2018年11月18日

歴史研究者に通史はかけるのか(続太平記コロキアム報告)

 太平記コロキアムin日文研2日目。満を持して?日文ハウスに宿泊したのは、ちと大げさだったかなと思っていたが、そうしてよかった。往復の時間分お仕事ができました。さて『観応の擾乱』の著者、亀田俊和さんは『太平記』全体に中国故事がどのように分布しているかに着目して分析した。たしかに『太平記』を読んで戸惑うのは、この中国故事の横溢で、なぜこんなにあるのか、という典拠論とは違う問題意識が新鮮である。質疑も有益で、中国故事の太平記への流入に幼学書の影響を考える黒田彰氏の業績などを荒木さんが紹介。
 次いで小秋元段さんが、各発表についてのコメント。『太平記』なしで南北朝史が書けるのかと、歴史研究側に問いかけた。これは、今回のシンポジウムの根本的な問題意識を具体的に顕在化したものだったように思う。
 その後、各発表者からまとめのコメントとフロアからの質疑があった。印象に残ったのは、谷口さんの「実態と認識」。これは呉座さんの『応仁の乱』の記述が認識というレベルを重視していたこととリンクする。井上さんの「通史というものは大衆的」。裏返すと学問的に通史を書くことは至難。たしかに非専門家が通史を書いているのは今も同じである。司馬遼太郎の小説を歴史書として読んでいる向きもあるだろうが、これも『太平記』の流れというわけである。
 南北朝史の叙述は『太平記』から逃れられないのは宿命的なものだろう。仮に『太平記』を全く使わない通史を書けたとしても、『太平記』を意識せずに書くことはあり得ないと谷口さんが言うとおりである。
 どうも物語>歴史(研究)のようである。だからこそ、歴史学のアイデンティティのひとつは、物語の否定にある、ということになる。我々の前提としてある〈物語〉、江戸時代でいえば、「江戸時代は鎖国だった」という物語を否定するのが歴史学、という印象がある。しかし、それは、大衆の歴史認識においては物語が優先しているということであり、歴史学のインパクトとは物語の否定だということになり、それはいわば破壊であって創造ではない。もし、実証的な歴史学が新しい物語を作るとすれば、それはなかなか面白いことなのだが、小秋元さんによれば、それは「方法としての『応仁の乱』」ということになるのだろう。小秋元さんのいう方法としての『応仁の乱』とは呉座さんの方法で、「応仁記」など既存通史の枠を借りない、京都ではなく奈良の視点で描く、ということである。しかし、どなたがいうように、応仁の乱の時代には『太平記』のようなカノン的な通史がないのである。はたして南北朝でそれが可能なのか。
 井上さんの提案する『太平記の虚像と実像』という本は、秀吉の虚像と実像よりもかなり厳しそうだが、人物を10人くらい取り上げてやると面白そうである。
 近世演劇の作法「世界」と「趣向」ということを考えると、『太平記』は『平家物語』や『曽我物語』と同様、「世界」を構成する作品である。その「世界」を検討すると近世的太平記観が浮かび上がるだろう。その意味で、コ治主義を謳う儒教的な『太平記』の序は重要なのだろう。序をどう考えるかは質疑で出た論点のひとつである。
 近世後期文学は、このような軍記を図会という形で解釈したりする。読本の図会物というのはきわめて思想史的な問題をはらんでいる。ここでも井上氏の仕事が関係してくる。今回頂戴した「幕末絵本読本の思想的側面」(日本学研究 28)もそのひとつである。


