2018年03月24日

大師流と入木道書

 一戸渉さんの「大師流と入木道書−架蔵岡本保考宛妙法院宮真仁法親王書状小考−」(『斯道文庫論集』52,2018年2月)を拝受。妙法院宮周辺を私も微力ながら追っておりますので、興味津々によませていただきました。
 岡本保考は寛政頃大師流が宮中に用いられた功績者でその推挽者は妙法院宮真仁法親王であることを指摘し、二人の入木道に関する具体的かつ詳細なやりとりが明らかになる書簡を紹介・解説したもの。
 論文中にも出てくる金沢市立玉川図書館近世史料館収蔵の岡本家文書。これはちょっと見逃せないものですな。一度見に行こう。それにしても妙法院日次記があと1巻でいったん終了すると聞いているが無念です。せめて真仁が亡くなるまで、いや寛政期まででもお願いしたいのだが・・・。
 それにしても真仁さん(京都の人はこう呼ぶようですね)、画にも熱心だが、書にも熱心なのね。この人の文事ないし文事サポートを全面的に明らかにすべき。それではじめて十八世紀後半の京都雅文壇が見えてきます。
 さて注に私の関係する論集が近刊として出てきます。遅れています。一戸さんはじめ関係者の皆様ご迷惑をおかけして申し訳ありません。6月の学会までになんとかと思っていますが・・・。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立圃自筆書入『十帖源氏』

 白石良夫・中尾友梨香編、小城鍋島文庫研究会校訂『佐賀大学附属図書館小城鍋島文庫蔵 十帖源氏 立圃自筆書入本【翻刻と解説】』(笠間書院、2018年3月)。
 タイトルを挙げただけで、本の中身をかなり紹介できたように思う(笑)が、立圃は近世初期の俳諧師であり、『十帖源氏』は一般には源氏のダイジェストと言われる。しかし「あとがき」によれば、「俗訳・要約して広く普及させる」ものではなく、「本文は源氏物語の原文をほぼそのまま用いており」「ただ、所々を大幅に省略して、分量を十冊に縮小させただけ」。立圃が『十帖源氏』に求めたのは、「原語」の魅力であるということ、想定読者はむしろ源氏読みの玄人だという。和歌は全く省略されていない。「基本的には俳諧を嗜む人のために提供された参考書またはテキストであったと見なすべき」なのだという。書き入れを検討すると立圃一門の源氏理解は『紹巴抄』と『河海抄』に基づいている。白石良夫さんの解説は相変わらず歯切れがよく、従来の版本理解を一歩進める。また中尾さんの「あとがき」は「あとがき」を超えた概説という趣だが、山本春正の『絵入源氏物語』に対抗して作られたという吉田幸一説をその逆かもしれないという重要な見解が述べられている。この本は鍋島直能の需めに応じた書き入れ本であり、その関係でその成立年は再考すべきであるというのである。
 ちなみに、この本のことは近く私の所属する某学会で、中尾さんが発表することになっている。
 ところで、白石さんの「まえがき」を読んで、九州の研究会の雰囲気がどどーっと蘇ってきて懐かしかった。こんな感じ、こんな感じと一人でニヤニヤしていた。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

「迦具都遅能阿良毗(かぐつちのあらび)」考

長島弘明氏の「「迦具都遅能阿良毗」考」(『日本学研究』53、檀国大学校日本研究所、2018年1月)。
 井上泰至さんのご厚意で入手。檀国大でのシンポ発表が元になっているが、井上さんもそこで発表されていた。そちらの方の原稿化もいただいたが、これは別途また。
 さて、これは「かぐつちのあらび」と読む。「かぐつち」は火の神である。天明八年の京都大火のことを指している。これについて上田秋成がルポルタージュを和文で書いた。それについての考察。
伴蒿蹊の同題の文章との比較。蒿蹊の文章は俗受けするもので、事実、『花紅葉都噺』という読み物に丸取りされている部分もある。その点、秋成のものは和文である。とはいえ和文特有の修辞的部分はなく、たんたんと書いている。
秋成が災害の記述に和文を用いたらどうだろうというひとつの実験だという。

