2024年03月11日

江戸の合巻

佐藤至子(ゆきこ)さんの『幕末の合巻 江戸文学の終焉と転生』(岩波書店、2024年2月)が刊行されている。
「合巻」とは何か。本書の「はじめに」に次のようにある。
「合巻は江戸で出版された草双紙の一種である。草双紙は中本と呼ばれる書型の絵入りの読み物で、赤本・黒本・青本・黄表紙・合巻の五種類がある」
「合巻は、黄表紙の後継のジャンルとして文化期(1804〜18)に発生し、明治20年(1877)頃まで続いた」
では、草双紙とは?「ほぼすべての紙面に絵があり、絵の余白に文字が書かれている」。「草双紙には五丁(10頁)を一巻と数える慣習があり」「数巻を合わせて一冊に綴じる方法がとられるようになり、それを「合巻」と呼んだ」。
 このように、「合巻」は、草双紙、つまり絵本の流れにある。合綴されることにより、一定以上の長さが生まれ、豊かな物語性をもつことになる。形としては黄表紙、内容としては読本(よみほん)に近づくのである。
 「合巻」を正面から謳った研究書は私の記憶ではほとんどない。本書は、今後合巻研究者が必ず手に取るべき本になるだろうし、合巻研究の入門書の役割をも果たす。それに耐えうる内容・構成を持っている。というのも、本書第1部の第1章「合巻の流れ」で、合巻の概要と合巻史がわかりやすく叙述されているし、第2章では明治以後現代にいたるまでの研究史が、文学研究の中に位置づけられながら概説される。著者も、本書が合巻の基本図書になるであろうというじ自負のもとに、第1部を書き下ろしたのであろう。徹底的な先行文献の紹介で、合巻研究初心者は、安心して合巻の研究世界に導かれる。
 第2部・第3部は合巻を代表する作品である『児雷也豪傑譚』と『白縫譚』をそれぞれ論じる。『白縫譚』は合巻の中で最も長い。国書刊行会から佐藤さんの校訂で3冊本が刊行された時には目を剥いた。こんなものを一人で・・・と。しかし、とある学会の二次会の席でご一緒した長島弘明さん(佐藤さんの指導教員)から佐藤さんが修論を書き上げた際に、黄表紙という黄表紙を読み尽くした、とおっしゃていたことから、なるほどその人なら、とも思ったものだ。まだ佐藤さんのことをあまり存じ上げなかった。第2部第五章の「長編合巻を作る−キャラクターと見せ場」は、読者を意識した合巻の作り方を解説したもの。
 第4部の「越境する合巻」は、合巻と歌舞伎、合巻と読本という隣接ジャンルとの交渉を明らかにしていてる。歌舞伎・読本・合巻という三つのジャンルの相互影響と相互依存、共栄のありさまが具体的にわかる。またこれらのジャンルが「世界」と「趣向」という作品創造の方法を共有していることもよくわかる。その上で、第三章の「伝奇性と当世性」は、「芸者像」にフォーカスしながら、優れた合巻の伝奇性と当世性の接合を解説してゆく。さらに、越境は時間をも越える。第五章「合巻と転生ー虚構の生命力」は、「転生」というキーワードで、合巻研究を一気に平安時代から、そして現代へと繋ぐ。紹介されている高木元さんの「八犬伝の後裔」における九つの受容のありかた(翻刻・抄録・改作・外伝化・戯曲化・図像化、蘊蓄、翻訳、研究)を最初に紹介されているが、この内の外伝化(スピンオフ)を「転生」という言葉で呼ぶ。「転生」の主体は虚構自体。虚構自体に転生する力が内包されている、それを虚構の生命力と佐藤さんは考える。
 去年の二月に開かれた国際シンポジウム「古典の再生」は、高木さんのいうさまざまな受容のあり方を2日間にわたって議論した。それは3月末に書籍化されるが、そこに「転生」という言葉は出ていなかった。なるほど、やられた!と、個人的には思う。それほど「転生」という語は、魅力的なのである。
 合巻は、絵が主体であり、現代のマンガ・アニメに「転生」しているため、海外の人が興味をもつポテンシャルがあることに気づかされる。なにしろ、江戸時代の本も、絵があれば海外の人の興味を引く。ホノルル美術館のリチャード・レイン文庫の膨大な絵本コレクションを見れば明らかである。絵入読物は美術史側からも現時点ではあまり手をつけられていない(辻惟雄氏は例外)が、本書は学際的・国際的に合巻研究を普及する起爆剤になるのではないだろうか。

