2025年06月05日

日本文学史を編み直す〈中世編〉

 『季刊iichiko』166号(2025年4月)は「日本文学を編みなおす〈中世編〉」を特集し、鈴木貞美・兵藤裕己・荒木浩3氏が議論を交わす大型鼎談を巻頭に配している。この化物先生たちの、融通無碍・自由闊達な放談は、面白すぎで、読むのがもどかしいくらいで、先へ先へと読み進めていったのだが、あまりに内容が詰まっていて、かつ話題が広すぎて、よく理解できていないことに気づき、もう一度、少し頭を落ち着かせながら、はじめから読みなおした。
 この特集は、総論篇・古代篇の続きである。メンバーは鈴木氏をのぞいて入れ替わる。今回は、荒木浩さんの報告をもとに、討論する形。とはいえ、話題は古代から近代まで、そして言語学から哲学・歴史学・民俗学まで拡がり、そして諸外国の研究にも目配りし、自在に展開・転換して目がまわるくらいだ。私など、ほとんどの内容が、教えられることばかりなのだが、驚くべきことに、この鼎談に集まった人たちは、どんなトピックでも、どんな本の話、どんな研究者の話でも、ちゃんとついていくばかりか、時に異論を投げかける。談論風発とはこのことだろう。私のような凡庸な読者は、脳をフル回転させねば(させても)ついて行けないのだ。
 なにしろ、小さなポイントで70頁におよぶ長丁場。どこかで休憩をはさんでいるのか、2日にわたっているのか、また後日の補筆が半端ないのかはわからないが、国文系の雑誌なら、こんな長い鼎談はありえない。その中に、あまりにも多く詰め込まれた、独自の視点・定説への疑問・新たな展望・・・。それにしても「日本文学史を編みなおす」シリーズを統括して、全シリーズに参加しているらしい鈴木貞美氏の博引旁証には恐れ入谷の鬼子母神。正直言って、議論は、あっちこっちに飛ぶし、繰り返しもあるのだが、それだけ臨場感にあふれ、むしろそれが刺激的である。
 いくつか個人的に面白かった点について個別に発言・トピックを挙げる。発言は勝手にこちらでまとめます。箇条書き的に挙げておき、誤読をおそれて、感想は最低限。敬称略します。

〇時代区分にからめて、「説話文学」というジャンル概念はそもそも成り立つのか。(兵藤)
〇いま日本文学研究で一番活気があるのは、近世文学研究(兵藤)→え、そう見えますか?
〇近代は国民国家形成と定義される。近代化=西洋化ではない。明治維新は一面復古革命(鈴木)
〇古代は、首長が祭祀を束ねて国家をまとめていた時代(鈴木)
〇中世の始まりは長明、終わりは信長。長明の定命観は人間六十年、信長は人間五十年。(荒木)
〇心敬が『方丈記』に関心を持ったのは、世の災厄は複合だという視点。方丈記がなかったら平家物語は違う時代観で書かれたか(荒木)
〇壇の浦は異国へ続く場所(荒木)

荒木さんの特に最近の研究は、その著書のタイトルの一部に「対外観」「地球儀」と入っていることからわかるように、日本の外への着目が特徴で、そこに日本文学史の組み替えのヒントを見ているのだと思う。長明は草庵にいながらにして、インドへの視界があったと。

〇源氏物語が内在的に持っている影響力(荒木)
〇中世に、紫式部という作者が実体化、『源氏』は「作者の死」の反対で「作者の誕生」(荒木)
〇一条兼良によって、源氏物語の時間が発見される。年立。これはパラダイムチェンジ。(荒木)
〇心が明鏡であれば、いろいろなものが映るはず、つまり雑念があればあるほど悟りである。これが『徒然草』の「心にうつりゆくよしなしごと」を書くという散文の論理。(荒木)

〇ラテン語言語圏では世俗語革命が起こったが、漢文文化圏では、それぞれの地域での文体様式が進行。日本は、漢文書き下し・和文・和漢混交文、口語文という4つの文体が、江戸時代には走っていた。(鈴木)→これを鈴木氏は何度も強調。
〇歌物語には縁語は用いない(鈴木)
〇無常は未来観であり、一日で都が焼ける日本と、古代建築の基礎が残るイタリアでは無常の捉え方がまったく違う。(荒木)
〇後鳥羽院には安徳の怨霊を怖れる十分な理由があった(兵藤)
〇網野善彦の『異形の王権』はダメ。それへの批判として『後醍醐天皇』を書いた。宋学の影響を考えるべき(兵藤)
〇今昔物語に「仏法」と「世俗」の二つの世界があるのは法相宗の教学によることを原田信之氏が説いている(鈴木)

どうも、キリがない。どなたの発言ということができないが、
〇近代国家の成立と言語・文体の問題。
〇『河海抄』の画期性と室町幕府。
〇日本近代文学における文体の問題。
〇言語のプライバシーの問題。ここで、アンダーソンの『想像の共同体』が邦訳された際に、原文では『ハイドリオフィア』という本が、なんと『平家物語』に置き換わっていたということを荒木さんが紹介。
〇私小説・心境小説という呼称。
〇自由間接話法。最初に使ったのは清水好子さん(兵藤)

以上、ほんの一部です。日本文学史の編みなおしにとって、文体・海外・ジャンル・区分といったあたりについて、さまざまな意見が出されていた。多分メンバーが代われば、それはそれでまた違った展開になったのであろう。雑然としたメモに終始したが、私の能力ではまとめられない。そして、この鼎談では、特に鈴木氏の発言のところに、ときたまジャンプがあって、私の頭ではついていけないんだが、そこが逆にすごいなあと思わせる、あれは何なのだろう。







