6月3日と4日の両日。日本女子大学で日本近世文学会春季大会の研究発表会が行われた。歴史有るチャペルでの2日にわたる研究発表会。初日は台風による新幹線機能不全の影響、二日目には地震による一瞬の中断と、いろいろありながらも、福田安典さんはじめ日本女子大の方々、事務局、実行組織のみなさまなど関係各位の献身的なご努力により無事終えることができた。心から感謝申し上げる。
さて、久しぶりの本格的な対面のみの学会。参加者数は250名を超えたとうかがった。初日午前中に新幹線が動かない、大幅遅延などのアクシデントがあり、参加出来なかった人が多数いたにも関わらず、初日の懇親会には、明らかに100名以上の参加者がいて、なんと鏡割りも復活、勝手に?歌を披露する先生まで出てきて、「昭和な近世学会」が現出した。「これだよこれ」と呟きながら、いろんな会員と旧交を温めることができた。若い頃は、学会に行くたびに、「勉強するぞ!」といつも刺激を受けたが、その感覚が鮮やかに蘇ってきた。1次会でたっぷり2時間もとっていただいていたので、本当にゆっくりとお話ができた。そして対面学会ならではの「情報」の質と量。これはやはりすごい。今回は3年分の皆さんの飢餓感が、一気に癒やされたのではというくらいの飛び交う情報であった。
初日は4名(うち3名は若い方)の、豊富な資料を使っての堅実な発表で、これまた近世だなーと感じさせるものだった。二日目は、俳諧3本を含む4本の発表と、大田南畝をテーマとするシンポジウム。ベテラン陣が発表した俳諧3本は聞き応えがあったが、特に佐藤勝明さんの『猿蓑』論は、撰集としての読みのご提案。長らく注釈をしてこられた経験に基づき、従来の見解に次々に異論を唱えていかれる自信に満ちた展開であった。「これだよこれ」とまた呟く。
ところで私は2日目の冒頭発表、幾浦裕之さんのTEIご紹介を兼ねた師宣画『藤川百首』についての発表の司会を担当した。私の関わった2月の国際シンポジウム「古典の再生」でも、デジタル時代の古典研究の基本になっていくであろうTEIについての発表をしていただいたが、その時の3人の発表者のうちの一人が幾浦さんであった。TEIの可能性をいろいろと紹介してくれたが、ママ原文と校訂本文の同時表示、TEIで書かれた複数のテクストの横断検索、翻刻本文と原文あるいは画像のリンク、単なる検索ではない人名検索や地名検索など、タグを利用した様々な可能性を示してくれて、次世代の翻刻公開方法を実感させた。問題は、TEIによる記述がワードのような簡単なものではないということで、これをどう簡略化していくのか、TEIに対する理解をひろげるとともにTEI利用の環境整備をしていく必要性を感じた。しかしそのためには、今日の発表だけではなく、ことあるごとにTEIの話を諸学会で展開し、古典文学研究者の耳に馴染ませていくことが肝要である。繰り返し繰り返し、情報系の学会ではなく、中古・中世・近世・和歌・説話・美術史・日本史・思想史のようなところで。今回だけで近世文学会の諸氏が、納得してTEIに目覚めてくださるとは思えないからである。あと、同じ人ではなく、別の人がTEIを使った発表をやるということが大事だろう。手を変え品を変え繰り返し、である。まあ方法の流通は選挙運動と同じなのだ。
南畝のシンポジウム。九大同窓の久保田さん、宮崎さんの幕臣としての南畝という視点は、中野三敏先生の御説の継承と展開、福田さんの上方から見た南畝も新視点。石川淳の江戸戯作受容のお話も貴重。ただ時間がおしていたようで、ディスカサントとパネリストの絡みや、議論の時間がなく、これは残念だった。論点はディスカサントの小林さんが出していたのだが。僭越ながら顰蹙覚悟で私もちょっと発言したが、南畝のような人物を論じるとどうしても論じる人の人柄が反映されるよな、という感想を持った。これは西鶴をはじめとしてこれまでも言われていたことだが。また上方側が南畝に歓迎的に対応するのも、幕臣なのに文芸をやるというキャラクターが大きいような気がする。幕臣加藤宇万伎が、秋成や蒹葭堂に歓迎されたのと同じ対応ではないかと。そういえば千蔭も上方で人気が高いし。まあ感想なのでお許しください。
さて特に計画していたわけではなかったが幾浦さんの慰労会を少人数で行った。彼は近世専門ではないが、近世文学会にとっても貴重な人材だと思う。
さて、3日目(5日)は学会とたばこと塩の博物館が連繋して行った大田南畝展へ。月曜日に学会員のために特別開館してくださったもの。会場には南畝の専門家である宮崎修多・久保田啓一・池澤一郎・小林ふみ子各氏をはじめとする錚々たる「解説者」がいたので、さまざまな知見を聞くことができた。今回の展示は、かなり専門家向けというかマニアックなもので、新資料・個人蔵が多く出ていた。いろいろと工夫もされていて、素晴らしいものだった。図録もじっくり拝見したい。
2023年06月05日
2023年05月26日
江戸の絵本読解マニュアル
東京学芸大学の「叢の会」。1979年以来、40年にわたって、メンバーが草双紙の翻刻・解題を『叢』という手作りの雑誌に発表し、草双紙研究に多大な貢献をされてきた。それだけではなく『草双紙事典』や『初期草双紙集成』なども刊行してきた。『叢』という雑誌自体は、活動を休止したが、会の活動は続いていたらしい。その成果が素晴らしい形となって登場した。それが『江戸の絵本読解マニュアル』(文学通信、2023年4月)である。
近世文学研究者だけではなく、小中高の国語の先生や、絵本に興味をもつ一般読者も意識して、親切丁寧な本作りになっている。企画・編集段階で相当時間をかけているとみた。
草双紙とは、絵を主体とした娯楽読み物。子どもだけではなく大人も楽しんだ気楽に読めるこぶりで薄い造本の娯楽品である。草双紙のしくみ、その歴史、そして具体的な作品に即して丁寧に説明される、その作り方と読み方。教材としての使い方などなど。参考文献も非常に有益。
なにより、この草双紙の解説から、江戸の生活・文化・教養へと導かれてゆき、江戸の理解につながる仕組みは素晴らしい。非常によく考えられた入門書であり、とくに小中高の先生方にお勧めしたい。幽霊や妖怪についても、学ぶところ大ですぞ。
近世文学研究者だけではなく、小中高の国語の先生や、絵本に興味をもつ一般読者も意識して、親切丁寧な本作りになっている。企画・編集段階で相当時間をかけているとみた。
草双紙とは、絵を主体とした娯楽読み物。子どもだけではなく大人も楽しんだ気楽に読めるこぶりで薄い造本の娯楽品である。草双紙のしくみ、その歴史、そして具体的な作品に即して丁寧に説明される、その作り方と読み方。教材としての使い方などなど。参考文献も非常に有益。
なにより、この草双紙の解説から、江戸の生活・文化・教養へと導かれてゆき、江戸の理解につながる仕組みは素晴らしい。非常によく考えられた入門書であり、とくに小中高の先生方にお勧めしたい。幽霊や妖怪についても、学ぶところ大ですぞ。
2023年05月13日
東アジアにおける笑話
いつのまにか本ブログ記事も1500を超えていました!(自祝)
2008年にはじめて、最初は日常の些事も綴ったりしていましたが、なんとなく自分の研究生活や、私の目に入った研究書について感想を述べるというスタイルが自然に固まってきました。
2010年代に入って、語学が出来ないわりには、海外に行く機会が増え、2016年、ハイデルベルクに長期滞在することで、研究に対する姿勢のようなものが変わりはじめました。同じころ、古地震研究の人々や、デジタルヒューマニティーズの研究者とも知り合い、古典研究の意義を考えざるを得ない事態にも関わって、日本文学研究が、いま大きく変わっていく時代だということを実感しました。たまたま在籍する大学にいたからこそ、それを実感できたのかと思います。2016年以後は、学生にも国際化・学際化・文理融合を意識させるように努めましたし、自身が国際学会で発表するなどの実践をしないと説得力もないので、無謀ともいえるチャレンジもしてきました。