我々が編んだ『蘆庵文庫 目録と資料』がお役にたったようで、何よりであった。




posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

伊勢における『春雨物語』の流通

 このところ、伊勢における秋成著作の流通が次々に明らかになっている。本ブログでも紹介してきたが、長島弘明さんが、新出の秋成書簡(宛名不明)に『春雨物語』の書写とその出版(これは結局実現しなかったようだが)の可能性について触れていることを紹介(「『春雨物語』の書写と出版」『国語と国文学』2017年11月)し、菱岡憲司さんが、小津桂窓から川喜田遠里に『春雨物語』の一本が渡ったことを、小津の手紙によって明らかにし(『鈴屋学会報』2017年12月)たのに続き、青山英正さんが、石水博物館蔵の川喜田遠里宛竹内弥左衛門書簡に、春雨物語ほか秋成の著作を返却するという記事が見えていることを紹介した(『明星大学研究紀要』2018年3月)。そこでは、その書簡の年月日も天保14年12月23日と確定された。竹内弥左衛門は現在知られる文化五年本『春雨物語』の三つの転写本のひとつ漆山本の書写者として知られる。その書写終了日は奥書によって天保14年12月17日とわかる。書写終了の6日後に返却したのである。
 では川喜田遠里が持っていた『春雨物語』とは?それは漆山本の底本と目される正住弘美が写したという桜山本であろう。ということは小津桂窓から川喜田遠里に渡った『春雨物語』もまた桜山本だったのであろう。西荘文庫本は、その桜山本の写しである(という説が有力だが、私の授業(演習)での学生たちの調査によれば、そう言い切れない部分もある)。文化五年に秋成が自ら書いた自筆本『春雨物語』は巻子本と思われ、現在もまだ出現していない。しかし、それを写したと思われる桜山本の伊勢における流通の様相はかなり生々しくわかってきている。新資料というのは出てくるときには不思議と次々に出てくるものである(実はもうひとつ超重要なブツが最近現れたのだが、アレは今どこに?)。かつて『春雨物語』文化五年本が出現したときもそうだった。今春雨物語研究の新たな潮流として、その流通の新事実が次々に明らかになっているが、それは、書物研究・人的交流研究という近年盛んになってきた研究状況と無縁ではない。
 青山さんの研究内容は、これも報告したが、我々の科研研究会(近世中後期上方文壇における人的交流と〈場〉)で発表していただいたものなのである。
 それにしても竹内は、『春雨物語』の中でも「捨石丸」「樊噲」を写さなかった。「放埒」「にくさげ」「みるにうるさく」と否定的に評し去った。一方で、『春雨物語』よりも先に『癇癖談』『諸道聴耳世間狙』のようなモデル小説に興味を示していたようである(別の書簡からそれが明らかにされる)。このようなモデル小説の書いた作品だからという流れで『春雨物語』なども読んでみたくなったようなのである。こういった秋成著作をめぐる伊勢の人々の関心のあり方や本の貸借から、当時の文化が見えてくる。それを解き明かす資料の宝庫が川喜田家ゆかりの石水博物館であることは間違いない。今後の展開に注目である。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

みんなでデータベース?

 本日、上智大学でdigital humanities and databases (デジタルヒューマニティーズとデータベース)という国際シンポジウムが行われました。私も発表者の一人です。7名の発表のうち英語4名、日本語3名。会場では英語が飛び交い、聞き取れないので緊張します。しかし、フランクフルト大学のキンスキー先生がいらっしゃいました。ドイツで大変お世話になった先生ですが、優しい先生なので何か安心します。
 参加者は30名くらいだったでしょうか。10:00から開始。
 デビット・スレイター比較文化研究所長の開会の挨拶に続いて、コーディネータのオカ先生の趣旨説明。in English. DHに対する人文研究者の認識の現状と研究会の意義を説いている模様。その後、橋本雄太さんが日本語で趣旨説明をはじめました。「日本語をきいてほっとしている方もいらっしゃるようで」とおっしゃったが、もちろん私のことであります。
 最初の発表は、スレイター先生の「東北からの声 災害と復興のオーラルナラティヴ・アーカイブ」。面白かったです。オーラルナラティヴアーカイブの難しさ。コミュニティ支援をしながらの実践的研究。本音を引き出し、それを理解するために、同じところに4回通う。最低25時間のインタビュー。支援もプロジェクトの目的だから、そこは徹底している。話を何度も繰り返し聞くことで、わかるのだということ、確かに経験上、1度きいたぐらいでは本音はしゃべってくれないというのはありますね。だから4回!。たしかに学術成果を急ごうと、インタビューに気持ちがなければ、相手は本音をしゃべってはくれません。コミュニティウェブサイトの名は「東北からの声」。この試みは、2月23日に講演を聴いたヨーロピアーナを思い出します。ヨーロピアーナは第一次世界時の文書や聞き書き、物の総合的アーカイブスであります。
 