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2018年11月17日

太平記コロキアム in 日文研

日文研の荒木浩さんの主宰する共同研究「投企する古典性−視覚/大衆/現代」の特別版、太平記コロキアム初日。たぶん数十人が集まりましたが、歴史学と文学の垣根を越え、近世と中世の境を越えて、すごいメンバーが集まっていたので、表には出さねど「うわーすごい!」と、心中ではミーハー的にはしゃいでおりました。まず、コーディネーターが呉座勇一さん、本日の発表者は、和田琢磨さん、谷口雄太さん、井上泰至さん、伊藤慎吾さん。全部面白かった。和田琢磨さんは太平記諸本研究史を整理するとともに、異文発生は武家の関わり以外にも考えられるのではないかということを提起した。谷口雄太さんは歴史家が現在でも「太平記史観」にとらわれているとして、足利・新田のとらえ方を切り口に挑発的な問題提起をした。フロアも黙ってはいない。論われる側の兵藤裕巳さんや市沢哲さんがその場にいて発言されたり、松尾葦江さんが「太平記史観」という問題意識そのものへの疑義を出されたり。井上泰至氏の近世における太平記享受の展開は、国学・皇国思想との結びつきに焦点を当てたもの。井上軍記学の集大成的な発表ともいえ、このところの私の関心(名所図会や絵本読本)ともリンクして面白かった。渡辺泰明さんのお顔も見たが、挨拶する間もなく、角川賞のお祝いも言えなかったのは残念であった。伊藤慎吾さんの太平記に登場する妖怪の展開、現代のRPGやライトノベルまで広く、射程長く見渡していて、共同研究テーマの三要素をすべて備えた発表だった。明日は、太平記と中国説話、そして小秋元段さんの総合コメント、ラウンドテーブルとまたまた楽しみである。懇親会のあと、敷地内のゲストハウスに泊まって時間の節約。
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2018年11月09日

動物怪談集

 ニャンコやワンコに限らず、動物番組って人気がありますよね、むかしから。
 そのまたむかしの、江戸時代ならどうでしょう。
 狐・狸・蛇・猫・・・と、人間に化けたり、悪さをしたりする動物が、本の世界、演劇の世界で大活躍・・・。
 というわけで、『動物怪談集』なるアンソロジーが編まれた。
 国書刊行会の「江戸怪談文芸名作選」の第四巻、近衞典子さんが校訂代表。2018年10月。
 編集者の書く帯が相変わらず華麗で、今回は「動物たちが縦横無尽に活躍するファンタスティックでユニークな怪談集」と謳う。
 収められた怪談は五編。帯では意匠絶巧・痛快洒脱・珠玉の浄瑠璃調・弁惑物の怪作と、繰り出す作品を形容する。
 この中の『風流狐夜咄』をかつてすこし取り上げたことがある。夢の中で、狐が順繰りに扇を回しながら咄をする(夢の中でのことという設定だが)、当時の夜咄のあり方をどこか反映していると思われて興味深い。また「順咄」という語が注目される。
 丁寧なあらすじを含め、解説も丁寧である。
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2018年11月08日

信多純一先生

信多純一先生が逝去された。

その学問的・教育的業績は、ここであらためて言うまでもない。
近松をはじめとする近世演劇研究に加え、絵画と文学の関係についての論も多く、どれもが魅惑的な論である。
八犬伝や好色一代男にも一家言があり、議論を巻き起こされた。

先生に対しては、「恐れ多い」「申し訳ありません」という言葉が私の中から湧き上がってくる。
実際、先生からは、何度か、流麗な文字で書かれたお手紙をいただくことがあったが、そこに書かれていたのは、いつもご教示とご叱責であった。
先生は、阪大の国文学(今は日本文学)の研究室を本当に愛しておられ、心配しておられた。
私などが、近世文学の教員を務めていることに、危うさを感じられておられたと思うと、まことに恐れ多く、申し訳ない次第なのである。

もともと私は大胆で一見奇抜な論文を読むのが大好きだったので、大学院生時代から自分勝手に信多先生ファンだった。もちろん、先生の本領は厳密な学問である。しかし、あっというような仮説を述べられることがあるのだ。