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2025年05月16日

大阪ことばの謎

金水敏さんの『大阪ことばの謎』(SB新書、2025年5月)が刊行されました。ほぼ一気に読めました。
大阪言葉とか大阪人気質、大阪人キャラに、私はこのところ興味を持っています。これは、私が研究している大阪生まれの秋成が、その晩年、京都に住んでいながら、自らを「浪花人」と称していることが多く、彼が大阪人としてのプライドやアイデンティティーの根拠をもって、京都で暮らしていたということに注目しているからです(拙稿「浪花人秋成」『雅俗』21号、2022年)。この本は、ことばのみならず、まさに大阪人気質やステレオタイプにも言及されているので、興味津々でした。
 そもそも、学士院会員でもいらっしゃる雲の上の学者の金水さん(と気安く呼んですんまへん)ですが、全くの同世代で、勿体なくも大阪大学退職も同時でして、その後もあたたかく接していただいております。これまでも、授業のヒントをいただいたり、とても助けていただいているのですが、私が、『上田秋成ー絆としての文芸』(大阪大学出版会、2012年)を書いている時に、秋成とその妻の会話を現代語訳する際に、大阪弁風にしたところがあり、大丈夫かどうか見ていただいたことがあるのです。とても助かりました。
 私は九州生まれとして、大阪人や大阪弁に接して25年目となり、エセ大阪弁くらいはなんとかしゃべれるかなという感じになってきましたが、それは実はテレビから得たところが大きいのです。というのも、大阪大学の中では、大阪弁が飛び交っているわけではなく、大阪人ばかりのコミュニティとかにも参加したことはなく、せいぜい買い物で対面販売の時とか、食堂で飯食ってるときの店員さんとかで耳にするくらいだからです。自分は「本当の大阪弁は知らない」と思い続けてきたのです。
 ところが、この本を読んでちょっと驚いたのは、「「ほんもの」の大阪弁というものは存在しない」と断言されているところです(101頁)。私も漠然と、「船場ことばこそ、真の大阪弁だ」と思っていた一人でした(根拠なし)が、大阪弁・関西弁については、「絶えず変容していくエネルギーこそがその活力の源である」ということなのです。大阪弁の歴史を扱った第4章は、私にとってとても面白かったです。
 第五章では、大阪人のステレオタイプ、関西弁キャラについて考察されており、役割語研究と関わりの深い章となっています。そこでは、冗談好き、けち、くいしんぼう、派手、好色、ど根性、やくざ等が上げられているのですが、〈一方で、近世の世話物浄瑠璃に出てくるのは柔弱なダメンズだよな〉と思っていたら、そのことにも触れられていました。侠的なキャラクターとして『夏祭浪花鑑』があげられていて、それはやくざキャラの先取りと見えるということです。秋成も、侠のキャラを自分の育った堂島の気質ととらえていて、そのモデルとして黒船忠右衛門を例示していますが、この人も先取りといえるのかもしれません。
 また方言を一種のコスプレとして使うという、「方言コスプレ」の話は面白いですね。私自身、無意識にそれやってますわ。なんやろな、そっちの方が話しやすいいうことがありますねん。
 あと213頁に「よういわんわ」の「よう」が「よく」の音便という説明がありますが、この「よういわん」は「えいはぬ」(言うことができない)という古語が変化したものという説明を聞いたことがあって、そうなのかと感心した記憶があるのですが、どっちなんでしょう?
 とまれ、いろいろなこと思い出させる本ですね。それにしても、ここ何十年か、つまり平成以降の、大阪弁の変容について、実に目配りよくデータを集めておられるのに感心した次第。なつかしいテレビ・ラジオの番組名にうなずきながら、ほんま、すごいわあとひとりごちていました。GqurmASW0AAWd4R.jpeg
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2025年05月15日

新訳 世間胸算用

 昨年12月に出た本の紹介。今頃になって済みません。中嶋隆さん訳注の『世間胸算用』(光文社古典新訳文庫)。言わずと知れた、大晦日一日の町人の悲哀滑稽を描いた西鶴の傑作。会話は関西弁(のステレオタイプ?)で訳されている。これは新訳ならではの新趣向、少し前に同じシリーズで田中貴子さんが噺家の文体で『好色五人女』を訳していたが、それとおなじくチャレンジングである。現代語訳ではあるが、西鶴らしいテンポのよい文章として、全編味わえました。
 これまで支配的だった「西鶴の鋭い(透徹した)現実認識・人間観の反映」などという読まれ方に対して、それはおかしいと若い頃から思い続けてきたという中嶋さんの西鶴作品論が、巻末にたっぷりと述べられていて、たいへん面白い。それをここで説明したり要約するのも野暮であるので、詳細は本書参照でお願いしたいが、「あとがき」にご自身の体験を書かれているように、悲惨な状況に置かれた自分が何か滑稽でおかしいと思う感性、それを持っている読者が共感するからこそ、西鶴はおかしく、面白い、とおっしゃっているのは、それこそ共感する。私もそういうところがあるのだが、近世文学研究者には、自分の失敗や悲惨話をネタに人をわらわかすタイプの人が割と多いのではないか?まあ、そういう人とは友達になれそう、って思うのだよね。
 さて、中嶋さんは、作品論として、いろいろ面白いことを言っておられるが、西鶴作品にみられる「空白のコンテクスト」の指摘は重要である。最後、あるいはそれからどうなったのか、が書かれていないことがあって、その作品解釈は人によって分かれる。たぶん、優れた読み物には、大抵そういうところがあって、秋成の『雨月物語』の各篇もそうで、「菊花の約」や「青頭巾」の多様な解釈は、まさに空白のコンテクストによってもたらされているのだ。もちろん、空白のコンテクストがあれば、名作になるという逆はただちには成立しない。しかし、優れた作品には、空白のコンテクストがある、という説は成立するのではないか?まあ、古代史が面白いのは、史料の空白が大きいからですよね。「空白のコンテクスト」をテーマに、さまざまな作品を読むシンポジウムとかやったら面白そう。一般読者も巻き込んで。だんだん、話が逸れてきたので、ここまでにしておこう。
 
