2009年08月13日

国際学術シンポジウム

来月中旬に韓国の高麗大学校で行われる、国際学術シンポジウム(テーマは「日本近世文学・文芸の中心と周縁」)で発表しなければならないのだが、発表原稿提出締切が1ヶ月前となっている。韓国語に翻訳するためである。

韓国は縁があって、いままで2回ほど学会での発表経験があるが、その時のコメンテーターの発言をきいていると、発表内容がうまく通じていなかったようだった。発表原稿の日本語をシンプルにしないとわかりにくいのだろう。ところが私の発表とか論文は、たいてい粘っこい展開となり、シンプルではない。ただ、今回の原稿は場所をわきまえてシンプルにしないといけないだろう。

おまけに一緒に行く研究者が、一筋縄ではいかないひとたちばかりである。私の発表するパートは、「読みなおされる江戸文芸」とかいうタイトルが付いているのだが、今回は秋成でやることにした。ところが、同じパートに議論に妥協のないことで有名な秋成研究の第一人者(T大のN氏)がいらっしゃるので、無傷での帰還は無理ではないかと思われる。傷心をいやすためにチャングムパークへ行きたいな。
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2009年07月10日

検索と通覧

ある古本情報誌に求められて、「変化著しい学術情報の中で」(これが仮題ということ)、研究と古書、原本画像のWEB提供の功罪、学術雑誌のWEB化への見通しなどいくつかのアンケートに答える文章を書いた。こういうことでは目新しいことはなかなか書けるものではない。「検索」と「通覧」の事を詳しく書きたかったが・・・・。スペースが足りない。8月刊行予定。
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2009年06月26日

純心はわが母校?

秋成200年記事、その4。

自分のことで恐縮ですが、「没後200年、上田秋成の文学」と題する講演を長崎で行います。以下HPより転載。

長崎純心女子大学国語科教育研修会
開催日時: 7月4日(土)   14:00〜16:00

会 場: 長崎市男女共同参画推進センター アマランス
〒850−0874 長崎市魚の町5番1号(長崎市民会館1階)
受講料: 無 料 (申込み不要。直接会場へお越し下さい。)
講座の内容: 「没後200年 上田秋成の文学」
講師 / 飯倉 洋一 (大阪大学教授)
主 催: 本学比較文化学科
お問い合せ: 長崎純心大学 生涯学習センター
TEL:095-846-0102

情報はこちらに出ているが、そこの講師プロフィールに普通ではありえない一行がある。

純心女子短大附属純心幼稚園卒。

もちろんこれは、主催者の純心大学(の前身である純心女子短大の付属幼稚園)が私の母校幼稚園だということを特記したものである。さよう、私めは、「じゅんしんよーちえんのおかーさま、サンタマリア、サンタマリア、ちいさなわたくしたちを、おまもりくだーさい」と、よく歌っていたものなのである。といってクリスチャンではない。長崎には、ほとんどキリスト教系の幼稚園しかなかったのだ(と記憶する、事実はどうかしらん、純心幼稚園は自宅のすぐ近くの幼稚園だった)。しかし、この幼稚園時代に、私は「天使さまがいつも見ているからわるいことはしてはいけない」と自分にいいきかせていたのだから、教育というのはすごい。

その母校(?)から、呼んでいただいたのだから(呼ぶ方はそんなことは知らなかった)、一応プロフィールに書いて、おそるおそる「載せるかどうかはお任せします」といったら、「それは是非」ということで載せてくださったのである。

そういうわけて、わけのわからないことを書きましたが、長崎の方で、その日はちょうど暇で暇でしょうがなかったという方がおられたら…いないでしょうねえ(^^ゞ、どうぞ、ということで宣伝しておきます。
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2009年05月09日

絵本読本の序文

『江戸文学』40号(ぺりかん社、2009年5月)は〈よみほん様式〉考という特集。国文学研究資料館のプロジェクト研究「近世後期小説の様式的把握のための基礎研究」の成果報告の一部でもある。大高さんが書いているように、このプロジェクトで目立ったのは、上方の絵本読本の再評価と、人情本のジャンル的位置づけの再検討であった。