教え子の方たちと比べると、私の思いなど、芥子粒のようなものだが、私なりにいろいろな思い出がある。
それを全てここに記すことはもちろんできない。少しだけ記す。

私の後輩の時松孝文君が浄瑠璃研究を志し、中野三敏先生のお勧めもあって、信多先生の門下になった。
その時松君が、ある私のことば(信多先生に関することではない)を、信多先生に告げたところ、「けしからん!」とおっしゃったということ。「言うなよ〜、時松」とその時思ったが、何十年もたってみると、なにか私の中ではいい思い出である。時松君は若くして急逝したが、葬儀の時の信多先生のご弔辞は、胸を打つものであった。

先生が叙勲を受けられた時、先生の功績調書を作成したことがある。教え子に協力してもらい、過去の「国文学」と「解釈と鑑賞」の学界時評を全部確認したことがあった。先生ご自身も、多くの書評や新聞記事をストックされておられたが、時評までは確認されていなかったようで、感謝されたことがある。先生とメールや電話にやりとりを頻繁にしたのは、この時だけだったが、これも貴重な経験であった。
叙勲ご受章のお祝いの会では、かたじけなくも先生ご夫妻と同じテーブルにすわらせていただき、大変緊張したが、有り難かったことを思い出す。

また、先生と親しい柏木隆雄先生が、阪大の日本文学の教員との会食で、先生をお招きくださったことがあり、会食のあとに、信多先生行きつけのすごく格調の高いカラオケ店(?といっていいのか?知らない方もいるなかで一人ずつステージのようなところで歌う形式。元歌手の方がたくさん常連でいらっしゃる。リクエストは紙に書いて渡す)に連れて行ってくださったことがあり、そのプロ並みの歌に驚いたこともあった。

そして先生は、本ブログのコメント欄にコメントをお寄せくださったことがあった。「志水」の号で。これは本当に嬉しかったのである。
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2018年10月31日

水鳥荘文庫目録(第二版)の御上梓に快哉を叫ぶ

『水鳥荘文庫目録』(第二版)(弘学社、2018)は水鳥荘主人こと柏木隆雄先生蔵する所の洋書の目録なり。十六年前に第一版刊行せし以来購ひし一千五百余冊を加へ、第二版とす。併せて一万余冊といふ。A5判にして目録は四百頁を超え、解説また七十頁を費やす。吾は仏語を解せざるも、解説は和語なるを喜びこれを摘読すれば、稀覯本・初版本・美装本を述べて学術的価値に及び、学ぶこと少なからず。
先生の目録再版を思ひ立ちしは2011年の冬、南仏ニースにての事なり。古きよりの知人にして古書店主のヒルラム氏に逢ひ、「古書語り」に花咲き遂に目録再版を約するに及びしと。吾ら夫婦、その旅(同地美術館に所蔵せる北斎漫画の調査なり)に同行を許され、その晩餐の現場にも同席せしことは、忘れがたき思ひ出なり。第二版序に我らが名を以て紙面を汚せしはかかる理由なり。恐れ入り奉りしことなり。また五百四頁に載る写真は吾が撮りし写真ならん。
言ふまでもなし。「水鳥」は、酒(氵に酉)を意味する語にして、仮名草子にも『水鳥記』なる酒豪の物語あり。柏木先生の酒を愛すること、先生を知るものは誰か知らざる。
いざ、本書の開版に祝杯挙げん。目出度し、目出度し。
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2018年10月28日

東京百年物語

文学地理学がらみの本、岩波文庫からも出ています。
『東京百年物語』。2018年10月。東京を描いた文芸アンソロジー。第1冊は、1868〜1909。
解説は、ロバート・キャンベルさん。
いまは亡き雑誌『文学』に「銀座文芸の100年」を連載していたが、それがベースになっているのでしょう。
巻頭の『東京銀街小誌』にはなんと現代語訳!東大での演習の成果が反映されていると。
この作品、『江戸繁昌記』に連なる「繁盛記物」だということ。まことに生き生きと明治初期の銀座が甦ります。
勝手ながら、この本、文学地理学を考える一助にさせていただきます。


