱりしているのではないだろうかという思いは、いつもついてまわる。多分そうですよね。
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2009年08月13日

国際学術シンポジウム

来月中旬に韓国の高麗大学校で行われる、国際学術シンポジウム(テーマは「日本近世文学・文芸の中心と周縁」)で発表しなければならないのだが、発表原稿提出締切が1ヶ月前となっている。韓国語に翻訳するためである。

韓国は縁があって、いままで2回ほど学会での発表経験があるが、その時のコメンテーターの発言をきいていると、発表内容がうまく通じていなかったようだった。発表原稿の日本語をシンプルにしないとわかりにくいのだろう。ところが私の発表とか論文は、たいてい粘っこい展開となり、シンプルではない。ただ、今回の原稿は場所をわきまえてシンプルにしないといけないだろう。

おまけに一緒に行く研究者が、一筋縄ではいかないひとたちばかりである。私の発表するパートは、「読みなおされる江戸文芸」とかいうタイトルが付いているのだが、今回は秋成でやることにした。ところが、同じパートに議論に妥協のないことで有名な秋成研究の第一人者(T大のN氏)がいらっしゃるので、無傷での帰還は無理ではないかと思われる。傷心をいやすためにチャングムパークへ行きたいな。
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2009年07月10日

検索と通覧

ある古本情報誌に求められて、「変化著しい学術情報の中で」(これが仮題ということ)、研究と古書、原本画像のWEB提供の功罪、学術雑誌のWEB化への見通しなどいくつかのアンケートに答える文章を書いた。こういうことでは目新しいことはなかなか書けるものではない。「検索」と「通覧」の事を詳しく書きたかったが・・・・。スペースが足りない。8月刊行予定。
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2009年06月26日

純心はわが母校?

秋成200年記事、その4。

自分のことで恐縮ですが、「没後200年、上田秋成の文学」と題する講演を長崎で行います。以下HPより転載。

長崎純心女子大学国語科教育研修会
開催日時: 7月4日(土)   14:00〜16:00

会 場: 長崎市男女共同参画推進センター アマランス
〒850−0874 長崎市魚の町5番1号(長崎市民会館1階)
受講料: 無 料 (申込み不要。直接会場へお越し下さい。)
講座の内容: 「没後200年 上田秋成の文学」
講師 / 飯倉 洋一 (大阪大学教授)
主 催: 本学比較文化学科
お問い合せ: 長崎純心大学 生涯学習センター
TEL:095-846-0102

情報はこちらに出ているが、そこの講師プロフィールに普通ではありえない一行がある。

純心女子短大附属純心幼稚園卒。

もちろんこれは、主催者の純心大学(の前身である純心女子短大の付属幼稚園)が私の母校幼稚園だということを特記したものである。さよう、私めは、「じゅんしんよーちえんのおかーさま、サンタマリア、サンタマリア、ちいさなわたくしたちを、おまもりくだーさい」と、よく歌っていたものなのである。といってクリスチャンではない。長崎には、ほとんどキリスト教系の幼稚園しかなかったのだ(と記憶する、事実はどうかしらん、純心幼稚園は自宅のすぐ近くの幼稚園だった)。しかし、この幼稚園時代に、私は「天使さまがいつも見ているからわるいことはしてはいけない」と自分にいいきかせていたのだから、教育というのはすごい。

その母校(?)から、呼んでいただいたのだから(呼ぶ方はそんなことは知らなかった)、一応プロフィールに書いて、おそるおそる「載せるかどうかはお任せします」といったら、「それは是非」ということで載せてくださったのである。

そういうわけて、わけのわからないことを書きましたが、長崎の方で、その日はちょうど暇で暇でしょうがなかったという方がおられたら…いないでしょうねえ(^^ゞ、どうぞ、ということで宣伝しておきます。
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2009年05月09日

絵本読本の序文

『江戸文学』40号(ぺりかん社、2009年5月)は〈よみほん様式〉考という特集。国文学研究資料館のプロジェクト研究「近世後期小説の様式的把握のための基礎研究」の成果報告の一部でもある。大高さんが書いているように、このプロジェクトで目立ったのは、上方の絵本読本の再評価と、人情本のジャンル的位置づけの再検討であった。

本号の内容は以下の通りである。

<よみほん様式>とはなにか=大高洋司
読本に関わる文体論試論―言表提示の周辺=濱田啓介
「読本」としての西鶴本―『八犬伝』表現構造への影響をめぐって=中嶋隆
読本の時代設定を生み出したもの―軍書と考証=井上泰至
濫觴期絵本読本における公家・地下官人の序文=飯倉洋一
実録から絵本読本へ―二つの「忠孝美善録」=菊池庸介
<一代記もの>における江戸と上方=大高洋司
浄瑠璃の読本化に見る江戸風・上方風=田中則雄
人情本の外濠―文政年間中本の一考察=木越俊介
[コラム]
読本の形式=藤沢毅
『昔話稲妻表紙』の歌舞伎化と曲亭馬琴=大屋多詠子
『朝顔日記』の文芸的展開=檜山裕子