 次に急遽予定が変わって国文研の岡田一祐さん。見事な英語ですね。原稿をプリントアウトして配布されていました。職場の新日本古典籍総合データベースと、ご自身の『和翰名苑』仮名字体データベースのお話でした。岡田さんは英語質疑も見事にこなし、感嘆いたしました。
 
 ここで昼休み。上の階の食堂でサンドイッチ。まわりは英語ばかりで会話ですが、幸いキンスキー先生とご一緒できましたので、日本語でいろいろ情報交換いたしました。
 午後の部は橋本雄太さんから。英語プレゼン。非常に慣れている感じですね。原稿もないようですが、笑いをとりながら、聴衆を引きつけています。あとできいたら原稿を作る暇もなく、半分アドリブだったということです。発表は日本の主要な人文学のデータベースの考え方や構築方法などに触れつつ、現在進行中の「みんなで翻刻」について紹介しました。次いで私が、普通のおじさん日本文学研究者(つまり私)のデータベース活用の仕方と、くずし字学習支援アプリKuLAの紹介をしました。反応はまあまあよかったような気がします(自賛 笑)。
 続いて史料編纂所の山田太造先生。史料編纂所のデータベースについて説明されました。文字にして6億文字くらい集積しているらしいです。作成された史料冊は117875冊。約130年の事業だということ。

 続いてレオ・ボーンさん・浅野友輔さんの「日本の人名データベース 歴史的ソーシャルネットワーク可視化とその利活用」in English 今日の目玉ですね。2200の人名と7000の出来事が現在入力されています。場所もデータとして採られています。これは私らの「人的交流と〈場〉」科研と重なるものがあるなーと思いました。頼春水を中心にデータをとっているようです。China Biographical Databese をモデルにしているらしいです。試行的なウェブサイトにもアクセス可能である。→https://network-studies.org/ 人的関係を図式的に可視化するのはエキサイティングでした。
 と同時に、データベースも「みんなで翻刻」同様、クラウドソーシングするのもひとつの手かなと思いました。
 トリは佐久間勤氏のラウレスキリシタン文庫データベースの紹介。ヨハネス・ラウレス神父の設立した文庫。きりしたん版ほか貴重なキリシタン関係の文献。詳細な書誌情報とともにデジタル画像を一般公開しています。ラウレスには『キリシタン文庫』という編著があります。
 さて発表が終わって、上智大学13号棟内の「紀尾井亭」でレセプション。ぜいたく・・・、というわけで大変刺激的で有益な会でした。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