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2025年05月11日

吉原の怪談

 コンパクトサイズ(四六版並製)で江戸の怪談を次々に出版する白澤社が、今度は『吉原の怪談』(2025年4月)を出した。高木元・植朗子・渡辺豪・広坂朋信各氏の共著。大河ドラマ「べらぼう」を横目に、蔦屋重三郎の手がけた怪談本の紹介ときた。もう少し詳しく言うと、本書は、前半と後半にわかれていて、前半は、「べらぼう」では高橋克実の演じる吉原の引手茶屋の主人駿河屋市右衛門が作者の『烟花清談』という吉原が舞台の怪談。安永五年刊の読本。蔦重が手がけていることから、蔦重をサポートしていた駿河屋の入銀本と見なされている。実際は、他の本から摂った話もあるようだが、元ネタのわからない話もあるという。安永五年といえば、上方では上田秋成の『雨月物語』が出版されている。安永五年というのは鳥山石燕の『画図百鬼夜行』も刊行されていて、香川雅信氏が妖怪革命と呼ぶ年にあたるが、これもまた安永五年なのね。注釈は高木さんが主として担当しているようだが、さすがに行き届いている。ちなみに大河ドラマではこの本出てきていなかったような。後半は、吉原を舞台にした怪談を諸書から集めたもの。まさしく吉原の怪談である。そして、なぜ、このような怪談が伝えられるのか、という問いにたった解説が当時の吉原の実態を抉りながら、考えさせられるものとなっている。
 
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2025年05月05日

演劇をめぐる八章

 近世演劇研究者の岩井眞實さんが、退休されたと聞いて「へえ!」と思った。まだまだお若いという印象が。とにかく彼の出すオーラは明るくポジティブ。そして軽快なのに、落ち着いている、独特の雰囲気だ。そんなに親しい付き合いをしているわけではない。岩井さんが福岡に着任されたころに、私も福岡に住んでいて、少しお付き合いがあった程度なのだが、実はとても(一方的に)私が好きな方なのだ。なぜ?と言われてもよくわからないのだが、同じような感覚になるような方が他にいないような気がする。岩井さんは、演劇をかなり本格的に演じる側の人でもある。イギリスにロンドンの演劇学校にも4週間ほど通ったこともあるようだ。一度、大阪で上演の機会があったときに、見に来ないかとお誘いを受けたのだが、何かの事情で行けなかったのは本当に残念であった。ただ、福岡女学院におつとめのころ、つかこうへい劇団の『熱海殺人事件』を大学で上演されたことがあって、私もこれ幸いと観劇したのだが、主役がまだ役者としてブレイクする前の阿部寛だった。今思えば貴重な機会で、感謝である。ある時は、岡山かどっかで、2日にわたる領域横断的な「時間」のシンポジウムをすることになって(大学ではなく財団の主催だったような)、なぜか私が登壇を頼まれたのか、それとも誰か紹介してくれと言われたのか、とにかく、日本文学研究者で登壇してくれる人を探さないといけない羽目になった。人選に悩みになやんで、はっと思いついたのが岩井さんだった。岩井さんは快諾してくれて、そのシンポジウムは本にもなったと思う。
 枕が長くなったが、岩井さんが最近出された『演劇をめぐる八章』(和泉書院、2025年3月)の第1章が、「時間」がテーマなのだ。やはり面白い。この本は「専門書でも、入門書・概説書でもない、その中間を走っている」というふれこみだが、とにかく本格的な演劇論なのに、軽く、しかし落ち着いている、岩井さんらしい本なのだ。コラムも面白い。コラム5の「エクステンドとアドバンス」。これはゲームだ。アドバンスは前に進める。エクステンドはいったん止めて説明をする。生徒A「私はサイクリングに出かけた」先生「アドバンス」生徒B「森の中を駆け抜けた」先生「森、エクステンド」生徒C[その森は東京ドームの十倍の広さがあるらしい」・・・・学術論文はアドバンスとエクステンドの繰り返し。叙事詩はアドバンス、叙情詩はエクステンド。ゲームによって、劇の構造を体感する。いや、この2頁のコラムだけでも、1000円払っていいと思った。さて、各章のテーマは、時間に続いて、自然、戦争、愛、旅、怪、金、笑い。個人的には6章の「怪」が勉強になった。コラムは7つ。全部面白い。岩井さんが演劇人だからなのか、とにかく読者に魅せる業を知っている。語りが巧いのだ。そして、読者は、岩井流演劇論の数々にうならされる。つまり演劇論としてもとても高度かつ、わかりやすいのである。
 