厳しい国際情勢の中で、文学研究がどういう意味をもつのかを、常に意識しておく必要があるということを、何らかの形で今後も発信していこうと思います。
そういう意味で、「東アジア」というのは、欧米の日本研究が属する研究カテゴリーで、そこに絶対的な意味があるわけではなく、一つの視点であるということをふまえなければならないものの、従来の日本文学研究を相対化する有力な視点のひとつであることは確かです。この観点からの共同研究や企画もいろいろ出てきています。このたび、川上陽介さんを代表者とする共同研究の成果として『東アジアにおける笑話』(文学通信、2023年5月)が刊行されました。ひとりひとりの問題意識には温度差があるようにも思いますが、たんなる「和漢比較」に終わらない、東アジア学をめざそうとする基調を感じます。川上さんの序言には、それぞれの論文が、どういう立場から書かれたかを明記し、それぞれの立場からの追究を糾合したことを強調しています。
このような場が大事なことこそ、私が実感してきたことです。おそらく、共同研究では様々な立場をふまえた「議論」「意見交換」が行われたに違いありません。その「議論」「意見交換」の中に多くのヒントが含まれていたのではないか。それがどう反映しているのか、ということを期待して本書を読んでゆきたいと思います。はい、その通り、まだ読んでいないのにブログに書いてしまいました。
2008年にはじめて、最初は日常の些事も綴ったりしていましたが、なんとなく自分の研究生活や、私の目に入った研究書について感想を述べるというスタイルが自然に固まってきました。
2010年代に入って、語学が出来ないわりには、海外に行く機会が増え、2016年、ハイデルベルクに長期滞在することで、研究に対する姿勢のようなものが変わりはじめました。同じころ、古地震研究の人々や、デジタルヒューマニティーズの研究者とも知り合い、古典研究の意義を考えざるを得ない事態にも関わって、日本文学研究が、いま大きく変わっていく時代だということを実感しました。たまたま在籍する大学にいたからこそ、それを実感できたのかと思います。2016年以後は、学生にも国際化・学際化・文理融合を意識させるように努めましたし、自身が国際学会で発表するなどの実践をしないと説得力もないので、無謀ともいえるチャレンジもしてきました。
厳しい国際情勢の中で、文学研究がどういう意味をもつのかを、常に意識しておく必要があるということを、何らかの形で今後も発信していこうと思います。
そういう意味で、「東アジア」というのは、欧米の日本研究が属する研究カテゴリーで、そこに絶対的な意味があるわけではなく、一つの視点であるということをふまえなければならないものの、従来の日本文学研究を相対化する有力な視点のひとつであることは確かです。この観点からの共同研究や企画もいろいろ出てきています。このたび、川上陽介さんを代表者とする共同研究の成果として『東アジアにおける笑話』(文学通信、2023年5月)が刊行されました。ひとりひとりの問題意識には温度差があるようにも思いますが、たんなる「和漢比較」に終わらない、東アジア学をめざそうとする基調を感じます。川上さんの序言には、それぞれの論文が、どういう立場から書かれたかを明記し、それぞれの立場からの追究を糾合したことを強調しています。
このような場が大事なことこそ、私が実感してきたことです。おそらく、共同研究では様々な立場をふまえた「議論」「意見交換」が行われたに違いありません。その「議論」「意見交換」の中に多くのヒントが含まれていたのではないか。それがどう反映しているのか、ということを期待して本書を読んでゆきたいと思います。はい、その通り、まだ読んでいないのにブログに書いてしまいました。
2023年05月04日
知と奇でめぐる近世地誌
木越俊介さんの『知と奇でめぐる近世地誌 名所図会と諸国奇談』(ブックレット〈書物をひらく28〉平凡社、2023年3月)。
田中則雄さんと私とで編集した『日本文学研究ジャーナル』7号(2018年)の特集「近世後期小説の作者・読者・出版」で書いていただいた「寛政・享和期における知と奇の位相ー諸国奇談の戯作の虚実」が一応出発点になっている。そして、あとがきに記されたているように、私が開催校としてオンライン開催した絵入本ワークショップ12(2020年9月)での発表「寛政〜文化年間の名所図会と怪談・奇話・仏説」、さらに、これも私たちの共同研究であるデジタル文学地図プロジェクトによる国際研究集会の研究発表「十九世紀における地誌の広がりー名所図会と奇談的地誌(2020年12月)が、この本の大部分を占めている。木越さんの研究を進めるきっかけになっていたら、大変嬉しいことである。
私じしん、近世中期ではあるが、「奇談」書研究をやってきたし、ここ数年はデジタル文学地図プロジェクトに関わっていることで、木越さんの研究には大いに関心があるばかりでなく、実際にプロジェクトに協力もしていただいている。
『東西遊記』をターニングポイントとする「奇」への向き合い方の転換を地誌、たとえば名所図会に着目して、その中での奇の描き方を分析している。私なりにまとめると、「奇」に対して、19世紀の地誌の著者は「知」で向き合うのだが、それは「奇」の否定や合理的解釈とは違い、旺盛な知的興味や観察に基づくものである。これは当代の好古趣味や異国への関心とおそらく重なっているのだろう。怪談・奇談を、怪異・奇異を信じるか、信じないかだけで考えるべきではないことを教えてくれる、私にとってはありがたいブックレットであった。
田中則雄さんと私とで編集した『日本文学研究ジャーナル』7号(2018年)の特集「近世後期小説の作者・読者・出版」で書いていただいた「寛政・享和期における知と奇の位相ー諸国奇談の戯作の虚実」が一応出発点になっている。そして、あとがきに記されたているように、私が開催校としてオンライン開催した絵入本ワークショップ12(2020年9月)での発表「寛政〜文化年間の名所図会と怪談・奇話・仏説」、さらに、これも私たちの共同研究であるデジタル文学地図プロジェクトによる国際研究集会の研究発表「十九世紀における地誌の広がりー名所図会と奇談的地誌(2020年12月)が、この本の大部分を占めている。木越さんの研究を進めるきっかけになっていたら、大変嬉しいことである。
私じしん、近世中期ではあるが、「奇談」書研究をやってきたし、ここ数年はデジタル文学地図プロジェクトに関わっていることで、木越さんの研究には大いに関心があるばかりでなく、実際にプロジェクトに協力もしていただいている。
『東西遊記』をターニングポイントとする「奇」への向き合い方の転換を地誌、たとえば名所図会に着目して、その中での奇の描き方を分析している。私なりにまとめると、「奇」に対して、19世紀の地誌の著者は「知」で向き合うのだが、それは「奇」の否定や合理的解釈とは違い、旺盛な知的興味や観察に基づくものである。これは当代の好古趣味や異国への関心とおそらく重なっているのだろう。怪談・奇談を、怪異・奇異を信じるか、信じないかだけで考えるべきではないことを教えてくれる、私にとってはありがたいブックレットであった。
2023年04月30日
和学知辺草
〈埋もれていたもうひとつの「うひ山ぶみ」〉という触れ込みで、『和学知辺草 翻刻・注釈・現代語訳』という本が、「小城鍋島文庫研究会」のみなさんによって刊行された(文学通信、2023年4月)。『和学知辺草』とは、18世紀の終わり頃に、佐賀で書かれた、和学(というよりも和漢の学全般)の入門書である。