歌舞伎評判記集成 第三期

『歌舞伎評判記集成』第三期の刊行が開始された。第一巻は2018年2月である。
 歌舞伎研究は言うもさらなり、近世文学研究に携わるもので、この第一期・第二期を利用したことのない者はいないだろう。
 役者評判記を集成して年代順に配列した歌舞伎研究必須の翻刻叢書である。また評判記という江戸特有の批評スタイルの型の原型が役者評判記である。ここに歌舞伎以外でも思わぬ情報が潜んでいることがあることは、浮世絵研究の第一人者である浅野秀剛氏が、明和七年の評判記に、浮世絵師鈴木春信の没年月日が記されていることを知って目を疑った経験を「推薦のことば」で書かれている。
 第二期が完結して何年になるのか、第三期が出ることがあるのか、などと時々思うことがあったが、関係者の方々は、第三期刊行をめざして、死にものぐるいの努力を続けておられたようである。
 和泉書院が岩波書店の判型や組版をほぼ引き継いで、ついに第三期がはじまった。安永から享和にかけての評判記が全十巻きの予定で刊行される。上田秋成の後半生とほぼ重なるこの時期の評判記の刊行は、ありがたいと何回言っても足りないくらいである。年1回刊行予定ということだが、果たして完結まで見届けられるかどうか。
 厳密な翻刻方針は引き継がれる。この叢書に深く関わった松崎仁先生が、かつて今井源衛先生から応援を頼まれて『学海日録』(依田学海の日記)の翻刻作業グループに入られた。その翻刻方針の議論で、この評判記集成の翻刻凡例が参照されたことがあり、あまりの厳密さに唖然とした記憶がある。その「翻刻覚書」をかつて書かれた原道生先生が、月報で、松崎仁先生とゲラの手渡しをされていたころのことを記されている。武井協三先生が松崎先生に翻刻を褒められて涙があふれた思い出を書かれている。歌舞伎研究者の先達たちの深い思いがこの叢書には込められている。
 そして、新しい世代(といっても既にベテランの域に達した方々ばかりだが)を中心に、第三期が刊行されるのである。題字はもちろん故郡司正勝先生。しかし、第三期の「三」の字はどうしたのだろうか。ある会議でHさんが、評判記刊行会のMさんにたずねたところ、「それは「第三巻」の「三」の字を使いました」と。なるほどお!
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月10日

『鯉城往来』20号

 広島とその近辺の近世文学者を主なメンバーとする広島近世文学研究会の刊行する研究同人誌『鯉城往来』が20号に到達した。近世文学の研究同人誌は、主として、大学を拠点にするものと、地域の研究会を拠点とするものと、ジャンルを中心にするものがある。大学拠点は『叢』(東京学芸大学、ジャンルも草双紙に特化)、『渋谷近世』(國學院大學)などであり、地域でまとまっているのは『雅俗』(九州)、『混沌』(大阪、漢詩文が多い)、『東海近世』(名古屋)などがあり、ジャンルでは『俳文学報・会報』(大阪俳文学研究会)、『読本研究』(読本研究の会)、『江戸風雅』(江戸風雅の会)などがある。他にもいろいろあろうが、思いつくままなので、許されたい。我らが『上方文藝研究』は、その三つの要素がゆるやかにあるような雑誌であるかな。創刊からしばらくは全面的に阪大OBの方々の助けを得た。深謝している。
 『鯉城往来』は着実に年1回のペースを守っている。広島の地以外のメンバーも寄稿することがあるが、「往来」の誌名には、そのような開かれた場という意味合いもある。私も山口大学時代に研究会に2,3回参加した記憶がある。
 広島といえば横山邦治先生が『読本研究』を出していた地でもある。その横山先生が亡くなられたことに編集後記が触れている。横山先生の後任となった藤沢毅さんの文章である。横山先生と下垣内和人先生を両巨頭ととし、杉本好伸氏・久保田啓一氏を中堅として、その下の世代の藤沢さん・島田大助さんが会を引っ張ってきたという印象である。そういう中で、若手を育ててきた。本会の意義は大きい。
 なお、地域に根ざす研究会といえば、近世文学に限定するものではないが、北陸古典研究会を逸することはできない。たしか今日がその研究会の日ではないか。木越治さんを中心とし、非常にラディカルに、つまり根源的に文学と問い続けてきた研究会として特筆される。
 山本綏子氏が本号で問題とした「樊噲」の場面は、私も考察したことがある(『秋成 絆としての文芸』)ので、興味深い。「目おこせて」か「目おこせで」かという話で、私の趣旨からしても、この論は援護射撃になるのだが、賛否についてはもすこし保留したい。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