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祈りと救いの中世

私は学部生のころ、親鸞の『教行信証』を唸りながら読んでいた。
その論理の構築に興奮しながら、日本思想大系の頁をめくっていた。
私は西洋史学に進学予定だったが、その本によって、日本の仏教文学を研究しようと転向することになり、日本文学に進学、中世文学の研究書をあれこれ読んだりもしていた。中世の、死を見つめながらの思索的な世界に憧れていた。
どういうわけか、というよりも、日本文学に進んで見ると、中世文学の先生はいなかったので、結局またまた小さな転向をして、近世文学を研究することになった。なにか、ずっと違和感を感じつつ、今日に至るわけである。しかし、近世を選んだことはもちろん後悔していない。
なぜなら、違和感を感じたつづけてきたことが、自分にとっては幸いだったと思っているからである。
しかし、学部のころの仏教に対する探求心のようなものは、いつのまにかどっかに行ってしまい、中世文学研究にも、ごく一部をのぞいて、目配りをしていなかった。
しかし、今、開催されている東京立川の国文学研究資料館の特別展示、「祈りと救いの中世」(10月15日から12月15日の期間、開催されている。日曜、祝日と11月14日が休館)の図録を拝見して、40年ぶりくらいに、それが蘇っているのは何故なのだろう。いや、正確にいうと、少しは近世文学を研究したことで、新たなアンテナが立ち、反応しているのだろうか。図録の巻頭言ともいえる「祈りと救いの遺産ーテクストに託された唱導のはたらき」という阿部泰郎氏の文章にのめり込んだ。そうか、唱導とテクストか。もちろん近世でも堤邦彦氏がこのテーマをずっと追っている。私はそれを唱導とテクストの関係という問題意識であまり見てこなかったのだ。唱導行為をテクストや絵に移植する時に、文字あるいは料紙のもつ様々な制約と制度から、衝突がおこり、その負荷とも呼ぶべきものに、思想や文芸の可能性がある。
 とくに絵の問題は、これまで私があまり顧みなかったことだが、このごろ絵入本ワークショップに参加しているせいか、絵の意味を考えるようになってきているので、今回の展示でも、唱導というパフォーマンスとテクストそして絵の三者の、さまざまなベクトルを想像していると、脳内がいったん混乱するなかから、ある思念が立ち上り、錆びた部分に注油されるという感覚を覚えるのである。
 実は、この期間、東京に行くことがかなり難しいと感じているが、これは無理してでもいくべきなのではないかと、学部生のころの自分が今の自分に呼びかけている。
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2018年10月27日

不忍池ものがたり

またまた鈴木健一さん。このブログ10月に3回、新著で登場、しかもこれは単著である。
『不忍池ものがたり 江戸から東京へ』(岩波書店、2018年10月)。
最近の、このブログの話題として「文学地理学」があるが、まさしく、この本、文学地理学の成果といってよい。
もともと、名所図会や名所和歌集の研究をしてきた鈴木さんの著書としては、必然の帰結であろう。
不忍池の語源、地理的考察から、文化的意味、文学的意味、歌枕としての成立、漢詩人の見る不忍池など、軽快に筆が走る。
中でも、歌枕としての考察は、デジタル文学地図プロジェクトと大いにかかわるので、興味を引く。
そして今回の本は、「江戸から東京へ」という副題にあるように、明治期における不忍池に紙幅が割かれている。
戊辰戦争の激震地、上野という文化的な場所の中での位置、そして鴎外の「雁」、さらには江戸川乱歩、吉本隆明まで出てくる。
まさに不忍池の文学史だが、そういうタイトルではなく、「ものがたり」である。
これは池そのものの歴史と、池を見てきた人々の歴史、それを称する言葉なのであろう。
池というのが、文化的な存在であることが最初に述べられている。湖・沼・池と並べると、確かに池だけが庭園という人工的な空間に
存在しうるものである。着眼がやはり非凡なのである。