本号の内容は以下の通りである。

<よみほん様式>とはなにか=大高洋司
読本に関わる文体論試論―言表提示の周辺=濱田啓介
「読本」としての西鶴本―『八犬伝』表現構造への影響をめぐって=中嶋隆
読本の時代設定を生み出したもの―軍書と考証=井上泰至
濫觴期絵本読本における公家・地下官人の序文=飯倉洋一
実録から絵本読本へ―二つの「忠孝美善録」=菊池庸介
<一代記もの>における江戸と上方=大高洋司
浄瑠璃の読本化に見る江戸風・上方風=田中則雄
人情本の外濠―文政年間中本の一考察=木越俊介
[コラム]
読本の形式=藤沢毅
『昔話稲妻表紙』の歌舞伎化と曲亭馬琴=大屋多詠子
『朝顔日記』の文芸的展開=檜山裕子

本特集は、プロジェクトの趣旨に鑑み、大きな枠組みを提示したものが多い。よく見ると小論以外はみなそうである。濱田啓介氏はいわゆる「会話文」の引用形式に着目して、中世以来の厖大な用例を精査し、文体の面から読本の様式位置づけを検討するものすごい力作。数少ない文学史家といえる中嶋隆氏は、表現面に着目して、西鶴から馬琴への小説史を見通す。その他、いま詳細に触れる余裕がないのだが、「合評会」をしたくなるような、魅力的な論文ばかりである(プロジェクト研究会での発表が基になったものも多い)。

小論は、その中で局部的なことをとりあげていて申し訳ない次第である。プロジェクトに参加しているうち、知らず知らずぼんやり形づくられていたものを、文章にしてみたもので、試論の域を出ていない。

ただ、むかしから、名所図会と上方読本の序文に公家・地下官人がよく書いているなあと漠然と思っていた。今回、何か書くようにといわれて、そのことを少し考えてみようと、とりあえず上方の絵本読本を文字通り外側から通覧してみた。結果的には濫觴期に絞った話になった。

公家・地下官人の序文と、絵本読本濫觴期における朝幕関係の動揺、太閤記・楠公記・忠臣蔵という幕府にとってはビミョウな内容の読物化を関連づけてみたもの。濱田啓介氏、山本卓氏らの卓越した先行研究にずいぶん助けられている。
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2009年03月27日

『忍頂寺文庫・小野文庫の研究3』

2008年度大阪大学大学院文学研究科共同研究(国文学研究資料館研究連携事業)研究成果報告書『忍頂寺文庫・小野文庫の研究3』(「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」共同研究グループ・国文学研究資料館編、2009年3月)が刊行されました。2005年度・2006年度につづく第3弾で、42頁という薄冊のものですが、出せてやれやれというところです。

大阪大学附属図書館のコレクションの一つに忍頂寺務さんの歌謡・洒落本などを中心とする優れたコレクションがあります。在野の研究者であった忍頂寺務さんの顕彰と、その収書の紹介、蔵書形成(将来的には目録の作成)、有数のコレクションである洒落本を用いてのテキストデータベースの展開などが、当共同研究事業の内容ですが、今回は、コレクションの目玉である薄物唄本から、ほんの一部ではありますが、何点か紹介した他、去年のいちょう祭(阪大でGW中に行われるもの)で展示した追善の本についても特集しています。

目次は以下の通りです。

忍頂寺文庫・小野文庫の研究―2007年度、2008年度― 飯倉洋一
忍頂寺文庫所蔵薄物唄本「尽くし物」紹介―兵庫口説を中心に― 浜田泰彦編
忍頂寺務による都踊口説および兵庫口説作者の伝記に関する考察 浜田泰彦
忍頂寺文庫・小野文庫蔵〈追善の本〉抄 大阪大学近世文学ゼミ編

なお、「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」は共同研究メンバーのみでブログを開設していますが、まもなく本共同研究のホームページが出来る予定です。もっともコンテンツは最初はほそぼそとした感じになります。整ったらここでまた通知いたします。

1号から3号まで在庫ございますので、御希望の方はiikura(あっとまーく)let.osaka-u.ac.jpまでお問い合わせください(1号は在庫薄)。
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2009年03月05日