一九世紀文学研究会

高木元さんから、一九世紀文学研究会のご案内を受けた。
一九世紀は江戸から明治を跨いだ「幕末明治」の時代に相当する。

第9回 一九世紀文学研究会のご案内

下記の要領にしたがって第9回十九世紀文学研究会を催します。
ふるってご参加ください。

時 :2018年3月31日(土)14:00〜
場所:法政大学市ヶ谷校舎 ボアソナードタワー6階 601教室
発表:多田蔵人「森鴎外『舞姫』の文体」
:ロバート・キャンベル「煉瓦街の文学」

*会場はボアソナードタワーの6階です。一番目立つ高い建物です。
*懇親会はボアソナードタワーの25階のC会議室です
*第10回は2018年9月29日、第11回は2019年3月末を予
定しています。発表者を募集中です。ふるってご応募ください。
テーマは広く文学に関わることとして、お考えください。
hokkinin_19c@fumikura.net
宛に簡単な要旨でかまいませんので、添えてお申し込みください。

校舎配置図(富士見校地の吹き出しの中を参照)
http://www.hosei.ac.jp/access/ichigaya.html
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月08日

高田宏『言葉の海へ』解説を読む

 岡島昭浩さんの『国語元年』解説に引き続き、同僚で大阪大学文学研究科長の金水敏さんが、高田宏『言葉の海へ』(改版)の解説を書いておられる。この本は大槻文彦が『言海』というはじめての近代国語辞書を独力で完成した苦闘を描く名作である。巻末には元々の解説の大岡信氏の解説も載っている、贅沢なダブル解説だが、金水さんの解説は、大槻文彦の仕事が近代国家としてありうべき国語を構築するための「国語改革」という大きなプロジェクトに果たした役割を、具体的に示している。とくに、『言海』の「語法指南」にまとめられた実用的な、それまでにない日本語で書かれた本格的で網羅的な文法解説が重要だということを指摘している。
 以上、「解説を読む」シリーズでした。
 ちなみに同僚といえば、斎藤理生さん(近代文学専攻)が、坂口安吾の幻の小説「復員」を発掘したことも話題になっている。。7日発売の『新潮』に作品と解説が載るということである。あ、新潮社シリーズでもありましたな。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

仮名草子集成 第59巻 ひ

 『仮名草子集成第59巻 ひ』(東京堂出版、2018年2月)が刊行された。
「ひ」って何?と思う方がいるかもしれない。
 『仮名草子集成』とは、仮名草子という江戸文学初期の散文ジャンルの諸作品を、「あ」から順番に五十音順に刊行してゆくという壮大な事業である。それが「ひ」まで来たということだ。
第1巻の刊行は1980年だから、実に39年目に入った事業。責任編集者も何度か代わり、今は花田富二夫氏と柳沢昌紀氏。今回は「ひそめ草」下と「比売鑑」を翻刻。翻刻担当は、花田・柳沢両氏に加え湯浅佳子氏である。
 学問的に厳密な校訂を施した、仮名草子研究の基本中の基本となる叢書である。このような息の長い刊行事業には本当に頭が下がる。近く紹介するつもりの『歌舞伎評判記集成』もまたしかりであるが、「義気」のある人たちがいないと継承していけない事業なのである。終結まで私が見届けられるかどうかはわからないが、完成を心からお祈りしている。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国際シンポジウム「デジタル人文学とデータベース」

2018年3月16日(金)、上智大学の比較文化研究所が主催する、国際シンポジウム「デジタル人文学とデータベース」で発表します。

私は日本語で発表しますが、ウェブサイトに置かれている案内は英語であることからもわかるように、英語での発表が多いです。文字通りふつうの小学生なみ英語力の自分がどれくらい理解できるかどうかわかりませんが、たぶんほとんどスライドプレゼンでしょうから、少しはわかるかな。英語リスニングの勉強と思って、行って参ります。
内容は以下の通りです。

International Symposium sponsored by:
SOPHIA UNIVERSITY INSTITUTE OF COMPARATIVE CULTURE

