田窪行則編『歌う日本語』(文学通信、2026年4月)という快著が出た。これは楽しいこと極まりない本である。僕らが愛唱してきた歌謡曲を対象に、専門家がさまざまな切り口で歌詞を研究しているのである。
どの論文を読んでも興味深い。説明するより読んでちょうだい!と言いたくなる。
ところで、冒頭には、竹内まりあ「駅」の有名な「わたしだけ愛してた」歌詞論争が引かれている。それで、院生のころオフコースの「さよなら」の歌詞の一節で議論があったことを思い出した。
「僕の代わりに君が
今日は誰かの胸に眠るかもしれない」
これ、この本でやってほしかったな。誰か正しい解釈を教えて、とつぶやいたところ、反応がありました。
あかねさん…「僕の代わり」の「誰か(僕以外の他の人)の胸に」「君が」「眠るかもしれない」、ということなのでは、と今は思っています。
そしてなんとこの本の編者である田窪先生からも、
「誰々のかわりに」は、主語指向、目的語指向の両方が可能です。「俺のかわりにお前が行ってくれ」「俺のかわりにお前を殺すと言ってる」「所有格」指向も可能のようです。「俺のかわりに、お前の胸に抱かれたいと言ってる」なので、ここでは「誰か」と結びついてるんですね。
つまり、あかねさんと同説である。たしかに院生のころの論争でも、そのあたりに落ち着いたような気がする。しかし、どうも何かまだ違和感がある。
ちょっと歌詞をあげて説明したいところですが、著作権問題があるので、むずかしい。
この歌、どうも最初に別れのシチュエーションがあり、「僕」は「君」を振るように聞こえる。「私は泣かないから このままひとりにして」と言っているので。一方「僕らは自由だね」ってかつて言っていたよね。別れのことは想像もせずに、なんて歌詞が続きます。問題は、2番?の最初です。
「愛は哀しいね
僕の代わりに君が
今日は誰かの胸に眠るかもしれない」
「君が」のあとで、歌は切れます。1秒くらいの空白がある。これが、解釈を「僕」の代わりに「君」が、と、つまり主語指向で解釈したくなる大きな要因。しかし、
解A 「僕が誰か(Aさん)の胸に眠る代わりに、君が誰か(Aさん)の胸に眠るかもしれない」 この歌の状況から考えて無理な解釈。
解B 「(君が)僕の(胸に眠る)かわりに、君が誰か(Aさん)の胸に眠るかもしれない」
歌の状況を考えると文章はやや不自然だが、解Bの方が適当であろう。あかねさんと田窪先生の解釈はそういうことだよね。
しかし、私はそれが適解と実は認めつつも、そう解釈したくないのである。
第一に、前述のように歌は、「僕の代わりに君が」ではっきり切れる。歌を聴いている限り、ぼくではなく君が、と捉えるのが自然であるから。
第二に、僕と別れた「君」が、僕ではない誰か(Aさん)の胸に眠ることはありうるけど、@から推すと別れを切り出したのは「僕」であり、「僕」こそ他の誰か(Bさん)と寝ているかもしれないくせに、それを棚に上げて、「君」が他の誰かと寝ていることを想像して「愛は哀しい」などというのは、ちょっとひどい自己弁護のように聞こえて許容できないのだ。@によれば「君」は「このままひとりにして」と言って別れに耐えていて、そのあとの歌詞によれば、寄り添って歩くのが好きだったというくらい「僕」をしたっていた。それなのに「君」が他の「誰か」(Aさん)と寝ることを妄想して「愛は哀しい」だと?と突っ込まざるを得ない。他の誰か(Bさん)と寝ているのはむしろ「僕」じゃないのか?作詞者がどういうつもりで作ったかは問わず、ここでは一読者として、解2は「とりたくない」。この歌詞にあるように、どう解釈するかについて、「僕らは自由だね」。
というわけで解Aでも解Bでもない偏解Cを示したい。
愛は哀しいね。僕の胸には君ではない誰かが眠るかもしれない、その代わりに君が、今日は僕ではない誰かの胸に眠るかもしれない。
「僕らは自由だね」といつか話したことが、現実になってみると、愛はなんて哀しいのかが、実感できる、そういう読み方である。これが正解とは思わない。偏解である。しかも現象としてはあかねさんや田窪先生の解と同じで、「君」は「僕」ではない他の「誰か」と寝ていると想像しているのである。ただ「代わりに」は「僕(の胸)の代わりに誰かの胸」とは取りたくない。「僕のかわりに君が」ととりたいのである。
そして「今日は」も重要。これは別れから、しばらく時がたった状況であり、「僕」が他の人を愛してしまって、「君」に別れを告げたが、しばらく時がたつと、「君」も「僕」から心が離れている(かもしれない)のである。この状況が、「愛は哀しいね」なのである。
もっとわかりやすくいえば、〈僕の心が君から離れる、しばらくすると君の心も僕から離れる〉、それが「愛は哀しいね」ということである。
2026年04月17日
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