小さな和古書目録

『大阪大学附属図書館蔵和古書目録 第二稿』(大阪大学附属図書館発行、2009年2月)というのを刊行いたしました。

 平成元年に、伊井春樹先生によって第一稿が刊行されましたが、20年ぶりに、その際未整理であった和古書163点を目録化して刊行したものです。うすいうすい目録ですが、ちょっと感慨があります。中身はまあ平凡といえば平凡なのですが、実はちょっとめずらしいものも少しあり、源氏大鏡の写本もあります。

 暑い盛りに、学生諸君と汗まみれになって、近代本・漢籍などと、ごった煮状態の和本を抜きだし、分類して、バラバラのものをそろえ、カード化したものを元になったのです。

 とくに現名古屋大学大学院のわく田将樹君の活躍が大きかったです。彼がこの未整理本のことを図書館の方からきいて調査が始まり、最後はわく田君がひとりで総点検してくれました。

 あと第1稿・第2稿を合わせた索引を作成しました。これは阪大の浜田泰彦君の労作。協力してくれた学生は全部で11名でした。

 こんな薄っぺらな冊子ですが、ちゃんと図書館長の序文までいただいております(ありがとうございます)。

 この目録はいずれ大阪大学附属図書館からWEB公開される予定です。

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2009年02月11日

古典講座集中コースの夏は…

御依頼を受けて、標記の拙文を『懐徳堂記念会だより』NO.82(2009年2月)に寄稿いたしました。2006年から3年にわたって8月に3回連続講座として秋成のお話をした感想です。ご笑覧。
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古典講座集中コースの夏は・・・
(財)懐徳堂記念会運営委員 飯倉洋一

 「上田秋成を読む」と題して、3年にわたり懐徳堂古典講座夏季集中コースを担当させていただきました。1年目は、あまり知られていない秋成の諸作品、2年目は『雨月物語』から「菊花の約」、3年目は『春雨物語』を読みました。

 毎年酷暑の中、非常に受講者の方が熱心で、9回全部の講座を受講してくださった方も少なくありません。講義が進むにつれて、早口でまくしたてる私の話は、お聞きづらかったことと思いますが、話し終えた後のご質問には、大学院生かと思うくらいにレベルが高いものもあり驚きました。

 堂島永来町の紙油商の養子となった秋成は、懐徳堂で学んだと言われています。五井蘭洲のことを「先生」と呼んでおり、『胆大小心録』には、中井竹山・履軒兄弟の話も出てきます。彼らに対して忌憚のない悪口を書いていますが、秋成は親しい友人たちのほとんどを俎上に挙げて憎まれ口を叩いていますから、仲が悪かったわけではないでしょう。

 そういうわけで、秋成のことを古典講座で取り上げるのは、それほど的外れではなかったと思います。1年目の講座では、秋成の失明の回復に尽力した眼科医の谷川良順ら三兄弟のご子孫である谷川好一さんに、秋成から贈られた墨跡と手紙をご持参いただくなどのご協力を得て、秋成真筆に接していただけたのは望外の喜びでした。2年目の「菊花の約」の講読では、受講者の方のさまざまな解釈を伺えましたが、それに刺激を受けて、私なりに新しい作品解釈に到達することができました。3年目の『春雨物語』の講読でも、話している途中で突然あることがひらめきました。どうも、受講者の皆さんの熱気で、私の読みの感性が覚醒したようなのです。

 中には秋成のことが新聞記事になっていると教えて下さり、そのコピーを下さる方もいらっしゃいました。また秋成ゆかりの香具波志神社のことをよくご存じの森本吉道様には、神社にご同行いただき、同社では秋成が奉納した自筆短冊六十八枚(『献神和歌帖』)を見せていただきました。私の教え子の卒業生何人か(在学生も)が、忙しい中、講座を聴きに来てくれたこともうれしいことでした。古典講座集中コースの夏は、私に良き思い出を残してくれました。また機会を与えていただければと思っております。
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平成22年は懐徳堂記念会創立100周年です。
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2009年01月27日