本特集は、プロジェクトの趣旨に鑑み、大きな枠組みを提示したものが多い。よく見ると小論以外はみなそうである。濱田啓介氏はいわゆる「会話文」の引用形式に着目して、中世以来の厖大な用例を精査し、文体の面から読本の様式位置づけを検討するものすごい力作。数少ない文学史家といえる中嶋隆氏は、表現面に着目して、西鶴から馬琴への小説史を見通す。その他、いま詳細に触れる余裕がないのだが、「合評会」をしたくなるような、魅力的な論文ばかりである(プロジェクト研究会での発表が基になったものも多い)。

小論は、その中で局部的なことをとりあげていて申し訳ない次第である。プロジェクトに参加しているうち、知らず知らずぼんやり形づくられていたものを、文章にしてみたもので、試論の域を出ていない。

ただ、むかしから、名所図会と上方読本の序文に公家・地下官人がよく書いているなあと漠然と思っていた。今回、何か書くようにといわれて、そのことを少し考えてみようと、とりあえず上方の絵本読本を文字通り外側から通覧してみた。結果的には濫觴期に絞った話になった。

公家・地下官人の序文と、絵本読本濫觴期における朝幕関係の動揺、太閤記・楠公記・忠臣蔵という幕府にとってはビミョウな内容の読物化を関連づけてみたもの。濱田啓介氏、山本卓氏らの卓越した先行研究にずいぶん助けられている。
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2009年03月27日

『忍頂寺文庫・小野文庫の研究3』

2008年度大阪大学大学院文学研究科共同研究(国文学研究資料館研究連携事業)研究成果報告書『忍頂寺文庫・小野文庫の研究3』(「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」共同研究グループ・国文学研究資料館編、2009年3月)が刊行されました。2005年度・2006年度につづく第3弾で、42頁という薄冊のものですが、出せてやれやれというところです。

大阪大学附属図書館のコレクションの一つに忍頂寺務さんの歌謡・洒落本などを中心とする優れたコレクションがあります。在野の研究者であった忍頂寺務さんの顕彰と、その収書の紹介、蔵書形成(将来的には目録の作成)、有数のコレクションである洒落本を用いてのテキストデータベースの展開などが、当共同研究事業の内容ですが、今回は、コレクションの目玉である薄物唄本から、ほんの一部ではありますが、何点か紹介した他、去年のいちょう祭(阪大でGW中に行われるもの)で展示した追善の本についても特集しています。

目次は以下の通りです。

忍頂寺文庫・小野文庫の研究―2007年度、2008年度― 飯倉洋一
忍頂寺文庫所蔵薄物唄本「尽くし物」紹介―兵庫口説を中心に― 浜田泰彦編
忍頂寺務による都踊口説および兵庫口説作者の伝記に関する考察 浜田泰彦
忍頂寺文庫・小野文庫蔵〈追善の本〉抄 大阪大学近世文学ゼミ編

なお、「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」は共同研究メンバーのみでブログを開設していますが、まもなく本共同研究のホームページが出来る予定です。もっともコンテンツは最初はほそぼそとした感じになります。整ったらここでまた通知いたします。

1号から3号まで在庫ございますので、御希望の方はiikura(あっとまーく)let.osaka-u.ac.jpまでお問い合わせください(1号は在庫薄)。
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2009年03月05日

小さな和古書目録

『大阪大学附属図書館蔵和古書目録 第二稿』(大阪大学附属図書館発行、2009年2月)というのを刊行いたしました。

 平成元年に、伊井春樹先生によって第一稿が刊行されましたが、20年ぶりに、その際未整理であった和古書163点を目録化して刊行したものです。うすいうすい目録ですが、ちょっと感慨があります。中身はまあ平凡といえば平凡なのですが、実はちょっとめずらしいものも少しあり、源氏大鏡の写本もあります。

 暑い盛りに、学生諸君と汗まみれになって、近代本・漢籍などと、ごった煮状態の和本を抜きだし、分類して、バラバラのものをそろえ、カード化したものを元になったのです。

 とくに現名古屋大学大学院のわく田将樹君の活躍が大きかったです。彼がこの未整理本のことを図書館の方からきいて調査が始まり、最後はわく田君がひとりで総点検してくれました。

 あと第1稿・第2稿を合わせた索引を作成しました。これは阪大の浜田泰彦君の労作。協力してくれた学生は全部で11名でした。

 こんな薄っぺらな冊子ですが、ちゃんと図書館長の序文までいただいております(ありがとうございます)。

 この目録はいずれ大阪大学附属図書館からWEB公開される予定です。

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2009年02月11日

古典講座集中コースの夏は…

御依頼を受けて、標記の拙文を『懐徳堂記念会だより』NO.82(2009年2月)に寄稿いたしました。2006年から3年にわたって8月に3回連続講座として秋成のお話をした感想です。ご笑覧。
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古典講座集中コースの夏は・・・
(財)懐徳堂記念会運営委員 飯倉洋一

 「上田秋成を読む」と題して、3年にわたり懐徳堂古典講座夏季集中コースを担当させていただきました。1年目は、あまり知られていない秋成の諸作品、2年目は『雨月物語』から「菊花の約」、3年目は『春雨物語』を読みました。