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2025年05月02日

小城鍋島文庫の古典籍たち

 中尾友香梨・白石良夫・二宮愛理編『小城鍋島文庫の典籍たち』(文学通信、2025年3月)。佐賀大学附属図書館所蔵の小城鍋島文庫の目録を作成し、その蔵書について共同研究する、小城鍋島文庫研究会の活動が12年となり、その間、本書を含めて3冊の単行本を刊行した。1冊目は『十帖源氏』、2冊目は『和学知辺草』の注釈的研究であり、今回はさまざまな古典籍についての報告集の趣である。「ほぼ毎月継続してきた例会」の輪講・注釈作業の成果というが、これは、非常に素晴らしいことで、12年で単行本3冊というのは、それだけでもすごいが、それ以外にも多くの翻刻、解題、目録、そしてデータベースがあり、共同研究として地道に、粘り強く、継続してきたことがわかる。
 第1章の二代藩主直能と、第2章の六代藩主直員の長男直嵩(病弱故に早逝)の文事についてはクローズアップ。いろいろと参考になりました。
 
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2025年05月01日

「蔦重版」の世界

 大河ドラマ「べらぼう」の考証者である鈴木俊幸さん。次々と蔦屋重三郎関係の本を出されていて、このブログでも紹介してきたが、NHK出版から出した新書がこの本『「蔦重版」の世界:江戸庶民は何に熱狂したか』(2025年2月)である。ドラマに出てくる本のことを知りたければ、この本が最適。蔦屋の業務拡大を、吉原→日本橋進出→全国戦略の三段階とし、それぞれの段階での主要な本を続々と紹介している。その中で、喜三二・京伝・歌麿・南畝・馬琴・・・と有名作家との交渉も、もちろん描かれる。細見・浄瑠璃稽古本・黄表紙・洒落本・狂歌本・往来物・・・・など、蔦屋の手がけた本を通して、江戸の本のジャンル紹介や読者論をも織り交ぜる。80点を優に超える「蔦屋版」を、わかりやすく解説。新書ながら、図版もたっぷり収録。
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2025年04月27日

『雨月物語』の刊記4ヶ月後の読者

一戸渉「儒医山本封山の読書と和歌と ー『読書室筆記』研究序説 」(『斯道文庫論集』59号、2025年3月)が、慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)で公開されている。これは上田秋成および『雨月物語』研究にとって、画期的とも言ってよい発見を含んでいるので、ここで紹介しておく。この論文は、タイトル通り山本封山の日記である『読書室筆記』の内容ーとくに読書記録と国学の学びを中心に紹介・考察したものである。
 とりわけ(前期)読本研究にとって重要なのは、秋成の『雨月物語』と伊丹椿園の『両剣奇遇』の読書記録があることである。刊行とほぼ同時期に、どんな読者が前期読本を読んだかが明らかになるのであり、これは画期的と言える。
 『雨月物語』が刊行されたのは、刊記によれば安永五年四月。『読書室筆記』の安永五年八月二十二日に、封山は『雨月物語』を読んだことを記している。刊記からわずか四ヶ月である。残念ながら感想は記されていないが、これはこれまでわかっている限り、最も早い『雨月物語』読書記録である。また安永七年十一月二十四日には、伊丹椿園の『両剣奇遇』を読んだことが書かれている。これは安永八年の刊記を持つ同書よりも早いが、一戸さんのいうように、刊記より以前に売り広められることは珍しくないので(今でも雑誌などで五月号を四月には発売するってことはよくある)、怪しむには足りないが、これまた刊行直後に読んでいるわけである。一戸さんによると、封山は、『雨月物語』読書以後、中国小説類にも興味を示し、『夷堅志』などには「奇怪多々」と珍しく感想を記していることから、『雨月物語』から中国小説への関心の道筋を想定している。これは従来の多くの研究者の想定とは逆なのだが、封山の読書記録は、このような道筋をたどった読書人の存在を明らかにしたわけである。
 なお、安永七年五月に、人を介して秋成の歌文が封山に送られたことも、『読書室筆記』からわかるということも一戸さんは指摘している。他にも真淵学に関わる読書歴など、本論文に教えられることは多いが、今回は秋成と『雨月物語』との関わりについてのみ触れた。論文はかなりの長文だが、興味のあるかたは、リンクから閲覧して下さい。
 
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2025年04月26日

『大学改革』(中公新書)