「文学」秋成特集

『文学』1・2月号(岩波書店)が「上田秋成 没後200年」を特集。本日刊行されます。

木越治・稲田篤信・長島弘明(司会)と私の四人の座談会は、『春雨物語』『雨月物語』を柱とする討議ですが、議論がいろいろな方向に飛び火して、なかなか面白いのではないかと思います。4時間ほどの議論の一部はあまりに過激なので(?)カットされているところもあります。

論文は、高田衛氏をはじめとして、17名が書くという華々しさ。じっくり触れたいものも少なくありません。今回の特集の特徴は、ひとつのテクストと向き合ってそれを論じるものがすくなく、文学史的な視点、比較文学的視点、思想史的文脈、新出資料紹介など、秋成をトータルに論じようとする論考が多いと言うことでしょうか。

中野三敏先生の「秋成とその時代」は、短文ながら、大きなスケールの提言です。他に私が特に(私の偏見から)興味深く思ったのは、鈴木淳氏、近衛典子氏、風間誠史氏、篠原進氏、井関大介氏などの論考。

私自身は、従来その内容が未紹介であった、秋成消息文集の紹介。「未紹介〔秋成消息文集〕について」。これで新出の秋成文、秋成和歌をいくつか紹介できることになりました。この特集について語るべきことはたくさんありますので、おいおい触れていきます。
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2008年12月12日

『語文』91輯の特集

 『語文』91輯(大阪大学国語国文学会、2008年12月)が刊行されました。特集として共同研究「会話文と地の文に関する通時的・多角的研究とその展開」が組まれています。

 大学院生たちが、文学・語学の壁を取り払って、共同研究を企画し、何度かの研究会を重ねて、学会の場でワークショップを開催したのですが(2008年1月)、その時の報告・発表を元にした原稿5本と、
 その「由来」1本および傍聴記2本です。

 私はそのうちの傍聴記を書きました(「公開ワークショップ傍聴記」)。短い文章です。いろいろと勝手なことを言っております。

 学生が企画を立てて、自分らでワークショップを運営したことは評価できると思います。しかし、あくまで最初のところが、どちらかといえば、教員側の促しのような形があったようで、そこのところに、野性味が不足している感じがいたします。あえて辛口で書いたのですが、思いは通じているかな。

 加藤昌嘉氏の「平安和文における鉤括弧と異文」は、「思想」が感じられる本文論です。どの分野の人も一読の価値ありでしょう。

 
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2008年11月02日

上田秋成と蒹葭堂

『蒹葭堂だより』(平成20年11月、木村蒹葭堂顕彰会)第8号に、「上田秋成と蒹葭堂」という一文を載せていただきました。

昨年11月に同会で講演した内容を簡単にまとめたものです。「和学」というコンセプトでしたので、そういう方面での二人の交流について話したものです。

木村蒹葭堂顕彰会の事務局は大阪では著名な古書店の中尾松泉堂書店です。代表は水田紀久先生。
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2008年10月14日

『日本教育史研究』27号(後日ばなし)

 こちらのエントリで言及した拙稿ですが、実をいうと、最初は中野三敏先生のところに、誰か適当な方を紹介いただけないかという打診が編集部からあったようです。

 というよりも、本当は中野先生に書いてほしかったようですが、先生は1度、該雑誌に論評を書かれていることもあり、私に機会を与えられたようです。まあ、高野論文には中野先生の『戯作研究』はもちろん引用されていますが、拙論もいくつか引用されてますので。

 そういうこともあって、この論評(誰にも差し上げておりませんでしたが)、一応先生にだけは読んでいただかねばと、おそるおそる呈上いたしましたが、「やはり」というか、「思いがけず」というか、叱責されました。

 「やはり」というのは、先生からみれば、当然ダメだということになるだろうと予想していたということですが、「思いがけず」というのは、叱責であれ何であれ、コメントをいただけたということです。それだけですごいんじゃないかなどと思っているのですが。

 で、なんと叱責されたかと申しますと、近世では文学と教訓は何ら背離するものではないことを、もっと言うべきだということです。(もっときつい言い方ですが)。相手は教育思想史の研究者で、こちらは文学研究者。その境界線を自ら引いてどうする、ということでしょう。