DIGITAL HUMANITIES AND DATABASES

09:30– Reception Desk
10:00–10:10 Bettina Gramlich-Oka : Welcome Address
10:15–11:00 David H. Slater: Voices from Tohoku: Oral Narrative Archive of Disaster and Recovery
11:15–12:00 Hashimoto Yūta: Participatory Text Database for Premodern Japanese Texts
12:00–13:00  Lunch Break
13:00–13:45 Okada Kazuhiro: Japanese Philology: The Database of Premodern Japanese Works and the “Wakan meien” Hiragana Grapheme Database
13:45–14:30  Iikura Yōichi: Kuzushi ji Learning Application and the Utilization of Image Databases in Japanese Literature Research
14:45–15:30 Yamada Taizō: Flow and Utilization of Japanese Historical Data in the Historiographical Institute〇
15:30–16:15 Leo Born: Japanese Biographical Database: Application in Historical Social Network Visualization
16:15–16:30 Sakuma Tsutomu: Laures Kirishitan Bunko Database〇
16:30–17:00 Closing Remarks & Discussion
17:00–19:00 Reception

〇がついているのが日本語発表です。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

京大のお家芸

京大の和漢聯句研究会から『和漢聯句作品集成』(臨川書店、2018年2月)。和漢聯句とは、「漢詩を連ねる聯句と、連歌とが融合して成立した文芸形式」(日本古典文学大事典、深沢眞二氏執筆「和漢聯句」)である。
下記に示すように和句・漢句の順に始まる物を和漢聯句、その逆を漢和聯句という。
本書の最初に載せる慶長二年の冒頭の四句を挙げると、

待人の心ふるすな春の花
暖些宮柳濃
随風軽舞燕
霞たゑだゑあくる遠近

こんな感じである。和漢聯句の研究は京都大学のお家芸とも言える。長く研究会を続けていて、室町時代の和漢聯句作品を紹介してきたが、今回江戸時代初期のものを集成して刊行された。大谷雅夫さんをはじめとする一三名のメンバーによる信頼できる翻刻テキストの提供である。

posted by 忘却散人 | Comment(1) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月05日