当時の地方の学問の手引き書のサンプルとして貴重である。注釈や現代語訳も丁寧である。このように、現代語訳までつけるというのは異例であるが、研究会のみなさんが、多くの人にこの本を読んでもらいたいという志の表れだと思う。現代語訳は白石良夫さんが一手に引き受けておられるが、「うひ山ぶみ」の現代語訳でも見せた定評の文章力で安心して読める。
少し気になったところを述べる。全ページの影印は必要ないが、表紙カバーにしか写真がないのはいかがなものであろうか。最近はあまりそういうことはないのかもしれないが、公共図書館・大学図書館では配架の時カバーや箱を捨ててしまうところもあるのでやや心配になった。
そして、唯一の伝本であるのならば、もう少しモノとしての本の解題や、文学史的な意義について解説がほしいと思うのは私だけであろうか。私はもうひとつの「うひ山ふみ」というにはちょっと方向性が違うなと思ったので、なおさら、なぜそう言えるのかという点を教えてほしかった。書誌学的な説明もややそっけないかなと感じた。
さて、「あとがき」に、白石さんが、本書が科研共同研究の成果であること、それを社会に還元するには出版社による出版で市販ルートに載せることが大事だという認識によって、文学通信から刊行したことを述べている。科研費による成果公表では、A4版の報告書を作成して、関係者に配布するパターンが多いのだが、見知らぬ研究者が目にすることはなく、一般の方の手に渡ることもありえない。だから、出版社による出版にこだわったと。共感する。科研報告書を科研費で出版するのはルール上ハードルが高いが、これをもっともっとやりやすくしてほしいと思う。科研での学術図書出版助成という制度もあるが、これは審査に時間がかかる上、助成を受けられるのは応募の3割くらいではないだろうか?もし審査に通らなかったら、何度も挑戦しないといけないが、時宜を逸してしまうこともあるし、一般向けにも配慮された本は「学術的ではない」と審査の対象外になりかねないのだ。学術書を出版して原稿料や印税をもらおうなどと思っている人は、人文系にはほぼいない。普通自腹でかなり負担している。だから、せめて科研費で出版もできるように、原稿料・印税なしをルール化して、ハードルを低くしていただきたいと心から願っている。
当時の地方の学問の手引き書のサンプルとして貴重である。注釈や現代語訳も丁寧である。このように、現代語訳までつけるというのは異例であるが、研究会のみなさんが、多くの人にこの本を読んでもらいたいという志の表れだと思う。現代語訳は白石良夫さんが一手に引き受けておられるが、「うひ山ぶみ」の現代語訳でも見せた定評の文章力で安心して読める。
少し気になったところを述べる。全ページの影印は必要ないが、表紙カバーにしか写真がないのはいかがなものであろうか。最近はあまりそういうことはないのかもしれないが、公共図書館・大学図書館では配架の時カバーや箱を捨ててしまうところもあるのでやや心配になった。
そして、唯一の伝本であるのならば、もう少しモノとしての本の解題や、文学史的な意義について解説がほしいと思うのは私だけであろうか。私はもうひとつの「うひ山ふみ」というにはちょっと方向性が違うなと思ったので、なおさら、なぜそう言えるのかという点を教えてほしかった。書誌学的な説明もややそっけないかなと感じた。
さて、「あとがき」に、白石さんが、本書が科研共同研究の成果であること、それを社会に還元するには出版社による出版で市販ルートに載せることが大事だという認識によって、文学通信から刊行したことを述べている。科研費による成果公表では、A4版の報告書を作成して、関係者に配布するパターンが多いのだが、見知らぬ研究者が目にすることはなく、一般の方の手に渡ることもありえない。だから、出版社による出版にこだわったと。共感する。科研報告書を科研費で出版するのはルール上ハードルが高いが、これをもっともっとやりやすくしてほしいと思う。科研での学術図書出版助成という制度もあるが、これは審査に時間がかかる上、助成を受けられるのは応募の3割くらいではないだろうか?もし審査に通らなかったら、何度も挑戦しないといけないが、時宜を逸してしまうこともあるし、一般向けにも配慮された本は「学術的ではない」と審査の対象外になりかねないのだ。学術書を出版して原稿料や印税をもらおうなどと思っている人は、人文系にはほぼいない。普通自腹でかなり負担している。だから、せめて科研費で出版もできるように、原稿料・印税なしをルール化して、ハードルを低くしていただきたいと心から願っている。
2023年04月27日
近世の論争
『日本文学研究ジャーナル』25号(2023年3月、古典ライブラリー)は、浅田徹・田中康二編で「近世の論争」を特集。
冒頭長島弘明さんの「秋成と架空の論敵」は、重要な指摘がそこここに鏤められている。まずは『春雨物語』「海賊」が「歌舞伎読本」だという見立て、面白い。「秋津は不在の論敵、あるいは架空の論敵に向かってただ一方的に語りかけている」。そして『雨月物語』の「白峰」や「菊花の約」にも論争になりきれなかった論争があると指摘する。論争の中断や不成就という点では同じだが、しかし雨月物語は暗く海賊は明るい。そこに秋成の「憤り」と「命録」という、若いときと老年のときの生き方が反映しているとみる。
さらに、秋成は「本質的な論争をほとんどしなかった人であるように思われる」という。『胆大小心録』にはいろんな歴史上の人物にくってかかるけれどそれは「放言」である。たしかに『胆大小心録』は「ひとりごと」と自ら言っているので、そう言えるだろう。
『胆大小心録』は置いといて、私は『雨月物語』や『春雨物語』で、秋成が自説を登場人物に語らせるありかたを〈学説寓言〉としてとらえ論じてきた。秋成の方法は〈学説寓言〉史においても、非常に重要である。多くのヒントをいただいた長島さんに感謝する。
板東洋介・高松亮太・田中康二各氏の論文も、秋成と宣長の論争に触れる。板東氏の「犬をめぐる論争」は発想がユニークである。禽獣観から思想史を構築するとは。高松氏は、先行研究を踏まえ秋成の対宣長意識を丹念に追う。田中氏は、宣長の論争の戦略、「論破」の方法を分析する。なにやら〈はい論破〉という決め台詞が話題になった最近の「論壇」(?)のことが想起された。宣長は論争が上手いということを明らかにする。
巻末の浅田徹さんの「『筆のさが』の香川景樹歌を読むー伝統を踏み破る思想−」は、当代きっての江戸の歌人らから非難された景樹の和歌を、ほかならぬその非難を手掛かりに、その新しさを指摘していくもので、実に手際がよい。これは近世和歌研究者にはなかなか及ばない方法で、伝統的な和歌の詠み方に精通している中世和歌研究者ならではの論であった。
冒頭長島弘明さんの「秋成と架空の論敵」は、重要な指摘がそこここに鏤められている。まずは『春雨物語』「海賊」が「歌舞伎読本」だという見立て、面白い。「秋津は不在の論敵、あるいは架空の論敵に向かってただ一方的に語りかけている」。そして『雨月物語』の「白峰」や「菊花の約」にも論争になりきれなかった論争があると指摘する。論争の中断や不成就という点では同じだが、しかし雨月物語は暗く海賊は明るい。そこに秋成の「憤り」と「命録」という、若いときと老年のときの生き方が反映しているとみる。
さらに、秋成は「本質的な論争をほとんどしなかった人であるように思われる」という。『胆大小心録』にはいろんな歴史上の人物にくってかかるけれどそれは「放言」である。たしかに『胆大小心録』は「ひとりごと」と自ら言っているので、そう言えるだろう。
『胆大小心録』は置いといて、私は『雨月物語』や『春雨物語』で、秋成が自説を登場人物に語らせるありかたを〈学説寓言〉としてとらえ論じてきた。秋成の方法は〈学説寓言〉史においても、非常に重要である。多くのヒントをいただいた長島さんに感謝する。