 まあ、中野先生と全く同じことをいうわけにもいきませんので、というのは言い訳がましいですが、いわれてみれば、少し「文学」という概念にこだわりすぎているのかもしれません。当時そういう概念はなかったのに。たしかにそうなのですが、でもやはり、それ的なものはあるような気がするという・・・・。もう少し悩んでみることにします。

 



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2008年09月11日

『日本教育史研究』27号

『日本教育史研究』という雑誌は変わっています。研究論文と書評が載るのですが、論文に対する論評(複数)と、書評に対する著者のコメントが載っているのです。知る限りこういう雑誌は他に知りません。理系にはあるのでしょうか。さて、同誌27号(2008年8月)の巻頭論文、高野秀晴「談義本に見る宝暦期江戸民衆教化の一端―静観房好阿『当世下手談義』『教訓続下手談義』を手がかりに―」に論評を求められていましたが、このたび刊行されました。
 一部を少し引用します。冒頭ではありません。

高野論文は、享保から寛政へかけての教育思想史の叙述の中で「過渡期」と片付けられてきた宝暦期を、この時期一世を風靡した談義本の代表作である『当世下手談義』『続当世下手談義』に注目し、これを丁寧に読みぬくことで位置づけようとしたもので、教育思想史の分野ではおそらく異色の論文であろう。
 近世文学研究と近世教育史研究あるいは近世思想史研究は、お互いにもっと研究を知りあうべきであると、かねてより考えている筆者にとって、近世文学側の先行研究をきちんと押さえている本論文は、それだけでも大きく評価されるべきものである。隣接領域となると、途端に先行研究を探索する方法に不明であるのが常だが、本論文は、実に細かく文学研究側の業績に目配りがなされていて感心した。


 また、

思うに高野氏に限ることではあるまいが、教育史・思想史研究の方では、江戸期の版本・写本そのものを読むということが、やや疎かになっているように見受けられる。江戸時代の文学研究においては、なにがしか本文に触れようとするならば、原本を数種は見て、版本であれば出版地や版元を確認し、摺りの状態から初刷を確定し、あるいは板権の移動を調査することが、少なくとも態度としては基本であろうし、写本であれば料紙や筆跡などを調べて、書かれた状況を推定することから全てが始まる。江戸時代の言説の営為を把握するためには、現実に残されているモノを最も有力な手がかりとすべきである、というのは近世文学研究の立場では常識なのである。談義本を一通り見渡そうとするのならば、どうしても版本自体を見る必要に迫られるはずであり、さらに江戸時代の教育思想史の資料という意味ならば、翻印されていない著述の方がはるかに多いことは言うまでもない。

などとちょっと批判的な言辞も弄しております。原稿用紙7,8枚だったか結構長く書いています。
 
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2008年06月03日

上方文藝研究 第5号

上方文藝研究の会編『上方文藝研究』第5号がまもなく刊行されます。ラインナップは以下の通りです。

平間長雅『奉納千首和歌』について 福田安典
平間長雅の箱伝受と『堺浦天満宮法楽百首和歌』  わく田将樹
蔵山集解題補考―撰集の基盤について―  浅田徹
『文反古』の版下筆者  飯倉洋一
享和元年の秋成 辻村尚子
読本の東西往来─文化期の事例を中心に 木越俊介
万治二年板『道中記』の異板ー訂補 永野仁
漢文体小説『小説温泉奇遇』解説補遺 服部仁
連載 上方文藝研究の現在(5)読洒会

ちなみに私の書いたものは、秋成『文反古』の版下筆者が松本柳斎だというものです。
新規に定期購読希望の方は、購読会員になっていただく必要があります。お問い合わせはこのコメント欄でも承ります。旧号のバックナンバーについては和泉書院から購入することができます。和泉書院の方にお問い合わせください。
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2008年04月15日

