2024年02月02日

水市断章(シリーズ大阪本4)

 「水市」は水の町=大阪の意。「我が大阪の記」と副題された肥田晧三先生の珠玉のエッセイ集。大阪芸能懇話会の『芸能懇話』別冊として、肥田先生米寿記念に刊行されたもの。70を越えてから書かれた短文をまとめて1冊にしたもの。「水市断章」は、「永井荷風の訳したアンリ・ド・レニエの詩篇に付けられたのを借用」されたものとか。2019年2月刊行。個人的に面白かったのは「生玉人形」これは大阪の郷土玩具。「『大阪府立高津高等学校バスケットボール部七十七年史』」。そういえば肥田先生、昔の方の割には背がお高かった。私も高校の途中でやめたとはいえバスケットボール部だったので、勝手に親近感をもつ)。「『在津紀事』私記」。「青春の文学」とおしゃっている。これまた大学院の時、中野先生の演習で読んで、最初の担当となり3、4週連続で発表したので、私にとっても青春の書。「「雪」の作詞者二百年」。最近研究室の片付けをしていたら肥田先生のお手紙が出てきた。大阪歴史博物館「上方舞山村流」の特集展示のため、忍頂寺文庫所蔵の『歌系図』を出してほしいとのご依頼で便箋数枚にわたる。「雪」の作者のことについていろいろ書いてある。『歌系図』はその「雪」の作詞者流石庵羽積の著述なのだった。その羽積のことが書かれている。「河合ダンス物語」。これは貴重なエッセイ。宝怐E松竹と並んで人気だった女性舞踊グループ河合ダンス。宗右衛門町の北笠屋町の角から西へ五軒目のお茶屋「河合」の主人が創設。「道頓堀文学展望」。こちらは近代文学で道頓堀を描いた作品を紹介。などなど、肥田先生ならではのお話満載。
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2024年01月24日

噺家の文体で訳す『好色五人女』(田中貴子訳)

 あまりにも遅いご挨拶ですが、明けましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしうお願い申し上げます。
 今年最初に取り上げますのは、田中貴子訳の『好色五人女』(光文社古典新訳文庫、2024年)でございます。
 さて、大阪の誇る文人木村蒹葭堂と、西鶴の肖像画の共通点をご存じでしょうか?そそそ。ちょっと口が開いているのでございます。これは名古屋大学の塩村耕さんに教えていただいたんだったと記憶しておりますが、なぜ開いているかというと、これは二人がしゃべっているところを描いたのだと。両人とも「噺好き」だからなんだと。いやはや、バーンと膝を打ちましたな。なるほどと。
 蒹葭堂のことはさておきまして、西鶴。『好色一代男』にはじまる数々の名作に「はなしの手法」が取り入れられていることは、西鶴研究者が説いてきたところでございまして、『好色一代男』巻一の一で「知る人は知るぞかし」なんて言うのは有名ですな。そこで田中訳。あ、田中貴子さんは、とても守備範囲の広い方で、最近も岩波新書で『いちにち、古典』という本を出されておいでです。『百鬼夜行の見える都市』という名著もございますな。でも西鶴、いや近世文学の専門家ではないんです。どちらかというと中世でしょうか。ところが、どうでしょう。現代語訳にあたって、田中さんのとった戦略は「噺家の文体」です。いや、もちろん西鶴の時代に、「噺家」っていう職業はまだないんですが、現代語訳にこれを採用するのはアリでしょう。このセンスは「近世」じゃないでしょうか。いや素晴らしいアイデアです。読んでおりますと、まさに「今の」噺家が、お夏やおせんの物語を語っている様子が浮かんできてしまいます。それというのも、田中さん、なかなか思い切った訳、ときには原文にない、噺家っぽい語りを入れてきます。
 カフェとか、イケメンとかをルビに振ってみたり。「清十郎さまらぶ(ハートマーク)」なんてのも有って楽しいですな。(「胸騒ぎの腰つき」とやらいう歌がございますとおり・・)とかもありまして。さて、「解説 恋する・五人の・女たち」がまた面白い。つかみが秀逸です。向田邦子の小説『隣りの女』をドラマ化したテレビの一場面。桃井かおりと根津甚八。女は男に会うために、ニューヨークに向かう。飛行機に乗った女(サチ子)の手に握られていた本こそが『好色五人女』だったと。ちょっと待って。これ「古典の再生」の話でっしゃろ。となんでも自分の方に引きつけてしまうのが悪い癖でして(ポリポリ)。とにかく解説もポイントを外さないでしっかりしています。
 いや、中嶋隆さんの『好色一代男』の新訳もすばらしかったが、桃井、あ、ちがった田中さんの『五人女』訳もユニークですばらしい。お見事お見事。
 
 
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2023年12月29日

西鶴解析

 『西鶴解析』(文学通信、2023年12月)。井口洋先生は、この本の三校まで進めていたが、2月に亡くなった。教え子の肥留川嘉子さんの尽力で、遺稿となった本書の刊行が実現した。100頁近い、親交のあった方々の追悼文を付して。

 本書の冒頭の『懐硯』「案内しつてむかしの寝所」の一篇についての読みは、2015年に『かがみ』に発表されたものだが、この論文が巻頭に配されたことは私にとって感慨深いものがある。この論文を私は読んで、その読みの面白さを堪能し、ブログに感想を書いた。リンクではなく、あえて再掲してみる。