板東洋介・高松亮太・田中康二各氏の論文も、秋成と宣長の論争に触れる。板東氏の「犬をめぐる論争」は発想がユニークである。禽獣観から思想史を構築するとは。高松氏は、先行研究を踏まえ秋成の対宣長意識を丹念に追う。田中氏は、宣長の論争の戦略、「論破」の方法を分析する。なにやら〈はい論破〉という決め台詞が話題になった最近の「論壇」(?)のことが想起された。宣長は論争が上手いということを明らかにする。
巻末の浅田徹さんの「『筆のさが』の香川景樹歌を読むー伝統を踏み破る思想−」は、当代きっての江戸の歌人らから非難された景樹の和歌を、ほかならぬその非難を手掛かりに、その新しさを指摘していくもので、実に手際がよい。これは近世和歌研究者にはなかなか及ばない方法で、伝統的な和歌の詠み方に精通している中世和歌研究者ならではの論であった。
2023年04月21日
冷泉為村歌集の怪
家人に送られて来ていた抜き刷りをそれとなく手に取ったら、かなりエキサイティングな論文だったという話。
古相正美さん。私と年が近くて、すごく古い付き合いの方。専門は近世和歌で多田南嶺についての本を出したり御会和歌年表を作ったりしている。いまは福岡に在住。何十万首という宮廷御会和歌の翻刻を続けているという。その古相さんが、不思議な事に気づく。いろんな人が出詠している御会和歌の和歌が、冷泉為村の歌集の歌と一致している例が次々に見つかったというのである。冷泉為村の歌集2166首のうち、1621首が、江戸時代の御会和歌(為村の和歌ではない)と一致するという。その発見と報告が「江戸時代御会和歌と「冷泉為村卿歌集」」(『朱』66号、2023年3月)になされた。スゴい発見。もしこの歌集で為村の和歌を論じたらとんでもないことになる。
為村の専門家久保田啓一氏はどうやら、為村の歌集を怪しいとにらんでいたらしく、ほとんどそれに言及していないそうだ(古相論文)。さすがですな。
ではなぜそういう奇怪なことが起こったのか。為村は御会和歌の題者や奉行を務める。手元に和歌の控えをとることが可能である。「おそらく和歌練習の手控えとして冷泉家に所蔵されていたものが、なんらかの形で流出し、冷泉為村の和歌集と名付けられて流布したものと見ることができるだろう」と結論づける。いやこわいこわい。
古相正美さん。私と年が近くて、すごく古い付き合いの方。専門は近世和歌で多田南嶺についての本を出したり御会和歌年表を作ったりしている。いまは福岡に在住。何十万首という宮廷御会和歌の翻刻を続けているという。その古相さんが、不思議な事に気づく。いろんな人が出詠している御会和歌の和歌が、冷泉為村の歌集の歌と一致している例が次々に見つかったというのである。冷泉為村の歌集2166首のうち、1621首が、江戸時代の御会和歌(為村の和歌ではない)と一致するという。その発見と報告が「江戸時代御会和歌と「冷泉為村卿歌集」」(『朱』66号、2023年3月)になされた。スゴい発見。もしこの歌集で為村の和歌を論じたらとんでもないことになる。
為村の専門家久保田啓一氏はどうやら、為村の歌集を怪しいとにらんでいたらしく、ほとんどそれに言及していないそうだ(古相論文)。さすがですな。
ではなぜそういう奇怪なことが起こったのか。為村は御会和歌の題者や奉行を務める。手元に和歌の控えをとることが可能である。「おそらく和歌練習の手控えとして冷泉家に所蔵されていたものが、なんらかの形で流出し、冷泉為村の和歌集と名付けられて流布したものと見ることができるだろう」と結論づける。いやこわいこわい。
2023年04月20日
古典新訳版『好色一代男』
学部生時代の話。近世文学で卒論を書くことを決めた4年、中野三敏先生の学部演習は『好色一代男』であった。4年の私が最初の担当(当時「模範演習」と称していた)であった。巻1の1を担当。決まってからかなりの時間をかけて準備した。谷脇理史先生の「『好色一代男』論序説」を読むようにと言われ、その長い連載論文をコピーして、我流で製本した。それにしても、西鶴のへんてこな文章には難渋した。理屈では理解できても、現代語訳は至難だ。幸い、現代語訳を演習では求められなかったように思う。
というわけで、『好色一代男』現代語訳が新訳で出る、それも中嶋隆さんが・・・、と聞いて文字通り鶴首して待った。最近日本古典も手がける光文社古典新訳文庫である。お送りいただいて早速巻1の1を読むと、期待に違わぬ鮮やかな訳である。訳しにくい筈なのだが、実に自然に、すっと読める文章なのである。さすがは小説家でもある中嶋さんだ。令和の今、どういう訳がよいか、というところまで考え抜かれた言葉の選び方だと思う。50年後は知らず、今から当分の間、この新訳が好色一代男現代語訳の決定版だと言い切ってよいだろう。
訳だけではなく、注もかなり充実している。そして解説。なにか現代語訳とシンクロするような文体である。そして中嶋さんならではの解説。京都や江戸に遅れをとった大阪の出版業が俳書から始まった理由とはなにか。『生玉万句』で「私は阿蘭陀流と悪口言われてましたがね−」と言っているのは守旧派からの攻撃イメージを作ることで自己宣伝する「どこかの国で人気のあった政治家」と同じではないかなど、そうだったのかも、と思わせる、そして『好色一代男』の革新性。これも面白く分かりやすく説いている。江戸時代の遊郭知識はクイズで出題など、飽きない工夫もされている。是非ご一読を。
というわけで、『好色一代男』現代語訳が新訳で出る、それも中嶋隆さんが・・・、と聞いて文字通り鶴首して待った。最近日本古典も手がける光文社古典新訳文庫である。お送りいただいて早速巻1の1を読むと、期待に違わぬ鮮やかな訳である。訳しにくい筈なのだが、実に自然に、すっと読める文章なのである。さすがは小説家でもある中嶋さんだ。令和の今、どういう訳がよいか、というところまで考え抜かれた言葉の選び方だと思う。50年後は知らず、今から当分の間、この新訳が好色一代男現代語訳の決定版だと言い切ってよいだろう。
訳だけではなく、注もかなり充実している。そして解説。なにか現代語訳とシンクロするような文体である。そして中嶋さんならではの解説。京都や江戸に遅れをとった大阪の出版業が俳書から始まった理由とはなにか。『生玉万句』で「私は阿蘭陀流と悪口言われてましたがね−」と言っているのは守旧派からの攻撃イメージを作ることで自己宣伝する「どこかの国で人気のあった政治家」と同じではないかなど、そうだったのかも、と思わせる、そして『好色一代男』の革新性。これも面白く分かりやすく説いている。江戸時代の遊郭知識はクイズで出題など、飽きない工夫もされている。是非ご一読を。
2023年04月01日
大阪大学附属図書館古浄瑠璃コレクション
大阪大学附属図書館電子コンテンツで古浄瑠璃コレクション赤木文庫(100点)の目録・原本画像・翻刻(20点)が公開されています。ご利用下さい。https://ir.library.osaka-u.ac.jp/portal/akagi/
翻刻リストは写真の通りです。

翻刻リストは写真の通りです。
2023年03月30日
幕末・明治期の巷談と俗文芸
神林尚子さんの『幕末・明治期の巷談と俗文芸』(花鳥社、2022年2月)が刊行された。
副題は「女盗賊・如来の化身・烈女」。これは読みたくなりますね。序章・終章を除いて、三部各八章、全部で24章、700頁の大冊である。
評する能力は全くないので、私の理解による(まちがっているかもしれない?)紹介と素朴な感想(感嘆?)だけですが、お許しください。
まず、「本書は、日本近世・近代の「巷談」と、戯作や歌舞伎、巷談などの文芸・芸能との交渉を、具体的な作品に即して考察するものである」(序章)
神林さんによると「巷談」とは、「口碑や風聞に淵源し、諸種のジャンルにわたって扱われた題材の総称」であり、歌舞伎・浄瑠璃・読本・草双紙の題材となる実録のあり方よりもさらに広く、巷説・話芸としても成長展開する。だから「実録の下位分類として措定するだけでは」不十分である。そこで神林さんは「巷談」を「分類指標」として設定する必要があるという。分類指標というのは「ジャンル」とは違う。あくまで「街談巷説に由来する題材の謂」である。