 
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2024年03月02日

後陽成天皇

 20名以上の歴史学・日本文学・美術史らの研究者を糾合して、後陽成天皇とその時代を多面的に追究する橋本政宣『後陽成天皇』(宮帯出版社、2024年1月)が刊行された。「秀吉と対峙しつつ宮廷文化・文芸を復興させた聖王」という副題である。江戸時代における上方(京都)の文芸を考えるには、どの時期であっても天皇の文事は避けられない。後水尾天皇・霊元天皇・光格天皇はその中でもきわめて重要で、これまでも盛んに論じられてきた。しかし、なんといっても、江戸時代成立の際に天皇であった後陽成天皇は、その始発なのだから、その文学的な意味を、きちんと教えてくれる本が欲しかったわけだが、まさに、現時点における決定版となるのが本書だろう。天皇の文事を考えるには、もちろん政治が強く関わる。とりわけ、後陽成天皇時代における朝廷は、江戸幕府という統一政権成立に深く関わる。それを詳細に教えてくれるのが本書である。秀吉との対峙のあり方も重要である。
 そういう意味で、歴史研究者の書いた文章が私には興味深かった。巻頭の橋本先生の総論はもちろんだが、矢部健太郎氏「豊臣摂関家の形成と「武家家格制」、藤田恒春氏「関白豊臣秀次と文事策」、田中暁龍氏「江戸幕府の成立と朝廷」、岸泰子氏「内裏・院御所の造営と公家屋敷地の形成」らが勉強になる。またコラムだが、川上一氏の「後陽成天皇歌壇寸見ー『慶長千首』から−」は、「現代の我々に当日の空気感を十分に伝えてくれている」資料の紹介だが、なにか後陽成天皇の人間性に触れたような気持ちにさせるもので、その「切り取り力」に感心した。
 もちろんその他の論考も興味津々である。六〇〇頁超の大冊で、これを1頁1頁めくっていくと、それだけでも昂揚を覚える。
 それにしても、本書には「はじめに」や「あとがき」がなく、なぜこのような論集を企画したのか、そのコンセプトや人選についての編者のコメントがないのが残念である。出来上がるまでかなりの歳月を費やしたらしいことは、何人かの論考の付記で推測されるのだが、そのあたりの苦労話などは・・・。と、大体、本のあとがきから読む私には、そこのところがちょっと物足りなかったのであった。


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2024年02月28日

田渕句美子『百人一首』(岩波新書)

 田渕句美子さんの『百人一首ー編纂がひらく小宇宙』(岩波新書、2024年1月)。近年話題になった田渕さんの〈『百人一首』は藤原定家編ではない〉、という説については、このブログでも触れたことがある。教科書を塗り替えるくらいの衝撃的な説であるが、その論証は淡々としたもので、奇をてらったものではなく、多くの研究者の賛同を得ている。『百人一首の現在』という研究書につけば、それもよくわかるだろう。今回、田渕さんの『百人一首』についての見解が、一般読者にもわかりやすく新書で提供されたことは、まことに喜ばしいことである。
 とくに勉強になったのは序章と第一章の「『百人一首』に至る道」である。わずかな叙述量であるが、『百人一首』の見方と、『百人一首』までの和歌史が、実に見事に構築されている。第一章は『百人一首』までとはいえ、和歌史の根幹になる部分が押さえられ、書名や歌人を並べただけの文学史とは全く違う、立体的な和歌史になっている。これは、古典和歌を学ぶ人必読だろう。
  百人の歌人・和歌一首ずつのコンパクトな枠の中に王朝から中世前期の古典和歌が凝縮されているアンソロジー、これは『百人秀歌』が創成したコンセプトで、『百人秀歌』の編者、定家の独創。勅撰集から選ばれた。本書は、編集という観点を重視する。ウォルター・マーチという映画編集者の言葉を持ってきて、(すぐれた)映画の編集方法を勅撰集の編集方法が同じだと見立て、編集の観点から勅撰集の歴史を述べていく。歌風とかではないのだ。そして院政期に出現した『堀川百首』の与えたインパクト。これを大きな転換点として、和歌は題詠が主流となってゆく。宮廷和歌=題詠はここから始まる。題詠は、題の本意を詠むので、コミュニケーション手段としての和歌から、美的観念的世界へと飛翔する。こうして勅撰集も変化するのである。そして定家も選者の一人であり、後鳥羽院が深く関与したとされる『新古今和歌集』が八代集の締めくくりである。その八代集の歴史をコンパクトにバランスよく箱に納めたのが『百人一首』である。その原形である『百人秀歌』に、定家のアンソロジストとしての手腕が見える。
 さらにこのごろ大河ドラマのお陰で知名度をあげている藤原公任の『三十六人撰』のアンソロジーとしての意義を説き、アンソロジー史として『百人一首』を位置づけてゆく。
 いやはや、ここまではしかし、本書の序奏(助走)に過ぎない。本番はこれからだ。ここからが田渕説の真骨頂である。以前も書いたが、誰に向けて書いたのか(編纂したのか)、古典の世界では、これが大切である。誰かに依頼されたり、誰かに贈るというモチベーションなしに、前近代の作者・編者が作品を作ることはまずありえないと私も思うし、少なくとも私の研究する秋成が膨大に残した作品(一応写本に限定)のほとんどはそうだろう。よって、その点を重視する田渕説の方法に私も深く共感を覚える。その肝心かなめの第二章以下も読者は味読していただきたい。

 
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2024年02月18日

ワークショップ「18-19世紀京都文芸生成の現場−みやこに吹く新しい風」

ワークショップ「18-19世紀京都文芸生成の現場−みやこに吹く新しい風」
のご案内です。
私は司会担当ですが、発表者のは第一線で活躍中の中堅・気鋭のみなさんです。
対面開催ですが、ご興味のある方は是非ご参加下さい。


日時 3月3日(日)13:25-17:40
場所 京都産業大学 天地館304教室(T304)↓
https://www.kyoto-su.ac.jp/facilities/cam_map.htm

主催:基盤研究C(基金)「幕末維新期における天皇歌壇を中心とする文芸ネットワークの研究」(研究代表者:盛田帝子)

開催方法:対面のみ

13:25―13:30 開会の辞(盛田)
13:30―14:00 「『竹堂画譜』と『竹堂画譜二篇』に見る京都の文芸ネットワーク」 国文学研究資料館  山本嘉孝
14:00―14:30 「近世中期上方歌壇と小沢蘆庵―頼春水在坂期書簡を中心に―」 名古屋市立大学  加藤弓枝
14:30―15:00 「光格天皇の眼差し―京都御所という作品生成の場をめぐって―」 京都産業大学  盛田帝子
 15:00―15:15 休憩
15:15―15:45 「小津久足と京都」 山口県立大学 菱岡憲司
15:45―16:15 「蝶夢の文芸ネットワークを支える力ー「まことの情」と死者の魂ー」 豊橋技術科学大学  中森康之
16:15―16:45 「新趣向の雲中寿老人図―蕪村、呉春、上田耕夫・耕冲の作品をめぐって」 大阪大学  門脇むつみ
 16:45―17:00 休憩

17:00―17:40 総合討論(コメント:京都女子大学 大谷俊太、京都先端科学大学 鍛治宏介)

司会  大阪大学 飯倉 洋一
〇参加登録は下記よりお願いします。3月1日締め切りです。

https://forms.gle/pafaN4H4KhXjKdKC9
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2024年02月04日

教育ツールとしてのデジタル文学地図

国文学研究資料館のご協力を得て、ハイデルベルク大学と大阪大学で、歌枕マッピングツール「デジタル文学地図」の開発と、それを使った研究・教育を考えるプロジェクトを長いことやってまいりました。
今回、はじめて、高校の現場で教えて教えていらっしゃる先生方をお招きして、教育ツールとしてのデジタル文学地図について考える研究集会を対面・オンライン併用で開催いたします。
ご関心のある方のご参加を心からお待ち申し上げます。
プログラムは下記の通りです。発表要旨は、フライヤーを御覧下さい。

参加登録は下記URLのリンクまたはフライヤーのQRコードよりお願いします。参加登録締め切りは2月10日。

主催:科研基盤(B)「デジタル文学地図の構築と日本古典文学研究・古典教育への展開」(研究代表者:飯倉洋一)
日時: 2024年2月17日(土) 13:30-17:00
会場:大阪大学豊中キャンパス 文41教室  オンライン(Zoom)併用
使用言語日本語 参加事前申請制 
 
13:30-13:40 
ユディット・アロカイ(ハイデルベルク大学)
開会あいさつ
13:40-14:20
黄 夢鴿(大阪大学)・中村覚(東京大学) 
「日本のデジタル文学地図」の概要
中尾 薫(大阪大学)
日本のデジタル文学地図の活用 ―ハイデルベルク大学・大阪大学の合同授業報告―

14:40-15:20 
加藤直志 (名古屋大学教育学部附属中学校・高等学校) 
デジタル文学地図を高2「文学国語」で使ってみた
岡部 誠 (石川県立小松高等学校)
デジタル文学地図の教育への利活用―歌枕〈白山〉を例に―

15:40-16:20 
加藤十握 (私立武蔵高等学校中学校) 
デジタル文学地図活用の可能性について考える
横山恵理 (大阪工業大学) 
デジタル文学地図を活用した情報科学部生むけ授業実践報告
16:30-17:00
全体討議 司会 飯倉洋一(大阪大学)

参加登録は(締め切り2月10日→2月15日正午まで延長)↓
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdxreGgxenkb8MxJm3jesTdUfxibxuN6shYmR7h9O6mxyotaw/viewform

デジタル文学地図はこちら↓
https://literarymaps.nijl.ac.jp/

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2024年02月03日

近世文芸とその周縁 上方編

 神谷勝広さんの『近世文芸とその周縁 上方編』(和泉書院、2024年1月)。江戸編に続く刊行。浮世草子や多田南嶺の研究で知られる神谷さんだが、文壇研究(伝記研究)にも熱心である。ご所蔵の資料を使われることが多いが、各図書館で資料発掘もよくやられている。
 例によって、いわゆる「盛っていない」文章で、そっけないのだが、新しい情報だらけであり、有用度が高い。
 ただ、やみくもに新しい資料を紹介するのではなく、ひとつの指針があるという。
 中村幸彦先生の文章(著述集11巻の「後記」)を引いて、「著者も、「師弟」「交友」等に注目し、「集団の中」で交流する存在として考察したい」と言う。「はじめに」と第一章第一節の最後に、「一人に限った資料蒐集」ではなく、「師弟」「交友」を視野に入れ、「集団の中」で交流する存在として考えることが、くり返し述べられている。これは全くの同感である。下記の共同研究はまさにその視点で行っていた。
第一章第二節は「上田秋成資料の紹介」で、師匠の長島弘明さんばりに、多数の秋成資料を発掘紹介している。まことに有用だが、ここもさりげなく紹介するのみ。どうぞ使ってくださいと言わんばかりなのだ。第三節「上田秋成「哭梅克q」を読む」は、珍しく資料を踏み込んで解釈するが、その初出に対して高松亮太氏の反論を受けている。『金砂』をめぐる問題である。
 第四章第四節は古義堂と小澤蘆庵歌壇、第五節は古義堂と妙法院を扱い、我々の共同研究「近世中後期上方文壇と文芸生成の〈場〉」と関心を共有する、う非常にありがたい論考である。学ばせていただいた。第五章賀茂季鷹については、あまり進んでいない狂歌師や歌舞伎役者との関わりが明らかにされる。
 このように、神谷さんの著述には、新しい情報が満載であり、それについての解釈は全体に抑制的であって、どうぞ使ってくださいというニュアンスなのである。神谷さんは資料を入手すると、惜しげもなく研究会に持ち込んで見せてくれたり、秋成の資料であればコピーして何度も送ってくださる。多分「使ってくださって結構ですよ」という意味もあったのだろうが、私は上手くそれらを使えなかった。人さまのお持ちの資料を使う以上は、なにか意味づけをしないとできないからだ。しかしご架蔵のものであれば、紹介するだけで十分意義がある。今回、多くの資料を紹介してくださったのは、まさに学恩である。
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2024年02月02日

水市断章(シリーズ大阪本4)

 「水市」は水の町=大阪の意。「我が大阪の記」と副題された肥田晧三先生の珠玉のエッセイ集。大阪芸能懇話会の『芸能懇話』別冊として、肥田先生米寿記念に刊行されたもの。70を越えてから書かれた短文をまとめて1冊にしたもの。「水市断章」は、「永井荷風の訳したアンリ・ド・レニエの詩篇に付けられたのを借用」されたものとか。2019年2月刊行。個人的に面白かったのは「生玉人形」これは大阪の郷土玩具。「『大阪府立高津高等学校バスケットボール部七十七年史』」。そういえば肥田先生、昔の方の割には背がお高かった。私も高校の途中でやめたとはいえバスケットボール部だったので、勝手に親近感をもつ)。「『在津紀事』私記」。「青春の文学」とおしゃっている。これまた大学院の時、中野先生の演習で読んで、最初の担当となり3、4週連続で発表したので、私にとっても青春の書。「「雪」の作詞者二百年」。最近研究室の片付けをしていたら肥田先生のお手紙が出てきた。大阪歴史博物館「上方舞山村流」の特集展示のため、忍頂寺文庫所蔵の『歌系図』を出してほしいとのご依頼で便箋数枚にわたる。「雪」の作者のことについていろいろ書いてある。『歌系図』はその「雪」の作詞者流石庵羽積の著述なのだった。その羽積のことが書かれている。「河合ダンス物語」。これは貴重なエッセイ。宝怐E松竹と並んで人気だった女性舞踊グループ河合ダンス。宗右衛門町の北笠屋町の角から西へ五軒目のお茶屋「河合」の主人が創設。「道頓堀文学展望」。こちらは近代文学で道頓堀を描いた作品を紹介。などなど、肥田先生ならではのお話満載。
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2024年01月24日

噺家の文体で訳す『好色五人女』(田中貴子訳)

 あまりにも遅いご挨拶ですが、明けましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしうお願い申し上げます。
 今年最初に取り上げますのは、田中貴子訳の『好色五人女』(光文社古典新訳文庫、2024年)でございます。
 さて、大阪の誇る文人木村蒹葭堂と、西鶴の肖像画の共通点をご存じでしょうか?そそそ。ちょっと口が開いているのでございます。これは名古屋大学の塩村耕さんに教えていただいたんだったと記憶しておりますが、なぜ開いているかというと、これは二人がしゃべっているところを描いたのだと。両人とも「噺好き」だからなんだと。いやはや、バーンと膝を打ちましたな。なるほどと。
 蒹葭堂のことはさておきまして、西鶴。『好色一代男』にはじまる数々の名作に「はなしの手法」が取り入れられていることは、西鶴研究者が説いてきたところでございまして、『好色一代男』巻一の一で「知る人は知るぞかし」なんて言うのは有名ですな。そこで田中訳。あ、田中貴子さんは、とても守備範囲の広い方で、最近も岩波新書で『いちにち、古典』という本を出されておいでです。『百鬼夜行の見える都市』という名著もございますな。でも西鶴、いや近世文学の専門家ではないんです。どちらかというと中世でしょうか。ところが、どうでしょう。現代語訳にあたって、田中さんのとった戦略は「噺家の文体」です。いや、もちろん西鶴の時代に、「噺家」っていう職業はまだないんですが、現代語訳にこれを採用するのはアリでしょう。このセンスは「近世」じゃないでしょうか。いや素晴らしいアイデアです。読んでおりますと、まさに「今の」噺家が、お夏やおせんの物語を語っている様子が浮かんできてしまいます。それというのも、田中さん、なかなか思い切った訳、ときには原文にない、噺家っぽい語りを入れてきます。
 カフェとか、イケメンとかをルビに振ってみたり。「清十郎さまらぶ(ハートマーク)」なんてのも有って楽しいですな。(「胸騒ぎの腰つき」とやらいう歌がございますとおり・・)とかもありまして。さて、「解説 恋する・五人の・女たち」がまた面白い。つかみが秀逸です。向田邦子の小説『隣りの女』をドラマ化したテレビの一場面。桃井かおりと根津甚八。女は男に会うために、ニューヨークに向かう。飛行機に乗った女(サチ子)の手に握られていた本こそが『好色五人女』だったと。ちょっと待って。これ「古典の再生」の話でっしゃろ。となんでも自分の方に引きつけてしまうのが悪い癖でして(ポリポリ)。とにかく解説もポイントを外さないでしっかりしています。
 いや、中嶋隆さんの『好色一代男』の新訳もすばらしかったが、桃井、あ、ちがった田中さんの『五人女』訳もユニークですばらしい。お見事お見事。
 
 
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2023年12月29日

西鶴解析

 『西鶴解析』(文学通信、2023年12月)。井口洋先生は、この本の三校まで進めていたが、2月に亡くなった。教え子の肥留川嘉子さんの尽力で、遺稿となった本書の刊行が実現した。100頁近い、親交のあった方々の追悼文を付して。

 本書の冒頭の『懐硯』「案内しつてむかしの寝所」の一篇についての読みは、2015年に『かがみ』に発表されたものだが、この論文が巻頭に配されたことは私にとって感慨深いものがある。この論文を私は読んで、その読みの面白さを堪能し、ブログに感想を書いた。リンクではなく、あえて再掲してみる。

 井口洋先生の「案内しつてむかしの寝所―『懐硯』解析」(『かがみ』45号、大東急記念文庫、2015年3月)は、『伊勢物語』24段を典拠とする『懐硯』巻1の4の作品論である。
 この論が異色なのは、論文の過半を『伊勢物語』24段そのものの解釈、それも「あづさ弓まゆみつきゆみ年をへてわがせしがごとうるはしみせよ」の和歌解釈、そのなかの「うるはしみす」の解釈に費やしているということなのである。
そのしつこいくらいの考証は、しかし西鶴も井口先生と同様の『伊勢物語』解釈をしたのか、という当然の疑問をうむ。その一番の隘路を通り抜け、『懐硯』論に戻ってくる展開は、大技といおうか、手練といおうか、ちょっと真似のできない芸当であろう。
 かくして導かれるのは、『懐硯』が『伊勢物語』の「こよひこそにゐまくらすれ」の未遂を既遂に翻し、その時の女の心の機微に触れたという読みである。その読みが劇的にたち現れる手続きが、この論文のキモではないか。久しぶりに「読み」の面白さを堪能した論文。

 
 井口先生の周到かつ華麗な論の展開は、いつも私を唸らせた。その論の展開は、一言で言えば、独自であり、「井口読み」であって、外の誰にも真似できない、読みの創出ともいうべきものだ。読みにおいては何事もゆるがせにせず、研究会でも忌憚のない意見をいう先生ではあるが、実際にお会いすると、失礼ながら、なんとも愛嬌のある可愛らしさがある。その落差に魅力を感じた人も少なくあるまい。
 
 文学通信は、先生の『西鶴試論』(和泉書院)の装幀そのままに本書を作った。文学通信らしからぬ装幀だが、これも素晴らしい趣向だったと思う。
 
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2023年12月25日

和本図譜

 日本近世文学会が70周年記念に出版した『和本図譜ー江戸を究める』(文学通信、2023年10月)。近世文学の、ビジュアルから「面白さ」を存分に伝えることができる1冊になっている。企画構成にかなり時間をかけた跡が窺える。
 前回の50年記念誌は展示図録でもあって、予算もかなり使って、いろいろな逸品の図誌だった。今回は、外に開くということを意識し、若手が意欲的に取り組んだところが特徴だろう。
 図譜だから、俗文学の表層を見せるのが中心になる。江戸の印刷・製本のすばらしさ、それは江戸の職人の技術の高さを見せることにもつながる。「へー、こんな分厚い本があるのか」とか「すごい印刷技術」とか、「この仕掛け面白い」とか、読者は何度も楽しめる。
 そこから、専門的に深掘りするための案内というか、参考文献を、もう少し載せてもよかったかな、というのは個人の感想である。
 「研究のバックヤード」は、近世文学研究に、大きな足跡を残した長老・ベテランへのインタビュー。副題の「江戸を究める」は、この先生方の営為のことでもあるだろう。あえて若手→長老・ベテランのインタビュー形式にすることで、「研究の継承」というコンセプトを打ち出しているように見える。ただ、個別差があって、先生方の口吻が伝わってくるものと、受け止めた側(インタビューした人)の思いが伝わってくるものとがある。録音起こしという手を使わなかったのは、校正の時、先生方にお時間をとらせるからだろうが、対話をそのまま載せる方が、読物としては面白かっただろうな、とも思った。
 楽しい本なので、本屋で見かけたら是非お手にとっていただきたい。
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2023年12月17日

なにわ町人学者伝(シリーズ大阪本3)

 シリーズ大阪本第3弾は、谷沢永一編『なにわ町人学者伝』(潮出版社、1983年)である。
 大阪という町は、江戸時代からマルチタレントを輩出している。専門的な学者ではなく、遊芸的に学問を楽しむ町人たちが文化壇を作っていた(中村幸彦「宝暦明和の大阪騒壇」『中村幸彦著述集』6)。その伝統は昭和まで続く。
 この本は読売新聞本社が企画、谷沢永一が相談を受け、人選を肥田晧三に一任して、読売新聞の筒井之隆が取材調査し連載したものの単行本化である。取り上げられた人物は、富永仲基・入江昌喜・木村蒹葭堂・草間直方・山片蟠桃・橋本宗吉・間長涯・平瀬露香・南木芳太郎・佐古慶三である。
 各人について、まず谷沢永一がその学問の意義を、紙礫的文体で見開き2頁に記し、次いで参考文献付記としてその人物についての研究史を掲げ、それに筒井の評伝が続く。最後の佐古慶三だけはこの当時存命であり、長い聞書が特別に付されている。さらには連載時のコラムだった肥田晧三先生の「大阪の名著発掘」があり、この部分は大阪学の基礎文献解題でもある。お役立ち度が高い。
 すべての章が面白いが、白眉は最後を飾る佐古慶三である。佐古は「道頓堀を開削したと言われてきた安井道頓という人物は実在しない。開削したのは成安道頓だ」と明らかにしたが、これは安井の子孫が大阪府と大阪市を相手取って起こした「道頓堀訴訟」の際に佐古が意見書を提出したことで大きな話題となった。さすがに国史大辞典には開削者を「成安道頓」としているが、Wikipediaには相変わらず「安井道頓」となっていて、今でもそう思っている人は多いのではないか。
 船場の商人の子どもであった佐古は「政治と権力をカサに着る奴が大嫌い」であり、相手がどんなに偉い学者であっても敢然とかみついた。大阪高商を卒業し、東京高商専攻部(現一橋大)に進み、古文書研究をやるため京都帝国大学に入学した。佐古は京大教授の書いた経済史の本を「経済史と社会史を寄せ集め年代別に編んだに過ぎない」と弾劾した。いったん講師を務めていた大阪高商を辞したあと、大阪樟蔭女子大教授になるまで27年間空白があったのは、京大閥で押さえられていた関西各大学から門を閉ざされたからだというのだ。大阪高商をやめたのも校長と教育方針で一悶着起こしたからだった。
 さて、特別に付いている「《聞き書き》佐古慶三伝」は無類に面白いので、一、二紹介。
 国文学者西鶴注釈が批判されていて、たとえば「織留」に「毎日一文づつ貯金して、百日ごとに一割の利息を加えて、六十歳になったら銀六十貫になりぬ」という文章がある。計算すると十五貫にしかならない。それを六十貫にあわせようと国文学者はやっているが、西鶴は語呂合わせで書いているのにすぎない(これは昭和53年に歴史読本に書いたらしい)。
 佐古が見付けた史料で「多分付」という町年寄の選挙方法が面白い。投票用紙に「多分」と書けば、無効にも棄権にもならなくて、一番票数の多い人に付けたという。なかなかユニークな選挙法で、ハーバード大の教授が史料を見に来たという。
 佐古と雑誌『上方』を刊行し続けた南木芳太郎は、佐古とともに、一と六のつく日にたつ平野町の夜店で真っ先に和本を物色しに行った。この二人がよるのを待って、当時の和本屋の雄である鹿田松雲堂が「もうよろしいか」と言って抜きはじめる。なんとも壮絶な風景である。
 谷沢永一が信頼を置く肥田晧三先生も、典型的な「なにわ町人学者」だろう。先生とは少しだけだが、謦咳に接することができたのは幸運だった。府立中之島図書館で嘱託として働いていたところを、谷沢永一が関大に招へいし、やがて教授になった話は有名である。肥田先生の本が読みたくなってきた。
 
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2023年12月13日

江戸川乱歩とリチャード・レイン

 非常に興味深い目録がある。丹羽みさとさん編の「江戸川乱歩「和本カード」目録」(「大衆文化」29号、2023年9月)である。古典籍を中心とした自筆の蔵書書誌カード集。である。丹羽さんは、真山青果プロジェクトでお世話になった方。また私が「奇談」書研究の一環で立教大学図書館の乱歩文庫の閲覧を申し入れた際にも、大変お世話になった。その時のことがあって、お送りくださったのであろう。
 乱歩が手に入れた時期や入手経路、価格なども記されている。江戸川乱歩の旧蔵書の大半は立教大学に収められているが、「和本カード」は立教に入る時点で散佚していた資料のデータも含まれている。カード総数は1184枚で、西鶴、仮名草子以前、仮名草子、浮世草子、八文字屋、読本滑稽本洒落本噺本赤本黒本黄表紙、怪談、地誌、絵本絵巻物、和印、雑誌、唐本、詩歌俳、非小説、裁判物、小噺、評判記、手妻謎、合巻と分類されている。「怪談」「和印」「裁判物」などの分類が乱歩らしい。
 合巻も328点あり、合巻コレクションとしては、有数なものだったはずである。ただ、これh現在乱歩文庫にはないようだ。
 そして私が最も注目したのは、リチャード・レインとの書物交流である。レインの旧蔵書は現在ほとんどがホノルル美術館に収められていて、私もその目録作成チームの一員として何度も訪れている。
 乱歩の旧蔵書の中には、レインから寄贈されたり、レインと交換したりしたものが少なからずある。その一覧をここでメモしておこう。ここはブログに過ぎないので、きちんと何度も見直しているわけではない。遺漏があればお許しいただきたい。リスト番号、書名、レインとの関係の順で抜き出していく。

西鶴3 花鳥風月・好色堪忍記。好色堪忍記2−4三冊はレイン、パリにて求めたるもの、日本になし。この三冊を吉原伊セ物語と竹斎下と交換せり。
西鶴11 西鶴跡追(当流たか身の上) 31/1レイン交換。
仮名前4 秋の夜の長物語 32/12 リチャード・レイン交換本
仮名前 大仏物語 31/3 レイン交換本
仮名12 杉楊子 31/3、レイン交換本
浮世11 金玉ねちふくさ 31/3、レイン交換本
浮世19 五ヶ乃津余情男 28/1/10 四巻レーン君より寄贈
浮世33 新武道伝来記〔端本〕 題簽殆ど摩損。後日レインより六巻入手。
浮世37 千尋日本織 レイン交換本、五巻31、3月 追加寄贈さる。
浮世40 31/3 長者機嫌袋
浮世46 男色子鑑 31/2 レイン君取換本。
朝倉12 好色はつゆめ 28/1/10(朝倉とは朝倉『日本小説年表』にないもの=飯倉注)
朝倉24 諸国勇力染 31/3レイン交換本
朝倉28 世間孝子形気 31/3レイン交換本  
朝倉48 和国小性形気 32/12 リチャード・レインより巻一入手、揃本となる
読滑酒等23 男色狐敵討 31/3 レインと交換
地誌9 江戸雀 レインに課す。31,3,8代り本入手せばそれと交換の約
絵本7 絵本隅田川両岸一覧 32/12 リチャード・レイン交換本
絵本35 東都勝景一覧 32/12、リチャード・レイン交換本

昭和31年、32年あたりには定期的に蔵書情報を共有して、交換したりしていたことが如実にわかる。面白い。何と交換したのかは好色堪忍記しかわからないが・・・。

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2023年12月02日

武士の町 大坂(シリーズ大阪本2)

 藪田貫『武士の町 大坂』。初出は2010年10月の中公新書。その後、講談社学術文庫。〈町人の町〉というイメージが強固な江戸時代の大坂だが、藪田氏に言わせると、そんなことはない、大坂だって「武士の町」と言えるのだという。
私が関心のある大坂の武士といえば、上田秋成の国学の師、加藤宇万伎。幕臣で大番与力。大阪城や二条城に勤番した人物である。そしてこの本にも出てくる増山雪斎。伊勢長島藩藩主で大坂城加番。木村蒹葭堂と仲が良く、書画の技倆がすごい大名。そして、約1年ではあるが大坂銅座詰であった蜀山人大田南畝。
秋成を中心に上方文壇の人的交流が私の研究テーマのひとつであるが、宇万伎や雪斎や南畝という人物を考える時には、「武士の町 大坂」という視点は絶対に必要である。改めて、この本の有益さを実感したので、自身のメモとして書き留めておく。
 つかみは、司馬遼太郎の「大坂の武士は二百人」への反証。武鑑をはじめとする武士名鑑を用いて計算すれば、低めに見積もっても八千人は確実という。司馬遼太郎だけではなく著名な歴史研究者の「千人から千五百人」という説も斬ったことになる。
 それでも武士の割合は2%くらい。数から言えば圧倒的に「町人の町」であることは動かない。だが藪田氏は量だけではなく質を考えるべきだという。
 大坂の武士の情報である『大坂袖鑑』さらに両面一枚刷の画期的な『浪華御役録』。これらが大坂の町人にどれだけ貴重な情報を提供していたか、よく引用される「お奉行の名さへ覚えず年くれぬ」は、実は町人の実態を示した川柳ではなく、「自らを俗事にかかわらぬ市隠に擬した」(飯田正一)の解が正しいという。実際は、この武士情報は実に重宝されていた。摂津河内和泉播磨まで枠を拡げた『大坂便用録』というものもあり、それぞれ利用目的の違う3種の武鑑を、武士相手に取引をする町人は必要に応じて使っていたらしいのである。とくに人事情報を得るために。本書の大きなヤマは、この武鑑の詳細な分析である。
 西町奉行新見正路の日記と西町奉行所図から彼らの生活が浮き彫りにされる。注目すべきは、懐徳堂預の中井七郎(碩果)を招いて夜講をした。月三回『貞観政要』や『論語』の講義が行われたということだ。懐徳堂といえば「町人が作った学校」というイメージだが、すぐに官許化されるわけだし、中井竹山は家康の一代記である『逸史』を著して幕府に献上しているから、幕府との関係をもっと追究すべきなのだろう。ちなみに新見は和歌では冷泉家に入門しているというのも面白い。和歌研究者には大坂武士の冷泉派って盲点ではないか(すでに押さえておられたらゴメンナサイ)。また懐徳堂最後の教授並河寒泉も代官竹垣直道に招かれて講義をしている。寒泉の日記によれば、九人の幕臣に出張講義をしているらしい。
 加番の増山雪斎が蒹葭堂を何度も訪れていることにも触れている。蒹葭堂もまた増山を何度も訪問している。こうしてみると大坂の幕臣は文事が大好きなわけで、大坂といえば町人文化圏ばかりを追っかけてきた感なしとしない文壇研究もよく考えないといけないですね(自身へ言い聞かせています)。
ところで大坂の祭りを描いた絵図に侍が描かれておらず、それが「大坂に侍は少ない」のイメージを増幅していたのだが、それは城内の武士は「札留」され禁足令が出ていたからだという謎解きも鮮やかである。
 他にも面白い話が満載なのだが、これくらいにしておいて、最後に中村幸彦の「天下の町人考」を挙げ、「天下の町人」を「大阪だけが封建支配の真空地帯」と解した宮本又次に対して、中村はこれを「幕府直轄地の町人」と解し、大阪町人はそれを誇ったと解していた。中村の説に信頼をおくなら、大阪=町人の都という言説は、近代に入って造られたのではないかと締めている。
 この件に関して、私は思いつきではあるが、それを補う一案を持っている。大坂のイメージを造った本のひとつとして『摂津名所図会』があると思うが、『摂津名所図会』には幕府=武士の面影が除去されているように思う。大阪城も掲載されていないし、含翠堂は掲載されているのに懐徳堂はない。官許化されているからではないか。まあ名所図会は全体として朝廷中心につくられてはるのだが、こと『摂津名所図会』それも大坂之部について言えば、その挿絵を通覧すると「町人の都」とだなあと誰もがイメージを刷り込まれるのではないだろうか?
 このことも考えてはみたいのだが、その前にやることがたくさんあるので、できるかどうかは怪しい。
 