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輪切りの江戸文化史

鈴木健一さんの編んだ『輪切りの江戸文化史』(勉誠出版、2018年10月)が、刊行された。
かつて學燈社の『国文学』の臨時増刊号かで、『編年体日本文学史』というような企画があり、10年おきぐらいに時期を区切って、分担執筆するというものがあったように記憶する(正確ではないかもしれない)。それもひとりが50年分くらいを担当したのではなかったか。
また、岩波講座日本文学史も、世紀別の編集(それぞれの分担は専門の人に依頼したもの)で話題を呼んだが、それも早昔話。
しかし、今回の企画は、任意に選ばれた江戸時代(といっても明治20年もはいっているが)のある1年を15選んで、それぞれを一人の研究者に書かせている。
その1年はどのように選ばれたのかの説明はないが、鈴木さんが重要な年として選んだのだろう。もちろん、違う選択もありうる。私には嬉しいことだが、近世中期、つまり十八世紀にバイアスがかかっている。近年の研究傾向を反映しているのだろうか、十八世紀を推している私としては、「おお、いいじゃん」と思うわけだ。そして、その1年を誰に書いてもらうのか、これも鈴木さんのセンスである。漢詩・和歌・俳諧・演劇・小説と、それぞれの専門にどうしてもかたよってしまうところもある。たまたま出来上がった輪切り文化史は、作りようによっては、まったく違うものになる、そういう可能性に思いを寄せながら読むのもまた一興だろう。
 それぞれの原稿は、この特異な形式の依頼でしかありえない内容であるが、みなさん自分の関心外のところにも触れないわけにはいかず、なかなか苦労しているのがよくわかる。そしてこわいのは、その1年の総括をそれぞれの担当者がするため、その担当者の文化史観がモロに出ているところだろう。他の人が書いたら、全然違う物になるだろうな、と思わせるわけだし、文化史観の豊かさ、深さというものの個人差が結構はっきり出たりするので、案外執筆者にとってはシビアだったのではないだろうか。
 しかし、どの年にしろ、なんらかの意味で「転換期」と捉えているものが多かったように思う。鈴木さんがそういう年を選んでいるのか、輪切りにすると、伝統と新興の両方が見えるので、そうなるのか。
 この輪切り文学史、違う編者が違う年を選び、違う執筆者に頼んで、別バージョンを作ると面白いだろうな、と無責任なことを考えた次第である。
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2018年10月24日

芭蕉の手紙展を観る

前に案内をこのブログでしていましたが、実際に見てまいりました。
今日はゼミのメンバーで「芭蕉の手紙」展見学。この展示を担当した辻村さんにギャラリートークをお願いし、みっちり90分解説していただいた。

手紙というのは懐紙などのハレの文字とは違い、”素”がうかがえる文字であるので、筆跡鑑定にも重要な資料であること。
その中でも、人によって、中身によって、芭蕉は書き方を変えている。
たとえば、女性への手紙と男性への手紙、明らかに書きぶりが違う。
また、スケジュール調整をするような手紙、俳諧について論じるような手紙、これまた違う。
とくに、「風雅」を述べる手紙は、特別の思い入れがこもるような書きぶりとなる。
だから、芭蕉の手紙を活字で読んでも、それは、十分に読んだことにはならない、のである。
非常に共感する解説である。秋成の書簡にもそれと同じことが言えるのである。

今回、初めて展示される新資料もあり、俳諧研究者も必見であるし、芭蕉の愛読者にもぜひ観ていただきたい。

さて、図録の表紙、いろいろ仕掛けがあったんですね。いろんな方向からこの表紙をながめると、ああっ!という仕掛けが。そしてそこに籠められた意味、説明されてなるほどと唸りました。ぜひ、図録を手にされた方は、トライしてください。