 井口洋先生の「案内しつてむかしの寝所―『懐硯』解析」(『かがみ』45号、大東急記念文庫、2015年3月)は、『伊勢物語』24段を典拠とする『懐硯』巻1の4の作品論である。
 この論が異色なのは、論文の過半を『伊勢物語』24段そのものの解釈、それも「あづさ弓まゆみつきゆみ年をへてわがせしがごとうるはしみせよ」の和歌解釈、そのなかの「うるはしみす」の解釈に費やしているということなのである。
そのしつこいくらいの考証は、しかし西鶴も井口先生と同様の『伊勢物語』解釈をしたのか、という当然の疑問をうむ。その一番の隘路を通り抜け、『懐硯』論に戻ってくる展開は、大技といおうか、手練といおうか、ちょっと真似のできない芸当であろう。
 かくして導かれるのは、『懐硯』が『伊勢物語』の「こよひこそにゐまくらすれ」の未遂を既遂に翻し、その時の女の心の機微に触れたという読みである。その読みが劇的にたち現れる手続きが、この論文のキモではないか。久しぶりに「読み」の面白さを堪能した論文。

 
 井口先生の周到かつ華麗な論の展開は、いつも私を唸らせた。その論の展開は、一言で言えば、独自であり、「井口読み」であって、外の誰にも真似できない、読みの創出ともいうべきものだ。読みにおいては何事もゆるがせにせず、研究会でも忌憚のない意見をいう先生ではあるが、実際にお会いすると、失礼ながら、なんとも愛嬌のある可愛らしさがある。その落差に魅力を感じた人も少なくあるまい。
 
 文学通信は、先生の『西鶴試論』(和泉書院)の装幀そのままに本書を作った。文学通信らしからぬ装幀だが、これも素晴らしい趣向だったと思う。
 
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2023年12月25日

和本図譜

 日本近世文学会が70周年記念に出版した『和本図譜ー江戸を究める』(文学通信、2023年10月)。近世文学の、ビジュアルから「面白さ」を存分に伝えることができる1冊になっている。企画構成にかなり時間をかけた跡が窺える。
 前回の50年記念誌は展示図録でもあって、予算もかなり使って、いろいろな逸品の図誌だった。今回は、外に開くということを意識し、若手が意欲的に取り組んだところが特徴だろう。
 図譜だから、俗文学の表層を見せるのが中心になる。江戸の印刷・製本のすばらしさ、それは江戸の職人の技術の高さを見せることにもつながる。「へー、こんな分厚い本があるのか」とか「すごい印刷技術」とか、「この仕掛け面白い」とか、読者は何度も楽しめる。
 そこから、専門的に深掘りするための案内というか、参考文献を、もう少し載せてもよかったかな、というのは個人の感想である。
 「研究のバックヤード」は、近世文学研究に、大きな足跡を残した長老・ベテランへのインタビュー。副題の「江戸を究める」は、この先生方の営為のことでもあるだろう。あえて若手→長老・ベテランのインタビュー形式にすることで、「研究の継承」というコンセプトを打ち出しているように見える。ただ、個別差があって、先生方の口吻が伝わってくるものと、受け止めた側(インタビューした人)の思いが伝わってくるものとがある。録音起こしという手を使わなかったのは、校正の時、先生方にお時間をとらせるからだろうが、対話をそのまま載せる方が、読物としては面白かっただろうな、とも思った。
 楽しい本なので、本屋で見かけたら是非お手にとっていただきたい。
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2023年12月17日

なにわ町人学者伝(シリーズ大阪本3)