それは「研究領域」と言いかえられるかもしれない。巷説と特定ジャンルとの関係(読本における巷談物など)、あるいはある特定の巷説の実録・読本としての展開という先行研究はあるが、巷談という分類指標を意識し、その視点から諸々の巷談の原型と展開・拡散・転化、それも近世から近代にかけてのそれを実証的に追うことで、文学史の一端を明らかにするというものである。この時期は文学史でも様々な立場からの発言がある。神林さんの視座はそこへの新たに参入宣言でもあるのだ。つまり「巷談」の文学史的研究というものを目指して、そのおおきな第一歩を踏み出したのが本書である。
実に壮大かつ堅実かつ緻密で明瞭な構想が序章で示されているのである。
では具体的には何を扱うのか。
1 「鬼神のお松」。門付芸能の「ちょんがれ」に端を発して様々に展開したと跡づける。まず「ちょんがれ」自体を丁寧に丁寧に考察するところ、その徹底ぶりに鳥肌が立つ。個人的には大阪大学の忍頂寺文庫を使っていただきありがとうございます(笑)。忍頂寺務さんも喜んでいます。
2 「お竹大日如来」。名主の家の下女お竹は実は大日如来という口碑。開帳や略縁起の世界にも果敢に挑んでいる。
3 「烈女おふじ」。飯田藩の江戸上屋敷で藩主の側室を斬りつけた奥女中「おふじ」が、烈女として顕彰され、烈女イメージを生成してゆく。「烈女」の問題は、思想史・政治史にも拡がっているが、そこもしっかり押さえている。
いずれも女性の巷説を扱っているところが興味深い。もともとジェンダー研究を志す意図はなく、面白いからという理由で選んだものらしいのだが、自ずから「巷談の展開と女性表象」の問題に繋がるわけで、それは終章で考察されている。
それにしても、各部各章の徹底ぶりがすごい。「ザ・研究」と呼ぶにふさわしい実証へのこだわり、関連する文献の博捜、感嘆せざるを得ない。
神林さんは、畏友ロバート・キャンベルさんの教え子。キャンベルゼミから実証を重んじる素晴らしい研究者が輩出しているが、神林さんもその一人。「巷談研究」という新たな研究領域の方法と実践を体現した研究書として本書は永く記憶されるだろう。
副題は「女盗賊・如来の化身・烈女」。これは読みたくなりますね。序章・終章を除いて、三部各八章、全部で24章、700頁の大冊である。
評する能力は全くないので、私の理解による(まちがっているかもしれない?)紹介と素朴な感想(感嘆?)だけですが、お許しください。
まず、「本書は、日本近世・近代の「巷談」と、戯作や歌舞伎、巷談などの文芸・芸能との交渉を、具体的な作品に即して考察するものである」(序章)
神林さんによると「巷談」とは、「口碑や風聞に淵源し、諸種のジャンルにわたって扱われた題材の総称」であり、歌舞伎・浄瑠璃・読本・草双紙の題材となる実録のあり方よりもさらに広く、巷説・話芸としても成長展開する。だから「実録の下位分類として措定するだけでは」不十分である。そこで神林さんは「巷談」を「分類指標」として設定する必要があるという。分類指標というのは「ジャンル」とは違う。あくまで「街談巷説に由来する題材の謂」である。
それは「研究領域」と言いかえられるかもしれない。巷説と特定ジャンルとの関係(読本における巷談物など)、あるいはある特定の巷説の実録・読本としての展開という先行研究はあるが、巷談という分類指標を意識し、その視点から諸々の巷談の原型と展開・拡散・転化、それも近世から近代にかけてのそれを実証的に追うことで、文学史の一端を明らかにするというものである。この時期は文学史でも様々な立場からの発言がある。神林さんの視座はそこへの新たに参入宣言でもあるのだ。つまり「巷談」の文学史的研究というものを目指して、そのおおきな第一歩を踏み出したのが本書である。
実に壮大かつ堅実かつ緻密で明瞭な構想が序章で示されているのである。
では具体的には何を扱うのか。
1 「鬼神のお松」。門付芸能の「ちょんがれ」に端を発して様々に展開したと跡づける。まず「ちょんがれ」自体を丁寧に丁寧に考察するところ、その徹底ぶりに鳥肌が立つ。個人的には大阪大学の忍頂寺文庫を使っていただきありがとうございます(笑)。忍頂寺務さんも喜んでいます。
2 「お竹大日如来」。名主の家の下女お竹は実は大日如来という口碑。開帳や略縁起の世界にも果敢に挑んでいる。
3 「烈女おふじ」。飯田藩の江戸上屋敷で藩主の側室を斬りつけた奥女中「おふじ」が、烈女として顕彰され、烈女イメージを生成してゆく。「烈女」の問題は、思想史・政治史にも拡がっているが、そこもしっかり押さえている。
いずれも女性の巷説を扱っているところが興味深い。もともとジェンダー研究を志す意図はなく、面白いからという理由で選んだものらしいのだが、自ずから「巷談の展開と女性表象」の問題に繋がるわけで、それは終章で考察されている。
それにしても、各部各章の徹底ぶりがすごい。「ザ・研究」と呼ぶにふさわしい実証へのこだわり、関連する文献の博捜、感嘆せざるを得ない。
神林さんは、畏友ロバート・キャンベルさんの教え子。キャンベルゼミから実証を重んじる素晴らしい研究者が輩出しているが、神林さんもその一人。「巷談研究」という新たな研究領域の方法と実践を体現した研究書として本書は永く記憶されるだろう。
2023年03月29日
明治歌舞伎史論
金智慧(Kim Jihye)さんの『明治歌舞伎史論 懐古・改良・高尚化』(思文閣出版、2023年3月)が刊行された。
明治期は歌舞伎史にとって激動の変革期である。本書は、歌舞伎と社会との関わりに注目し、「江戸懐古」「脚本改良」「高尚化」という視点から、新たな歌舞伎史構築を目指したもので、歌舞伎史研究においても意義のある研究書だと私は思う。

私にとって、この本の刊行は少なからず感慨深い。私の教え子としては初めての論文集という事になるからである。
「あとがき」にもあるように、彼女は韓国の誠信女子大学校を出て、高麗大学校の大学院に進み、そこで1年学んだ後、大阪大学に研究生としてやってきて、博士前期課程、同後期課程と進み、2022年3月に学位を取得、京都大学人文科学研究所に助教として就職した。大学院交流事業で高麗大の院生と大阪大の院生とて共同研究会をやったことがあり、高麗大在学中の金さんが発表したことがあった。2015年1月のことである。それから大阪大に来て私のゼミに所属した。私は歌舞伎が専門ではないし、まして明治歌舞伎の研究ということなので、指導教員としては全くの能力不足で、大変申し訳なかった。授業も大学院では演劇関係のテキストを扱うこともない。そんな中で、よく頑張ったと思う。特に博士後期課程に入ってから、地道に努力し、ものすごく伸びたと思う。それは演習などでの発表にも如実に現れていた。
そして彼女は日本語の読み書きが完璧に近い。英語もできる。博士後期課程に入ってからは、国際学会での発表、UCBへの留学などチャレンジを続けた。これからの研究・教育界には非常に有益な人材となるだろう。
本書に収められている各論文については元になった初出論文については私が見ている(他の専門の先生にも見てもらっていたかもしれない)。論の進め方とか書き方については指導できても、専門的な内容についてはさっぱりであり、阪大には歌舞伎が専門の先生もいらっしゃらないので、本当に指導環境は良いと言えなかったのである。この論文集に専門的な部分で行き届かない部分があれば、それは私の責任でもあるのだ。
とはいえ、若手研究者の出版を支援する勤務先の助成金をいただけるというチャンスがあったので、それを掴み、形にしたのは素晴らしい事である。表紙もいい感じに仕上がった。表題については相談を受けたので、提案させていただいたが、なんとそれを使ってくれたようであるが、表題がデザイン的にもしっくりしていて安心した。