竹中亨著『大学改革』(中公新書、2024年11月)を読んだ。大学を退職した私がなんでそんな本を読んだか。竹中さんをよく知っているハイデルベルク大学の先生が偶々来日しておられて、教えてくださったのみならず、わざわざポケットマネーで買って私に下さったのである。いわゆる法人化以後の大学について、わかりやすく書いているし、ドイツとの違いもわかりやすいから、というのである。
 竹中さんは、大阪大学文学研究科の西洋史(ドイツ史)の教授でいらっしゃったが、大学改革支援・学位授与機構の教授に転任された。私と年齢が近いと思っていたが、奥付の著者紹介によれば一つ年上のようだ。あまりお話したことはなかったのだが、多分、転出される1年くらい前に、たまたま食堂で昼食を一緒にしていたときに、研究資料や情報の整理の話になり、竹中さんはスキャナーを使って整理をしているということで、そのノウハウを詳細に教えてくださったのみならず、私の研究室に来てみる?と誘って下さり、いろいろ具体的に伝受をしてくださったのだ。そのあまりの見事さは、感動ものだった。そして、私が真似できるものではなかった・・・。しばらくして、会った時に、「資料整理、進んでますか?」と聞かれて、「いや、それがいろいろ忙しくて」と言い訳したのだが、多分、この人だめだな、と見抜かれていたに違いない(笑)。
 そういうこともあって、この本を読むと、竹中さんの声が聞こえるようで、すらすらと読める。いや、そうではない。実は文章が明快で論理的なので、実に読みやすいのである。日本の大学法人化をグローバルな視点で大学史に位置づけるのは、さすが歴史家だと思う。
 日本の大学と文科省の間には相互不信があり、そのことが本来の法人化のあるべき姿とほど遠い現実を生んだという分析は、竹中さんが大学にも長く在籍していたからこそ説得力をもつ。大学は、古き良き「学者の共和国」から、公的サービス機関に変わっている。ここを認められなければ大学人としてやっていくことは不可能である。
 ところで、新書の副題に「自律するドイツ、つまずく日本」とあって、帯には日本とドイツが「明暗を分けた」としているが、本書を読むと、決してドイツの大学改革を持ち上げているわけではない。この副題と帯はちょっと誤解を与えかねない。日本の大学改革以後の状況が、世界の中では特異であることを示すのに、竹中さんがよく知っているドイツを例に挙げているに過ぎない。ドイツもまた試行錯誤しているし、大学教員は大変である。
 本書から「切り抜き」という批判覚悟で、2点あげておこう。
1ドイツの教授任用について
 内部任用の禁止。教授任用は必ず外部からに限るという原則。
 そもそも、空いたポストについて、それを引き続き埋められるかは参事会の承認が必要。
 選考主体はその都度組織される人事委員会で10名程度。人事は必ず国際公募。学外からも1、2名加わる。
 書類選考をへて数名に絞られた本選考では、面接・抱負の開陳・講演・模擬授業などを行う。
 最終候補リストの作成。推薦順位をつけて3名ほど。
 教授会・参事会で審議され、最終的には学長が判断。推薦された候補者全員が×なら人事は振り出しに。
 任用が確定するまでには、俸給・手当・研究室予算・秘書の数など折衝。
ちなみに有力大学の教授に招聘されるには、最低3冊の著書が必要。1冊は博士論文、次は教授資格論文で博士論文とは違うテーマで書かなければならない。3冊めは巨視的なテーマを扱った著書。それぞれ数百頁程度の専門書。
2 政府の大学管理の日独比較
 日本の場合はお馴染み、中期目標・中期計画。目標が達成されたかを事後チェック。
 ドイツの場合は目標管理方式という点は同じだが、業務協定という形になる(ドイツのみならずヨーロッパでは7カ国、ほかにもオーストラリア・カナダなど)。業務協定のありかたは、ゆるやか。数値目標は多くない。そして日本の「中期計画」にあたる取り組み方については不問。また総花的ではなく選択的。重点的なものを選んであげる。また成果検証もゆるやか。とはいえ、事業報告書は毎年、百頁くらいにわたって具体的に数値をあげつつ為される。その自律的な空気をつくる厳格な学内規律がある。ここは本書を実際に読んでいただきたい。
 いずれにせよ、日本の場合、研究教育の運営が大学の裁量に任されるという理念のもと行われた法人化によって、逆に大学の統制が強くなってしまったという状況が生まれているという指摘もある。
 大学に関心のある一般の人たち、あるいは我々大学に関わっている者も、実は大学の運営や文科省のやり方をあまり知らず、イメージで決めつけてしまっていることが往々にしてある。大学に対するさまざまな誤解もあるだろう。とりあえず、本書は大学改革の現状を知るための道しるべになる、奇をてらうところのない、読みやすく分かりやすい本である。
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2025年04月22日

山東京伝研究

有澤知世さんの『山東京伝研究ー考証・意匠・戯作』(ぺりかん社、2025年2月)は、たまたまであろうが、時宜を得た出版となった。もちろん大河ドラマ「べらぼう」のことである。京伝は、今後「べらぼう」でも重要な位置を占めるキャラクターとなるだろう。『山東京伝全集』を刊行中の出版社から出すのもよい選択である。そして表紙がよく出来ていて、本屋に平積みしたいと思わせるものがある。つまり京伝の肖像を大きく使っていて映える。ついでに言えば本体価格を5000円台に抑えたのは、科研出版助成もあるが、やはり一定の売り上げを期待されてのことあろう。
 私の先師の主著は『戯作研究』だった。それを意識しているか否かはわからないが、山東京伝を研究したから「山東京伝研究」だという、オーソドックな命名には矜持も感じられる。図書館から選書されやすい書名でもある。
 その切り口は副題に示されている。「考証」「意匠」「戯作」は、一見つながりが直ぐには感得できない。「あとがき」にも書かれているように、有澤さんは私の教え子であり、私も本書所収論文の初稿は、当然読んできたが、さて、これを一書にまとめる時には、どういう配列になるのか、どう一書としての体裁を整えるのかな、と思っていた。しかし、序文と結語がついたことで、一書として整ったと感じた。「雅俗にわたる営為を総合的に論じ、十九世紀の江戸という都市空間に生きた文化人・岩瀬醒の営為として、捉えなおす」(序)。それを京伝の新たな評価につなげたいというこことである。
 それが鮮やかに示された、と絶賛するには元指導教員として若干の躊躇いもあるが、三十代半ば(著者紹介に生年が書いているのでこれ書いてもいいよね?)で、これだけの本数の論文を書き、これをまとめて一定の「新たな京伝像」を提起したのは、大いに評価できる。
 「営為」という点に帰趨する研究は、戯作研究の場合結構重要だろう。伝記ではなく、論文集でそれをやることが、戯作者を代表する京伝を対象とするからこそ意義を持ってくる。そこは試行錯誤の苦しみが反映してもいる。そして国文研で研究者と実作者とをむすぶ「ないじぇる」という仕事を経験したことが、活かされていることを感じる。
 京伝について、私は洒落本『傾城買四十八手』を学生の頃読んで、なんという素晴らしい男女の会話のやりとりの描写だろうと思った。一種の類型を描いているのに、リアリティがものすごい。今の学生が読んでも、この作品にはぐっと入り込めるようなのだ。さらに黄表紙『御存商売物』の知的な面白さに痺れた。京伝を研究している人は、様々な作品を入口にして京伝に魅せられ、京伝研究をやりはじめるのだろうが、この面白さ、趣向の卓抜さは天才としか言えず、研究対象として近づけないな、というのが私の素朴な京伝観である。私のような、センスなしにはとても手が出ないなと思ったものだ。だから、京伝研究者は結構プレッシャーを感じつつ、京伝を読んでいるのだろうな、と勝手に想像するのである。
 本書が、晩年の京伝の営為を、歴史的(文化史的)に位置づけることを目指しているとすれば、その文脈についての知見をさらに深めるとともに、京伝の文事とは結局なんだったのか、その評価を意識して、次の段階へと進んでほしい。
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2025年04月19日