 シリーズ大阪本第3弾は、谷沢永一編『なにわ町人学者伝』(潮出版社、1983年)である。
 大阪という町は、江戸時代からマルチタレントを輩出している。専門的な学者ではなく、遊芸的に学問を楽しむ町人たちが文化壇を作っていた(中村幸彦「宝暦明和の大阪騒壇」『中村幸彦著述集』6)。その伝統は昭和まで続く。
 この本は読売新聞本社が企画、谷沢永一が相談を受け、人選を肥田晧三に一任して、読売新聞の筒井之隆が取材調査し連載したものの単行本化である。取り上げられた人物は、富永仲基・入江昌喜・木村蒹葭堂・草間直方・山片蟠桃・橋本宗吉・間長涯・平瀬露香・南木芳太郎・佐古慶三である。
 各人について、まず谷沢永一がその学問の意義を、紙礫的文体で見開き2頁に記し、次いで参考文献付記としてその人物についての研究史を掲げ、それに筒井の評伝が続く。最後の佐古慶三だけはこの当時存命であり、長い聞書が特別に付されている。さらには連載時のコラムだった肥田晧三先生の「大阪の名著発掘」があり、この部分は大阪学の基礎文献解題でもある。お役立ち度が高い。
 すべての章が面白いが、白眉は最後を飾る佐古慶三である。佐古は「道頓堀を開削したと言われてきた安井道頓という人物は実在しない。開削したのは成安道頓だ」と明らかにしたが、これは安井の子孫が大阪府と大阪市を相手取って起こした「道頓堀訴訟」の際に佐古が意見書を提出したことで大きな話題となった。さすがに国史大辞典には開削者を「成安道頓」としているが、Wikipediaには相変わらず「安井道頓」となっていて、今でもそう思っている人は多いのではないか。
 船場の商人の子どもであった佐古は「政治と権力をカサに着る奴が大嫌い」であり、相手がどんなに偉い学者であっても敢然とかみついた。大阪高商を卒業し、東京高商専攻部(現一橋大)に進み、古文書研究をやるため京都帝国大学に入学した。佐古は京大教授の書いた経済史の本を「経済史と社会史を寄せ集め年代別に編んだに過ぎない」と弾劾した。いったん講師を務めていた大阪高商を辞したあと、大阪樟蔭女子大教授になるまで27年間空白があったのは、京大閥で押さえられていた関西各大学から門を閉ざされたからだというのだ。大阪高商をやめたのも校長と教育方針で一悶着起こしたからだった。
 さて、特別に付いている「《聞き書き》佐古慶三伝」は無類に面白いので、一、二紹介。
 国文学者西鶴注釈が批判されていて、たとえば「織留」に「毎日一文づつ貯金して、百日ごとに一割の利息を加えて、六十歳になったら銀六十貫になりぬ」という文章がある。計算すると十五貫にしかならない。それを六十貫にあわせようと国文学者はやっているが、西鶴は語呂合わせで書いているのにすぎない(これは昭和53年に歴史読本に書いたらしい)。
 佐古が見付けた史料で「多分付」という町年寄の選挙方法が面白い。投票用紙に「多分」と書けば、無効にも棄権にもならなくて、一番票数の多い人に付けたという。なかなかユニークな選挙法で、ハーバード大の教授が史料を見に来たという。
 佐古と雑誌『上方』を刊行し続けた南木芳太郎は、佐古とともに、一と六のつく日にたつ平野町の夜店で真っ先に和本を物色しに行った。この二人がよるのを待って、当時の和本屋の雄である鹿田松雲堂が「もうよろしいか」と言って抜きはじめる。なんとも壮絶な風景である。
 谷沢永一が信頼を置く肥田晧三先生も、典型的な「なにわ町人学者」だろう。先生とは少しだけだが、謦咳に接することができたのは幸運だった。府立中之島図書館で嘱託として働いていたところを、谷沢永一が関大に招へいし、やがて教授になった話は有名である。肥田先生の本が読みたくなってきた。
 
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2023年12月13日

江戸川乱歩とリチャード・レイン

 非常に興味深い目録がある。丹羽みさとさん編の「江戸川乱歩「和本カード」目録」(「大衆文化」29号、2023年9月)である。古典籍を中心とした自筆の蔵書書誌カード集。である。丹羽さんは、真山青果プロジェクトでお世話になった方。また私が「奇談」書研究の一環で立教大学図書館の乱歩文庫の閲覧を申し入れた際にも、大変お世話になった。その時のことがあって、お送りくださったのであろう。
 乱歩が手に入れた時期や入手経路、価格なども記されている。江戸川乱歩の旧蔵書の大半は立教大学に収められているが、「和本カード」は立教に入る時点で散佚していた資料のデータも含まれている。カード総数は1184枚で、西鶴、仮名草子以前、仮名草子、浮世草子、八文字屋、読本滑稽本洒落本噺本赤本黒本黄表紙、怪談、地誌、絵本絵巻物、和印、雑誌、唐本、詩歌俳、非小説、裁判物、小噺、評判記、手妻謎、合巻と分類されている。「怪談」「和印」「裁判物」などの分類が乱歩らしい。
 合巻も328点あり、合巻コレクションとしては、有数なものだったはずである。ただ、これh現在乱歩文庫にはないようだ。
 そして私が最も注目したのは、リチャード・レインとの書物交流である。レインの旧蔵書は現在ほとんどがホノルル美術館に収められていて、私もその目録作成チームの一員として何度も訪れている。
 乱歩の旧蔵書の中には、レインから寄贈されたり、レインと交換したりしたものが少なからずある。その一覧をここでメモしておこう。ここはブログに過ぎないので、きちんと何度も見直しているわけではない。遺漏があればお許しいただきたい。リスト番号、書名、レインとの関係の順で抜き出していく。

西鶴3 花鳥風月・好色堪忍記。好色堪忍記2−4三冊はレイン、パリにて求めたるもの、日本になし。この三冊を吉原伊セ物語と竹斎下と交換せり。
西鶴11 西鶴跡追(当流たか身の上) 31/1レイン交換。
仮名前4 秋の夜の長物語 32/12 リチャード・レイン交換本
仮名前 大仏物語 31/3 レイン交換本
仮名12 杉楊子 31/3、レイン交換本
浮世11 金玉ねちふくさ 31/3、レイン交換本
浮世19 五ヶ乃津余情男 28/1/10 四巻レーン君より寄贈
浮世33 新武道伝来記〔端本〕 題簽殆ど摩損。後日レインより六巻入手。
浮世37 千尋日本織 レイン交換本、五巻31、3月 追加寄贈さる。
浮世40 31/3 長者機嫌袋
浮世46 男色子鑑 31/2 レイン君取換本。
朝倉12 好色はつゆめ 28/1/10(朝倉とは朝倉『日本小説年表』にないもの=飯倉注)
朝倉24 諸国勇力染 31/3レイン交換本
朝倉28 世間孝子形気 31/3レイン交換本  
朝倉48 和国小性形気 32/12 リチャード・レインより巻一入手、揃本となる
読滑酒等23 男色狐敵討 31/3 レインと交換
地誌9 江戸雀 レインに課す。31,3,8代り本入手せばそれと交換の約
絵本7 絵本隅田川両岸一覧 32/12 リチャード・レイン交換本
絵本35 東都勝景一覧 32/12、リチャード・レイン交換本