西田耕三論

「文学・芸術・文化」(近畿大学文芸学部論集)19巻2号、2008年3月に、「生涯・万物の霊・主人公―西田耕三の「起源」―」を発表し、このほど刊行されました。西田耕三氏―、東大文学部哲学科を卒業後横浜市役所に勤務し、のち都立大学で国文学を研究。はじめ平家物語、説経を論じ、のち仏教説話・近松・西鶴・芭蕉など幅広く近世文学を論究、近世文学研究者の中でも屈指の理論派としられる存在です。西田耕三氏との出会いはもう25、6年前にさかのぼるでしょうか。Q大の近世文学の研究会に久し振りに顔を出したという西田氏と2次会、3次会とご一緒し、感化をうけやすい年ごろだったので、感激し、語りあかしましょうと、下宿にまできていただいて、冬の寒い夜をこわれたこたつで震えながら文字通り徹夜で語り明かし、歌い明かし、なぜか朝から空いていたラーメン屋でラーメンを食べて、松本清張の『点と線』に出てくるK駅で別れたという壮絶な出会いがありました。以来、いつかは西田耕三論を書いてみたいとずっと思っていたのですが、昨年冬、思いがけずご依頼をうけて、制限枚数なしという条件で書評を書くことを許していただきました。その時は、1か月で3本の締切があったのですが、もちろん引き受け、私なりにきわめて未熟ながら西田耕三論として書いたつもりです。内容は3つの西田氏の著書の書評を柱にしていますが、狙いは西田論です。完全に時間不足だったのですが、時間があったからといってこれ以上のことは書けなかっただろうと思います。
雑誌では「書評」として扱われましたが、私としては西田耕三論のつもりで書いたものです。原稿用紙で20数枚だったと思います。
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2008年04月13日

「国語と国文学」5月号

「国語と国文学」5月号が刊行されました。
秋成の『春雨物語』成稿200年を記念して、『春雨物語』という特集が組まれています。それほどメジャーな作品とはいえないだけに、なかなか思い切った企画です。論文が12本並んでいます。まだ至文堂のHPには出ていないようです。
 私も「『春雨物語』論の前提」という論文を書いています。昨年3月の阪大における「秋成―テクストの生成と変容」の公開研究会の春雨物語の議論を私なりに受け止めて書いたものです。
 3月の研究会の発表者・コメンテータではほかに稲田篤信氏、井上泰至氏、木越治氏、長島弘明氏、山下久夫氏が書かれ、当日来て下さっていた方では小椋嶺一氏、浅野三平氏が書かれています。ほかに内村和至氏、山崎芙紗子氏、鈴木よね子氏、高田衛氏が力作を寄せています。
 しかし相変わらずのメンバーといわれれば、その通りですね。いきのいい若い方の登場が期待されます。
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2008年03月29日

『読本事典』

国文学研究資料館・八戸市立図書館編『読本【よみほん】事典 江戸の伝奇小説』(笠間書院)の紹介です。
読本【よみほん】事典 江戸の伝奇小説
国文学研究資料館・八戸市立図書館[編]
定価:本体2,800円(税別) 頁数*216頁 笠間書院刊
判型*菊変(168×217) 口絵カラー*8頁 前・後見返し、カラー 上製本  2008年2月 笠間書院刊


【目次】
口絵図版
序(松野陽一・河村忠治)
凡例
はじめに—出版までの経緯 
1●読本の形成
1-1○初期読本の時代
1-2○上方=絵本もの読本の広がり
1-3○『絵本太閤記』
1-4○江戸=中本もの読本の位置
1-5○江戸=京伝・馬琴と稗史もの読本の形成
1-6○初印本と後印本—『優曇華物語』を例に—
2●読本の展開(その一)
2-1○江戸=稗史もの読本の流行と馬琴
2-2○小枝繁
2-3○『南総里見八犬伝』
2-4○上方=江戸風との融合
3●読本の展開(その二)
3-1○江戸・上方の提携
3-2○江戸=為永春水の読本

私(飯倉洋一)は、「1-1初期読本の時代」を分担執筆しています。

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『秋成文学の生成』

最近出版した本の紹介です。
飯倉洋一・木越治編
『秋成文学の生成』森話社 2008年2月刊
A5判/416頁 本体6500円(+税)
『テクストの生成と変容』の姉妹編です。
共同研究 テクストの生成と変容の第11回研究会として行いました特別研究会、「秋成―テクストの生成と変容」の研究会の成果をを柱とした本です。秋成研究の第一線の方に多く執筆していただきました。内容は以下の通りですが、特に井上泰至氏の「『雨月物語』典拠一覧
」は重宝だと思います。