木越治さんのこと

 木越治さんの突然の訃報に接して1週間経つ。私だけではないと思うが「木越ファミリー」という言葉を使うことがある。木越さん自身が大家族の中で育ったこと、木越さんも双子の息子さん(そのうちのお一人が近世文学研究者の俊介さん)をはじめとするにぎやかなご家庭をつくったこと(愛妻の秀子さんも日本近世文学の研究者)、金沢大学出身の教え子たち、そして北陸古典研究の会や和太鼓のグループ、東京に移られてからつくられた秋成研究会。おそらくそれらすべては、木越ファミリーと呼ぶべきものだっただろう。他にも源氏物語を読む会などをずっと続けられていたとうかがっている。木越さんは、そのように中心にいていただくとほっとする、希有な存在である。
 何を、何から語ればいいのか。あまりにも語るべきことがありすぎる。ただ、私は、自分自身の秋成研究との関わりで、木越治という存在の意味をここでは語るべきだと思う。そのつきあいは私がはじめて論文を書いた38年前にさかのぼる。
 私は修士課程1年の時に初めて論文を書いた。そして数名の方に論文を送った。お会いしたこともないような方ばかりだったが、皆さん本当に丁寧にご返事を下さったのに驚いた。その当時木越治さんは32歳だったか。富山大学におられたころだった。返書は便箋6枚に及ぶものだった。九大本『玉すだれ』の書誌を教えてほしいという依頼を含んではいたが、正味5枚は拙論への批評だった。このお手紙にどれだけ励ましを受けただろう。
 次の論文の時も便箋4枚に及ぶものだった。褒めて下さりつつ、足りないところを、きっちりと指摘されるのは前回と同じだった。
 第3論文では、秋成の学芸研究をいくらやっても作品論には繋がらないという批判を受けた。私はこの批判を受けたことが、現在の私の研究を形成するのに大きな意味を持ったと思う。私は、ここで作品を意識するようになった。
 第4論文も相変わらず学問的著作を扱ったが、私のやり方を「独自の世界を構築しつつある」とお認めくださった。「以前の妄言」は気にしないようにと。
 しかし、第6論文にあたる「春雨物語序文考」は、第三論文の返書にあった「いつか貴君の春雨論を読みたい」という木越さんの言葉にお答えしたつもりの論文だった。これを木越さんは評価して下さった。私はやっと秋成研究者の中に入れたような気がした。
 木越さんの研究は、真正面から、作品と対峙する作品論(秋成だけではなく西鶴も)がある一方で、春雨物語の諸本論や字母論のような文献的・統計的研究があり、怪談系浮世草子の翻刻・研究もある。落語や講談にも詳しく、その方面のお仕事もあり、本朝水滸伝の注釈もある。近年は藤岡作太郎の仕事を手がかりとして、「文学史」の再検討を行っていた。つまり、木越さんは方法的にもマルチな人であり、どんな研究であってもその意味を認めることのできる間口の広さを持っていた。パソコンにも強く、研究上のツールを自分で作るほどの力もあった。近年は、秋成忌の運営に積極的に関わっておられた。
 木越さんは、裏がなく、真っ直ぐな方で、言うべきことをはっきり言うから、厚い信頼があった。私も学会発表で、『秋成考』の書評で、中野先生の西鶴戯作者説をめぐって、「菊花の約」論で、私の説の批判を受けたが、それらは私にとって、自説に向き合う機会を与えていただくありがたいものであった。「菊花の約」論争は「リポート笠間」誌上で交わしたのだが、私の反論に対する木越さんの再反論「飯倉洋一氏へ」で一応終わった形になった。私はこの文章を、木越さんの私への遺誡と受けとめている。これらについては、また機会があれば改めて書いてみたいと思う。
 木越さんとご一緒した仕事もいろいろある。頼まれたこと、お願いしたこと。同じメンバーとしてやったこと、などなど。お願いしたことは、まず阪大で私が広域文化表現論という講座を担当していた時に、「テクストの生成と変容」という研究プロジェクトの一環として、「秋成文学の生成と変容」というシンポジウムを開催した。その時の基調報告を木越さんにお願いした。このシンポジウムを基にして、『秋成文学の生成』という本を作ったが、共編者として参加していただき、冒頭に木越さんとのメール対談を配した。このメール対談をしたころは本当に楽しかった。この本の出版は、秋成没後200年記念行事の先陣を切るものだったが、その後本格的に学会の援助を受けて上田秋成200年展を京都国立博物館で開催することになり、実行委員となった稲田篤信さん、長島弘明さん、木越さんとで、一生懸命準備をしたことも忘れられない(高田衛先生・中野三敏先生も実行委員だったが実働部隊はこの4人だった)。京都での打ち合わせの時、待ち合わせの駅前で帽子を被った木越さんが、なにかの本を読んでいらっしゃった姿がなぜか脳裏に焼き付いている。その流れもあって、『文学』誌上で実行委員4名が座談会をした。座談会は暑い夏に行われたが、ネクタイを持参してきた木越さんが、「あれ、みんな(ネクタイ)しないの?」とおっしゃったのが可愛かった。それでその座談会では木越さんだけがネクタイを締めている。また、これは私が依頼したわけではないのだが、『国語と国文学』には拙著の書評を書いて下さった。学会で長島さんと木越さんに酷評された「血かたびら」論を、訂正もせずに載せているのは「天晴れ」だと妙な褒め方?をされている。
木越さんは、大阪大学で行われている上方読本を読む会にも1度参加して下さったことがある。確かあの時は「木越ファミリー」が勢揃いしたはずである。また、京都近世小説研究会で、2回目の西鶴特集をやったときに井上泰至さんと木越さんを呼んで西鶴を論じてもらった。
 木越さんからも、『上田秋成研究事典』の一項目や『前期読本怪談集』の校訂(のための人集め)を頼まれている。後者はなんとか木越さんのお目にかけることができてよかった。前者は、私の「菊花の約」論を強く批判されたこともあり、笠間書院(当時)の岡田さんに、煽られて、反論を書いたところ、それにもきっちりと再反論していただいたのは、有り難かった。講義でもこの論争を取り上げると受講生の反応がいいのである。中野三敏先生の西鶴戯作説をめぐってもお互いのブログを舞台に論争、こちらも笠間書院のウェブサイトに転載された。
 こうしてみると、私の研究生活の中に、木越治という存在がいかに大きいかをあらためて思う。まだまだ書き残したことがあると思う。
 秀子さんや俊介さんの悲しみ、そしていろんな意味での木越ファミリーのみなさんの「木越治ロス」の大きさが思い遣られる。
 木越さんの古稀を記念して、論文集が編集されているという。どうやらそれは刊行されるようだ。木越さんも楽しみにしておられるだろう。
 本当に、まだ実感が湧かないのであるが、木越さん、これまで本当にありがとうございます。これからも、何度も何度もあなたの論文を読み返すことでしょう。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