名所の誕生

 井戸美里編『名所の誕生−「名」を与えられた風景』(思文閣出版、2025年3月)が刊行された。「日本のデジタル文学地図」プロジェクトを進めている我々にとっては、注目すべき論集である。本書は科研の国際共同研究強化による共同研究の成果で、学際的・国際的なメンバーを集めている。
 あとがきに、「そもそも「名所」について考えるきっかけになったのは、編者が学部生の頃、千野香織先生の授業で名所絵の成立について「名所」は最初から存在するわけではなく、「名が与えられることによって成立するのだ、と聞いたことであった。「名物」や「名品」なども同様だということに気づかされた瞬間だった」とあるように、そして副題に示されるように「名所」とは「名」を与えられた風景だという考え方で本書は編まれている。美しい!と感嘆する風景に我々は遭遇することがあるが、そこは必ずしも名所ではない。「名もない風景」であることがほとんどだ。そう省みれば、名所の恣意性は明らかである。
 我々のプロジェクトでも、名所のイメージ形成について様々な考察を試みてきた。しかし、井戸さんは、まず名所とは何かという根源的な問いをその前提に置いたのである。つまり、「それぞれの土地や場に与えられた「名」の本質とはいったい何なのか。「名」はいつ、誰によって与えられ、「名」あるところ、「名所」となるのか。」「名所が誕生するメカニズムを明らかにする」というのである。
 「名」を問題とするからには、名所をどのように言葉で表現するか、またどう絵画化するか(実際の風景を写しているとは限らない)が問題となる。
 もちろん、これらの問題意識は、具体的な名所に即して、領域横断的な研究分野からアプローチされる。
 井戸さんの論考は「山水と見立ての構造ー琵琶湖が名所になるとき」と題され、今では誰でも疑わない名所である近江の名所ー比叡山と琵琶湖の名所としての成立に、天台座主であり優れた歌人である慈円の存在が重要であることを丁寧に論じている。
 実は我々のプロジェクトは、初の試みとして、最近クローズドでの研究会を実施した。これは発表として完成されていなくとも、考え方や構想を仲間内にきいてもらい、十分な質疑応答の時間をとって、互いに刺激を与え合うことを狙ったものだが、ここに井戸さんをゲストとしてお招きした。井戸さんには発表もしていただいたが、質疑応答もアクティヴやっていただき、貴重な指摘を多く受けることができて感謝している。井戸さんの論理的な思考はこの研究会でも見られた。名所研究、あるいは芸文の空間論的研究にタッグを組んでやっていきたいと思う方だった。
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2025年04月15日

長谷川強先生(かがみ55号)

『かがみ』55号(大東急記念文庫、2025年3月)は、「長谷川強先生追悼文集」として、11名の方の追悼文を掲載する。並びは五十音順のようで、井上和人・岡雅彦・岡崎久司・倉員正江・鈴木淳・長友千代治・花田富二夫・深沢眞二・藤原英城・宮崎修多・村木敬子の各氏が、長谷川先生との思い出を語っている。なかでも宮崎修多さんの文章は、彼が私の畏敬する後輩であることもあるが、長谷川先生との思い出を通して彼自身の青春が垣間見えて興味深い。宮崎さんが国文研に就職したあと、長谷川先生の話をよく聴くことがあった。先生は浮世草子のまぎれもない第一人者でありながら、近世文学のあらゆるジャンルに精通し、彼の専門である漢詩文の論文を送っても、的確な指摘・批評が返ってくるのだと。
 同じ国文研の同僚としては岡先生、鈴木淳さん、そして、宮崎君と年齢も近い深沢眞二さんが書いておられる。他は教え子の方、『八文字屋本全集』を共に編集された方、大東急でのご縁の方が書いていらっしゃる。いずれの文章を読んでも、深い敬意を感じ取ることができる。
 私は、研究について直接に会話したことはたぶん一度もなく、ご本から学ばせていただいたのである。『浮世草子考証年表』などは、私の「奇談」研究にとっては、座右の書のひとつであった。
 とはいえ、強烈なインパクトのある、先生の仮装姿は、目に焼き付いている。1985年、九大で行われた近世文学会。その3次会か4次会(?)でのこと。当時、元県議会議員であった女性が経営するお店で「福岡屋」という変わったお店があった。ステージがあり、お店のスタッフが歌い踊るのはもちろん、客に仮装させて踊らせるのである。もう夜中に近いというのに、何十人もそこにいた。もちろん中野三敏先生が用意された店なのだが、私の記憶では、大谷篤蔵先生もいらっしゃった。そして長谷川先生は、カルメンの音楽に乗って、ソンブレロを被った仮装で踊っておられた。別のステージだが私もズボンを脱いでタイツをはかされ、ピンクレディーのUFOを踊らされた。すべってステージで一度転倒した。また渡辺守邦先生はおてもやんの扮装でこれもよく憶えている。しかし、長谷川先生のソンブレロはかっこよく決まっていた。翌年の春の学会で、その写真を長谷川先生にお渡ししたのが、私の数少ない先生との会話である。
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2025年03月09日