どうか、皆さんのご批正を賜れば幸いである。
明治期は歌舞伎史にとって激動の変革期である。本書は、歌舞伎と社会との関わりに注目し、「江戸懐古」「脚本改良」「高尚化」という視点から、新たな歌舞伎史構築を目指したもので、歌舞伎史研究においても意義のある研究書だと私は思う。
私にとって、この本の刊行は少なからず感慨深い。私の教え子としては初めての論文集という事になるからである。
「あとがき」にもあるように、彼女は韓国の誠信女子大学校を出て、高麗大学校の大学院に進み、そこで1年学んだ後、大阪大学に研究生としてやってきて、博士前期課程、同後期課程と進み、2022年3月に学位を取得、京都大学人文科学研究所に助教として就職した。大学院交流事業で高麗大の院生と大阪大の院生とて共同研究会をやったことがあり、高麗大在学中の金さんが発表したことがあった。2015年1月のことである。それから大阪大に来て私のゼミに所属した。私は歌舞伎が専門ではないし、まして明治歌舞伎の研究ということなので、指導教員としては全くの能力不足で、大変申し訳なかった。授業も大学院では演劇関係のテキストを扱うこともない。そんな中で、よく頑張ったと思う。特に博士後期課程に入ってから、地道に努力し、ものすごく伸びたと思う。それは演習などでの発表にも如実に現れていた。
そして彼女は日本語の読み書きが完璧に近い。英語もできる。博士後期課程に入ってからは、国際学会での発表、UCBへの留学などチャレンジを続けた。これからの研究・教育界には非常に有益な人材となるだろう。
本書に収められている各論文については元になった初出論文については私が見ている(他の専門の先生にも見てもらっていたかもしれない)。論の進め方とか書き方については指導できても、専門的な内容についてはさっぱりであり、阪大には歌舞伎が専門の先生もいらっしゃらないので、本当に指導環境は良いと言えなかったのである。この論文集に専門的な部分で行き届かない部分があれば、それは私の責任でもあるのだ。
とはいえ、若手研究者の出版を支援する勤務先の助成金をいただけるというチャンスがあったので、それを掴み、形にしたのは素晴らしい事である。表紙もいい感じに仕上がった。表題については相談を受けたので、提案させていただいたが、なんとそれを使ってくれたようであるが、表題がデザイン的にもしっくりしていて安心した。
どうか、皆さんのご批正を賜れば幸いである。
秋成自筆長歌の報告
吹田市立博物館(大阪府)に2021年に入った、上田秋成自筆長歌一幅について、同館の館報に調査報告を掲載させていただきました。「吹田市立博物館所蔵上田秋成自筆長歌一幅について」(『吹田市立博物館館報』23号、2023年1月)。昨日、落手したものですから、ここでのポストが少し遅くなりました。秋成が妻と共に元日に垂水神社に出かけ、小松引きをして遊んだということが詠まれています。垂水神社は今も吹田に鎮座しており、吹田市立博物館が本長歌を入手した所以もそこにあります。さて、この長歌自体は、秋成の家集に収められたものですが、成立時の筆写ではないけれども秋成の自筆であること、題が秋成の家集所収のものと異なること、書写年月(つまり秋成再写の年月)と年齢が記されていることから、秋成伝に新しい事項を立てられることにもなり、貴重な資料であると言える。
実際に秋成が元日に垂水神社に出かけたのは、寛政三年だろうと推定した。さて、ではなぜその時小松引きをしたのか?これを論文をお送り
したS先生に問われて、はて?なんでだろう、と思い至らず、S先生に逆にお考えを聞いたところ、その問いを投げかけた理由を教えていただき、「なるほど「なるほど!」と膝を打った次第。これは次の課題として受け止めさせていただいた。
吹田の学芸員のIさんが、私の研究室を訪ねてこられ、私に自筆かどうかの見立てと調査を依頼してくださった。ちょうど垂水神社の近くにある関西大学に出講していたこともあり、縁を感じた。なおご興味おありの方はPDFで報告文をお送りします。コメント欄にメールアドレス(他の方には見えません)をお書きください。
実際に秋成が元日に垂水神社に出かけたのは、寛政三年だろうと推定した。さて、ではなぜその時小松引きをしたのか?これを論文をお送り
したS先生に問われて、はて?なんでだろう、と思い至らず、S先生に逆にお考えを聞いたところ、その問いを投げかけた理由を教えていただき、「なるほど「なるほど!」と膝を打った次第。これは次の課題として受け止めさせていただいた。
吹田の学芸員のIさんが、私の研究室を訪ねてこられ、私に自筆かどうかの見立てと調査を依頼してくださった。ちょうど垂水神社の近くにある関西大学に出講していたこともあり、縁を感じた。なおご興味おありの方はPDFで報告文をお送りします。コメント欄にメールアドレス(他の方には見えません)をお書きください。
2023年03月27日
未来を切り拓く古典教材
第3回古典教材開発研究センター・第6回コテキリの会が3月26日、同志社大学烏丸キャンパス志高館で行われた。対面・オンライン併用。
当日対面参加した方には、本会のこれまでの活動の総括ともいえる『未来を切り拓く古典教材─和本・くずし字でこんな授業ができる』(文学通信、2023年3月)に加えて、現古絵合わせカルタが配布された。すごいサービスである。ちなみに、同書はなんと全文PDFで無料ダウンロード可であり、SNSでは、驚きと歓喜の声が拡がっている。とはいえ、物としての本書はひとつの世界を作っていて、素晴らしい出来である。まずは店頭で手にとってみていただきたい。和本やくずし字を用いた授業の実践例を多く掲げている。
さてコテキリの会は2部構成で、第T部がこれまでコテキリの会で基調講演をした経験のある仲島ひとみさん、佐々木孝浩さん、飯倉と、コメンテーターを務めたことのある平野多恵さんと、このプロジェクトのリーダー司会の山田和人さんの5人による座談会。それぞれの教育実践に基づいて、和本・くずし字教育についての提言を行った。山田さんは意図的に「むちゃぶり」をして、登壇者の素を引きだそうとしたとおっしゃっていたが、登壇者はそれに戸惑いながらも、きちんと打ち返していたのは流石である(私は打ち損ないのファールボール?)。山田さんもおっしゃていたが、「コミュニケーションツールとしての和本・くずし字」、「テキストと組み合わされる絵の魅力」、「社会とどう関わるか、何の役に立つのか」というところの意見交換が面白かった。なかでも私が感心したのは平野多恵さんがゼミでやっている「和歌占い」。実際に学園祭やネットで、一般の人からも相談を受け、和歌で占ってあげて、「救われた!」と言った方もいるという話である。むかしから、和歌には人の心を動かす力があると言われているが、和歌占いの方法をマスターすれば、現代の人を救うこともできる、その実例があるということに、ものすごい衝撃を受けた。
第2部意見交流会では、10グループに分かれて、今回和本バンク(有志者からコテキリに寄贈された和本群。私も5点ほど持参して一緒に並べてもらった)から選ばれて、その場に並べられた100冊ほどの本から、自分の気に入った1点を選んで、それについて意見交換するというものだが、この意見交換会が異常な盛り上がりを見せた。またグループ分けが絶妙で、中高の現役教員、学部生大学院生、大学教員、なかには一般の方もいたが、どのグループでも、それぞれ入り交じっての意見交換。切実で、真摯な、しかし未来を見据えた手応えのあるやりとりが、私の所属したグループでも行われた。実際、私たちからみたら、ありふれた和本でも、それを選んだ人は、その本の面白さを滔々と語って、私たちにも「なるほどね」と、新しい発見を共有させていただけた。
各グループ代表が、3分の持ち時間で自分の推し和本について、その面白さや、どう教育に活用できるかなどをプレゼン。みなさん実に素晴らしいプレゼンをした。
対面の素晴らしさは、個人的にもたっぷりお話することができたり、次へ向けての繋がりを持てたり、やはり対面のポテンシャルはすごいです。山田さんは、芸能研究者だけあって、このイベントをひとつの劇(祭?)に見立て、最後は三本締め。場内湧き上がりましたが、だれもここで自足はしていません。みなさん、今日の成果をどう教育に活かすか、会が終わってからも、会場のあちこちで話し込む姿が見られました。
さて、配られた本、これは文句なしに素晴らしい出来です。和本とくずし字の教材としての必要性、魅力、実際の教育実践、自由に使える教材、とてもよく出来ています。無料ダウンロードもできるという信じられない大サービスです。https://bungaku-report.com/kotekiri.html
是非ご活用を。そして書籍版も手に取ってみて下さい。

当日対面参加した方には、本会のこれまでの活動の総括ともいえる『未来を切り拓く古典教材─和本・くずし字でこんな授業ができる』(文学通信、2023年3月)に加えて、現古絵合わせカルタが配布された。すごいサービスである。ちなみに、同書はなんと全文PDFで無料ダウンロード可であり、SNSでは、驚きと歓喜の声が拡がっている。とはいえ、物としての本書はひとつの世界を作っていて、素晴らしい出来である。まずは店頭で手にとってみていただきたい。和本やくずし字を用いた授業の実践例を多く掲げている。
さてコテキリの会は2部構成で、第T部がこれまでコテキリの会で基調講演をした経験のある仲島ひとみさん、佐々木孝浩さん、飯倉と、コメンテーターを務めたことのある平野多恵さんと、このプロジェクトのリーダー司会の山田和人さんの5人による座談会。それぞれの教育実践に基づいて、和本・くずし字教育についての提言を行った。山田さんは意図的に「むちゃぶり」をして、登壇者の素を引きだそうとしたとおっしゃっていたが、登壇者はそれに戸惑いながらも、きちんと打ち返していたのは流石である(私は打ち損ないのファールボール?)。山田さんもおっしゃていたが、「コミュニケーションツールとしての和本・くずし字」、「テキストと組み合わされる絵の魅力」、「社会とどう関わるか、何の役に立つのか」というところの意見交換が面白かった。なかでも私が感心したのは平野多恵さんがゼミでやっている「和歌占い」。実際に学園祭やネットで、一般の人からも相談を受け、和歌で占ってあげて、「救われた!」と言った方もいるという話である。むかしから、和歌には人の心を動かす力があると言われているが、和歌占いの方法をマスターすれば、現代の人を救うこともできる、その実例があるということに、ものすごい衝撃を受けた。
第2部意見交流会では、10グループに分かれて、今回和本バンク(有志者からコテキリに寄贈された和本群。私も5点ほど持参して一緒に並べてもらった)から選ばれて、その場に並べられた100冊ほどの本から、自分の気に入った1点を選んで、それについて意見交換するというものだが、この意見交換会が異常な盛り上がりを見せた。またグループ分けが絶妙で、中高の現役教員、学部生大学院生、大学教員、なかには一般の方もいたが、どのグループでも、それぞれ入り交じっての意見交換。切実で、真摯な、しかし未来を見据えた手応えのあるやりとりが、私の所属したグループでも行われた。実際、私たちからみたら、ありふれた和本でも、それを選んだ人は、その本の面白さを滔々と語って、私たちにも「なるほどね」と、新しい発見を共有させていただけた。
各グループ代表が、3分の持ち時間で自分の推し和本について、その面白さや、どう教育に活用できるかなどをプレゼン。みなさん実に素晴らしいプレゼンをした。
対面の素晴らしさは、個人的にもたっぷりお話することができたり、次へ向けての繋がりを持てたり、やはり対面のポテンシャルはすごいです。山田さんは、芸能研究者だけあって、このイベントをひとつの劇(祭?)に見立て、最後は三本締め。場内湧き上がりましたが、だれもここで自足はしていません。みなさん、今日の成果をどう教育に活かすか、会が終わってからも、会場のあちこちで話し込む姿が見られました。
さて、配られた本、これは文句なしに素晴らしい出来です。和本とくずし字の教材としての必要性、魅力、実際の教育実践、自由に使える教材、とてもよく出来ています。無料ダウンロードもできるという信じられない大サービスです。https://bungaku-report.com/kotekiri.html
是非ご活用を。そして書籍版も手に取ってみて下さい。
2023年03月06日
追悼浅野三平先生
訃報が相次ぐ。上田秋成研究の先達である浅野三平先生。先生は数奇な人生を辿られた方であったようだ。今私はそのことをここで述べることはしない。
私は私と先生の関係においての先生を語り、追悼の言葉とする。
先生が上田秋成研究に果たしたご功績はこのうえなく大きなものだった。大著『上田秋成の研究』で、秋成の全体像を示したが、特に恩恵に与ったのは『秋成全歌集とその研究』だった。増補改訂版も出して下さったので、古びることなく、私の座右の書となり続けている。秋成の和歌を、文字通り資料を博捜して網羅しているので、たとえば古書店で秋成の和歌短冊が出てきた時に、まず先生の『全歌集』で検索し、新出かどうか、新出でなければどういう作品に収められている和歌かを、たちどころに知る事ができた。秋成研究においては、現在歌文の研究が重要になってきているが、本書は益々その価値を増しているように思える。
先生の研究は、秋成だけではない。たとえば『近世中期小説の研究』という本では、多くの談義本作者を取り上げて論じておられる。18世紀の散文をすこし研究している私にとっては、この本もまた頼もしい先導役だった。
ある時、私は本屋で、先生の書かれた研究書ではない文庫本を見付けた。それが『スピリチュアル犬ジローの日記』だった。同姓同名の方の本かと最初は思ったが、中身を読むと明らかに先生が書かれたものだった。私はその本を購入し、一気に読んだ。それからまもない時期に開催された日本近世文学会の懇親会場に向かうバスで、偶然浅野先生と相席になり、ジローの話題で俄然盛り上った。先生がジローをこよなく愛し、死んだ後も霊となってもいつも近くにいることを信じていらっしゃることがわかった。今頃は、ジローとお会いになっていることだろう。
私が日本近世文学会の事務局をしていた時に、学会初めての試みとして、韓国の高麗大学校で大会を開催したことがあった。大会は大会校をはじめとする関係各位のご協力のおかげで大成功だったが、初日の懇親会も、二日目の懇親会でも、浅野先生に乾杯の音頭を取っていただいたことは、忘れられない思い出である。先生は、スピーチで、三十七年前にソウルであつらえたスーツを着て来たんだとおっしゃっていた。大会を成功に導いて下さったお一人だと本当に感謝している。
他にも、私が主催した秋成シンポジウムのため、はるばる東京から大阪にいらっしゃって下さったこと、秋成の未紹介資料についての私の学会発表について、新出和歌を紹介してくれてありがとうとお声がけ下さったことなど、ありがたい思い出が次々に甦ってくる。まだまだ、お導き下さってほしかった。今は心からご冥福をお祈りするばかりである。
私は私と先生の関係においての先生を語り、追悼の言葉とする。
先生が上田秋成研究に果たしたご功績はこのうえなく大きなものだった。大著『上田秋成の研究』で、秋成の全体像を示したが、特に恩恵に与ったのは『秋成全歌集とその研究』だった。増補改訂版も出して下さったので、古びることなく、私の座右の書となり続けている。秋成の和歌を、文字通り資料を博捜して網羅しているので、たとえば古書店で秋成の和歌短冊が出てきた時に、まず先生の『全歌集』で検索し、新出かどうか、新出でなければどういう作品に収められている和歌かを、たちどころに知る事ができた。秋成研究においては、現在歌文の研究が重要になってきているが、本書は益々その価値を増しているように思える。