昭和31年、32年あたりには定期的に蔵書情報を共有して、交換したりしていたことが如実にわかる。面白い。何と交換したのかは好色堪忍記しかわからないが・・・。

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2023年12月02日

武士の町 大坂(シリーズ大阪本2)

 藪田貫『武士の町 大坂』。初出は2010年10月の中公新書。その後、講談社学術文庫。〈町人の町〉というイメージが強固な江戸時代の大坂だが、藪田氏に言わせると、そんなことはない、大坂だって「武士の町」と言えるのだという。
私が関心のある大坂の武士といえば、上田秋成の国学の師、加藤宇万伎。幕臣で大番与力。大阪城や二条城に勤番した人物である。そしてこの本にも出てくる増山雪斎。伊勢長島藩藩主で大坂城加番。木村蒹葭堂と仲が良く、書画の技倆がすごい大名。そして、約1年ではあるが大坂銅座詰であった蜀山人大田南畝。
秋成を中心に上方文壇の人的交流が私の研究テーマのひとつであるが、宇万伎や雪斎や南畝という人物を考える時には、「武士の町 大坂」という視点は絶対に必要である。改めて、この本の有益さを実感したので、自身のメモとして書き留めておく。
 つかみは、司馬遼太郎の「大坂の武士は二百人」への反証。武鑑をはじめとする武士名鑑を用いて計算すれば、低めに見積もっても八千人は確実という。司馬遼太郎だけではなく著名な歴史研究者の「千人から千五百人」という説も斬ったことになる。
 それでも武士の割合は2%くらい。数から言えば圧倒的に「町人の町」であることは動かない。だが藪田氏は量だけではなく質を考えるべきだという。
 大坂の武士の情報である『大坂袖鑑』さらに両面一枚刷の画期的な『浪華御役録』。これらが大坂の町人にどれだけ貴重な情報を提供していたか、よく引用される「お奉行の名さへ覚えず年くれぬ」は、実は町人の実態を示した川柳ではなく、「自らを俗事にかかわらぬ市隠に擬した」(飯田正一)の解が正しいという。実際は、この武士情報は実に重宝されていた。摂津河内和泉播磨まで枠を拡げた『大坂便用録』というものもあり、それぞれ利用目的の違う3種の武鑑を、武士相手に取引をする町人は必要に応じて使っていたらしいのである。とくに人事情報を得るために。本書の大きなヤマは、この武鑑の詳細な分析である。
 西町奉行新見正路の日記と西町奉行所図から彼らの生活が浮き彫りにされる。注目すべきは、懐徳堂預の中井七郎(碩果)を招いて夜講をした。月三回『貞観政要』や『論語』の講義が行われたということだ。懐徳堂といえば「町人が作った学校」というイメージだが、すぐに官許化されるわけだし、中井竹山は家康の一代記である『逸史』を著して幕府に献上しているから、幕府との関係をもっと追究すべきなのだろう。ちなみに新見は和歌では冷泉家に入門しているというのも面白い。和歌研究者には大坂武士の冷泉派って盲点ではないか(すでに押さえておられたらゴメンナサイ)。また懐徳堂最後の教授並河寒泉も代官竹垣直道に招かれて講義をしている。寒泉の日記によれば、九人の幕臣に出張講義をしているらしい。
 加番の増山雪斎が蒹葭堂を何度も訪れていることにも触れている。蒹葭堂もまた増山を何度も訪問している。こうしてみると大坂の幕臣は文事が大好きなわけで、大坂といえば町人文化圏ばかりを追っかけてきた感なしとしない文壇研究もよく考えないといけないですね(自身へ言い聞かせています)。
ところで大坂の祭りを描いた絵図に侍が描かれておらず、それが「大坂に侍は少ない」のイメージを増幅していたのだが、それは城内の武士は「札留」され禁足令が出ていたからだという謎解きも鮮やかである。
 他にも面白い話が満載なのだが、これくらいにしておいて、最後に中村幸彦の「天下の町人考」を挙げ、「天下の町人」を「大阪だけが封建支配の真空地帯」と解した宮本又次に対して、中村はこれを「幕府直轄地の町人」と解し、大阪町人はそれを誇ったと解していた。中村の説に信頼をおくなら、大阪=町人の都という言説は、近代に入って造られたのではないかと締めている。
 この件に関して、私は思いつきではあるが、それを補う一案を持っている。大坂のイメージを造った本のひとつとして『摂津名所図会』があると思うが、『摂津名所図会』には幕府=武士の面影が除去されているように思う。大阪城も掲載されていないし、含翠堂は掲載されているのに懐徳堂はない。官許化されているからではないか。まあ名所図会は全体として朝廷中心につくられてはるのだが、こと『摂津名所図会』それも大坂之部について言えば、その挿絵を通覧すると「町人の都」とだなあと誰もがイメージを刷り込まれるのではないだろうか?
 このことも考えてはみたいのだが、その前にやることがたくさんあるので、できるかどうかは怪しい。
 