さらに、芭蕉の文字でつくった変体仮名表「芭蕉のくずし字」クリアファイル!これはくずし時の勉強にもなるし、お土産にも最適ではないだろうか。
いい展示ですので、お勧めです。
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2018年10月22日

古典籍を開くために

国文学研究資料館の広報誌『国文研ニューズ』53号(2018年10月)に、「古典籍を開くために」というエッセイを載せていただきました。
いずれ、WEBにも載せられるはずですが、現在はまだのようです。紙媒体をどこかで見かけられたらご笑覧ください。
著作権は国文研に渡しておりますので、再掲はできませんが、ないじぇる芸術共創ラボとクラウド・ソーシング翻刻の可能性について述べました。
「みんなで翻刻」をヒントにして、古典籍をみんなで翻刻・現代語訳・翻訳しようという夢想について書きました。
「勝手なことをまた」とおっしゃる向きもございますし、その方のお気持ちも実によくわかっておりますが、そこは夢想ということでお許しを。
ところで、ないじぇる芸術共創ラボというのは、一体なにをやっているのだろうと思いますよね。
 学会で当事者(古典インタプリタ)に聞いたところ、いまは仕込みの段階で、徐々にアウトプットをしてゆくということです。
 古典を素材に、演劇をつくったりしているようですが、確かに、そんなに簡単に公開!ってわけにはゆきませんよね。期待しましょう。
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学会記(愛媛大学)

日本近世文学会秋季大会は愛媛大学で行われた。38年ぶり。長島弘明さんの閉会の挨拶で、そのことに触れられたが、実は私にとってはじめて学会に出たのがその38年前の学会だったのだ。小倉から夜行のフェリーで園田豊くんと行った。雑魚寝だったが、隣のグループがたまたま、私の同級生の結婚式に向かう人たちだったので吃驚した。朝早く着いたのですることがなく、道後温泉に向かい朝風呂。お風呂にいたのが長島さんだった(その時はそれと知らなかったのだが、学会で、「あ、あの人は・・・」となったわけである。白石良夫さんから紹介され、抜き刷りをいただいた)。
おっと昔話はこれくらいにして、今回の学会。神楽岡幼子さんのお世話だったが、まことに行き届いた運営で、素晴らしいの一言。とくに懇親会のお料理・お酒の美味しかったこと。
初日は、鈴鹿文庫と愛媛の芸能をテーマにしたシンポジウム。前半は方丈記・徒然草の話題で、中世文学とクロスする内容。中世文学の専門家の質問もあり、スリリングに展開した。後半は、川名津神楽というアクロバティックな「柱松登り」の神事が、動画で紹介され、これまた息をのんだ。
二日めは研究発表が九本。こちらは質疑応答が非常に勉強になった。たとえば演劇ネタを草双紙化する場合の傾向がデータで示されたが、なぜそうなるのかというのが、ベテランの研究者の方々の質疑で明確になった。私が司会をした都賀庭鐘の作品について中世文学専門の方が、三国志享受という枠組で南北朝期の学問の影響を指摘されたが、質疑は庭鐘の『英草紙』や近世の同時代の文芸・歴史観からのもので、応答は残念ながら絡んでいたとはいえないが、庭鐘をそういう枠組で扱うという発想は近世文学研究側にはなかなかない。あえてアウェーの日本近世文学会で発表されたのは、開催大学の方だったということもあろうが勇気の要ることで、有り難かった。
会員が漸減しているこの学会で、もはや近世文学研究という枠組だけでの議論は、縮小再生産になってしまう恐れがある。意識的にディシプリンを越えた企画や、発表勧誘があらまほしく、そういう意味で、今回の愛媛大学の試みは、そのひとつのモデルであった。昨年の鹿児島大学でも中世文学の専門家をお招きした。講演やシンポで、他分野の人をどんどん呼び、学会発表もしていただく、これがダウンサイズは避けられなくとも、活発に学会を運営する一つの道だろう。
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2018年10月19日