科研研究会覚書

 先に告知していた、科研基盤研究(B)「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」(代表者・飯倉)の公開研究会が2018年3月3日(土)大阪大学豊中キャンパス(文学研究科本館・中庭会議室)で行われました。
15〜20名くらいを想定していたのですが、27名もの方が参加、東京や福岡からもご参加いただきました。
発表は次の4本。いずれもエキサイティングなもので、かつ質疑応答も議論沸騰し、刺激的で、充実した会になりました。
1 勢田道生 高橋図南の有職故実研究
2 盛田帝子 寛政新造内裏における南殿の桜−光格天皇と皇后欣子内親王
3 菱岡憲司 小津久足と本居大平――大平添削への反駁
4 青山英正 伊勢の文化的ネットワークと『春雨物語』
―石水博物館所蔵川喜多遠里宛竹内弥左衛門・正住弘美書簡をめぐって
 勢田氏は高橋図南という有職家の出自や著作、思想について基礎的な検討を行いました。有職研究という営みの意味について考えさせられました。特に東涯の門人であるということについて、人的ネットワークと思想形成の面で注目すべきだという議論がありました。儒学における礼楽や法制研究との関わりを考えるべきなのかと思いました。
 盛田氏は、光格天皇の中宮である皇后欣子内親王に注目。宮中歌壇で異例な待遇をされていることを指摘、そして光格が天皇在位中に、「南殿の桜」にこだわったこととその意味について論じました。欣子の異例な待遇についてはその出自とと関わらせての議論が交わされました。
 菱岡氏は、本居大平にうけた歌の添削について、徹底的に小津久足が反駁する資料を紹介し、その反駁の徹底ぶりに会場が沸いた。そして久足の添削観を足がかりに添削とは何かとか、大平否定的評価の広がりなどについて質疑が交わされました。馬琴研究がイメージする久足とは全く違って驚いたという感想もありました。
 青山氏は、石水文庫で調査中の川喜多遠里宛の膨大な書簡を読み込み、伊勢商人の書物交流を浮き彫りにする中で、秋成の著作、特に春雨物語文化五年本の貸借・書写の流れについて、見事に明らかにされました。いくつか問題は残るものの、桜山本・西荘文庫本・漆山本の関係が非常にすっきりと跡づけられました。秋成研究にとってこれは画期的な業績となります。
 これほど充実した研究会はそうそうないでしょう。参加された方全員が出てよかったと思っただろうと確信できる会でした。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

柳枝軒と古梅園

松尾譲兒氏『書肆柳枝軒と古梅園』(『名古屋大学国語国文学』110、2017年11月)。
古梅園とは、言わずと知れた奈良の製墨の老舗。そこにある資料調査については、2009年から2011年の科研事業(代表者は大谷俊太さん)で、悉皆調査が行われ、報告書が刊行されたことはこのブログでも既報した。
その後も、文化庁の「文化遺産を活かした地域活性化事業」として研究が進められていたようである。その成果は、『近世奈良墨資料T・U』として公刊されている。関連資料の影印・翻刻・現代語訳という丁寧な仕事である。そのプロジェクトに従事しつつ、研究論文をものしたのが、松尾氏である。どうも幼少期を長崎で過ごされたことがあるらしく、私も長崎人だけに、なんだか懐かしい。この論文では古梅園と柳枝軒との間に縁戚関係があり、柳枝軒は古梅園の販売代理店をしていたことなどが明らかにされている。また成嶋道筑や野呂元丈宛の書簡も紹介・解説されている(全文は、上記『近世奈良墨資資料』にあり)。古梅園・柳子軒の研究をしている人は必読。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする