2021年09月04日

『万葉集に出会う』

 学部生のころに受けた演習というのは記憶に残る。今井源衛先生の源氏物語、中野三敏先生の西鶴、洒落本。奥村三雄先生の平曲。そして、いちばん怖かったのが、非常勤でお見えだった鶴久先生の万葉集だ。国歌大観番号とともに万葉歌をほぼ暗記していらっしゃって、我々の訓について、その手続きの不備を徹底的に追及される。2年間受講したが、その緊張感はいまでも甦る。鶴先生はよく佐竹昭広先生の名前を出していらっしゃった。その佐竹先生の学統に連なる大谷雅夫さんが『万葉集に出会う』(岩波新書、2021年8月)を上梓された。岩波の新大系、そして岩波文庫の『万葉集』を担当されての知見の一部を、分かりやすくスリリングに説いたものだが、内容はきわめて学術的。全6章のうち最初の4章は、いずれも定説的な訓に対する疑義や定説の定まらない歌の解釈をめぐる考察である。そう読まれてきた研究史や背景を丁寧に説き、大谷さん自身の読みを披露する。以下「ネタバレ注意」。
 第1章、「石走垂水の上のさわらびの」の「石走」は「いはばしる」と訓むのか、「いはそそぐ」と訓むのか。これに関して賀茂真淵の完璧(に見える)論証を紹介、なるほど「いはばしる」なんだ、と思わせておいて、「いはそそぐ」が正しいという大逆転。第2章、私の好きな、そして秋成がこだわった人麻呂の近江荒歌歌(長歌)を紹介、その反歌「楽浪の志賀の唐崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ」。これは港が大宮人を待っているのか、人麻呂が待っているのか。契沖は港。春満や真淵は人麻呂。ここでもなるほど人麻呂かな、と思わせておいて逆転。第3章「苦しくも降り来る雨か三輪の崎佐渡の渡りに家あらなくに」。これも秋成が雨月物語の「蛇性の婬」に取り込んだ歌。この場合「家」が昭和四十六年の日本古典文学全集以後、「家人」の意味で解釈されてきたと。さてこれはどういう結論だろう?そして第4章は、「ひむがしの野にがぎろひの立つみへてかへり見すれば月かたぶきぬ」の名歌。この訓は知られるように真淵の創見であり、真淵以来、ずっとそう訓まれてきた歌である。真淵の訓がいかに凄いかということを説いてゆくのだが、例によって大逆転・・・。ところでこの歌は白石良夫さんの『古語の謎』(中公新書)でも冒頭に取り上げられて、真淵訓への疑義を論じていたことが思い出される。問題にするところは違うのであるが、この真淵の訓がいかに人麻呂歌のイメージを鮮やかに作り、甚大な影響を与えたかがよくわかる。実はそう読まないという大谷さんや白石さんの説に従うならば、真淵の訓は、ひとつの「テクスト遺産」だな、と思う。「テクスト遺産」については前のエントリーをご参照下さい。
 第5章と第6章はこれまであまり紹介されていない万葉集の歌について述べていく。
 というわけで、斎藤茂吉の『万葉秀歌』のような秀歌鑑賞タイプの本ではない。あえていえば万葉学の面白さを知らしめる新書だといえよう。このところ、このタイプの新書が増えてきている印象である。読者の目が肥えてきたのかもしれない。万葉学の歴史で真淵の存在は偉大だが、大谷さんは契沖を愛しているように思える。私個人の感想をいえば、契沖で古学に目覚め、真淵の孫弟子であった秋成の万葉学を考える際に、大いに参考にしたいと思った。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。