先生の研究は、秋成だけではない。たとえば『近世中期小説の研究』という本では、多くの談義本作者を取り上げて論じておられる。18世紀の散文をすこし研究している私にとっては、この本もまた頼もしい先導役だった。
ある時、私は本屋で、先生の書かれた研究書ではない文庫本を見付けた。それが『スピリチュアル犬ジローの日記』だった。同姓同名の方の本かと最初は思ったが、中身を読むと明らかに先生が書かれたものだった。私はその本を購入し、一気に読んだ。それからまもない時期に開催された日本近世文学会の懇親会場に向かうバスで、偶然浅野先生と相席になり、ジローの話題で俄然盛り上った。先生がジローをこよなく愛し、死んだ後も霊となってもいつも近くにいることを信じていらっしゃることがわかった。今頃は、ジローとお会いになっていることだろう。
私が日本近世文学会の事務局をしていた時に、学会初めての試みとして、韓国の高麗大学校で大会を開催したことがあった。大会は大会校をはじめとする関係各位のご協力のおかげで大成功だったが、初日の懇親会も、二日目の懇親会でも、浅野先生に乾杯の音頭を取っていただいたことは、忘れられない思い出である。先生は、スピーチで、三十七年前にソウルであつらえたスーツを着て来たんだとおっしゃっていた。大会を成功に導いて下さったお一人だと本当に感謝している。
他にも、私が主催した秋成シンポジウムのため、はるばる東京から大阪にいらっしゃって下さったこと、秋成の未紹介資料についての私の学会発表について、新出和歌を紹介してくれてありがとうとお声がけ下さったことなど、ありがたい思い出が次々に甦ってくる。まだまだ、お導き下さってほしかった。今は心からご冥福をお祈りするばかりである。
2023年03月02日
家康徹底解読
大河ドラマ「どうする家康」がじまって2ヶ月。ドラマは「史実」に沿ってはいるが、大胆なエピソードを虚構しつつ、決断を迫られて右往左往する家康を描いてゆく。かつては山岡荘八原作・滝田栄主演の『徳川家康』も大河で放送された。こちらはなんだか立派な家康だったと記憶する。
我慢強いとか、狸親父とか、地味とか、我々がもつ家康のイメージは、信長・秀吉とは対照的である。では、その実像はどうだったのか、そしてその定着しているイメージはどう形成されたのか。歴史研究者と文学研究者を糾合して、「実像」と「虚像」を追究したのが、堀新・井上泰至編の『家康徹底解読』(文学通信、2023年2月)である。
同じお二人の共編で出た『秀吉の虚像と実像』『信長徹底解読』に続く第3弾である。信長の時には『信長公記』という、絶対的な通路(虚像実像の両方にとって主要な史料)があったが、家康の場合はそうではないだろう。アプローチは様々である。今回も14のテーマについて、歴史側と文学側からの考察が並ぶ。シリーズ3冊目となって、双方が互いに研究方法を理解しあい、シンクロしあっているような章もあれば、何か違うことを論じているのでは?と思わせる章もあって、逆にそれが面白い。シンクロしているように思われたのは、たとえば「小牧・長久手の戦い」であり、この戦いで徳川家康が勝利したという通説が、徳川史観によって創られたものだという考察が、史学(堀新氏)・文学(竹内洪介氏)双方から為されている。互いに草稿の段階で、原稿を交換していたような形跡があって、見事に融合しているように見えた。
尾張人質時代はなかったのではという歴史学からの考察や、三河一向一揆・方広寺鐘銘事件など、さまざまなテーマにおける最新研究成果に基づく、興味深い考察がなされている。
それにしても、歴史研究者の書く歴史とは「確実な「事実」を一次史料で押さえ、一次史料のないところを二次史料で補い、それでも足りないところを合理的な考察で「歴史」として叙述するもの」というのが一つの見方だと思うが、当事者自身の手になる一次史料にも、年記や宛名が欠けているとか、写しであるとか、控えであるとかの外側の問題や、文言そのものの意味不明箇所など、徹底的な解読が必要であり、逆に後世の者が編んだ歴史書から、事実と虚飾を読み取る読解力も求められる。新しい史料が出現したら、これまでの「事実」が転覆することもある。まことに歴史研究は大変である。しかし、そうであるからこそ、歴史研究者は、虚構の混じる文書・記録さらには物語をも読む必要に迫られる。一方で、文学研究者も、作品の背景や作者の思想を探る際に、一次史料に遡ることを余儀なくされることもある。方法と目的を異にするとはいえ、歴史学と文学研究は交差しているし、情報交換を重ねていかねばならないだろう。いずれにしても、「徹底解読」の姿勢だけは持っておかねばならないわけですね。そういう意味で、実像と虚像の両面を「徹底解読」するこのシリーズの果たしている役割は大きいのではないだろうか。
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我慢強いとか、狸親父とか、地味とか、我々がもつ家康のイメージは、信長・秀吉とは対照的である。では、その実像はどうだったのか、そしてその定着しているイメージはどう形成されたのか。歴史研究者と文学研究者を糾合して、「実像」と「虚像」を追究したのが、堀新・井上泰至編の『家康徹底解読』(文学通信、2023年2月)である。
同じお二人の共編で出た『秀吉の虚像と実像』『信長徹底解読』に続く第3弾である。信長の時には『信長公記』という、絶対的な通路(虚像実像の両方にとって主要な史料)があったが、家康の場合はそうではないだろう。アプローチは様々である。今回も14のテーマについて、歴史側と文学側からの考察が並ぶ。シリーズ3冊目となって、双方が互いに研究方法を理解しあい、シンクロしあっているような章もあれば、何か違うことを論じているのでは?と思わせる章もあって、逆にそれが面白い。シンクロしているように思われたのは、たとえば「小牧・長久手の戦い」であり、この戦いで徳川家康が勝利したという通説が、徳川史観によって創られたものだという考察が、史学(堀新氏)・文学(竹内洪介氏)双方から為されている。互いに草稿の段階で、原稿を交換していたような形跡があって、見事に融合しているように見えた。
尾張人質時代はなかったのではという歴史学からの考察や、三河一向一揆・方広寺鐘銘事件など、さまざまなテーマにおける最新研究成果に基づく、興味深い考察がなされている。
それにしても、歴史研究者の書く歴史とは「確実な「事実」を一次史料で押さえ、一次史料のないところを二次史料で補い、それでも足りないところを合理的な考察で「歴史」として叙述するもの」というのが一つの見方だと思うが、当事者自身の手になる一次史料にも、年記や宛名が欠けているとか、写しであるとか、控えであるとかの外側の問題や、文言そのものの意味不明箇所など、徹底的な解読が必要であり、逆に後世の者が編んだ歴史書から、事実と虚飾を読み取る読解力も求められる。新しい史料が出現したら、これまでの「事実」が転覆することもある。まことに歴史研究は大変である。しかし、そうであるからこそ、歴史研究者は、虚構の混じる文書・記録さらには物語をも読む必要に迫られる。一方で、文学研究者も、作品の背景や作者の思想を探る際に、一次史料に遡ることを余儀なくされることもある。方法と目的を異にするとはいえ、歴史学と文学研究は交差しているし、情報交換を重ねていかねばならないだろう。いずれにしても、「徹底解読」の姿勢だけは持っておかねばならないわけですね。そういう意味で、実像と虚像の両面を「徹底解読」するこのシリーズの果たしている役割は大きいのではないだろうか。
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