読本・西鶴・仁斎

 3月8日は京都近世小説研究会に対面参加。今回は、田中則雄さんと、大谷雅夫さんの豪華二本立て発表ということで、対面だけで20人、オンラインを入れると40人ちかくが参加したようである。
 期待に違わず面白かった。発表内容はいずれ活字化されると思うので、ここであまりに具体的に言及するのは控えるが、なぜ面白かったかを述べておきたい。もとより、私の個人的備忘を、公開するという意味合いである。
 田中則雄さんの「読本『玉掻頭』に関する諸問題」は、あまり知られていない文化九年(1812)の読本を分析したものだが、例によって、複雑な構造を持ちながら、破綻なく作られている読本のひとつを事例に、「読本」というジャンルへの根本的考察がなされたものである。タイトルは地味なのだが、大きな構想があったのだ。発表後の感想戦の一部を紹介するのがわかりやすいだろう。記憶によるから、完全復元ではない。イメージと考えてください。
 Hさん「いやあ、読本研究者ってほんとすごいな。あの複雑なストーリーをよく咀嚼してなあ」
 田中さん「読本作者って、どうやって作ってるんですかね。どんなマイナー作者でも、複雑な構成を破綻無く収束させるんですよ」
 散人「なんか、職人的なスキルがあるんかね。今日の話だと、複数のユニットの高度な連携みたいな」
 田中さん「同じ話が歌舞伎になると、高度な連携がなくなる」
 Hさん「歌舞伎やったら台帳読んでもおもろないけど、舞台でみたら面白いというのがあって」
 散人「パフォーマンスがあることで、面白くなるんですね」
 田中さん「実録はまた、「筋を通す」ことが大事だから、また違う」
 散人「合巻は絵が主体やから、絵を見て理解する・・・。同じ話でも、そもそも受容のあり方が違うんやね」
 こんな具合で、同じ話柄のジャンル別の違いというのは、単にテクストレベルの比較だけでは済まされないということが実感できた。
もっとも、田中さんの今回の発表は、「読本とは何か」に関わるデカい構想があった。それは、「読本とは何か」についての有力なある見解に対する異論でもあるようにおもったが、それは奥ゆかしくも言表しなかった。これも懇親会で追究してみたのだが、それに対する答えは・・・・。
 そして大谷雅夫さんの発表は、「西鶴と仁斎」。ちかく某学会(日本文学関係ではない)でパネリストとして発表されるネタを、「専門の方の意見をききたいので」ということで、発表された。西鶴の作品のどこがすごいかっていうのは、いろいろな視点があると思うが、大谷さんが指摘するのは、ちょっとしたことで、おもわぬ心移りをして、置き引きしたり、色恋に墜ちるような人心のならいを、実に巧みに描いているということ。それは団水や其磧が同じような場面を描いているところと比較すると明らかになる。それと仁斎の当時としてはユニークな言説を比較してみたところ・・・・。
 なるほど、「世の人心」とはそういうことか、と改めてそれを引き抜いてくる眼力に感服したのだが、ポイントはそれが現代人にもある普遍的なものだということで、そういうところを核として話をつくることは、当時としてたしかにかなり凄いことである。一方、仁斎の言説は、確かに西鶴文芸のあたかも解説をしているように読めるから不思議である。
 より詳細に紹介したいところだが、これくらいにしておく。ただ、仁斎の言説が、熊沢蕃山・荻生徂徠・ョ山陽にまで流れ込んでいることも示され、学派を超えた「思想史」の構想として、文学をもとりこんだ見取り図を想定したくなるような発表だった。
 「仁斎」を起点とする思想史の可能性。それが大谷さんの次の著作の構想なのだろう、それを期待したい。