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2023年11月10日

源氏物語を読むための25章

 来年の大河ドラマに合わせて、出版界は源氏ブームである。ただでさえ古典研究界隈は、源氏のひとり勝ちという状況であるので、もはや古典研究の半分は源氏研究なのでは?と妄想してしまうくらいの状況。いやいや、うらやんでいないで、私たちも頑張りましょう。
 もちろん、江戸文学研究も『源氏物語』を無視してできるはずがない。つい最近、私も怪異語りの論文を源氏で締めたくらいで。だから『源氏物語』研究動向にも、無関心ではいられない。とはいえ、學燈社の『國文学』や至文堂の『国文学解釈と鑑賞』が廃刊されて久しい今、源氏物語の研究動向を、わかりやすく編んだ本に出会う機会が少なくなった。
 そんな時に出た河添房江・松本大編の『源氏物語を読むための25章』(武蔵野書院)。その渇を癒やすのにピッタリの本である。河添さんも「はじめに」で、そのことに触れている。
 私なりに見たところ、本書は源氏物語「研究」入門書であり、研究最前線の紹介書である。私にとってはとてもありがたい本である。源氏物語研究にはさまざまな切り口がある。その切り口を、それぞれに実績のある論者が具体的に特定の巻に即して解説してゆく。特定の巻に即してというところに本書の特徴があり、各論は源氏物語の巻順にしたがって配列されているのである。これはなかなか思いつかない構成である。
 まず各論の切り口(研究テーマ)を通覧すると、私が学生のころにはなかったものがいくつもある。たとえば書誌学・唐物・ジェンダーなど。一方で、成立論・作中人物論・主題論などは立項されていない。源氏物語の「原本」や成立過程を復元するよりも、遺された「本文」そのものへ関心が移っているということであろう。
 書誌学的アプローチの佐々木孝浩さんの「書物が教えてくれること」は、これまで本そのものを見てこなかった源氏の本文研究を批判、池田亀鑑の呪縛に研究者たちがいかにとらわれていたかを厳しく問うている。河添房江さんの「唐物から国風文化論へ」は、源氏物語の中の唐物の働きについて梅枝巻を例に、鮮やかに解読。「唐物派の女君」と「非唐物派の女君」との対比など魅力的な視点を提起するばかりか、「国風文化」の実像の再検討へと論を進める。もうひとりの編者松本大さんは、『河海抄』が、両論併記して、読者の好みに任せるという注釈態度をとっていることを指摘する。「よオーこそ、注釈の世界へ」というのは、注釈書の世界へということだったのね。と、とりあえず目についたものについてコメントした。
 付録の、参考文献・データベース・サイト一覧は有益。でも源氏物語となると、とくにサイトについてはかなりの頻度で更新が必要なので、版元のホームページと連携して、ここの部分だけは最新版が見られるようにしたら、読者はもっと嬉しいだろう。
 
 
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2023年11月06日

大阪ことば学(シリーズ大阪本1)

 何年大阪に住んでも、九州から来た私には大阪はアウェーである。すっかり大阪人になっているように見える九州人も知ってはいるが、私はいつまでも、どうみても大阪人っぽく見えないに違いない。
 実際、「大阪」を冠する大学(もう退職したけど)で「江戸時代の文学」とくに大坂出身の上田秋成なんぞを研究しているのだから、「大阪のスペシャリスト」と世間が誤解するのも仕方ないのだが、やっぱり40過ぎて住み始めたのでは、大阪人になるのは無理である。
 とはいえ、ちょっと私なりに思うところがあって、少しずつ大阪に関わる本を(今さらながら)読むことにした。メモがわりにブログに書き散らして行くが、お許しを。とりあえず月に一冊か二冊をメドにしたいと思う。それでトップバッターがこの本、尾上圭介『大阪ことば学』。1999年に単行本が刊行され、2004年に講談社文庫に、さらには岩波現代文庫に収められている。私が持っているのは、ブックオフでずいぶん前に100円で買った講談社文庫。
 いや、これは名著である。大阪生まれの日本語学者が書いた痛快な大阪ことば論だが、もはや大阪人論であり、大阪文化論である。そして、この本を読むと、大阪人のあまりに高度な言語文化に心底感心し、大阪人を尊敬したくなるのである。
 ここでは、例を二つだけあげておこう。まずは、九州人には絶対にできない、絶妙な応答をするお店の人の話。

「黒のカーフの札入れで、マチがなくて、カードが二枚ほどはいってキラキラした金具がなんもついてないやつで、ごく薄くてやわらかあい、手ざわりのええのん、無いやろか」
「惜しいなあ、きのうまであってん」

 いやもうさすがとしかいいようのない応接の流儀である。「あってん」。これ以外に表現しようのない言葉である。これを拾ってくる著者もすごいが、もしかすると、作り話なのかもしれない。だとすれば、もっとすごいかも。

 もうひとつの例は、近鉄あべの駅の切符の自動販売機で、一人の女子学生が三百円を投入して二百何十円かのボタンを押したところ、切符とともに釣り銭が三百数十円出てきた。彼女が首をかしげて立ちすくんでいたところ、すかさず隣りの券売機にならんでいた中年のおじさんが一歩近づいて、ひとこと
 「まあ、姉ちゃん、安う乗んなはれ」

 これにも唸った。この洗練された声のかけ方。この女子学生がどうしたかは書いていないけど、素晴らしい距離感ではないか。

 と、この二つの例を挙げただけで、この本の素晴らしさは言い切ったと私は思う(どこが)。こういう事例を引くこと自体が、この本のすごさなのである。大阪出身の日本語学者は面白いなあ。文化功労者の金水敏さんにも、この言葉感覚が間違いなくあって、いつも感心させられているのだが。

