大橋正叔(ただよし)先生の『近松寸言』(文化資源社)が、定価0円(非売品)として刊行された。122ページ。奥付は2025年12月。先生は1943年生まれで、今年83歳になられるが、ある時から、近松作品を読み直し、梗概を筆記してきたという。その副産物が本書だという。「気の利いた詞章がそれとなく置かれている」、そして「近松のことばが今も生きていると確信した。
その気の利いたことばが発せられる場面を解説し、大橋先生のコメントを付す形である。なかなか面白く、含蓄があり、大橋先生のコメントも面白い。
すこし引用してみよう。
恋しゆかしは迷ひのはじめ、会ひたさ見たさは輪廻の業。
貴賤と親疎を論ぜぬを花の習ひと聞くものを。
誠や花は其の主の心の色に咲くとかや。
善と悪との道二筋、一足の踏み違へ。
ないことさへ言ふ世のさがなさ。
死なふ/\と思ふより生けふ/\と思ふのが年寄りはなを苦しいぞや
とかく人の親には病と成も子の心、薬と成も子の心
多くは時代物から引いている。そして親子にまつわるものがとても多い印象である。現代にも通じる箴言の数々。
今、本として多く残っているのは圧倒的に時代物である。なぜ残ったのかを考えると、やはり「教訓」として読まれていたのだろうと思われる。現代でもそうだが、生きることは簡単ではない。「生きようと思う」のが苦しいのだ。だが生きなければならない。そんな時、人は近松をはじめとする時代浄瑠璃の、身につまされた場面を、これらの詞章とともに思い出したのではないか。そして、それは今に通じる普遍性を持つ。近松が古典たりえている理由であろう。
2026年04月10日
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