 
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2025年02月28日

古筆見の仕事

 勉誠社の『書物学』は創刊されて10年以上、このほど26号を刊行した(2025年2月)。文学研究は、本文(絵)だけではなく、本をモノとして対象化し研究することが重要であることは、21世紀になってから、おおむね常識となった。とはいえ、「書誌学」「書物学」という授業が、大学のいわゆる国文科(日本文学科)で、どこにでも開設されているという状況にはまだまだなっていないと思う。いわんや中学・高校においてをや。一方で、日本近世文学会が行っている「くずし字出前授業」では、実際の和本を見せながら講義することが多いが、生徒はかなりそれに食いついてくるようだ。『源氏物語』研究においても、書誌学的観点から提言を行ってきた佐々木孝浩さんの「大島本」論が、大島本の従来の評価を大きく揺るがしている。
 その佐々木さんが中心となって企画編集した本号は、徹底的に古筆鑑定にこだわった特集である。
 上田秋成にも、古筆鑑定にまつわる話が『胆大小心録』などにあり、江戸時代の人々の古筆への関心が並々ならぬことの一例となっているが、今回は、江戸時代の話が多く(その割に近世文学研究者の執筆がなかったのは、やはり近世文学研究が版本中心で、古筆を材料にすることがあまりないからか)、非常に興味深く読ませていただいている。
 とくに佐々木さんの「文化としての古筆鑑定」という考え方に納得させられた。たとえ、それが真筆ではなくとも、「伝〇〇」とされていることは、鑑定者が江戸時代の人であれば、江戸時代における鑑定に何からの価値があるということにほかならず、それを示すことは真贋を明らかにすることとはまた別の意義があるというのだ。また、伝承筆者を基準にすることで、古筆切の研究(分類や識別)の大きな助けになるという。また古筆見の立場からすれば、彼らは「わからない」とは言えず、ともあれ誰かの筆跡に比定しなければならない。つまり、噓をつく宿命を担わされている。とはいえ、まったくの出鱈目で古筆家が何百年も続くわけがないので、そのように鑑定されたことには何らかの意味がある。それを考えるのが、古筆鑑定研究の大きな意義なのである。
 慶應義塾大学に寄贈された「古筆本家関係資料」の調査研究を元に、古筆見の活動と鑑定書についての検討の必要性を痛感されて、本書の企画が成ったという。
 佐々木さんの論考は、その趣旨に基づき、西鶴の浮世草子作品に出てくる「古筆」を検討し、この時代の古筆文化を鮮やかに浮き彫りにした。これは、文学作品研究の立場からはなかなか発想できないことだが、たしかに『好色一代男』の主人公世之介が、古筆切を材料にした紙羽織を着ていること、長崎丸山の遊女が、定家真筆の、世に知られていない古筆切六枚を張り込んだ屏風を持っていたことなど、この時代の文化を考えるのに貴重な描写である。
 また中村健太郎氏の諸稿はじつに貴重である。そのタイトルを挙げていけば明らかだろう。「古筆家歴代について」「古筆鑑定書の形式と種類」「古筆鑑定文書の「琴山」印について」「古筆本家歴代および極印一覧」。圧巻である。「琴山」印は、私などでもよく見るものだが、それが五種類もあるとは。
 ともあれ、古筆切に関わる研究をやっている人は必携である。

2025年02月26日

本の江戸文化講義


 『本の江戸文化講義ー蔦屋重三郎と本屋の時代』(角川書店、2025年1月)は、大河ドラマ「べらぼう」の考証を担当している鈴木俊幸さんの「近世文学」という授業を書籍化したものである。コロナ禍の時期に、オンデマンドで配信した講義原稿を基にしたもの。原稿は文字テキストだが、文章は講義調としているため、実際の講義の文字起こしのようで臨場感があるのが不思議である。鈴木さんが、ちょっと斜に構えた口ぶりで大勢の学生を前に楽しそうに授業している絵が浮かんでしまうのである。
 「近世文学」という授業は、「文学史」いや「文芸史」として構想されているが、 ここには、『奥の細道』も『雨月物語』も出てこない。そもそも、著名作家の著名作品をつないだものは「文学史」でもなんでもないと鈴木さんは説く。
 本というモノを手に取り、その流通を明らかにすることで、江戸の文化にせまる。取り上げられる本もこれまで取り上げられることもなかった、ありふれた本であり、その本を扱う本屋や、読者も、これまで誰も光を当てなかった人である。そのような視点で、「諸問題」的な論じ方ではなく、「史」として構成し、しかも学生にも面白く、分かりやすく叙述していくのはまさに名人芸である(ちなみに、本の中での自著紹介の際に、「名論文」とか「傑作」とか「名著」とか言ってたりするのだが、その通りなので突っ込みようがない)。
 鈴木さんは長いこと自身の科研費で『書籍文化史』という研究誌を出しておられたが、この授業は、江戸時代のイメージを一新させる「書籍文化史」だと言えるだろう。 
 鈴木さんの近世観は、第一章に示されている。私の見るところ、鈴木さんの文学史の捉え方は中野三敏先生の考え方とかなり近い。これは、鈴木さんが中野先生に影響されたということもあるだろうが、江戸時代の本をたくさんみることを基盤にして、文学史を見ていくと自ずからそうなるのだ、とも考えられる。活字化された本文ではなく、本というモノをたくさん扱って、江戸時代の文化を実感すること、それなくして江戸時代文芸史は語れないことを、改めて確信させる。
本書が他の追随を許さないのは、第四章以降である(ちなみに第四章は蔦屋重三郎が主役)。長年の調査研究で、鈴木さんが気づき、考えたことを起点に、鈴木さんにしか書けない具体例を紹介しながら、各章が構築されている。いわゆる名も無い普通に人々の「文学」的営為を掘り起こし、鮮やかに蘇らせる。これまで、鈴木さんのいくつかの本で読んできた内容が、「史」として繋げられていく。その中には、「日本史の常識」をくつがえすような見解が少なくない。たとえば、「出版統制」は守られていないからこそ何度も御触れが出るのだとか、「寛政異学の禁」については幕臣が試験をうけるための基準を示したものだとか、実際はこのようなものだという説明は説得力がある。
本書の中には、本文をあげて、じっくり注釈的鑑賞的に説明するもの見られる。『好色一代男』の冒頭部であったり、洒落本『傾城買四十八手』「しっぽりとした手」であったり。これらの作品は、私も授業でやったことがあり、大体同じことを言っていたので安心した。もっとも『好色一代男』とその追随作の好色本については、「文学」史上ではなく、出版史上の意義をもっと考えるべきことが主張され、「本替」という独特な商慣習により、好色本が本屋に利をもたらしたことが、丁寧に説明されるあたりは、なるほどとうなずくばかりである。
もちろん、この本が「近世文学史」(ちなみに鈴木さんは「文学」という言葉を使わない。どちらかといえば「文芸」だというのも、中野先生と同じ)の標準になるかといわれれば、それは違うだろう。あくまでこれは鈴木文学(芸)史であり、唯一無二のものである。この本を教科書にして授業を組み立てるのは、鈴木さんなみの知識のある方でなければ、相当な勇気が必要になるだろう。
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