 ところで、シリーズ大阪本などと大上段に出たが、私が三日坊主ということは、このブログの読者はよくご存じであろう。どうなることやら。
 
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2023年10月30日

学会記(東北学院大学)

東北での学会は、30年くらい前の秋田以来、仙台となると私の記憶にはないので、40年以上前だろう。会場は東北学院大学。仙台駅からひと駅、5分歩いて到着というロケーションの良さだ。
飛行機でいくつもりが、ドジをして新幹線往復となった。しかし、そんなに遠い感じはしない。
恒例の学会記。今回はハイフレックスでの開催。もっとも参加者名簿がないため、どういう方が参加しているのかはわからない。会場には70から80名くらいだったろうか。
発表者は6名、それに講演と、並列して行うワークショップ3件。これが初日である。伊達騒動と文学を扱った講演は面白かった。
今回の目玉は若手の企画したワークショップ。「文学史」「教育」「デジタル化・国際化・学際化」がテーマ。私は、3番目のに参加。30名弱の参加だっただろうか。どういう形になるのか、とくに事前にアナウンスがなかったのだが、参加者全員がまず一言ずつ自己紹介とこのテーマに関わる所見を述べ、あとは雑談的な展開であった。デジタル化・国際化・学際化はつながっているので、議論は案外スムースに進んだ。留学生が何人か参加していて、彼らの率直な感想をきけたのがよかった。
デジタル文学地図の授業に参加していたハイデルベルク大学の学生さんが発表。発表後、たくさんの人からアドバイスをもらっていた。和歌題詩に関わる発表と、『玉箒子』という怪談系読物についての発表(ともに若い方)で、拙論が引かれたり、名前が出てたりした。前者の発表は特に私の研究と非常に重なるものだったので、質問。和歌と漢詩の交錯はつまり、歌人と詩人の交流が基になっている、もしかすると画人も絡んでいるというのが私の想像なのだが、それを窺ってみた次第。「性霊派の詩」とは何か?という議論も出たり、活発な質疑応答だった。
土曜日の懇親会。私より年上の方はもはや数えるほどしかおらず、世代交代を痛感した学会ではあった。とはいえ、若い人たちともいろいろ話せたので満足である。70周年記念誌の『和本図譜』もまた、若手の編集だが見本が出来ていた。じっくり見るのが楽しみである。と、年よりっぽくあまり面白くない総括で申し訳ないですのう。
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2023年10月20日

古俳諧研究

 すでに、いくつかのレビューもあるが、河村瑛子さんの『古俳諧研究』(和泉書院、2023年5月)について。私は俳書については、とくに近世前期の俳書については、さっぱりなのだが、この本のことは、私なりに所感を記しておきたいと思っていて、しかしあまりにその内容が充実しているので、なかなか書き出せないでいた。
 しかし、このごろ芭蕉以後といえる享保の俳壇についての研究を少し読み返す機会があり、あらためて芭蕉以前のことに思いを致すことにもなり、本書に少し向き合う時間が降りてきた。
 河村さんは名古屋大学の塩村耕さんの教え子であるが、京都大学で教鞭をとっておられる。河村さんの論文のスタイルのひとつに、俳諧で使われる「ことば」にこだわり、徹底的な用例の検討から、そのことばの一般的なイメージを覆すというものがあって、これは言うまでもないことながら、京都大学の国文学の学風である。京大は、学風にふさわしい研究者をよく外から迎え入れたなと思う。すばらしい英断であったと思う。
 河村さんは『俳諧類船集』を、ツールとしてではなく、正面から研究対象にすえて、古俳諧のことばの世界に切り込んでゆく。そこが新しかったのだと傍目の私には映っている。「ものいふ」「おらんだ」「やさし」を分析した諸論はいずれも、実証と論がバランス良い卓論とお見受けする。芭蕉は、その古俳諧から入ってそれを革新したは俳人だが、第二部での河村流は、古俳諧のことば分析から芭蕉句を照らし出す。
 そして第三部では、具体的な俳書に即した研究を、第四部では、積年の手控えを元に、現在望みうる最高レベルの古俳書年表を提供する。この第四部は圧巻で、今後の古俳諧研究の基本資料となること、疑いない。この年表、書誌的事項に留まらず、かなり突っ込んだ内容解説を備えており、個人の調査としては、大変な労力をかけている。願わくば、実見したものについては、寸法を記していただくとさらに有益だったかと思う。もちろん、実見していないものもあるので、不統一になってしまい。賛否両論あると思うが、「巻子」や「横本」などは特にそれがあればイメージできるので。
 とはいえ、このボリュームは本当に圧倒的で、それを惜しげもなく公開されることに頭の下がる思いである。
 ところで「古俳諧」の定義はいろいろあるようだが、河村さんは大方の使用法にならって、「貞門・談林の俳諧をいう」と冒頭で定義する。考えてみると、我々近世文学研究を学んでいる者にとって、古〇〇、といって思い浮かぶのは、「古浄瑠璃」、そして「古活字」といった言葉である。「古活字」はジャンルを指していないので、そうなると古浄瑠璃と古俳諧がジャンル用語となる。前者は近松の曾根崎心中以前であり、後者は芭蕉あるいは蕉風または蕉門以前ということになるのだろうか?しかし、考えてみると、「古」というのは、あくまで相対的な見方であり、言いかえれば恣意的であるとも言える。俳諧の中で古い方、浄瑠璃の中で古い方ということだ。これは「古」という言い方ではないが、『好色一代男』以前を仮名草子と呼ぶのにも通じている。要するに、近世前期の三人の天才、芭蕉・西鶴・近松を文学史の転換点と位置づけているということになる。別にそこに異論があるわけではない(というより私にはわからないのだが)が、前期読本(初期読本)とか、前期戯作とかいう呼び方とは違うわけで(もっとも俳諧の場合は初期俳諧という言い方はある)、そこはもうすこし、詰めてみる必要もあるのではないかという気がする。
 とまれ、本書の俳諧研究史上の意義はとてつもなく大きいに違いない。拍手である。
 
