執筆は、大屋さんの他、アンドリュー・ガーストル、北川博子、倉橋正恵、佐藤かつら、神楽岡幼子、韓京子の各氏。「執筆者一同」よりご寄贈していただき、感謝にたえない。ちかごろ、関西大学図書館で上方歌舞伎関係の展示を拝見していただけに、とくに上方歌舞伎関係の論考に興味が湧いた。
ガーストル氏の「上方摺物」についての論考では、芸人の襲名や追善のために配り物として製作された摺物の雅俗について考察するくだりに注目させられた。芝居は俗、役者は低い身分、しかし摺物の画面(歌と絵)は、「雅」の世界を見立てている。その前提として、「近世の身分制度の実態」の捉え方が、歴史研究者と文学・芸能研究者とで違うことを指摘されているのは重要である。前者は身分制度の厳しいタテ社会と見ているが、後者は江戸時代に人々はかなり自由に生きているという見方をしているというのである。ここで脱線して、個人的な感想をいえば、これはいわゆる「近世的な読み」議論ともリンクするが、どちらも間違っていないのだろう。江戸時代の人々の感じ方も多様であったのではないか。渡辺京二『逝きし世の面影』などが、従来の封建的な江戸イメージを相対化したわけだが、その相対化が落ち着いて、今度は「江戸の人々は自由だ」という見方を批判する言説も出ている。再相対化である。
「上方摺物」については、先師中野三敏も集めていて、私たちはよく見せてもらっていたので、ガーストル氏の論考に付載されたカラー図版に懐かしさを覚える。ジュネーブの美術館にたくさんあるのですね。土卵も中野先生がかなり集めていらっしゃった(『江戸狂者傳』)。
北川博子氏は上方の絵尽くしの歴史についてまとめてくださっている。本屋仲間記録などを駆使した精細な記述で、「上方絵尽くし」を知るための基本文献になるだろう。
続いて江戸では。倉橋正恵氏が、いまでいう「推し活」、つまり役者の贔屓の情報収集や芝居鑑賞にともなう振る舞い、グッズ収集などを具体的に描き、佐藤かつらさんが、「鸚鵡石」という江戸時代独特の歌舞伎小冊子を詳しく紹介している。
文学と芝居の関係としては、神楽岡幼子氏が『其返報怪談』と歌舞伎の関係について説いているが、この黄表紙、実は怪談の授業で取り上げているもの。痒いところに手の届く説明、ものすごく助かります。
馬琴作品の歌舞伎化については、大屋多詠子氏の論考。勉強させていただくばかり。
韓京子氏は、「近代の朝鮮半島・台湾・満州における浄瑠璃に関する出版物」という貴重な論考。
ほぼオールカラー、文献ガイドと用語集を加えて本体1800円。すばらしい。