 毎年酷暑の中、非常に受講者の方が熱心で、9回全部の講座を受講してくださった方も少なくありません。講義が進むにつれて、早口でまくしたてる私の話は、お聞きづらかったことと思いますが、話し終えた後のご質問には、大学院生かと思うくらいにレベルが高いものもあり驚きました。

 堂島永来町の紙油商の養子となった秋成は、懐徳堂で学んだと言われています。五井蘭洲のことを「先生」と呼んでおり、『胆大小心録』には、中井竹山・履軒兄弟の話も出てきます。彼らに対して忌憚のない悪口を書いていますが、秋成は親しい友人たちのほとんどを俎上に挙げて憎まれ口を叩いていますから、仲が悪かったわけではないでしょう。

 そういうわけで、秋成のことを古典講座で取り上げるのは、それほど的外れではなかったと思います。1年目の講座では、秋成の失明の回復に尽力した眼科医の谷川良順ら三兄弟のご子孫である谷川好一さんに、秋成から贈られた墨跡と手紙をご持参いただくなどのご協力を得て、秋成真筆に接していただけたのは望外の喜びでした。2年目の「菊花の約」の講読では、受講者の方のさまざまな解釈を伺えましたが、それに刺激を受けて、私なりに新しい作品解釈に到達することができました。3年目の『春雨物語』の講読でも、話している途中で突然あることがひらめきました。どうも、受講者の皆さんの熱気で、私の読みの感性が覚醒したようなのです。

 中には秋成のことが新聞記事になっていると教えて下さり、そのコピーを下さる方もいらっしゃいました。また秋成ゆかりの香具波志神社のことをよくご存じの森本吉道様には、神社にご同行いただき、同社では秋成が奉納した自筆短冊六十八枚(『献神和歌帖』)を見せていただきました。私の教え子の卒業生何人か(在学生も)が、忙しい中、講座を聴きに来てくれたこともうれしいことでした。古典講座集中コースの夏は、私に良き思い出を残してくれました。また機会を与えていただければと思っております。
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平成22年は懐徳堂記念会創立100周年です。
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2009年01月27日

「文学」秋成特集

『文学』1・2月号(岩波書店)が「上田秋成 没後200年」を特集。本日刊行されます。

木越治・稲田篤信・長島弘明(司会)と私の四人の座談会は、『春雨物語』『雨月物語』を柱とする討議ですが、議論がいろいろな方向に飛び火して、なかなか面白いのではないかと思います。4時間ほどの議論の一部はあまりに過激なので(?)カットされているところもあります。

論文は、高田衛氏をはじめとして、17名が書くという華々しさ。じっくり触れたいものも少なくありません。今回の特集の特徴は、ひとつのテクストと向き合ってそれを論じるものがすくなく、文学史的な視点、比較文学的視点、思想史的文脈、新出資料紹介など、秋成をトータルに論じようとする論考が多いと言うことでしょうか。

中野三敏先生の「秋成とその時代」は、短文ながら、大きなスケールの提言です。他に私が特に(私の偏見から)興味深く思ったのは、鈴木淳氏、近衛典子氏、風間誠史氏、篠原進氏、井関大介氏などの論考。

私自身は、従来その内容が未紹介であった、秋成消息文集の紹介。「未紹介〔秋成消息文集〕について」。これで新出の秋成文、秋成和歌をいくつか紹介できることになりました。この特集について語るべきことはたくさんありますので、おいおい触れていきます。
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2008年12月12日

『語文』91輯の特集

 『語文』91輯(大阪大学国語国文学会、2008年12月)が刊行されました。特集として共同研究「会話文と地の文に関する通時的・多角的研究とその展開」が組まれています。

 大学院生たちが、文学・語学の壁を取り払って、共同研究を企画し、何度かの研究会を重ねて、学会の場でワークショップを開催したのですが(2008年1月)、その時の報告・発表を元にした原稿5本と、
 その「由来」1本および傍聴記2本です。

 私はそのうちの傍聴記を書きました(「公開ワークショップ傍聴記」)。短い文章です。いろいろと勝手なことを言っております。

 学生が企画を立てて、自分らでワークショップを運営したことは評価できると思います。しかし、あくまで最初のところが、どちらかといえば、教員側の促しのような形があったようで、そこのところに、野性味が不足している感じがいたします。あえて辛口で書いたのですが、思いは通じているかな。

 加藤昌嘉氏の「平安和文における鉤括弧と異文」は、「思想」が感じられる本文論です。どの分野の人も一読の価値ありでしょう。

 
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2008年11月02日

上田秋成と蒹葭堂

『蒹葭堂だより』(平成20年11月、木村蒹葭堂顕彰会)第8号に、「上田秋成と蒹葭堂」という一文を載せていただきました。

昨年11月に同会で講演した内容を簡単にまとめたものです。「和学」というコンセプトでしたので、そういう方面での二人の交流について話したものです。

木村蒹葭堂顕彰会の事務局は大阪では著名な古書店の中尾松泉堂書店です。代表は水田紀久先生。
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