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暇と退屈という問いを問う

 というわけで、めずらしく、哲学の本2冊を取り上げる。ちょっと読後メモを書きたいので。1冊は9月に出た入不二基義さんの『問いを問う』(ちくま新書)、もう1冊はロングセラーと言ってよい國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)である。
 まず、『問いを問う』に関しては、X(twitter)にくり返しポストしたが、その際は、読みながらエキサイトする気分そのままを書き付けた体(てい)であった。入不二さんは、山口大学時代の同僚であり、それ以来の友人である。彼の哲学は、数学を時に用い、(本質的な意味で)文学的な表現を駆使しながら、いやというほど徹底的に考え抜くスタイルである。本書は大学の教室での哲学入門講義を基にしていて、「どのようにして私たちは何かを知るのか」に始まる4つの問いについて徹底的に深められる認識論・存在論である。本書は入不二さんの著書がいつもそうであるように要約するのが難しい(要約は可能だが、要約すると何かが抜けてしまう感じがある)。哲学というのはなべてそういうものではあろうが、おそらく、彼の思考の過程そのものが読みの愉悦をもたらすのであり、もっと重要なのは読者(である私)が、それに巻き込まれるのである。その巻き込まれる度合いがとても深かったのが今回の『問いを問う』である。なにせ、「問い」そのものを問うのであるから、その問題意識(?)は、きわめて汎用的である。たとえば私は、いま怪異認識のことを考えているが、その問題を考える際にも、この本は実にヒントに満ちているのである。いつの間にか自分の問いを問うているのである。
 『問いを問う』を読んだ後、たまたま目に入った『暇と退屈の倫理学』を読み始めた。これはまた、全く入不二さんの本とは対照的に、読みやすく、解りやすい(気にさせる)本である。スゴいスピードで読めてしまうのである。こちらは倫理学だから、「人は如何に生きるべきか」を考えるための思考となる。この本は、「暇と退屈」を感じるのが、今の(というのは超大昔のヒトはそうではないということだか)人間のあり方の本質とみて、それを考察した過去の哲学者(ルソーからハイデガーまで)の考え方を巧みに、かつ批判的に紹介しつつ、「なるほどなるほど」と頷いている間に読み終わってしまうという本だ。片付けられないタイプの私にとっては、人間が「定住」を知る前は、どんどん移動するのだから、片付ける必要がなかったというくだりが一番受けた。「受けた」と今言ったが、この本は、「受ける」ことを狙った、巧みな叙述の哲学である。読者は著者の叙述芸を楽しんでいる。楽しみながら、多くの哲学者の考え方を知ることができる。ただ、私は暇と退屈には悩まされていないせいか、倫理学として本書を読んだという気はしなかった。暇と退屈という問いを問う切実さが、私にはなかったからである。この本も講義を元にしているらしいが、その講義はとてつもなく面白いだろう。
 
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2023年10月14日

読本研究の現在

『国語と国文学』2023年11月号は、「読本研究の現在」を特集。10本の論考を載せる。発行が明治書院から筑摩書房に移っている。
私も「怪異語り序説ー前期読本への一視点ー」を書いた。前期読本を扱ったものが少なかったこともあって、巻頭になってしまったが、タイトルからわかるように、アイデアレベルの話である。一応「近世怪異文学史」「近世怪談文学史」を構想するとしたら、という前提でのアイデアなのだが、そこには当然「読本」が関わってくるという話。「怪談」という語は、実は近世以前の文献にも漢語にも見出し難い。これは「奇談」も同じ。どちらも談話性に着目すべきであり、史的展望をする場合は、怪異の語られ方の歴史を構想すべきであろう。
 他の9本もすべて注目すべき論考で、「読本研究の現在」を示すのにふさわしい。ベテラン5人、中堅5人という執筆者構成だが、ほとんどの著者が具体的なトピックを扱いながら、大きな問題に及ぶ点で共通している。
 私自身のアンテナにひっかかってきたのは、天野聡一「読本序文における羅貫中・紫式部応報譚」。私も気になっていた問題だった。神戸大学での序文をめぐるシンポジウムでご一緒した時の発表でもあり、興味深く読んだ。山本卓・菊池庸介両氏は、奇しくも速水春暁斎の絵本読本と種本としての実録の関係を論じる。同じく絵本読本を論じる板坂則子氏は江戸と上方で同時期に刊行された妖狐譚とその後の影響を論じて、上方読本を図像重視の立場から再評価しようとする、大きなパースペクティヴを持つ論である。神田正行・三宅宏幸氏の馬琴作品論は中堅の競作と見立てられる。木越俊介氏は氏のテーマのひとつ写本小説の紹介。そして馬琴の『近世物之本江戸作者部類』を精読しつつジャンルとしての読本を掘り下げたのが佐藤悟氏、スタンフォード大学に所蔵される江戸読本の挿絵抄録本から、絵入本の「国際化」に筆を及ぼす高木元氏。ベテランの味である。
 前期読本論が少なかったのは残念だが、やはり近世小説史研究の王道たることを再認識させられる各論考だった。高木氏ではないが、「読本の国際化」はもちろんのこと、「読本研究の国際化」、あるいは「日本文学研究国際化のなかの読本研究」というのが今後の課題となってゆくのかなと思う。
 