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2023年11月10日

源氏物語を読むための25章

 来年の大河ドラマに合わせて、出版界は源氏ブームである。ただでさえ古典研究界隈は、源氏のひとり勝ちという状況であるので、もはや古典研究の半分は源氏研究なのでは?と妄想してしまうくらいの状況。いやいや、うらやんでいないで、私たちも頑張りましょう。
 もちろん、江戸文学研究も『源氏物語』を無視してできるはずがない。つい最近、私も怪異語りの論文を源氏で締めたくらいで。だから『源氏物語』研究動向にも、無関心ではいられない。とはいえ、學燈社の『國文学』や至文堂の『国文学解釈と鑑賞』が廃刊されて久しい今、源氏物語の研究動向を、わかりやすく編んだ本に出会う機会が少なくなった。
 そんな時に出た河添房江・松本大編の『源氏物語を読むための25章』(武蔵野書院)。その渇を癒やすのにピッタリの本である。河添さんも「はじめに」で、そのことに触れている。
 私なりに見たところ、本書は源氏物語「研究」入門書であり、研究最前線の紹介書である。私にとってはとてもありがたい本である。源氏物語研究にはさまざまな切り口がある。その切り口を、それぞれに実績のある論者が具体的に特定の巻に即して解説してゆく。特定の巻に即してというところに本書の特徴があり、各論は源氏物語の巻順にしたがって配列されているのである。これはなかなか思いつかない構成である。
 まず各論の切り口(研究テーマ)を通覧すると、私が学生のころにはなかったものがいくつもある。たとえば書誌学・唐物・ジェンダーなど。一方で、成立論・作中人物論・主題論などは立項されていない。源氏物語の「原本」や成立過程を復元するよりも、遺された「本文」そのものへ関心が移っているということであろう。
 書誌学的アプローチの佐々木孝浩さんの「書物が教えてくれること」は、これまで本そのものを見てこなかった源氏の本文研究を批判、池田亀鑑の呪縛に研究者たちがいかにとらわれていたかを厳しく問うている。河添房江さんの「唐物から国風文化論へ」は、源氏物語の中の唐物の働きについて梅枝巻を例に、鮮やかに解読。「唐物派の女君」と「非唐物派の女君」との対比など魅力的な視点を提起するばかりか、「国風文化」の実像の再検討へと論を進める。もうひとりの編者松本大さんは、『河海抄』が、両論併記して、読者の好みに任せるという注釈態度をとっていることを指摘する。「よオーこそ、注釈の世界へ」というのは、注釈書の世界へということだったのね。と、とりあえず目についたものについてコメントした。
 付録の、参考文献・データベース・サイト一覧は有益。でも源氏物語となると、とくにサイトについてはかなりの頻度で更新が必要なので、版元のホームページと連携して、ここの部分だけは最新版が見られるようにしたら、読者はもっと嬉しいだろう。
 
 
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2023年11月06日

大阪ことば学(シリーズ大阪本1)

 何年大阪に住んでも、九州から来た私には大阪はアウェーである。すっかり大阪人になっているように見える九州人も知ってはいるが、私はいつまでも、どうみても大阪人っぽく見えないに違いない。
 実際、「大阪」を冠する大学(もう退職したけど)で「江戸時代の文学」とくに大坂出身の上田秋成なんぞを研究しているのだから、「大阪のスペシャリスト」と世間が誤解するのも仕方ないのだが、やっぱり40過ぎて住み始めたのでは、大阪人になるのは無理である。
 とはいえ、ちょっと私なりに思うところがあって、少しずつ大阪に関わる本を(今さらながら)読むことにした。メモがわりにブログに書き散らして行くが、お許しを。とりあえず月に一冊か二冊をメドにしたいと思う。それでトップバッターがこの本、尾上圭介『大阪ことば学』。1999年に単行本が刊行され、2004年に講談社文庫に、さらには岩波現代文庫に収められている。私が持っているのは、ブックオフでずいぶん前に100円で買った講談社文庫。
 いや、これは名著である。大阪生まれの日本語学者が書いた痛快な大阪ことば論だが、もはや大阪人論であり、大阪文化論である。そして、この本を読むと、大阪人のあまりに高度な言語文化に心底感心し、大阪人を尊敬したくなるのである。
 ここでは、例を二つだけあげておこう。まずは、九州人には絶対にできない、絶妙な応答をするお店の人の話。

「黒のカーフの札入れで、マチがなくて、カードが二枚ほどはいってキラキラした金具がなんもついてないやつで、ごく薄くてやわらかあい、手ざわりのええのん、無いやろか」
「惜しいなあ、きのうまであってん」

 いやもうさすがとしかいいようのない応接の流儀である。「あってん」。これ以外に表現しようのない言葉である。これを拾ってくる著者もすごいが、もしかすると、作り話なのかもしれない。だとすれば、もっとすごいかも。

 もうひとつの例は、近鉄あべの駅の切符の自動販売機で、一人の女子学生が三百円を投入して二百何十円かのボタンを押したところ、切符とともに釣り銭が三百数十円出てきた。彼女が首をかしげて立ちすくんでいたところ、すかさず隣りの券売機にならんでいた中年のおじさんが一歩近づいて、ひとこと
 「まあ、姉ちゃん、安う乗んなはれ」

 これにも唸った。この洗練された声のかけ方。この女子学生がどうしたかは書いていないけど、素晴らしい距離感ではないか。

 と、この二つの例を挙げただけで、この本の素晴らしさは言い切ったと私は思う(どこが)。こういう事例を引くこと自体が、この本のすごさなのである。大阪出身の日本語学者は面白いなあ。文化功労者の金水敏さんにも、この言葉感覚が間違いなくあって、いつも感心させられているのだが。

 ところで、シリーズ大阪本などと大上段に出たが、私が三日坊主ということは、このブログの読者はよくご存じであろう。どうなることやら。
 
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