漢文のルール

『和歌のルール』『俳句のルール』に続く第3弾。笠間書院。出たのは2018年5月。いまごろの紹介で申し訳ありません。
たしか、和歌も俳句も、ここで紹介していたと思うので、漢文も。
鈴木健一さんの編。漢文だけど、日本文学研究者が分担執筆者の多くを占める。
それは妥当だろう。おそらく中国文学研究者は、漢文ではなく、「中文」で読むのが普通で、返り点、訓点を付けて読む漢文というのは、いわば日本の中国文学(文学に限りませんが)受容の一形態であり、日本文学研究者こそ、漢文のルールは必須だからである。
 ご心配なく。日本文学の中でも若手を中心に優秀な日本漢文学研究者を鈴木健一さんはちゃんと選んでますから。
 そして学校教育における「漢文」を教える人、「漢文を学ぶ人」にも有用なことは言うまでもない。
 レベルは高いが、ですます調で読みやすく、ハンディである。
 
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2018年10月15日

「芭蕉の手紙」展

芭蕉の手紙24通を中心にした特別展が、柿衞文庫で開かれている。ゼミで見に行く予定だが、図録を先に手にすることが出来た。
これは、かなり期待できる。解説が丁寧・親切そして学術的にも深い。学芸員辻村尚子さん(私の教え子)の渾身の展示である。

新理事長の坪内稔典さんが冒頭の挨拶文を書いている。
図録のデザインもこれまでにない斬新さ。
貞享から元禄にかけて、時系列で並べていて、芭蕉の生の声で人生と交友を辿れるような仕組みである。
取り急ぎ、ご紹介。あとでまた、補足するかも。



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2018年10月14日

文学地理学入門


 10月11日、私の授業の時間を使って、ユーディット・アロカイハイデルベルク大学教授の講義「文学地理学入門」が行われた。
現在、ハイデルベルク大学・国文研・大阪大学が共同で進めている「デジタル文学地図」の理論的な土台である「文学地理学」。なんとなく、わかったような気でいたけれど、講義を聴くことで、その理論・意義・歴史などが、私の中でかなり整理された。学生にとっても、とても刺激的であったようで、みずからの研究に照らして、色々な質問も出た。
 その理論のベースは、チューリッヒ大学のピアッティ・バーバラ氏の『文学の地理学−場面・ストーリーの空間・想像された空間』という著書である。原題はPiatti, Barbara: ”Die Geographie der Literatur, Göttingen” 2008。残念ながら邦訳はないようなので、是非これは出版していただきたい。
 ヨーロッパの文学地図というプロジェクトのウェブサイトもある。
  もう1冊、フランコ・モレッティの”Distant Reading”こちらは、邦訳あり。邦題は『遠読』。何百冊もの英国小説を地図に載せていると。どの場所が、文学でよく描かれるのか?をはじめとする遠読ならではの分析が可能。この本は私も知っていた。
 日本にも前田愛氏による『都市空間のなかの文学』という、文学空間に注目した名著がある。前田愛の分析は、作品によって方法が違うようにも思ったが、文学地理学は、多くの作品の場所を地図に載せるというところが、今の時代ふうである。ピアッティ・バーバラ氏は、スイスの山中、プラハ、北ドイツの海辺という場所をとくに選んで分析しているという。
 歌枕を日本地図に載せ、その歴史的奥行きと空間的分布を分析する「デジタル文学地図」も、複数の古典和歌・古典作品からピックアップして、その地名・場所の意味を考えるものである。
 文学地理学の射程は大きく、場所・地域の描かれた方、ひとつの作品の中での場所をベースにした分析、虚構空間と世界感覚など、いろいろな研究方法が浮上する。無意識に使っている方法もあるな、と伺いながら考えたところである。
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