【序章 研究史展望】
対談 秋成研究の道のり(木越治×飯倉洋一)
【第一章 秋成再考】
秋成文業の生態 私考──筆、人を刺す。又人にさゝるゝれど(高田衛)
秋成伝記資料拾遺(長島弘明)
『山づと』考──天明二年初冬の秋成(稲田篤信)
【第二章 秋成浮世草子の生成】
秋成浮世草子と唱導文化(堤邦彦)
秋成『諸道聴聞世間狙』とモデル──南嶺から秋成へ(神谷勝広)
『世間妾形気』と古典──巻一−一「人心汲てしられぬ朧夜の酒宴」を中心に(近衛典子)
【第三章 『雨月物語』の再生】
『雨月物語』と後期読本(田中則雄)
「浅茅が宿」「蛇性の婬」から映画「雨月物語」へ(田中厚一)
【第四章 和学者秋成の視線】
「変容の古代」として──『岩橋の記』の記述(山下久夫)
秋成の校訂──『土佐日記解』自筆本三種を中心に(一戸渉)
【第五章 秋成和文の誕生】
風景の変容──『藤簍冊子』の生成(鈴木よね子)
秋成和文の生成──『文反古』を中心に(飯倉洋一)
【第六章 『春雨物語』新考】
『春雨物語』論のために(風間誠史)
「我いつはり」と「まさし事」のあいだ──「死首の咲顔」と「ますらを物語」(糸川武志)
よくわかる『春雨物語』(木越治)
【第七章 『雨月物語』研究のために】
『雨月物語』典拠一覧(井上泰至)

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テクストの生成と変容

2005〜2007年度、大阪大学大学院文学研究科広域文化表現論講座共同研究 研究成果報告書の『テクストの生成と変容』を刊行いたしました。飯倉洋一編 A4 204頁。大阪大学大学院文学研究科のスタッフを中心に力作が並んでいます。以下は内容紹介です。

(横書)
飯倉洋一 テクストが生まれる時、テクストが変わる時―共同研究「テクストの生成と変容」をふりかえって
研究会編 「テクストの生成と変容」研究会のあゆみ
和田章男 生成研究の方法と課題―プルーストを中心に
伊東信宏 バルトーク《44の二重奏曲》第10曲「ルテニアの歌」の生成プロセス
永田 靖 パフォーマンスの介入―メイエルホリド演出『スペードの女王』第1〜2幕を中心に
上野 修 スピノザと聖なるテクスト
浅見洋二 校勘から生成論へ―宋代における詩文集の注釈、特に蘇黄詩注をめぐって
湯浅邦弘 テキストの変容と故事成語の誕生
金水 敏 翻訳における制約と創造性―役割語の観点から
鈴木暁世 「放浪者」の誕生―芥川龍之介戯曲草稿「弘法大師御利生記」に関する一考察
木下京子 テクストにみる池玉瀾の人物像の変化
研究会編 第11回(特別)研究会「秋成―テクストの生成と変容」の記録
(縦書)
柏木隆雄 太宰治『惜別』テクストの生成
出原隆俊 芥川「疑惑」と鴎外・志賀直哉 
荒木 浩 〈孝〉と〈捨身〉と―芥川龍之介「今昔物語鑑賞」改稿の周辺など
加藤洋介 書写という行為―『伊勢物語』テクストの生成と変容
蜂矢真郷 語の変容と類推―語形成における変形について
天野文雄 『九位』の「奥義之上」の読みと意味
海野圭介 崑玉集補説―仮構の兼好伝を伝える一資料とその周辺
衣笠 泉 『常山紀談』論―写本と典拠からみる成立過程
岡島昭浩 〈五音歌〉の変容―外郎売りと姓名判断
飯倉洋一 開かれたテクストへ―刊本『文反古』への変容
辻村尚子 テクストの生成―『文反古』とその周辺    

2008年3月刊行 大阪大学大学院文学研究科広域文化表現論講座発行
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