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2023年10月03日

古活字版の校正

 現代なら、校正は電子データの上で簡単にできるのだが、江戸時代のように板木に文字を彫って印刷する「整版」の場合、間違った文字を削り取ってその跡に正しい文字を彫った板を埋め込むという作業になるので、大変である。しかし、まだ板木が存在するから、手間はかかるものの手作業での校正は可能である。だが、古活字版はそうはいかない。なにせ一丁ごとに活字を組んで、印刷が終われば、その活字をばらしてしまうのである。印刷したあと気づいたら「後の祭り」諦めるしかない・・・・と思いますよね?
 しかし、古活字版でも校正の跡がちゃんと追跡できるのである。古活字版悉皆調査をしている高木浩明さんなら、そういう事例をいくつも見付けることができる。『日本古書通信』2023年9月号に載る、「古活字探偵事件帖」の第9回は、「古活字版の校正」である。
 『平家物語』古活字版(下村版)では、巻首の章段名を落としてしまったため、巻首の一丁だけ、活字を組み替えた訂正版が作成されたという。稀な例だが、古活字探偵だから、その事例を発見できるのだ。章段名を入れると1行分ちぢめないといけないが、仮名を漢字に改めるなどの字数調整をするのだそうだ。
 しかし、通常は胡粉を塗って上から活字を捺印するか、墨書して訂正するか、誤植箇所を切り抜いて裏から活字紙片を貼り付けるか、いやはや、1部だけではなく、印刷した本全部にやるのだから、大変である。とはいえ、私も印刷されて手元に届いた論文の誤植に気づいて、抜き刷りのひとつひとつに赤ペンで訂正を入れるという経験が若い頃はある。今は横着になって、「誤植があるようですけど、すみません」などと投げやりな謝罪を付言すればまだよういほうで、見て見ぬ振りをしてしまったりするのである。
 さて、下村本というのは、古活字本の中でもずばぬけて伝本の多い本らしいのだが、訂正箇所が千箇所を超えるらしいが、それを数える高木さんもスゴい。誤植の訂正ではなく、他本を見て「校訂」したと思われる例も示している。他本の有力な候補が延慶本で、それは角倉素庵の工房で・・・、と探偵の推理は続くのである。
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2023年09月09日

京都古典文学めぐり

 荒木浩さん著『京都古典文学めぐり 都人の四季と暮らし』(岩波書店、2023年6月)。
これも、ご紹介がものすごく遅れてしまったが、もともと京都新聞に連載された研究エッセイを元に、三十二のトピックについて、原文を引きつつ、訳しつつ、それをただ解説するだけではなく、別のテキストとの関係や、当代の人の考え方・感じ方や、政治の中に置いたとき文学の意味や、表現の機微について、自在に語り尽くした快著である。
 ハンディな造本だし、一般読者向けに書かれているとはいえ、しっかり研究史を踏まえ、該博な知識と、連想力で、他の追随を許さない魅力的な古典エッセイになっている。
 荒木さんの本来の専門は、今昔物語集や宇治拾遺物語をはじめとする中世説話といっていいのか、多分そうなのだろうが、源氏物語や徒然草についても単著を持ち、どれも深く、広く、大胆かつ細心な議論を展開するもので、そこに感じるのは、本物の「筆力」である。多筆の人は、時々いるが、荒木さんのような、間口の広さと質の高さと視点の独自さを併せ持つ筆力の持ち主にはそうそうお目にかからない。
 おまけに、職場が国際日本文化研究センターだけあって、海外の研究者人脈も、古典文学研究者として指折りであり、その交流の豊かさが、やはり文章の広がりとなって現れているように思うのである。
 それにしても、本書は中古・中世の古典が中心となっているが、「夢」の話が多いなという印象を受けた。「夢」はかつて荒木さんが取り組んでいた共同研究のテーマなのだが、京都という、中心の場を舞台にしているからこそ、「夢」の登場がおおくなるとすれば、これは面白い。
 また、古典文学は、一面では京都(という地方)文学である。とくに中世以前はほぼ京都で書かれたものが文学史を構成しているのだから仕方ない。秋成は、京都は人柄も文化も貧しいけれど、自然はいいという意味のことを述べているが、私たちの四季意識というのは、やはり京都のそれを反映しているのだろう。都であることと、自然が豊かであることは全く相反しないのが、中世以前の古典の世界である。
 しかし、江戸時代になると、京都の文学というのはちょっと論じにくくなるように思う。一方に新興の「江戸」文学がある。本書には、江戸時代の作品はほとんど出てこないが、もし続篇があるのなら、荒木さんに是非論じてほしいと願っている。
 
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